京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『記憶にございません!』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年9月19日放送分
映画『記憶にございません!』短評のDJ's カット版です。

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憲政史上最悪の総理大臣として、支持率2.5%という驚くべき低空飛行を続ける黒田啓介。尊大で傲慢。自己顕示欲が強く、金と権力を心底愛し、不正にも躊躇なく手を染める。態度も悪く、都合が悪くなると「記憶にございません」と開き直る。野党第2党の女性党首とは良からぬ関係にあって、妻には愛想をつかされ、息子にも一切尊敬されていない。あらゆる面で見どころのない黒田総理は、ある日、演説中に市民からの投石を額に受けて病院にかつぎこまれる。大事にはいたらなかったものの、目覚めると記憶がない。子どもの頃のことは何となく覚えているものの、大臣たちの顔も名前も、本会議場の場所も、家族や秘書たちも、ひいては自分が総理大臣であることすら忘れてしまい、ただの善良な普通のおじさんに変貌。さあ、どうなる!?
 
監督・脚本は三谷幸喜。60周年アニバーサリーのフジテレビと東宝がタッグを組んだ作品ということで、三谷監督が一緒にドラマを作ってきた元フジテレビの石原隆、そして東宝の社長市川南が製作を担当しています。キャストはいつものように、錚々たる面々が揃いました。黒田総理を中井貴一、夫人を石田ゆり子、首相秘書官をディーン・フジオカ小池栄子がそれぞれ演じるほか、斉藤由貴木村佳乃、吉田羊、田中圭寺島進梶原善ROLLY草刈正雄佐藤浩市なども演技を披露しています。

ラヂオの時間 王様のレストラン Blu-ray BOX 

先週のタランティーノに続き、三谷作品も、実はこのコーナーで評するのは、この6年半で初となります。基本的なスタンスをお伝えしておくと、熱心とまではいかないけれど、僕は結構なファンです。エッセイもそこそこ読んでるし、ドラマも『王様のレストラン』『古畑任三郎』『HR』あたりはリアルタイムで追っかけて観てましたし、監督作も『清須会議』を除いて、すべて観てます。舞台も初期を中心に観ていて、DVDを持っているものもある。ですが、正直なところ、監督作については、そう高く評価していなくて、いまだに97年のデビュー作『ラヂオの時間』が一番好きっていう感じです。そんな僕が今作をどう観たのか。
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

三谷幸喜は稀代の映画マニアで、ビリー・ワイルダーが好きだってことも有名な話です。一方で、もちろん演劇が好きで、テレビも好き。要はお話、広い意味でのフィクションが好きなんだろうと思うんですよね。というのも、これまでの監督作を観ている限り、映画というフォーマットの特徴を活かしたというよりは、むしろ演劇っぽいカメラワークと演出が多くて、映画としてはどうなんだっていうところを中心に映画ファンの不評を買っていたんだと思います。その意味で、映画監督としては、お世辞にもうまいっていうタイプではないんですね。
 
では、今作はどうだったのか? やはりですね、良くも悪くも記憶に残らない演出が多かったです。今思い出してみても、良かったところ、いまいちかなってところ、それぞれ画面・映像がどうっていうより、物語とか衣装とか役者の動きなんです。でも、ここはこれまででも屈指だったんじゃないかと感じたのは、リズムです。それも、編集のリズム。演劇的な間と映画のそれは違うと僕は思うんですけど、今作の小気味いい全体のテンポは、編集によるところが大きいと思うし、その意味で映画としてこなれています。全幅の信頼をおく、主に常連の役者たちにのびのびと演技をしてもらい、それを編集で引き立たせていました。

デーヴ (字幕版)  

とはいえ、なんだかんだと、これは脚本の勝利です。93年、アイヴァン・ライトマン監督の『デーヴ』という、再起不能の大統領の影武者を、善良な市民がさせられるハメになるっていうコメディがあって、三谷監督はそこから着想を得ての構想13年なんて言われてますが、観ていて誰もが思うのは、実在の日本の政治家たちやその周辺で働く、というか暗躍する人物ですよ。最初にご丁寧に注意書きが示されます。「この映画はフィクションです」という、普通なら最後に出されるお決まりのもの。こういう趣旨の言葉が続きます。「実在する名前や人物が出てきたとしても、たまたまです」。これがもう風刺なんですよ。
 
かつてのロッキード事件から、モリカケ問題にいたるまで、日本の政治家が何度「記憶にない」と開き直ってきたことか。冷静に考えれば要らないだろうっていうハコモノを作ってきたか。そんなことをどうしたって意識させます。夫人の口が軽いってのもそうだし。挙句の果てには、プロモーション初期に、僕もびっくりしましたけど、安倍首相に作品を見せたうえで、「(映画の首相が記憶をなくす前の)悪い総理の時代に、消費税を上げるというのがちょっとこう、かすったな」なんて感想を引き出してますからね。よくやったよなと思います。

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そして、僕もしっかり笑ってしまったところがいくつもありました。野党第二党の党首、吉田羊から「合併しましょ」と色気たっぷりに抱きつかれるくだり。草刈正雄はどのシーンもうまかったし、通訳の常に淡々とした口調もクスクスしました。しかも、演じた宮澤エマは宮沢喜一元首相の孫ですよ。すごいキャスティング!
 
でも、全体として、笑いのツボは人によって違うとはいえ、大仕掛けのギャグや大胆な衣装やメイクよりも、細かい掛け合いやなんかでニヤリさせる小さな笑いを重ねているところのほうが、確実に機能していました。映画だからと張り切っているフシがある。肩に力が入っているというか。さらに、記憶を失ったことで人が変わる黒田総理を描くなら、ここはもっと以前の酷さ、ダメっぷりを、ニュース映像や他の人の回想を駆使して、つまりもっと時間を操作して、黒田自身に逐一ギョッとさせるという手もあったかもしれません。映画ならではのギャップの笑いですね。
 
ただ、ウェルメイドなコメディーの少ない日本映画において、三谷監督、名刺代わりの一本には十分になっていると思います。面白かった!
 
