京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『プーと大人になった僕』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年9月20日放送分
映画『プーと大人になった僕』短評のDJ's カット版です。

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幼い頃にプーさんやその仲間たちと近くの森で遊んでいた少年クリストファー・ロビン。その後、寄宿学校に入り、大人になって恋をし、戦争に行き、結婚して娘を育み、大企業で中間管理職に就きながら、ロンドンで暮らしていました。楽しみにしていた実家のあるサセックスへの家族旅行の直前。威圧的な上司から、クリストファーのいる高級旅行鞄のセクションの事業効率化と人員整理を命じられます。休日返上して働けというお達しを受けて、クリストファーはひとりロンドンに残ります。公私共にうまくいかず途方に暮れた彼のもとに突如現れたのは、かつての友達、くまのプーさんだったのですが…

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 1926年に発表されたA・A・ミルンの児童小説”Winnie-the-Pooh”。世界中で翻訳されていますが、日本での紹介も早く、1940年にはもう石井桃子による訳が岩波書店から出ています。映像面では、ディズニーが60年代から短編を作ってきましたが、長編としては1977年に『くまのプーさん 完全保存版』っていうのがまず発表されて、これで6本目。そして、初めての実写映画化となります。

 
監督は、49歳のマーク・フォースター。『チョコレート』『007 慰めの報酬』『ワールド・ウォーZ』など、幅広く、そして手堅く演出できる人物です。脚本には、『スポットライト 世紀のスクープ』を監督・脚本したトム・マッカーシーや、黒人差別と宇宙開発をモチーフにして大ヒットした『ドリーム』のアリソン・シュローダーがクレジットされています。このあたり、さすがはディズニーっていう盤石の座組ですね。
 
そして、主人公の大人になったクリストファー・ロビンを演じるのは、ユアン・マクレガーです。
 
それでは、熊と言えば、パディントンあるいはテッドが好きな大の大人マチャオがどう観たのか。制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

ぬいぐるみを持ったこともなければ、原作を手に取ったこともなく、なんならこれまでの映像化にもまったく接してこなかったプー弱者の僕です。さすがにこれはまずかろうということで、お告げがくだってから、とりあえず観たのが初の長編『くまのプーさん 完全保存版』でした。これがかなり忠実というか、面白い演出になっていて、オープニングは実は実写なんですよ。無人の子供部屋があって、そこにプーさんの原作が置いてある。その本にカメラが寄っていって、ナレーターが物語っていうか、本の中へと誘っていく感じ。本編に入ってからも、ちょいちょい、原作ではこれは何ページだとか言っちゃうようなメタ・フィクションっぷり。フィクションであることを隠すことなく、むしろ意識させる演出なんですね。
 
そもそも、プーっていうのは、原作者のミルンが、実在の息子であるクリストファー・ロビン・ミルン持たせていたテディベアで、サセックス近郊の100エーカーの森ってのも、実際にそういう場所があるらしいんですよね。つまり、これはもともと現実とフィクションが互いにもたれあったような物語世界なわけです。そのあたりを、今回の映画化でも強く意識していると思います。なにせ、実写映画化ですからね。そして、手がけるのはディズニーですよ。別に何かアニバーサリーっていうタイミングでもないからには、お得意の社会的なメッセージが織り込まれているはず。原題はシンプルに「クリストファー・ロビン」。プーは入ってないんですよね。
 
映画が始まって、ロビンの半生をダイジェストでザッと見せるところで、ここでも原作の挿絵のタッチと実写映像が何度も出てくるのは同じなんですが、実は決定的な違いがあって、本が出てこないんですよ。つまりですね、クリストファー少年は、100エーカーの森でプーたちと「実際に」遊んでいたっていうことなんですよ。設定としてね。正直、ここがちょっと混乱を招くところではあるんですけどね。この世界はどうなっているんだという。ロンドンでプーさんと再会したクリストファーは、喋れるし、動けるぬいぐるみのプーを人目に触れないようにするあたりで「そういうことか」と分かって、その後の展開では、特殊なぬいぐるみたちだってことがバレないように行動するっていうのが、特に後半ハイライトにかけてのコミカルなドタバタ劇を生み出す効果を生んでいました。

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ただ、それ以上にテーマやメッセージにとっても、とても大事な効果があったと思うんです。それは、当たり前だけど、プーたちに「実際に」会えるってことですね。それによって、本を読んで思い出すとかじゃなくて、彼自身の幼い頃に「現実に」引き戻されるってことです。しかも、あのマジカルな100エーカーの森へも「現実に」行くわけです。こうすることで、より説得力を持つし、よりエモーショナルですよね。この設定変更はかなり功を奏していたんじゃないでしょうか。
 
