京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『劇場版 きのう何食べた?』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月16放送分
『劇場版 きのう何食べた?』短評のDJ'sカット版です。

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自分で開業するのではなく事務所に務める弁護士の筧史郎、通称シロさんと、やはり勤め人の美容師である矢吹賢二。この同棲中の男性カップルは、ふたりでとる夕食の時間を大切に日々を送っています。ある日、賢二の誕生日プレゼントとして京都旅行に出かけたふたりは、中年にさしかかった自分たちの将来をそれぞれに案じはじめるのですが…

きのう何食べた?(1) (モーニングコミックス)

よしながふみの人気漫画を原作に、2019年にテレビ東京系で放送されてヒットしたドラマの劇場版です。スタッフもキャストも基本的に続投していまして、脚本は朝ドラ『おかえりモネ』の安達奈緒子、監督はドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の中江和仁(かずひと)。シロさんを西島秀俊、賢二を内野聖陽が演じる他、山本耕史磯村勇斗松村北斗チャンカワイマキタスポーツ田中美佐子梶芽衣子などが出演しています。
 
僕は先週金曜日朝、MOVIX京都で、忙しいのをいいことに、果敢にもドラマ・原作まんがともにまったく接することなく鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

ドラマから映画へという流れはまったく珍しくないですが、今回のケースだと、放送枠が1時間ではなく、40分の深夜枠だったんですよね。そもそもが派手なストーリーを組み上げていくようなものではなく、小さなコミュニティのひとつひとつ小さなエピソードを組み上げていくタイプなだけに、僕としては120分というたっぷりした映画の尺の中で、下手するとダレてしまうのではないかという懸念がありました。結論から言えば、むしろ脚本の勝利でした。劇場版だからこそできるテクニックを使ってまとめていました。

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(c)2021劇場版「きのう何食べた?」製作委員会
京都旅行へふたりが出かけるところから始まるわけです。まさに季節は秋。ここで、シロさんと賢二それぞれの立ち位置や関係性、性格をさりげなく提示しています。僕は賢二というキャラクターにここで初めて接したので、少し面食らったんです。内野聖陽が思った以上に、いわゆるオネエな感じで、演技というよりも演出がステレオタイプなのではないかと。ところが、シロさんと賢二はともに、そして多くの人が性別に関係なくそうであるように、ふたりきりの時と、世間に開かれた時の立ち居振る舞い、言動に区別があって、特に賢二はそこを使い分けているんですよね。そのあたりがだんだん掴めてきてからは、くすくすしながら、ハラハラしながら、まんまと引き込まれることになりました。
 
同棲してから少しずつ時間が経過し、年齢も中年にさしかかってきて、ふたりそれぞれに、自分の行く末を考え始める時期ですよ。ふたりとも独立開業できる職種でありながら勤め人ですから、仕事のことも考えるし、親や兄妹、家族との距離感や役割も変化していきます。さらには、そろそろ気になる身体のこと、健康のこともあるし、自分たちはこれからどうやって生きていくんだろうかということを、話したり話さなかったり。そして、話さないこと、話してくれないことで、余計な想像力をたくましくさせたり。そんな、どんな家族、誰にもある人生のステップだけれど、そのひとつひとつが、ゲイカップルだといちいちハードルが残念ながら上がるので、今のところ、これも残念ながら普通とされている家族よりも真正面からぶつからないといけないわけです。大きなものから小さなものまで。ハイライトとなるシロさんとその家族への賢二の関わりもそうでした。具体的には言いませんから、そこは劇場でご覧ください。そのうえで、このふたり、互いが互いを必要としているってことが、セリフや演技に表れるのはもちろんのこと、脚本の構成でも伝わることに僕は感心しました。「え? 死んじゃうの?」っていうセリフがわかりやすいけれど、いくつものシーンやセリフが、対になるんですよね。そこに気づくと、単にいい言葉を口にする以上に感動するわけで、これは安達奈緒子さんの脚本の勝利です。

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(c)2021劇場版「きのう何食べた?」製作委員会
ちょっと不満があるとすれば、サブキャラクター、特に今回で言えば、ジルベールこと航くんのエピソードが途中からおざなりになってしまっていたし、史朗が扱うホームレス殺人事件のことも、今ひとつ機能しきれていなかったような気がします。
 
それから、僕はこれで初めて観たから余計にそう思ったわけだけれど、いくらなんでも、あまりにもプラトニックではないかと。がしかし、僕はこうも考えています。ふたりのあのおいしそうな食事は、性行為のメタファーとして機能しているわけで、ここではレシピまで丁寧に話しておいしい食事を作って一緒に食べる。これで十分にふたりの関係を描ききれているわけですよね。結果として、おいしそうだし、おいしくなさそうな時には、その理由があるし、きっちり見せているから、性的なところを描く必要はないし、ある意味描けているのだと。

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(c)2021劇場版「きのう何食べた?」製作委員会
それにしても、言いたいこともあるにはあるが、おもしろいですね。ドラマもさかのぼって観たくなったし、原作はまだ続いていますから、これからも何らかの展開があることを願っています。
初めて聞いた時から見事な歌詞だと思いましたが、映画を観たら、余計にそう思いました。政宗さん、すごい。

さ〜て、次回、2021年11月23日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『アンテベラム』となりました。ちょっと、予告のサムネイルの時点で怖いんですけど… これ、宣伝担当の方からも公開前に個人的にオススメいただいていたんです。ホラーのように見えますが、ちと違う。「ラストに唖然としながら、そういうことだったのかとじわじわ押し寄せる恐怖」だなんてメールに書いてくださっていて… それは結局ホラーじゃないのか!? なんてツッコみたくなりますが、そう単純でも内容で。主演のジャネル・モネイも楽しみ。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!