もちろん、映画では使われていませんが、テイラーの最新アルバムにはこんな曲があったなと思い出したので、短評の後にオンエアしましたよ。
あなたがいたことを忘れてしまった…

ローマに消えた男(字幕版)

ついでながら、三谷監督はまず観てないだろうけど、イタリア映画の『ローマに消えた男』のことも思い出しました。野党第一党の党首が突然失踪したことに困り果てた側近が、双子の兄弟を担ぎ出して替え玉とするんです。すると、周囲からも市民からも、突如人が変わったように見え、支持者を増やしていく。こちらはコメディーとは言えないトーンですが、これはこれで味わい深いので、ぜひ。


さ〜て、次回、2019年9月26日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『アド・アストラ』です。先週の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でそのかっこよさをこれでもかと見せつけた男ブラッド・ピットが、またしても登場。ワンハリを観ていたく感銘を受けた802の50代男性ディレクターが、「最近ブラピの真似をしてのアメカジなファッションなんだ」とドヤ顔で僕にアピールしてきたんですが、これを観たら、今度は宇宙服で出勤してくる可能性が高いですね。これは楽しみだ。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

 

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年9月12日放送分

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舞台は1969年のハリウッド。主要な登場人物は3人です。50年代からTV俳優として西部劇などで人気を博していたリック・ダルトンですが、現在は悪役となる機会が増え、そのキャリアに明るい展望を見いだせずにいます。そのリックの相棒が、スタントマンのクリフ・ブース。リックの危険なアクションシーンでいつもスタントを務めるばかりか、運転手や身の回りの雑用としても働く良き友達です。ある日、ハリウッド郊外にあるリックの邸宅の隣に、世界が注目する気鋭の映画監督ロマン・ポランスキーと、その妻シャロン・テートが引っ越してきます。ふたりの輝きを目にしたリックは、イタリアでマカロニ・ウェスタンの作品に主演して一花咲かせることを決意するなど、3人はそれぞれの暮らしを送りながら、迎えたのが8月9日。映画史、そしてアメリカ犯罪史においても重要な事件当日を迎えます。

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製作・監督・脚本は、名匠として知られるクエンティン・タランティーノ。リック・ダルトンレオナルド・ディカプリオ。クリフ・ブースをブラッド・ピットが演じます。ふたりはそれぞれ、『ジャンゴ 繋がれざる者』『イングロリアス・バスターズ』でタランティーノ作品への出演がありましたが、言わずと知れた大スターのふたりが共演するのは、これが初めてのことです。まずこのキャスティングを成功させたタランティーノの力にしびれます。さらに、実在の人物シャロン・テートを演じるのは『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のマーゴット・ロビーです。他にも、アル・パチーノアメリカの俳優をヨーロッパに送り込む代理人のような人物マーヴィン・シュワーズ役で参加していることも付け加えておきましょう。
 
今年5月のカンヌ国際映画祭のコンペに出品されて好評を博したものの、主だった賞は獲得できませんでした。ただ、僕が好きな小さな賞、秀でた演技を見せた犬に贈られるパルム・ドールならぬパルム・ドッグ賞を、クリフの愛犬でピットブルのブランディが受け取っています。
 
僕がこうしてFM802で映画短評をするようになって6年半ほどになりますが、タランティーノ作品は実は一度も扱ってないんですよね。前作の『ヘイトフル・エイト』に女神様のお告げが下らなかったんです。なので、タランティーノの特徴も踏まえつつ…
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!
 
よく知られたエピソードですが、63年生まれのタランティーノは母親の影響で映画好きだったことに加え、20代前半をビデオショップの店員として過ごしたことで、そこで浴びるように映画を鑑賞しました。四方田犬彦という作家が『映画史への招待』という本の中で、こんな趣旨のことを書いています。「いわゆる世界の名作だけを集めて、山の頂と頂とを連ねていけば映画の発展が語れるというものではない」。映画史を編纂していくのは映画学者の仕事ですが、僕が思うに、タランティーノは低い山々、つまりはB級だったり駄作だったりとされる映画にも深い知識と愛情を持っていて、引用やパロディーという手法でそれを自分の作品にふんだんに取り込むわけです。従って、物語は通俗的だし、一見ジャンル映画的なんだけど、結果として高い山、つまり名作をこしらえちゃうんです。その意味で、膨大な過去作に好きな時に触れられるようになったビデオ時代のシネフィル監督という言い方もできるし、同様のことを音楽でもやってのけるという意味で、総合的にヒップホップ以降の映画の申し子という言い方をされることもあります。

映画史への招待 

そんな作家性が凝縮された1本と言えるのが、今作です。50年代から60年代いっぱいまでのハリウッドの映画業界、そして街の変化。そこに蠢く、下り坂、上り坂、それぞれの俳優。そして、スタントマンに代表される、直接表には出ないけれど映画作りを支える裏方などなど。メジャーな映画会社の勢いに陰りが見え、インディー系の名作が映画史を塗り替え、ベトナム戦争は泥沼化し始めつつ、ヒッピームーブメントはその吸引力を失いかけている。そんな69年のハリウッドそのものを、タランティーノはフィルムに焼き付けることに成功しています。当時の音楽をふんだんに使い、ファッションにも気を配り、ブルース・リーポランスキースティーブ・マックイーン、そしてシャロン・テートといった実在の人物と、モデルはいるけれどフィクションである人物をうまくミックスしながら、カメラワークや編集のタイミング、ナレーションのトーンまで含めた当時の映画技法をベースに、Once upon a time in Hollywood、つまり「昔々ハリウッドで」という寓話を作ってみせたわけです。だから、事実そのものではないが、大いにあり得たエピソードが連なっています。それを観ているだけで、まず無類に楽しいし、スタイリッシュだし、カッコいいんです。本人の言う集大成的な位置づけというのも大いにうなづけます。で、大事なのは、彼が立派な研究家であり、マニアなんだけど、観客を置いてかないってことです。別に知識がない人も、若い人も、自分の生まれていない時代の遠く離れた夢の街ハリウッドなのに、なぜか懐かしいと感じるような、不思議なデジャヴ満載なんですよ。