で、肝心のメッセージですが、これはもうはっきりと、「何もしないをすること」の大切さを思い出せってことだと思います。「何者でもない」人が「何者かになる」っていうのは、人生における大事なことと世間では言われるわけですよ。「社会的な役割を持つ」と言い換えてもいい。でも、それって、本当にあなたの望んだことなんですか? 社会に夢を見させられて、役割を背負わされてるだけじゃないんですか? まだ何者でもなかった、自由に今だけを柔軟に楽しんでいた頃の喜びを完全に捨て去っていいんですか? 簡単に言えば、そういう合理的な生き方へのアンチ・テーゼでしょう。

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極端な考えに見えるかもしれないけれど、僕は思うに、Doing Nothingというのは、本当に何もしないというより(プーさんたちも何かはやってますよ。特に何かしてるわけじゃないってだけです)、取るに足らないことでも、これは意味があるのか、無駄かどうかを考えずに、やるってことです。何かをする時に、事前に合理的(だと大人が信じているような)判断をしないってこと。
 
僕がこの作品を最終的にとても現実的で感動を呼ぶ映画だなと思えたのは、あの着地です。やむなくではあるけれど、Doing nothingを実践したことで、頭でっかちだったクリストファーに降ってきたアイデアを思い出してくださいよ。仕事もうまくはかどってるじゃないですか。
 
これは、これから何者かになろうとする学生、そして何者かにならされた大人に響く、人生の価値観を問い直す心地よく苦い一本でした。

こちらは、いくつかある本国の予告編の中でのみ使われていた1曲。なんでWALK THE MOONなんだろう。そんなにイメージとは合わないんだけど、「人生という荒野へ相棒と一歩踏み出していく」っていう内容がフィットするという判断かなと思いつつ、歌詞を調べたら、The king of nothing at allなんてフレーズがあって、ここもnothingだと気づいたのでした。かといって、やっぱりしっくり来ないところもあるっちゃあるけど。それよりは、コーラスラインが「プ〜〜♫」って言ってるように聴こえるって方が理解できたりして(笑)

 

さ〜て、次回、9月27日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『コーヒーが冷めないうちに』です。無類のコーヒー好きな僕ですが、予告を観ている限り、「またタイムスリップものか」とか、「是枝監督の『ワンダフルライフ』みたいな話かなと想像するけど、あっちは傑作だぜ」とか、わりと冷めた感じなのが現状です。がしかし、来週はあつあつの状態に僕がなっている可能性もありますからね。しっかり観てまいります。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

 
 

『SUNNY 強い気持ち・強い愛』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年9月13日放送分
映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』短評のDJ's カット版です。

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90年代半ば。同じ女子校に通っていた高校生6人は、サニーというグループを組んでダンスをするなど、何をするにも一緒。他のグループと時に小競り合いを繰り返しながらも、あの時代の青春を謳歌していました。20年以上の時が流れて現在。専業主婦の奈美は、かつての親友でサニーのリーダーだった芹香と偶然再会します。しかし、芹香は末期がんのため入院中で、余命はわずか1ヶ月。「死ぬ前にもう一度サニーのみんなに会いたい」。奈美は芹香の願いをかなえるため、高校時代以来会っていなかった4人の友だちを探し始めます。
 
日本でもスマッシュヒットした2011年の韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』を、川村元気の企画により、『モテキ』『バクマン』などの大根仁が脚本を書きメガホンを取ってリメイク。現在パートと過去パートがあるということで、基本的にそれぞれのキャラクターがダブルキャストになっています。たとえば現在の奈美は篠原涼子で、過去の奈美は広瀬すずみたいなことです。板谷(いたや)由夏、小池栄子ともさかりえ渡辺直美らが顔を揃えた他、池田エライザ山本舞香三浦春馬リリー・フランキーなどが出演しています。

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90年代J-popが計11曲流れるサウンドトラックが話題となっていますが、オリジナルの劇伴24曲を手がけたのは、まさに90年代のシンボル小室哲哉です。
 
それでは、94年に高校に入学した僕、つまりドンピシャで主人公たちと同世代のマチャオがどう観たのか。制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

