京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『レジェンド&バタフライ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月21日放送分
映画『レジェンド&バタフライ』短評のDJ'sカット版です。

尾張の信長と、美濃の濃姫。政略結婚で結び付けられたふたりは水と油の関係。武将織田信長の人生を、濃姫と過ごした30年という観点でまとめた伝記映画で、桶狭間の戦い足利義昭との上洛、比叡山焼き討ち、本能寺の変といった史実の裏にあったふたりの行動と感情を描きます。
 
先日東映の手塚社長が亡くなられました。ご冥福をお祈りします。東映創立70周年を記念して公開された本作も企画を牽引されたといいます。それだけ肝いりのものとあって、製作費は20億を用意し、監督には『るろうに剣心』などの大友啓史、脚本には「三丁目の夕日」シリーズや「コンフィデンスマン」シリーズなどを手がけ、今は大河ドラマ「どうする家康」も書いているという日本の娯楽作を代表するストーリーテラーのひとり、古沢良太を抜擢しました。
 
織田信長には木村拓哉濃姫には綾瀬はるかをそれぞれ起用したほか、宮沢氷魚市川染五郎斎藤工北大路欣也伊藤英明中谷美紀らも好演しています。
 
僕は先週金曜日の昼にTジョイ京都で鑑賞してきました。1時間ほど前にネットで席を押さえた時にはそこまで埋まっていなかったのに、劇場へ行ってびっくりのほぼ満席。だから、ネットでチケットを買うのではなく、現地で購入するのがメインの比較的高齢者層、そして映画館へ普段行かない人がたくさん観に行っているんだと実感しましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

繰り返し映像化されてきた信長の人生。ただでさえ複雑な戦国時代の真っただ中を生きた名将だし、破天荒で残虐でエピソードも豊富なことから、いくらでも描きようがあるわけですが、考えたら結婚から死ぬまでを1本の劇映画にするってなかなか大変だと思うんですよね。取捨選択をうまくやらないと、のっぺりしたものになるし、どこかに的を絞りすぎると、全体が俯瞰できなくなる。そこで製作陣と古沢良太が考えたのが、文献も少なく、人物像は謎に包まれている濃姫を映画全体で並走させること。そうすれば、彼女は自由に創作しやすいし、彼女を触媒として、誰でも知っている物語に新鮮味を与えられるのではないかという作戦ですね。僕はこれについてはうまくいっていると思います。綾瀬はるかがピカイチだったのもあって、信長以上に文武両道、武道に狩りにと身体がよくよく動く上、政略結婚で嫁いできていて、機を見つけて寝首をかく勢いの彼女ですから、戦での戦術にも冷静かつ大胆なアイデアを披露する。昔ながらの時代劇の女性像ではなく、家父長制の中で物怖じしない「現代的な女性」に仕立てることで、うつけ者と言われた信長とのシーソーが成り立っている。

(C)2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会
古沢良太脚本っぽさがわかりやすく出ていたのが、前半、今作での濃姫のキャラクターを提示する出会いから桶狭間の戦いぐらいまでの流れですね。あそこはもう、濃姫側に物語の重心が傾いています。かっこばかり気にしていて、まだ実績に乏しく、実はたいして度胸もない存在だった信長を焚きつけ、知恵を授け、なんなら裏で操作して大志を抱かせる存在としての濃姫と、かといって相思相愛ということで推移するほど単純でもない関係性が狙い通りフレッシュでした。
 
ただ、その後、京都に上ってからの信長というのは、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」が端的に表す通りの武将、いや、魔王と恐れられる存在へと変貌を遂げるわけです。そうなると、勢い物語の重心が今度は信長へ。そして最期には、そのシーソーのバランスがふたりの間に落ち着いていく。こうまとめるときれいなんですが、これはどうしてもと言うべきか、魔王信長の時間が圧倒的に長いんですね。すると、どうしたって濃姫は存在そのものが薄くなる。なんたって途中から一緒にいないことが増えますから、出番が減って画面がおっさんばっかりになるんです。そういうもんだろうって言われるとそうなんですけど、どうしても既視感が勝ってしまううえ、濃姫の占める割合が減ると、そもそも伝記映画としてのダイジェスト感が強調されちゃうんです。あれ、もう焼き討ち終わりかと思ったらいつの間にか安土城が建っとる!ってな具合。それなのに、濃姫が何を考えているのかは、一緒にいない分、描ききれないんです。なんだか信長の魔王っぷりと、その仮面の下で徐々に大きくなる不安やら不信感やら弱さやらをしきりに描写するわりには、わかるようでわからんようでという、尺をかなり使って似たような場面が多いわりには、これまた描ききれていないのが隔靴掻痒でした。濃姫、信長、ふたり同じ高さというシーソーのバランスはそれぞれ用意されているんだけど、信長に傾いている時間が長すぎて、それだったら、別に一生をすべて描かなくても良かったんじゃないかと首を傾げていると、本能寺の変です。

(C)2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会
でも、その前後の一連の描写は見ものでした。そもそも、そこもふたりは一緒にいないんだけれども、ある約束をして信長が出かけたことで、ふたりの願いが一致をみるような脚本と演出になっていて、ここは古沢良太の脚本と、決めの画面で堂々と圧倒してくるタイプの大友啓史監督のスタイルがうまく融合しているところだと僕は手を叩きました。
 
大友演出は、夢のシークエンスが全体的にうまいこと。合戦のシーンは周到に避けた脚本になっているのに、きっちり大作感をかもしていること。縦の動きを平面の動きをうまく組み合わせて物語に起伏をもたらすカメラワークも巧み。音楽も迫力ありましたが、餅つきの音がそのまま場面が変わってもリズムを刻み続けるなど、特に音響効果がすばらしい。美術もオープンセットからスタジオから大道具から小道具から、とにかくよくできていて東映京都撮影所の本気度がうかがえるし、役者の演技も主演のふたりに加え、伊藤英明音尾琢真など、「ええぞ!」とこれまた手を叩きました。

(C)2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会
欲を言えばってところは、全体の構成と演出のバランスにあることはそりゃありますが、ぶつくさ言いはしましたけど、見応えは十分にあるし、僕なんてしっかり見終わってから人生について権力について考えちゃいました。どうぞ、なめてかからず、皆のもの、いざ映画館へ!
 
もし自分が時の権力者でなかったらという展開の中で、何度か出てきますが、海というのは重要なモチーフになっていましたね。そうした想像の羽を広げる動機は、やはり濃姫であったということを踏まえてこの曲をオンエアしましたよ。

さ〜て、次回2023年2月28日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ボーンズアンドオール』です。『君の名前で僕を呼んで』で知られる、イタリアが誇るルカ・グァダニーノ監督が、またもやティモシー・シャラメを呼び寄せて、今回はまたとんでもないことを……。とはいえ、シャラメはやはり大画面に限ると、さぁ、あなたも勇気を出して鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!