京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ブレット・トレイン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月13日放送分
映画『ブレット・トレイン』短評のDJ'sカット版です。

誰が言ったか、世界一運の悪い殺し屋レディ・バグ。彼の今回のミッションは、東京発の新幹線の車内からブリーフケースを盗み、次の駅で降りること。簡単な仕事だと思っていたものの、同じ列車に乗り込んでいた殺し屋たちに次から次へと命を狙われ、どの駅でも降りられない! 殺し屋たちそれぞれの過去の因縁が徐々に明らかになる中で、国際的犯罪組織の親玉ホワイト・デスが京都で待ち受ける。

マリアビートル (角川文庫)

原作は、伊坂幸太郎の小説「殺し屋シリーズ」の2作目『マリアビートル』。これが伊坂作品初のハリウッド進出です。監督は『ジョン・ウィック』『アトミック・ブロンド』『デッドプール2』のデヴィッド・リーチ
 
レディ・バグを演じたのは、ブラッド・ピット。その他にも、真田広之マイケル・シャノン、歌手のバッド・バニー、サンドラ・ブロックなどが出演しています。
 
僕は、先週金曜の朝、Tジョイ京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


ブレット・トレイン、弾丸列車。これは、弾丸のように目にもとまらぬ速さで駆け抜ける超特急で話が展開するのだという舞台装置と、その車内で実際に弾丸が飛び交うのだという内容の両方を簡潔に盛り込んだ、なかなかうまいタイトルです。原作は文庫で550ページを超えるとあって、そのまま映画にトレースするわけにはとてもいかないわけですが、脚本のザック・オルケウィッツは、「きかんしゃトーマス」やフルーツといったニヤリとくるエピソードを残しながら、「運」と「運命」というテーマを物語の軸として抽出。それぞれに前日譚を持ったキャラクターが、幸か不幸か、偶然か必然か、同じ列車に乗り合わせるという複雑な群像劇に仕立てました。その意味で新幹線が「ゆかり号」となっていたのは、これまたニクい。彼らはみな、ゆかりを持ってしまったわけですから。

 
映画というメディアは、その黎明期にまず列車を被写体に選びました。大きなものが移動する迫力。車輪の動き。人が集まっては散っていく駅という場所。そのどれもが映像とお話をシュッシュ躍動させる装置としてきわめて有効だからです。今作の「ゆかり号」は高速で時刻表通りに移動し、各駅の停車時間は1分と決まっている。目的地も決まっている。それを映画全体の句読点として活用し、車両ごとのドラマを群像劇やミステリーに活かしつつ、タイムリミットをサスペンスやコメディーにも活用するなど、あらゆる車両、駅、そして列車のアクション映画の醍醐味である屋根の上まで、とにかく列車もので使える技術はすべて援用しながら、このぶっ飛んだ映画でデヴィッド・リーチ監督は遊んでいます。

(C)2022 Sony Pictures Digital Productions Inc. All rights reserved.
あえて「遊んでいる」と言いました。日本の観客のみならず、日本を一度でも訪れたことのある外国人でも違和感を抱くであろう日本描写の数々というのも話題になっています。トンデモなジャパンであると。これは、たとえばこの夏短評したフランスのアニメ『神々の山嶺』とは対極にあるスタンスですよ。ただ、今作のトンデモっぷりは、もちろんわざとです。だって、逆にものすごい精度で現代日本らしさを再現している小道具なんかも画面にはいっぱい転がっているわけで、その調子で画面に日本をそっくり構築することだって、特に今のハリウッドにできないわけはありません。つまり、わざとなんですね。
 
伊坂幸太郎だって原作にも書いています。「架空の列車の走る、現実とは異なる世界の話と思ってもらえれば」。そういうことです。これは運と運命をめぐる現代の寓話なのだから、むしろ現実の誇張やそこからの飛躍をすることで、真に迫るのであると。観た方は思い出してください。当初はある程度、僕らの知る日本、現実をなぞり模倣して描写されていたものが、いよいよ引き返せないところまで物語が達すると、もはや物理法則すらどこ吹く風とばかりに無視するようになって、むしろそこからがこの映画の本領発揮なんです。富士山の場所がどうとか、駅の数がどうとか、どうでも良いのです。

(C)2022 Sony Pictures Digital Productions Inc. All rights reserved.
僕が気になったのは、むしろそんな日本描写ではなくって、それぞれのキャラの背景となるエピソードを語るために逐一話が過去に戻ることです。そこをうまく描いてこそ、テーマである運命的なめぐり合わせが炙り出せるのはわかるんだけど、あまりに普通に回想っぽくもどっちゃうのは、何か別の手はなかったのかと。弾丸も列車もそのままバックすることはないんです。話もそこにマッチさせることで、よりスピード感が出せたはずなんで、3歩進んで2歩下がる話運びは、伊坂幸太郎タランティーノ好きだということを理解した上でそのテイストを入れてみたにしては、映画全体にその都度ブレーキをかけることになってしまっていたのが残念でした。その結果テーマがぼんやりする。ぼんやりすると、運命というのが、結局は作者という神様がつじつまを合わせてパズルみたいに組み上げているだけでしょという冷めた視点が僕にもよぎったくらい。これはよろしくないことですよね。

(C)2022 Sony Pictures Digital Productions Inc. All rights reserved.
ともあれ、夏のはじめに短評した『ザ・ロスト・シティ』からの意外な共通点に笑えるキャスティングの妙とか、もともとブラピのアクションダブルをしていたデヴィッド・リーチの列車の中、狭いところでのアクションの見せ方とか、楽しい場面満載で、乗ってしかるべき列車ではありますから、映画館で片道切符をあなたもぜひ購入の上、ご乗車を。
 
デヴィッド・リーチはベルリンが舞台『アトミック・ブロンド』の時に既存曲の使い方がうまいなと思っていたんですが、今回の日本舞台でもやってくれました。やはりカルメン・マキとこの麻倉未稀には快哉を叫んでしまいましたよ。特にこの『』もともと日本の曲じゃないわけだから、ツイストがまたきいてるなと。

さ〜て、次回は2022年9月20日(火)です。評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『彼女のいない部屋』です。監督もこなす俳優のマチュー・アマルリックがメガホンを取ったフランス映画。ホームページのトップにあった言葉に引き込まれます。「彼女に実際には何が起きたのか、この映画を見る前の方々には明らかにはなさらないでください」。え? そうなの? 来週は気をつけて喋らなくっちゃ。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!