企画が動き出したのは6年前。主人公たち「コギャル世代がアラフォーになるまで待っていた」とのこと。実はオリジナルの過去パートというのはもっと時代が前で、1980年代の韓国の民主化運動を背景にしていました。監督を含めた製作陣は、お話の流れはそのままに、時代設定を90年代半ばに変更。だから、たとえば奈美には高校生の娘がいるということを踏まえると、確かにアラサーよりはアラフォーでないといけないっていう必然性が出てくるんですが、やはりこのリメイクを評価するにあたり、なぜ90年代半ばなのかということを考えないといけません。
 
既にバブルは崩壊。主人公たちはまだ高校生ということで、そのあぶく銭の恩恵を受けることも直接はなく、阪神淡路大震災、そして地下鉄サリン事件が続けざまに起こり、どんよりとした不安が社会を覆っていました。そんな中で、刹那主義だとか快楽主義だという批判はあるかもしれないけれど、とにかく今を謳歌する、でっかい夢なんて無くてもいい、小さな喜びを大切にする価値観が出てきた。先日さくらももこが亡くなった時にもいいましたけど、そういう個々人のささやかでも確かに幸せなことを尊び始めた平成の始め。音楽業界はバブルを後ろ倒しして、ユーロビートを取り入れたダンスミュージックが席巻。その中心にいたのは、ご存知小室哲哉であり、trfであり、安室奈美恵でした。
 
コギャル、ガングロ、ルーズソックス、ブルセラ、テレクラ、援助交際。世間を賑わせた女子高生たちのこうした表面的・記号的な要素を、この映画ももちろんベースにしてはいるんですが、サブタイトルは「強い気持ち・強い愛」なんですよね。そこは小沢健二なんです。物語的な理由は映画を観てもらうとして、彼女たちの心を捉えたのは、オザケン的価値観なんだというのが大根監督のメッセージじゃないでしょうかね。
こんな歌詞があります。
 
「すべてを開く鍵が見つかる そんな日を捜していたけど なんて単純で馬鹿な俺
 
いくつの悲しみも残らず捧げあう 
 
長い階段をのぼり 生きる日々が続く」
 
家族でも恋人でもない、友だからこそ分け合える喜怒哀楽があって、「今のこの気持ちほんとだよね」と。
 
今回のリメイクには、安室奈美恵も引退を報じるワイドショーのTV画面に登場。それを眺める奈美は篠原涼子。こういうキャスティングがもう絶妙です。大根監督お得意の小ネタ満載な時代描写もお見事、どの役者も好演していて、選曲も良し。ストーリーの骨格はもともと評価の高いオリジナルを踏襲。一旦の結論として、平成30年、今リアルタイムで観ることに強烈な意味がある快作だと言えます。
 
ただし、いくつか言いたいこともあります。話の性質上、どうしても比較してしまう先週の『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』と比べ、過去と現在の行ったり来たりの見せ方がわりとストレートなので途中ダレが来てしまうこと。J-popをある種のギャグとして使うのはいいけど、全体的にこれもストレートにマンガ的過ぎてスローとか入ると浮いちゃうこと。そして何より、いくら何でもノスタルジックに過ぎないかと。そのせいで、この世代で閉じてる印象もあるのが、どうなんだと。
 
というのも、この話の最大のポイントはラスト、これからもイキイキと女性たちが仲間で感情を分け合って生きていけるんだってところだと思うんで、そのスピリットが広がる描写もあればと僕は思いました。「マンマ・ミーア」と続けて観たから余計にね。
 
とはいえ、日本版青春音楽映画の快作ってのは間違いなし。いつ観るの? 今でしょ。

さ〜て、次回、9月20日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『プーと大人になった僕』です。鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく! と、いつものように書いていますが、この記事をアップしているのは、20日(木)の番組終了後。番組を1週間まるごと休んで休暇を取っていたため(映画コーナーは録音での対応でした)、すっかりこちらへの掲載を失念しておりました。でも、そこはプーのスピリットに習ったものとして(?)、ひとつお許しを。

 

『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年9月6日放送分
映画『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』短評のDJ's カット版です。

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ギリシャエーゲ海に浮かぶカロカイリ島。シングルマザーであるドナの娘ソフィが、自分の結婚式を前に父親探しを行おうと、可能性のあるドナの元彼3人を島に呼び寄せたことで巻き起こる騒動を描いたのが、2008年に完成した前作でした。スウェーデンの男女混合4人組ポップ・グループABBAのヒット曲で彩られたブロードウェイ・ミュージカルを映画化したもの。
 
今回は映画版オリジナルの10年ぶりとなる続編です。監督は交代しまして、脚本家でもあるオル・パーカー。『マリーゴールド・ホテル』シリーズとか『17歳のエンディングノート』を手がけた人物です。そして、僕がキーパーソンだろうと思っているのは、原案と製作総指揮のリチャード・カーティスです。『ラブ・アクチュアリー』とか『アバウト・タイム』とか、群像劇や過去の描き方が得意で、何より音楽のセンスがある人ですからね。

マリーゴールド・ホテルで会いましょう (字幕版) アバウト・タイム ?愛おしい時間について? (字幕版)

 物語は、前作からどうやら数年後の模様。母ドナとの念願だったホテルのリニューアルを終えて、支配人とオープニング・パーティーの準備に奔走するソフィ。「3人の父親」やドナの親友たちなど、招待状を次々と発送。一方、ホテルビジネスを学ぶためにニューヨークで暮らしている夫のスカイは、むしろNYで一緒に暮らさないかと提案され、ふたりの人生設計は一致しません。そこへ、ソフィの妊娠が発覚。そんな中、カロカイリ島を嵐が襲い、島もホテルもあちこちに被害を受けてしまいます。パーティーは無事に開催されるのか。ソフィは母ドナが自分を身ごもった頃に思いを馳せます。

 
ソフィ役のアマンダ・セイフライド、ドナ役のメリル・ストリープ、さらには3人の父親を演じるピアース・ブロスナンコリン・ファースステラン・スカルスガルドなど、前作キャストは続投。そこに、若きドナ役としてリリー・ジェームズが加わった他、シェールやアンディ・ガルシアなどの大御所も登場するなど、新旧のキャストが大所帯でわいわいやっております(それにしても、ジェームズ・ボンドキングスマンが混じってるってのが豪華すぎ。そして、ドナはスパイ好き?)。
 
それでは、ミュージカル好きからは程遠く、ABBAへの思い入れも平均以下で、前作の公開時は迷うことなくスルーしていた僕がどう観たのか。ちゃんと前作も観てから劇場へ向かいました。制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

はっきり言っちゃいますけど、前作の方は終始半笑いで観ました。ドタバタというか話はガタガタだし、過剰なテンションとちょいちょい入るブリティッシュな下ネタにも乗れず、歌唱パートも物語と噛み合っているのやら何やらよくわからず、画作りも編集もとにかく強引。ここまで来ると、何か実験映画でも観ているのではないかという印象でした。ただ、もちろん、そもそもの曲の良さと、無邪気にはしゃぐ大人たちを見ていると、「まあ、いいじゃん」と思えてしまう不思議もあった。
 
そこから考えると、今作は飛躍的に映画としての完成度は上がり、わかりやすくおもしろくなり、より広い世代の心をくすぐる1本になっています。正直びっくりしました。前作終始半笑いだった僕が、まさか落涙するとは!  しっかり感動させられたし、笑わせられた。
 
まず物語としてよくできてるんですよ。ここはやはりリチャード・カーティス参加の成果でしょう。過去と現在を並行させることで、若者たちの葛藤と成長、親になることの不安と感激は、世代や環境が巡っても変わらないんだなってことを悟らせる。あの頃があって今の私がいるってことを確認して受け止め、仲間たちと共有し、その感慨を胸に未来に希望を持つことがどれほど人を幸せにするのか。若気の至りも含めて、若いってことのすばらしさと、歳を重ねることの喜びをどちらもうまく盛り込んでいます。
 
お話の段取りとしても、パーティーで集合できるのか、子どもが生まれるけれど夫婦関係の行方は?っていう現在パートにピークが予め配置された上で、過去パートでは「ドナさん、あんたモテモテやったんやなぁ」っていう、あの3人とのロマンスがしっかり出てくる楽しさも挟んでいって、最後にはすべて揃って大団円としっかりまとまってます。
 
しかも、あらすじでは僕が伏せた、ある驚愕の事実が開始早々判明するんだけど、もう「それはズルいよ」ってくらいにその事実が映画全体を引き締める出汁として機能するから、まんまと落涙させられるんです。もう最後にあの人が登場するくだりなんて、タメにタメただけに演出の効果てきめんでした。
 
ただね、前作が好きだったという人ほど、納得はいかないかもしれないです。だって、前作との整合性なんてどこ吹く風ですからね。特にドナが関係を持った男3人の設定なんて、ほぼ前作無視なんだけど、僕に言わせれば、どうでもいいです。あれは手の施しようがないレベルでガタガタで行き当たりばったりだったから。
 
そう言えば、3人のひとりハリーの現在のパートで、東京で会議をしてるっていうズッコケ日本演出の場面があるんだけど、会議室の壁にかかってる書道になぜか「整合性」って書いてあったのはセルフツッコミなのかっていうくらいに、整合性はないけど、とにかくそこは無視してください。

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こうした物語的なできの良さ以上に僕の気に入ったのは、過去と未来のシーンの入れ替え方です。ドナとソフィが取る同じアクションをきっかけにパッとタイムスリップしたりっていうのが、いちいち気が利いてるんですね。そして、肝心のミュージカルパートも映像的な工夫がいっぱい。大学の卒業式、レストラン、船着き場などなど、前作みたいにただただ歌って踊るだけじゃなくて、ちゃんとその場所の特性と物語的な流れを活かした内容、振り付け、カット割りになっているので、映画的醍醐味が格段に増しています。
 
まあ、一応言っておくと、嵐のシーンをだけはそうした工夫がまったくなくて、僕の目は死んでましたけどね。
 
それでも、全体的にキャスティングもキャラ立ちも最高。シェールやガルシアといったゲストもおいしいところを持っていく。傑作と呼ぶのは躊躇するけど、僕も含めて多くの観客の心を捉える愛おしく忘れがたい作品です。迫力の大画面と大音量が味わえる映画館での鑑賞が一番。マチャオが珍しくミュージカルを強くオススメします。

 

それにしても、邦題から「アゲイン」を取っちゃダメでしょ。ヒア・ウィー・ゴーまで来て、なんでアゲインを省くんでしょうか。なんなら、アゲインだけでもいいくらい大事な単語でしょうが。ま、カタカナにすると長かったんだろうな。でもさ…
 
ちなみに、イタリアでのタイトルはCi risiamo!
その場所に再び集うという意味内容もあるけれど、ニュアンスとしては「またやってるよ」って感じもあって、これはこれで素敵でしょ。やっぱり、タイトル大事。

さ〜て、次回、9月13日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『SUNNY 強い気持ち・強い愛』です。過去と現在が行ったり来たりの構造が似ていて、しかも音楽映画だと『マンマ・ミーア』と共通点も多いこのリメイク。オリジナルは2011年の韓国映画でしたね。鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

 

『カメラを止めるな!』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年8月30日放送分
映画『カメラを止めるな!』短評のDJ's カット版です。

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日本映画界随一のシンデレラ・ストーリーと言われるくらいに、この映画そのものの行方が、誰も予想できない展開を見せました。ENBUゼミナールという映画と演劇の学校が製作する「シネマプロジェクト」第7弾としてできあがったもので、公開当初はその専門学校が配給をしていたので、当初かかっていたのはたった2館。それが現在ではアスミック・エースと手を組み、これからの予定を含めて200館を超える規模に上映拡大。インディーズのゾンビ映画が劇場でパンデミックを起こした格好で、その波は109シネマズにも及び、ついにこのコーナーでも扱うこととなりました。実は、世界で最も初期に評価した映画祭が、今年で20回目を迎えたイタリアのウディネという街の極東映画祭だったことも、イタリア出身の僕としては付け加えておきます。見る目あるぜ!
 
監督・脚本・編集はこれが劇場長編作初メガホンとなる、滋賀県長浜市出身の上田慎一郎、34歳。叩き上げでここまでやって来た人物です。
 
さて、いつもならここでざっとあらすじを僕なりにまとめて、それから短評をスタートするのですが、今日はここでひとつ注意とお願いです。既に観ている方はいいとして、観ていない方にお伝えします。これがネタバレ厳禁の映画だという噂は耳にしていると思います。もう観に行くことは決めていて、事前の知識はゼロにしておきたいという場合。これね、放送自体は止められないんですよ。なので、あなたがラジオを止めるか、ボリュームを下げるか、すみませんがしていただけますかね。10分もすればもう大丈夫ですんで。そして、そうは言っても短評を聞きたいという方、一応今回のネタバレのリミットは公式のポスター(↓)と、たぶんそこまで触れないけど、予告編までとさせてください。

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とある自主映画のクルーが、山奥の廃墟でゾンビ映画の撮影を進めていました。「もっと恐怖に怯えた表情を出せ」と主演女優の演技に納得がいかず、あるショットになかなかOKテイクを出さない監督。テイクは既に42を数えていました。一度気分を入れ替えるべきだと休憩時間に入った彼らのもとに、本物のゾンビが襲いかかります。現場は混乱。動揺する役者とスタッフ。ひとり嬉々としてカメラを回す監督。こうした様子が、37分に及ぶワンシーン・ワンカット長回しで描かれるノンストップ・ゾンビサバイバル…… キャッチコピーは「この映画は二度はじまる」です。
 
それでは、映画の女神様からのお告げaka挑戦状、できれば今すぐ現場を離れたい、家に帰りたいけれど、「生放送を止めるな!」のスピリットで臨む、制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!
 