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何しろ、スケッチ風のシーンが多いので、「ワンハリ」鑑賞者飲み会があれば、何杯でも飲んで、三日三晩は過ごせるんじゃないかというくらいに多彩な語り口がある中、僕が触れるとすれば、リックとクリフのイタリア行きでしょう。実際、60年代はイタリア製の西部劇、日本で言うマカロニ・ウェスタンが大量生産されていて、とんでも映画も多い中、たとえばクリント・イーストウッドはそこで名を上げてハリウッドに戻ったといういきさつもあります。当初リックは「イタリア野郎の映画になんて出るくらいなら死んだほうがマシだ」なんて言って都落ちのイメージを嫌っていたのが、結局はローマでチヤホヤされて楽しんで映画いっぱい撮って、飯がうまいから7キロ太り、挙句の果てに結婚までして帰ってくるっていう。イタリア大好きやんっていうくだりでした。考えたら、タランティーノもディカプリオもイタリア系だしねっていうのも面白い。
 
とまぁ、こんな風にクスッと笑えるところがエンドロールまでたっぷりな一方で、仕事のキャリアを考える上での不安や自己嫌悪、老い、もっと言えば死を意識させるところも付きまといます。そして、8月9日を迎える。ここで、虚実入り交じるこの映画の設定、寓話であることが結実します。つまり、あり得たかも知れないハリウッドであれば、あの凄惨・残忍なできごとだって、こうなってもいいんじゃないか。ぼやかして言ってますが、要はフィクションの力で、歴史の闇に光を差し込んだ、タランティーノ渾身の救済の映画でもあるんです。あのクライマックスには誰もが度肝を抜かれるはず。
 
これから何度も見返すことになるだろう作品ですが、舞台の69年から半世紀というこの公開のタイミングでスクリーンで観ておくべきでしょう。
 
とにかく使用曲数の多いサントラの中から、今日はDeep PurpleのHushをチョイスしました。僕の世代なら、Kula Shakerのバージョンで知っている人が多いでしょうね。ちなみに、ディープ・パープルもオリジナルではないんですが、68年から69年にかけてヒットさせました。音楽はカーラジオなど、物語内で実際に鳴っているものも多くて、ラジオのジングルがまたかっこいいのです。
 

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リックが出ていたイタリアの架空の映画ポスター2枚。僕が右側ので思い出したのは、イタリアの名優ヴィットリオ・ガスマンがフランスのジャン・ルイ・トランティニャンと共演した『追い越し野郎』(Il sorpasso)です。

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実際のところタランティーノが意識したのかはさておき、こういう想像を膨らませる余地が山ほどあるのは間違いないです。

さ〜て、次回、2019年9月19日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『記憶にございません』です。三谷幸喜監督は、僕は作品によって好き嫌いがはっきり分かれちゃうんですが、今回はいかに? 笑わせてもらえるかしら? あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

『劇場版おっさんずラブ 〜LOVE or DEAD〜』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年9月5日放送分
映画『劇場版おっさんずラブ 〜LOVE or DEAD〜』短評のDJ's カット版です。

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もともとは2016年の年末にテレビ朝日が単発のドラマとして放送したものが反響を呼び、昨年の春、土曜日のナイトドラマ枠で連続ドラマに拡大し、それが一大ブームを巻き起こしたのは記憶に新しいところです。不動産会社に務めるモテない男、33歳の春田創一が、会社の上司である黒澤武蔵、そして後輩の牧凌太、2人の男性から告白されるという、年齢は超えるが、性別は超えない、三角関係のラブコメディー。Twitterで世界トレンド1位となるなど、大旋風を巻き起こしました。今回は、連ドラが終わって1年後を描いた劇場版となります。
 
香港でのプロジェクトを終え、帰国した春田創一。天空不動産第二営業所へ戻ると、熱い歓迎を受けるのですが、そこへ会社が新たに発足した大規模な複合リゾート施設のプロジェクトチームGenius7のメンバーが割り込んできます。リーダーの狸穴が率いるGenius7には、本社に異動したという牧凌太の姿も。動揺する春田ですが、新入社員の山田正義(ジャスティス)が彼を元気づけます。さらには、黒澤部長も焼けぼっくいに火がついたように春田に猛アプローチ。5角関係に発展した恋とプロジェクトの行方は?

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田中圭吉田鋼太郎林遣都が、それぞれ春田、黒澤、牧を演じるというキャスト陣はもちろん続投。そこに、狸穴プロジェクトリーダーの沢村一樹、新入社員ジャスティスの志尊淳という新たな役者も加わりました。
 
監督は、バラエティ番組出身で、ドラマ版の演出も手掛けていた、79年生まれと若手の瑠東東一郎。脚本も、ドラマ版から変わらず、こちらも監督と同い年で40歳の徳尾浩司です。
 
僕はドラマを観ていなかったので、お告げを受けてから劇場へ向かう前に予習しておきたいなとは思ったものの、すみません、スケジュールがそれを許さなかったので、簡単におさらいできるダイジェスト動画的なものに目を通しつつ、あとは知識としてどんな設定なのかってところは何とか押さえての鑑賞となりました。それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!
 
 
おっさんずラブ」未体験の人が抱いてしまう先入観として、「要するにボーイズ・ラブBLものなんでしょう」っていうのがあると思います。それはそうなんだけど、実はBLそのものに焦点を当てることが本質ではないんですよね。これはウィキペディアにも出ている脚本の徳尾さんの発言ですが、「男性同士の恋愛の中で萌えを提示するというよりは、男女の恋愛と同様に『恋愛ドラマを描く』というところが出発点」なんだと。つまりは、あくまで普通のラブコメをやろうってことですよ。性的マイノリティーの恋愛だからといって、特殊なものとして扱うのではなく、どんな恋愛にも普遍的な要素を抽出して物語を組み立てることで、結果として恋愛の多様性を当たり前に感じてもらうようにしようということですね。それはこの企画に通底する価値観だと思います。その多様性ってのには、ゲイだけではなく、年の差の大きな恋愛だったり、数は多いのに後ろめたさを覚えがちなオフィスラブだったりも含まれます。要は、恋愛ってもっと自由でいいんじゃないかっことを、わりとあっけらかんと描写しているのが新鮮で評価されたってことじゃないでしょうか。それが証拠に、本当ならそこにつきまとう社会通念上の葛藤や性生活は物語から周到にカットされていて、食い足りなさを覚える一方で、どんな恋愛でも同列に扱っているのが特徴でしょう。

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さて、大枠を踏まえたところで、劇場版について具体的に言及します。はっきり言っちゃいますが、映像面での目新しさはないです。監督もドラマ版から交代していないですし、もともとテレビマンということもあり、画作りがスクリーンという大画面の醍醐味を活かしたものになっていないんです。冒頭の指輪を巡る香港での追っかけも、クライマックスの廃工場での救出劇も、特にアクション描写はカット割りから俳優の動かし方から、お世辞にもうまいとは言えないぎこちなさがつきまとっています。リゾート施設建設予定地を示す空撮映像も明らかに使いまわしているし、花火大会のシーンの合成もこれみよがしなだけで、全体として、お金をかけたはずなのに空回りしている印象は否めません。

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お話自体も、劇場版なんでとりあえずスケールアップしときましたって感じで、この設定が持っているちんまりした魅力を削いでしまっているんですよね。だって、基本的に小さな話なはずでしょ? オフィスラブですもん。部内とその周辺でくっついたり離れたりしてる、そのぐしゃぐしゃした感じが面白いのに、強引にスケールを大きくしようとするから、どうしてもチグハグになっています。

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なんて具合に、テレビよりも映画をよく観ている人には正直しんどいシーンが多いのは間違いないんですが、実はそこも計算のうちというか、製作陣はこれまたあっけらかんと開き直って撮っているようにも感じました。「とりあえずスケールアップしときました(笑)」みたいな、「すべてひっくるめてのコントでござい!」っていう感じ。とりわけクライマックスの誘拐&救出劇なんて、コントそのものじゃないですか。なんですか、あの時限爆弾のふざけた設定は? 現在地を巡る騒動は? だいたいがポスターでも、燃え盛る炎がハートの形してるんだもの。みんなリアクションが過剰だしさ。っていう意図もわかるんだけど、僕としては、あのサウナシーンのようなバカっぽいけど、それが故に愛おしいやり取りをどんどんやってほしかったです。むしろ、「劇場版なのにスケールアップしませんでしが、何か?(笑)」ってな方向で、彼らのちまちました恋愛模様を生活とともに見せてほしかった気はします。

 

と、主に演出に触れました。同様に、脚本にも色々言いたいことはありますが、そろそろ時間いっぱい。新キャラのミスリードのうまさとか、旧キャラへの愛情のなさとか、やはり良い面と悪い面がありますが、ドラマから引き続いて、こうしたテーマの作品に多くの人が接するという事態そのものは僕は大歓迎していますので、ぜひあなたも劇場でご覧ください。
 
主題歌については、さすがはスキマスイッチという出来栄えで、切なさを醸すサウンドメイクと、歌詞が物語をなぞるのではなく程よい距離感で示唆する言葉のチョイスになっていました。
 

 さ〜て、次回、2019年9月12日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』です。さぁさぁさぁ! やってまいりましたよ、タランティーノ監督最新作。しかも、ブラピとディカプリオの顔合わせ。そのうえ、映画業界の裏側を描くってんですから、期待が高まらないわけがない。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

『ロケットマン』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年8月29日放送分
映画『ロケットマン』短評のDJ's カット版です。

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ロンドン郊外の町ピナーで、両親の愛を得られず育った少年レジナルド・ドワイト。誰にも教わっていないのにすらすらピアノが弾けてしまうなど、音楽の才能に恵まれていた彼は、国立音楽院に入学します。寂しさを紛らわせるためにロックにのめり込み、プロのミュージシャンになろうと、エルトン・ジョンと名乗るようになります。レコード会社に掛け合ったエルトンは、そこで同じく音楽の道を志していたバーニー・トーピンと巡り合い、ふたりは作詞バーニー、作曲・歌エルトンというコンビを組み、あれよあれよと成功への階段を駆け上がるのですが… 

キック・アス (字幕版) キングスマン: ゴールデン・サークル (字幕版)

今もなお現役で活躍するエルトン・ジョンの半生をミュージカル・ファンタジーとして描いてみせた監督は、あの『ボヘミアン・ラプソディー』のメガホンをブライアン・シンガーから途中で受け取って傑作へと仕上げたデクスター・フレッチャー。プロデューサーは、『キック・アス』や『キングスマン』を製作監督したマシュー・ヴォーンと、ヴォーンがかねてより大ファンだったというエルトン・ジョン本人。考えたら、エルトンは『キングスマン:ゴールデン・サークル』に出て大暴れしてましたから、信頼関係も構築されていたわけです。

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さらにさらに、主役、つまりエルトンに扮して歌声まで披露したのは、タロン・エジャトン。『キングスマン』シリーズの若きスパイ、エグジーを演じて大ブレイクし、『ゴールデン・サークル』では奇しくも、誘拐されたエルトン・ジョンを救出するという流れになってたわけですから、もうこれはタロン・エジャトンしかいないだろうっていうキャスティングだったんじゃないでしょうか。
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

どうしたって『ボヘミアン・ラプソディー』と比較してしまうことにはなりますよね。UKロックの伝説的人物の伝記ものだし、フレディー・マーキュリーもエルトン・ジョンも性的マイノリティーのゲイだし、成功してからの奇抜なパフォーマンスや薬物依存、そしてスタッフとのトラブルなど、その人生を彩るトピックも似通っています。世界的に知られるヒットをたくさん持っているので、音楽映画としてその曲が全編で鳴りまくるのを楽しむという点も同じ。監督も同じなわけですから。似たような映画なんだろうなと思うじゃないですか(ポスターも対を成すようだし)。しかも、こと日本においては、エルトンの人気・知名度QUEENに少し劣るからなぁ、なんて余計な心配すらしながら劇場へ向かったところ、やっぱり観てみないことにはわかりませんよ。これが素晴らしかった。『ボヘミアン・ラプソディー』とはむしろかなり違った演出の映画で、なんならこっちの方が好きだって人もたくさん出てくるんじゃないかと僕は感じています。

