京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『アトミック・ブロンド』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年10月27日放送分
『アトミック・ブロンド』短評のDJ's カット版です。

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1989年。壁とともに冷戦が崩壊する前夜のベルリンを舞台に、女スパイ、ロレーン・ブロートンの活躍を描きます。当時のベルリンでは、実際にイギリスMI6、アメリカCIA、ソ連KGB、そしてフランス、もちろん東ドイツなど、各国の諜報機関に属するスパイが、開拓時代の西部よろしく、半ば野良犬化して独自の動きをするなど、それぞれに暗躍する混沌とした状況だったと言われています。主人公のロレーンがMI6から命じられたのは、失われた各国のスパイの名前が記されたリストを奪還することと、二重スパイが誰かを突き止めて始末すること。全身の生傷が癒え切らない状態のロレーンが、上司に任務の報告をするために回想して映画はスタートします。
 
ロレーンを演じるのは、『マッドマックス 怒りのデスロード』や『ワイルド・スピード ICE BREAK』などで乗りに乗るシャーリーズ・セロン。実は彼女、製作も務めています。他に、ジェームズ・マカボイやソフィア・ブテラなどが出演。

マッドマックス 怒りのデス・ロード(字幕版) ワイルド・スピード ICE BREAK (字幕版)

監督は、僕が最初にこの人の名前を見た時にデヴィッド・リンチと間違えたデヴィッド・リーチ。もともとはブラッド・ピットの影武者をするスタントマンで、アクション演出のスペシャリストとして自ら会社を起こしてですね、そのチームが『マトリックス』やら『ハンガー・ゲーム』やら『ミュータント・タートルズ』やらものすごい数の話題作に絡んでます。キアヌ・リーヴス主演でフレッシュなアクションが人気を博した『ジョン・ウィック』ではついに共同監督をして、今作で単独初メガホン、さらにあの『デッドプール』の続編も監督するという… デヴィッド・リーチ、恐るべし。
 
原作は2012年に発売された“The Coldest City”というグラフィック・ノベルなんですけど、なぜか翻訳がどこからも出ていないのがとても残念です。
 
それでは、3分間の映画短評、今週もいってみよう!

最初に断っておきますが、観終わったその時に、いや、もう観ている途中でも、これは今年屈指の1本だと確信しました。込み入ったスパイ・ミステリーとして周到に練り上げられた複雑な脚本に合わせるように、この映画を構成するありとあらゆる要素が細かく計算・調整された力作なのは間違いありません。
 
色使い、特に接近戦を中心にした見せ場だらけのアクション、ファッション、サントラ、演技、編集、照明、時代考証、ロケ地やセットからタバコ1本にいたるまでの大小さまざまな道具立て、などなど。どれを取ってもじっくり語れる、いや、語りたいくらい情報量が多いというのは、嬉しい悲鳴です。
 
中でも僕がとりわけ評価したいことをいくつか挙げていきましょう。
 
まずは、古臭くなっていたスパイ映画というジャンルに、目新しさと古き良き手法の両面から新しい息吹をもたらしたこと。同じMI6所属ということで女性版007なんて言われてますけど、セックス・アピールも含め、ボンドやイーサン・ハントがやりそうなことを女性がしているっていうだけじゃなくて、ダニエル・クレイグトム・クルーズだって顔を青くするだろうレベルのアクションを自らこなしてしまうわけですよ。ポーカーフェイスでワイルド、氷のようにセクシーだけど、男性に一切媚びない。こんな女スパイは見たことないです。

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そんなロレーンが蠢くのが壁崩壊前夜のベルリンというのが絶妙で、駆使するのが、電話、盗聴器、時計といったアナログなアイテムだから盛り上がるんですよ。これがジェイソン・ボーンなら、あちこちに監視カメラはあるし、GPSですぐ追跡されるし、最近のスパイものはスマホで何でもできちゃうのが仇になってたんですよね。でも、こうしたアナログなものは、ただ懐かしいから出してるんじゃなくて、どのアイテムも使い方や見せ方にひとひねりしてあるから、ちゃんと新鮮に感じられるんです。その結果、まだスパイものでやれることはあると証明してみせたのがすばらしい。
 
今は知りませんが、当時のスパイには、薬物やアルコールに依存している人が多かったようですね。社会や家族からも孤立していたり、放っておいても早死にしそうだから使いやすいという恐ろしく合理的な理由で当局が好んで起用していたそうですが、そんなスパイの孤独、ゲーム性を楽しめてしまう狂気、不安と冷たさが、各キャラクターにそれぞれ違う塩梅でまぶされていました。その文字通りの色分けも印象的でしたね。冷静と情熱や資本主義と共産主義、さらには男と女など、多くの対立要素が色分け、そして色を混ぜることで画面でも表現されているんだけど、面白いことに、僕らを欺くミスリードも仕掛けてあるんですよね。わかりやすいのは、お酒。ロレーンはMI6のはずなのに東側ロシアのウォッカを飲んでる。仲間のパーシヴァルは逆に西側のバーボン。これいかに、みたいなね。
 
初めの方でMI6のチーフが「誰も信じるな」とロレーンに指示しますが、これは僕ら観客に向けられたセリフと考えてください。途中、東ベルリンの映画館での追跡&アクションシーンが出てきます。そこで上映されてる『ストーカー』の意味も考えたいんだけど時間がない! ともかく、そのシーンでは、上映中のスクリーンをバックにキャラが動き、やがてはスクリーンが裂けて人が飛び出すんです。そして、不意にアップのカメラ目線で語りかける人物が誰とは言いませんが出てくる。ていうか、そもそも、この話自体、すべてはロレーンの回想じゃないか… あの尋問室のマジック・ミラー越しみたいな安全圏で映画を僕らが観られると思って油断していたら、あなたも騙される。そういう作りと演出になってます。
 
と、かいつまんでみても、7分半に及ぶあのワンショットに見せかけた驚愕の戦闘シーンには一切触れてません。ていうくらい濃密な映画です。映画ファンなら何はさておき黙って109に行ってほしいし、映画は年に何回かしか観ないって人がこれを観に行ったら、もっと映画を観たくなるんじゃないかと。

この曲は2度使われていましたが、2度目の場面の辛いこと辛いこと。ああ、音楽を聴くことの自由がこんな形で奪われていたのかとシンボリックにうまく描いていました。最近だと、サントラが凄かった映画に『ベイビー・ドライバー』がありますが、今指摘した場面なんかは、音楽を聴く行為そのものに評言的で、さらに上を行ってるなと唸りました。ま、どっちが上とかそういう問題じゃないんだけど、とにかく感心しました。

 

アトミック・ブロンド』がどんどんヒットして、もっと上映館が広がることを願ってやみません。

さ〜て、次回、11月3日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ブレードランナー2049』です。来ちゃったよ、ヘビーなのが。あの名作を見直しつつ、ウェブサイトで公開されている、前作と今作の間を埋める公式短編作品にも目を通しつつ、心して鑑賞してきます。あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく!