京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ビルド・ア・ガール』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月9放送分
『ビルド・ア・ガール』短評のDJ'sカット版です。

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1993年、なんの変哲もないイギリスの郊外で暮らす主人公の女の子、ジョアンナは16歳。学校ではまったく冴えないのですが、図書館で本を読み漁り、想像力は誰よりもたくましく、文才に恵まれています。何かが起こるのを待っていても、人生は変わらない。ジョアンナは奇抜なファッションに身を包んで大胆にイメチェンして、かっちょいいペンネームを考え、音楽専門誌のライターとして、まさかの大成功を収めることになるのですが…

ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー(字幕版) レディ・バード (字幕版)

 この映画は、概ね事実に基づいているんですね。原作と脚本は、キャトリン・モラン。ジャーナリストで作家の彼女が、自分の体験談を綴った原作は、現状日本語で読めないので、続編と合わせてこの機会に邦訳が出てほしかったところ。監督は、テレビドラマで腕を磨き、これが初長編作となるコーキー・ギェドロイツ。そして、出ずっぱりの主演、ジョアンナを演じるのは、『ブックマート 卒業前夜のパーティーデビュー』や『レディ・バード』と、ここ数年でメキメキ頭角を表しているビーニー・フェルドスタインです。ジョナ・ヒルの妹さんですね。

 
僕は先週木曜日、京都シネマで鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

まずざっとした印象として、痛快だし、心温まるし、元気が出るし、めっちゃいい。これです。原作・脚本のキャトリン・モランは僕の3つ上で、郊外に育ったという意味では、世代や時代の空気感はわかるものがありますが、それだけに、ジョアンナの行動はすごいこともよくわかります。だいたい、当時はまだネットもない中で、タイプライターを使っていた頃に、子だくさんで親からもろくに面倒をみてもらえない状況で、よくロンドンの音楽雑誌に乗り込んでいったよ! 僕はラジオに投稿して、下ネタを読んでもらって喜んでいたくらいのレベルでしたから。それに引き換え、ジョアンナはいきなりロッキンオンの門戸を叩くみたいなことですよ。えらいこっちゃ。

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(C)Monumental Pictures, Tango Productions, LLC, Channel Four Television Corporation, 2019
でも、それが曲がりなりにもうまくいったのは、彼女の基礎教養と想像力が培った文才のおかげです。お父さんはミュージシャン崩れで、お母さんは子育てにほとほと疲れている。愛情はあるし、自由を尊ぶのはいいけれど、なにせふたりともジョアンナにじっくり構う余裕がない。そして、ジョアンナには友達がいない。決して暗い性格ではないけれど、かなり屈折している。要は、こじらせています。お母さんからは、北欧系の豊満な体型を受け継いだわねって言われる場面がありましたが、きっと炭水化物メインの食事を出されていただろうし、ベッドの下でヌテラみたいなスプレッドをなめたりしてるから、いじめっ子たちからはまた、太っているとバカにされる。でも、彼女をどうして責めることができようかってことですよ。思春期における容姿の問題は死活問題だけれど、そんなの一過性のものでもあって、ごちゃごちゃイジってくる奴らを見返すことができるサスティナブルな能力を彼女は自分で身につけてきました。それは何って、教養です。図書館で本を読み漁って、彼女が自分のメンターたちだと、自分の部屋に貼っている人たちとの妄想の会話なんて最高。エリザベス・テイラードナ・サマーフロイトマルクスなどなど。

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(C)Monumental Pictures, Tango Productions, LLC, Channel Four Television Corporation, 2019
文章書いて、原稿料がもらえる。それ、いいじゃん! 家計も逼迫していたところで、彼女は使命感込みで、このまま手をこまねいていたら、一生このままだとばかりに、ペンは剣よりも強しを地でいく活躍を見せます。そしてマニック・ストリート・プリーチャーズのライブを観て、それまで関心の薄かったロックが、彼女の最大の関心事になります。でも、そこから順風満帆というシンプルなストーリーではありません。彼女はセクハラやパワハラの類は巧みにいなして、自分のペンで、自分の剣で、自分の道を切り拓く、ウザい男どもはギャフンと言わせる、のみならず、自らを、そして自らの大切な人たちを傷つけもしてしまう。調子乗り、勘違い、そりゃありますよ。10代だもの。ドッタンバッタンしてこその青春映画だもの。カメラワークも、要所要所でドッタンバッタンしていました。そして、それが彼女のダイナミックかつポジティブな進路の選択に合致していました。特に、ここ一番でのカメラ目線ですね。彼女が僕ら観客に直接話しかけてくるところ、その言葉、笑顔で画面の奥へ向かう様子には「いいぞいいぞ」って言いたくなります。唐突かつ強引ではありましたけどね。

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(C)Monumental Pictures, Tango Productions, LLC, Channel Four Television Corporation, 2019
下ネタもいっぱい。決して上品でない青春映画ですが、同時に下品ではないバランスに好感が持てます。強引にまとめれば、人生はいつからだって作り変えられる。リビルドできるということです。その時に大切なのは、自分を精神的に支えて守ってくれる教養と、これまでの自分とは違うことをあえてやってみる勇気。ジョアンナの言葉を、胸に刻めば、僕たち観客はいつだってもう一度、あるいは本当の青春を初めて、体験できるような気がします。
エンド・クレジットの清々しさがたまらないのは、この曲のおかげでもありました。そして、クレジットのフォントがしっかりタイプライター風になっていたのも良かったですね。

さ〜て、次回、2021年11月16日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『劇場版 きのう何食べた?』となりました。ヒットドラマの劇場版ですよ。そりゃ、設定くらいはなんとなく知っていますが、ドラマはまったく見ていないのです。大丈夫かしら? とラジオで問いかけたら、「主な登場人物とその関係性ぐらいはチェックしておくのが無難」という真っ当なお答えをいただいたので、仰せの通りにして行ってまいります。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!