ボヘミアン・ラプソディ (字幕版) f:id:djmasao:20190828151949j:plain

演出の決定的な違いは、こういうことです。『ロケットマン』は自分語りなんです。冒頭、アルコール依存症のグループセラピーの部屋へと悪魔モチーフの奇抜なステージ衣装に身を包んで入ってくる。というより、乗り込んでくる勢い。他の患者やセラピストと車座になって、落ち着きなく自分の人生を振り返っていく。つまりは、長い回想という構造を採用しているわけです。こうすることで、視点は主観となり、客観的な事実や、時系列からわりと自由になれるという利点があります。『ボヘミアン・ラプソディー』だと、史実と違うとか、順序や年号がおかしいといった声がファンから上がりましたが、『ロケットマン』の場合は最初から主観なんで、そんなことを意識して集中できなくなる人はいないんじゃないかな。これは英語のキャッチコピーですけど、based on true fantasyというフレーズが使われているんです。普通は、based on truthですよ。「史実に基づく物語」。ところが、これは「実在のファンタジーに基づく」ってこと。面白い表現ですよね。そして、これがまさにその通りというミュージカルになっています。

 
ボヘミアン・ラプソディー』の場合、主演のラミ・マレックは撮影現場でこそ歌っていたものの、完成した作品ではフレディーの本物の声をはめ込んでいました。あれは音楽を全編に使った劇映画でしたから。一方で『ロケットマン』の場合は、ミュージカルです。だから、歌声も主演のタロンのものが使われています。考えてみたら、タロン・エジャトンはアニメ映画『SING/シング』であのゴリラを担当していて、その時もエルトンの『I’m Still Standing』を歌っていました。エルトンは彼の歌唱力を非常に高く評価していて、安心して自分の歌を預けました。まとめれば、これはいわゆるリアルを追求した伝記映画ではなく、エルトンの音楽を使ってファンタジックに人生を表現するミュージカルなんです。その分、映像的な仕掛けもたくさん。誰もが忘れられないのは、『Crocodile Rock』のライブシーンでエルトンもお客も宙にふわっと浮いてしまう演出。プールやスタジアムでも映画ならではの表現を駆使していました。考えたら、プロデューサーは『キングスマン』のマシュー・ヴォーンとエルトンのふたりなんだもの。普通にやるわけないんですよ。そこがこの映画の何より楽しいところ。

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ただ、その楽しさは、コントラストとしてエルトンの強烈な孤独もより浮き彫りにします。両親に愛されなかったこと。異性愛者であるソングライティングのパートナー、バーニーへの切ない恋と友情。衣装がきらびやかになればなるほど、彼の心は反対に影が差していたことが、映画的説得力をもって十全に伝わってくる。ミュージカルというジャンルでないと表現できないやり方で、文字通り身体を使って歌でもってエモーショナルに描かれる。そんな波乱万丈の人生を送ってきた彼が、その後Sirとして認められ、社会貢献活動も行い、フレディーとは違って、今も生きているんです。音楽を作り、パートナーと養子の子育てをしている。He’s Still Standingなんです。『キングスマン:ゴールデン・サークル』での大立ち回りで爆笑をかっさらいもする。僕はそのことに深い感動を覚えました。
 
別にエルトンのファンでなくとも、彼の曲を知らなくとも、若い人でも、間違いなく楽しめます。特に難点も見当たらない傑作音楽映画がまた誕生したことをここに宣言します。

 

せっかくなんでと、オリジナルではなく、タロン・エジャトンの歌声をサントラからピックアップして放送しました。作詞家バーニーと一緒に作ってきた数々の名曲は、その多くが実はすごくプライベートな人生そのものを反映していたということにも震えます。もちろん、必ずしもエルトンの人生に寄せて聴かずとも良いことは、それぞれの歌の記録的な大ヒットが証明しているんですが、この映画を観ると、「そういうことだったのか」と心動かさずにはいられません。アカデミー賞でもきっと主要賞を獲得するだろうし、マサデミーの方でもかなり堅いのが現状ですよ。
 
 さ〜て、次回、2019年9月5日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『劇場版おっさんずラブ 〜LOVE or DEAD〜』です。これまた性的マイノリティーのお話ですが、毛色はもちろんまったく違う。僕はドラマを追いかけていなかったんですが、たとえすべて見返さなくとも、お話自体は基本的に独立しているようですね。僕は来週は休暇のため放送そのものは代演してもらうのですが、このコーナーについては事前収録したものをオンエアします。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

『ドッグマン』レビュー

どうも、僕です。野村雅夫です。現在公開中というイタリア映画をまた紹介できることがとても嬉しい。しかも、強烈なインパクトを残す作品。僕も公式サイトに以下のようなコメントを載せている『ドッグマン』です。今年4月、イタリア映画祭2019の告知を兼ねてTBSラジオ アフター6ジャンクションに出演した際にも軽く話題にしていましたが、今回はオールドファッション幹太がレビューを書いてくれました。以下、映画とあわせてお楽しみあれ。

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カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルム・ドールに次ぐ審査員特別グランプリを『ゴモラ』(Gomorra/2008年)と『リアリティ』(Reality/2012年)で二度受賞しているマッテオ・ガッローネMatteo Garrone監督。『剥製師』(L’imbalsamatore/2002年)が2003年のイタリア映画祭で上映されたのを見たときから、チクチクといつまでも後に残るトゲのような不思議な後味のサスペンス映画を撮らせたらすごい才能を発揮する若手監督(当時30代なかばだったと思います)が出てきたなあと思っていたら、その後のカンヌでの揺るがぬ評価を経て、気がつけば2015年のグロくて美しい『五日物語−3つの王国と3人の女−』(Il racconto dei racconti)で世界的に活躍する大監督になっていた。

ゴモラ [DVD] 五日物語-3つの王国と3人の女-(字幕版)

史劇 パーフェクトコレクション ポンペイ最後の日 DVD10枚組 ACC-085 蝶々夫人 1955年・有楽座の館名入り初版映画パンフレット カルミネ・ガローネ監督 八千草薫 二コラ・フィラクリディ 田中路子

マッテオ以前、イタリア映画のガッローネといえば、(スペルはlとrが違うけど)サイレント歴史劇代表作のひとつ『ポンペイ最後の日』(Gli ultimi giorni di Pompei/1926年)や、50年代に八千草薫はじめ宝塚歌劇団チネチッタに呼んで撮った『蝶々夫人』(1954年)の監督カルミネ・ガッローネと決まっていた(繰り返すが、こちらはGallone)。ところがいまや日本で一番知られているのは、現代イタリア映画の旗振り役とも言えるマッテオ・ガッローネであることは誰も否定しない。そんな押しも押される大監督の一人となったマッテオ・ガッローネ監督がまたまたとんでもない作品を届けてくれました。それが今日紹介する『ドッグマン』(Dogman/2018年)です。

 

主人公のマルチェッロは海岸の町で犬専用トリミングサロン「ドッグマン」を営んでいる。サロンとは名ばかりで、ずっと昔の精神病院か冴えない研究をしている実験室を思わせる、薄汚れたこの町にお似合いの仕事場だ。しかし彼は、そこでの仕事を愛している。客である犬たちや飼い犬ジャックを愛している。別れた妻との間のひとり娘をこよなく愛している。そして仕事終わりにバールで仲間たちとたむろする時間、友人とサッカーボールを追いかける時間を愛している。

 

ところがそんなマルチェッロのささやかながら愛情に満ちた日常に暗い陰を落とす存在が冒頭から登場する。ドラッグ(コカイン)と悪友シモーネ。

 

マルチェッロ自身がドラッグをやめたがっている素振りはなく、むしろ積極的に楽しんでいるようだ。シモーネについては、マルチェッロの友達という言葉は誤りかもしれない。あるいはマルチェッロは、シモーネにとって単なるドラッグの共有元で、暴力でねじ伏せて言うことを聞かせる下僕としか思っていないようにも見える。それでもマルチェッロは、ドラッグと手を切らないようにシモーネとの関係もズルズルと続けてしまう。友情のカスのようなものが、二人の腐れ縁にハサミを入れることを拒ませる。

 

それでもひとつのできごとをきっかけに噛み合った破滅の歯車は加速度的に回り始め、マルチェッロは自ら突き進むように、あるいはどうしようもなく引き摺り込まれるようにある計画を実行に移す。

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マルチェッロを演じるマルチェッロ・フォンテがとにかくすごいです。そして言うまでもなくそんなマルチェッロ・フォンテを(どす黒く)輝かせたマッテオ・ガッローネ監督の演出手腕はキレてます。事実、脚本を固めすぎずにフォンテはじめとする演者たちと話し合いながら、共同作業として撮影を進めていったのだとか。 

 

フォンテの演技は「演技」というにはあまりにも生々しく、娘に微笑み返す父親の歪んだ笑顔、暗闇の中でニヤニヤ笑っている顔、呆然と立ち尽くす無表情、無意識の顔面の痙攣、誰にも届くことのない虚しい叫び、そうしたひとつひとつの表現が、まさに冒頭「いつまでも後に残るトゲ」と書いたように、何度も夢の中でよみがえりそうで、本当に怖いです。

 

そしてそんな鬼気迫るマルチェッロ・フォンテの演技は、カンヌで主演男優賞という誰の目にも明らかな評価を獲得しました。今も昔もイタリア人俳優の代名詞であり、カンヌ男優賞の先輩であるマルチェッロ・マストロヤンニやヴィットリオ・ガスマンとは違う、(そして直近で受賞した少し年下のエリオ・ジェルマーノとも違う)イタリア映画史にいつまでも残る(トゲと呼ぶにはあまりに素晴らしい)存在感を示したと思います。

 

さらに演技賞のノミネートがあるすれば、シモーネを演じたエドアルド・ペッシェも良かったのですが、あえてジャックほか無名の犬たちを忘れることができません。むき出しの牙やCGかなと思ってしまうほどの巨体、檻の中から聞こえる鳴き声、マルチェッロの「アモーレ」という呼びかけに対する無関心など、この映画にはじめから終わりまで漂う不吉な臭いはまちがいなく彼らが作り出したものです。ヴィットリオ・デ・シーカの『ウンベルト・D』(Umberto D./1952年)以来ひさしぶりに、犬に演技賞をあげたくなる気持ちは、見た人にはわかってもらえるはず。

ウンベルトD Blu-ray

マッテオ・ガッローネの映画の「画作り」は『リアリティ』と『五日物語〜』でキャリアの頂点といっても良いほどに実験し尽くしひとつの完成形を見ますが、『ドッグマン』ではそれ以前の『剥製師』や『ゴモラ』に近い形を採用している印象です。つまり被写体にいやらしいほどにつきまとう手持ちカメラと、冷酷な固定カメラのロングショットの合わせ技。ただ、役者の演技と「ドッグマン」周辺の不毛な風景との化学変化で、その切れ味は成熟からさらなる洗練の領域に到達しているんじゃないかな(このロケ地は『ゴモラ』の時に見つけたのだとか)。違う撮影監督を起用しても現れる「ガッローネらしい映像」というのは、やはり彼の持ち味・彼の才能によるところが大きいのではないでしょうか。

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マッテオ・ガッローネは最新作でなんと「ピノッキオ」を取り上げるのだとか。しかも、マルチェッロ・フォンテも起用されているようです。どうしてもロベルト・ベニーニ監督作品を思い浮かべてしまうのだけど、まさか、フォンテがピノッキオ役ってことはないよね? それ、最高なんですけど。

 

文:オールドファッション幹太

 

『ダンスウィズミー』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年8月22日放送分
映画『ダンスウィズミー』短評のDJ's カット版です。

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一流企業に就職して、華麗なる独身ライフを謳歌するOLの静香。ある日、上京した姪っ子に付き添うことになり、時間つぶしに訪れたのは、占いのテーマパーク。小学校で音楽劇で踊ることになったものの、不安で仕方ないという姪を勇気づけようと、怪しげなおじさん催眠術師に「曲が流れると歌って踊らずにはいられなくなるミュージカルスターの催眠」をかけてもらったところ、誤って静香にかかってしまったから、さあ大変。これでは仕事にも恋にも支障をきたすと、術を解いてもらおうとテーマパークを再び訪れると、催眠術師は金に困って夜逃げをしたらしい。静香は仕事を休み、催眠術師のアシスタントをしていた女性とともに、彼の行方を追うのだが…

ウォーターボーイズ [Blu-ray] 映画「WOOD JOB!(ウッジョブ)?神去なあなあ日常?」【TBSオンデマンド】

 監督・脚本は矢口史靖。2001年『ウォーターボーイズ』のヒットで一躍有名となり、近年も『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』は傑作でしたし、このコーナーでは2年前の前作『サバイバルファミリー』を扱って僕も好意的に評価しました。

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主人公静香、そして一緒に旅に出るアシスタント千絵を、それぞれ三吉彩花やしろ優が演じます。催眠術師には、御年85歳、初代『ゴジラ』で主役を務め、日本におけるミュージカル俳優の草分けである宝田明。他にも、ムロツヨシ三浦貴大、そしてシンガーソングライターchayも出演しています。
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

僕もよく使う言葉に「心躍る」ってのがあります。ウキウキする、ワクワクする、胸が弾むってことですよね。主人公の静香は、冒頭から同僚の女の子たちとシャレたランチを食べ、社内のホープであるイケメンの噂話に花を咲かせている。のだけれども、彼女のちょっとした表情から、そこに本人も気づくか気づかないかってレベルの居心地の悪さも覚えている様子。ここが僕はポイントだと思います。地方から上京、一流企業、タワーマンションでの気ままな一人暮らし。家で言えばモデルルームのような「心躍る」暮らし像に踊らされているんですよ。静香はやがて催眠術にかかるんだけど、ある種もうかかってるとも言える。
 
だから、ミュージカルスターになってしまうという催眠は、確かに彼女の心躍る暮らしを台無しにはするけれど、世間の価値に踊らされていた彼女を解放する効果もあるわけです。小学生時代の音楽劇で受けたトラウマからの解放も重なりながら、彼女は旅に出る。そこでの珍道中で、彼女は上っ面の人づきあいとは違う人間関係を構築し、踊らされるのではなく、自分の意思でステップを踏むことになる。そのダンスはどんなものなのか。

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この作品では、彼女がそのトラウマから忌み嫌っているミュージカルのように、突然歌い踊り出してしまうわけですが、会社だったり、レストランだったり、一度いかにもミュージカルな映像を見せておくんですよね。だから、周りの人も一緒に踊っているんだけど、実際のところは、彼女ひとりの妄想であり、ひとりで踊り狂っているっていう現実がある。要は催眠ですよってことなんだけど、やしろ優と旅に出たあたりからかな、様子が変わってきて、あれ、妄想抜きで現実に踊っている… これは彼女がそもそもかかっていた「一流OLの幸せとはこれ」っていう催眠が解け始めてるってことなんですよ。考えてみりゃ、映画にしろ、舞台にしろ、観客を現実から解放する催眠術という側面もあるわけで、それを踏まえたラストに着地する。これは、『ラ・ラ・ランド』のように、ミュージカルをモチーフにして、キャラクターが自分の人生を獲得するお話。ジャンルとしては、バディもののロードムービー
 
いや、これは矢口監督、さすがの着想ですよ。矢口さんの作品は、仏頂面だったりぎこちない笑顔で何かをする羽目になる人がよく出てきますけど、三吉彩花の表情もハマっていたし、chayがある場面で見せる振り切れた表情も最高でした。昭和の名曲をメインにした選曲には賛否ありますが、彼女の中では、トラウマを覚えたあの音楽劇での失敗以来、音楽への興味も止まっていたと考えれば、まあ頷けるかな。

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なんか、褒めてるというか、よく考えられてるって言いました。が、僕が心躍ったかと問われると、実はそうでもないんですよ、これが。宝田明を引っ張り出したり、シャンデリアを使ったネタで映画史への目配せとかあるんだけれども、音楽はオリジナルでやってほしかったです。chayが歌うある曲以外は、パッと聞いてキャラクターの気持ちと音楽がリンクしないし、どうしたって歌唱も演奏もオリジナルに及ばないという印象を抱いてしまいますよ。あとは、後半のドタバタは楽しい一方、いくらなんでも勢いで押し切りすぎだろってくらいにご都合主義で、気持ちと行動がのみこめないところも結構あったかな。
 
ただ、意欲作ではあるし、東北から北海道へのロードムービーはやっぱり良いです。なんだかんだ笑える部分もたくさん。世間の価値観に踊らされているかもしれないそこのあなた。僕の言葉に踊らされず、劇場で確認してください。


物語が終わって、エンドロールで流れるのが、この大名曲。オフショットってな感じで役者たちが集ってみんなでこの曲でノリノリ。ま、打ち上げで盛り上がる調子なんだけど、この曲については主人公静香が小学校時代のトラウマを引きずっていたという設定からも、頷けるチョイスかなと思います。


さ〜て、次回、2019年8月29日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ロケットマン』です。来ましたよ、僕のこの夏の大本命が!! 『ボヘミアン・ラプソディー』のデクスター・フレッチャー監督が、今度はエルトン・ジョンを題材に。エルトンはなぜあのド派手な格好でステージに上るのか。エルトンの歌を口ずさみながら劇場へ向かうことにします。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

 

『ライオン・キング』(2019)短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年8月15日放送分
映画『ライオン・キング』短評のDJ's カット版です。

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プライド・ランドと呼ばれるサバンナの王であるライオン、ムファサ。待望の王子シンバが生まれます。シンバの誕生が動物たちに歓迎される一方、王ムファサの弟スカーにとっては、自分の王位継承権が下がることもあり、おもしろくない。王妃サラビをめぐるイザコザも過去にあったスカーは、力では及ばない兄に対して謀略を巡らせる。ハイエナたちと結託してムファサの命を奪い、シンバをも王国から追放してしまう。プライド・ランドとシンバはそれぞれどうなるのか。
 
オリジナルの劇場アニメが公開されたのは、1994年。最近立て続けに実写化されている『美女と野獣』『アラジン』などと同じ、ディズニー第2次黄金期、あるいはディズニー・ルネサンス期の中でも飛び抜けてヒットした作品ですね。観客動員数はアニメで未だに世界一。セルビデオの売上はすべての映画で世界一。当然、スピンオフや続編が作られ、ミュージカルになり、大西ライオンが登場し、ということで、言わずとしれた「名作」とされています。

美女と野獣 (字幕版) ジャングル・ブック (字幕版)

監督は、ジョン・ファヴロー。『アイアンマン』などのアヴェンジャーズものから、『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』まで演出できて、俳優としても、先日扱った『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のハッピー・ホーガンなどで活躍する才人ですよ。同じくディズニーの『ジャングル・ブック』実写化の成功を買われての抜擢でしょう。
 
今回は超実写化と言われていますが、フル3DCGで実写のように見せているということですね。要は作り物なんだが、見た目は完全に実写。そして、人間はひとりも出てきません。シンバの声は、チャイルディッシュ・ガンビーノでおなじみのドナルド・グローヴァー。シンバの幼馴染であるメスライオン、ナラはビヨンセが担当しています。

サウンドトラックにもサラッと触れておくと、今回のキャストがエルトン・ジョンティム・ライスのオリジナル版の曲たちを歌っている他、ビヨンセが新曲『SPIRIT』を提供し、エルトン・ジョンはエンド・クレジットのために『Never Too Late』を用意。ファレル・ウィリアムスも5曲でプロデュースを務め、音周りは全体をハンス・ジマーが統括するという、最強の布陣です。
 
それでは、公開当時なんて特に僕は見向きもしなかった作品を、今どう観たのか。制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

ディズニー・ルネサンスのさらなるルネサンスとも言うべき、ここ最近の実写化の流れ。僕がその意義をどう捉えているか、まずまとめておくと、2つあります。ひとつは、今世紀に入ってから飛躍的に前進した3DCG技術を実写と融合させて、技術的な側面からビジュアルを一新するということ。もうひとつは、ふた昔前の物語を現代の価値観にアップデートすること。もちろん、作品によって、そのふたつのバランスとか成否とかってのは違ってくるわけですが、同じくジョン・ファヴロー監督の『ジャングル・ブック』は、そのどちらもが大成功して、なおかつ大ヒットしました。そんな流れの本命・本丸と言えるのが、『ライオン・キング』でしょう。
 
ここでもう僕の結論です。技術は確かに度を越してすごい… ものの、それが故に物語のいびつな要素が露呈している。そして、物語はアップデートにはいたらず、足踏み状態である。そう考えています。

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超実写版という造語がキャッチコピーに使われていますが、はっきり言って、予備知識ゼロで観たら、それこそ幼い子どもが観たら、間違いなく実写そのものだと勘違いするレベルにまで来ています。これはアニメなんだと自分を納得させようとしても、目の前に広がる映像は「アニマル・プラネット」チャンネルの番組なんですよ。それほどに「リアル」な映像を求めるあまり、94年版のアニメであれば気になりづらかった「非リアル」な動物世界というのが浮き彫りになってしまっているという弊害も生まれています。だって、なぜ捕食される草食動物までがライオンを王だと称えるんですか。シンバはあんな食生活で立派に成長できるわけないじゃないですか。これはあくまで人間たちの神話以来の英雄物語を踏まえ、そのパターンをサバンナに置き換えた寓話であって、決してドキュメンタリーではないので、描かれる内容と描く手法にズレがあるのは否めないと思います。
 
続いて、物語のアップデートについて。いくつか違いはあれど、基本的には94年版と大差はないんですね。これ、幼い王子が困難・障壁を乗り越えて、本来の自分の姿、つまり王としての地位を奪還するという、運命を全面的に受け入れる話なんですよね。つまりは、生まれた瞬間から、その身分と歩むべき道筋が定められているって、どうなんですかね? あのプライド・ランドでハイエナに生まれたら、もう最悪ですよ。民主制のかけらもない。っていうようなツッコミも致し方なかろうってくらいに、スカーにしろハイエナたちにしろ、登場したら誰でもわかる悪役面。僕はね、負け犬であるスカーやハイエナたちへの同情を禁じえなかったです。確かに、サークル・オブ・ライフという曲にも出てくる生き物たちの役割ってのが自然界にあることは事実だけどさ、それを言うなら、ハイエナにだって本当は役割があるはずでしょ。だのに、ハイエナはただただ邪魔者として、辺境に追いやられている。そら、怒るよっていう。

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とはいえ、ディズニーもまっとうなメッセージを打ち出していたのは、今回は資源の枯渇についてでしょうね。生き物が他の生き物を捕食するのは仕方ないにしても、資源には限りがあるのだから、バランスとサステナビリティーを考えなければいけないってのは、おっしゃる通りで、そこは強調されていたと思います。でも、それを言うならさ、狩りのシーンは入れようよ。でないと、ただの美談になるし、虫たちは文字通り虫けら扱いなのはどうなんだろうか。あとは、ビヨンセ演じるメスライオンのナラがより自分で考えて理知的な行動をするキャラクターになっていたのも良いです。イノシシにも好感が持てます。こうした現代に合わせたチューニングは多少あるものの、僕はどうせならもっと踏み込むべきだったと思います。でないと、内容の時代錯誤な面がどうしても目立ってしまいますから。
 
なんて色々言いましたが、超実写版という表現もしっかり頷ける、とてつもない表現力は映画史的にも大きな価値がある実験作であることは間違いなし。それこそ虫とか小さな被写体までくまなく鑑賞できるIMAXでぜひご覧ください。

 

ビヨンセの存在感は、この代表曲にしてもやはり抜群でした。そして、近日公開の『ロケットマン』も踏まえて、エルトン・ジョンへの興味を高めてくれました。


さ〜て、次回、2019年8月22日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ダンスウィズミー』です。ミュージカル続きとなりましたが、こちらはミュージカル嫌いな女性が主人公ということで、さすがは矢口史靖監督だけあって、いきなりひねりがありますね。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!