 
客観的なデータをまず出しましょう。上映時間は、96分なんです。で、頭から、さっき言った37分の長回しがあるわけですよ。計算が合わないですよね。残り1時間は何があるんだと。120年を超える映画の歴史の中で、長回しに挑戦する作品はいくつもありました。ただ、この作品に関しては長回しそのもの、つまり最初の37分それ自体が売りではないんです。観客の多くが感心して舌を巻いてしまうのは、言わば2カット目から。そこで、キャッチコピーの「この映画は二度はじまる」なんですが、僕はもうちょっと細かく分けると、数え方によるけど、三度、いや、四度はじまると見ています。僕の勘定での「二度目のはじまり」はね、言っていいと思う。だって、上映開始早々だから。
 
血まみれの若い男女。男性はどうやら既にゾンビ化していて、恋人だったのだろう女性に襲いかからんとしている。やめて。叫ぶ彼女。斧を持ってはいても、いくらゾンビ化したとは言え、恋人を斬り捨てるなんて… いきなりゾンビものでよくある展開ですよ。そこに「カット」がかかって、カメラを振ると、そこに監督の姿。これが二度目のはじまり。ここでまずフィクションとリアリティの線引きが曖昧になる。別の言い方をすれば、ゾンビものというジャンルに、バックステージものというジャンルが掛け合わされるわけです。普段なら観客は観ることのできない、隠された文字通り舞台裏を見せるジャンルです。
 
だけども、普通ならそこでカメラはカット割りされて、一般的な映画編集法になるはずなのに、不思議なことに、カメラは止まらないんです。あろうことか、途中で監督が別のカメラを回してる姿が写り込んだりもする。おやおやおや? これ、なんだ? ドキュメンタリーをフィクションでやるモキュメンタリー的な雰囲気が出てるぞ。となると、僕らが観ているこの映像を撮っているカメラは誰の目線なんだ? こうした違和感もろとも、とにかく37分間、確かにカメラは回りっぱなしなんです。

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で、僕の勘定での三度目のはじまりで、なるほどそういうことかと映画全体の構造が明らかになってくる。視点がひとつだったものが、ふたつ、みっつ、それ以上へとだんだん視点が増えるんです。要はより映画っぽくなるんです。そこからコメディーと群像劇の醍醐味が加わって本当の面白さが始まるんだけど、よく聞かれるのは伏線回収の見事さです。確かにすごい。でもね、その脚本力とワークショップを経たアテ書き前提のキャスティングの妙ってところに僕は異論は挟まないけど、伏線回収をウリにしてるだけの映画とはまったく違うレベルに到達してるってところが肝なんですよ。脚本のパズルがうまいだけの鼻につく伏線回収ものと違って、この映画が本当に目指していたテーマを補強する材料として伏線が機能しているのが良いんです。
 
では、そのテーマとは何か? 知恵と工夫で力を合わせて乗り越えていく集団作業の喜びでしょう。水面を優雅に進む水鳥が、水面下では足をばたつかせている。その騒ぎを見せないのがプロであるなんて言われますけど、「カメラを止めるな」と言うのは「ショー・マスト・ゴー・オン」です。こうしたラジオだってそう。バックグラウンドの違う人たちが、それぞれの事情とやる気とコンディションで、とにかくやらないといけない。何のためにやってんだ、これは。でも、好きだからじゃないのか。誰かに何かを見せるためにやってるんじゃないのか。そんなテーマがモチーフだけじゃなく手法とも一致しているのが本当にすごいんです。
 
なんて話をすると、華やかな世界の内幕に限った話って思われるかもしれないけど、そうじゃない。文化祭を止めるな! インターハイを止めるな! プレゼンを止めるな! 盆踊りを止めるな! などなど、きっとあなたにとっての「カメラを止めるな!」体験がある。だから、みんな笑って涙するんです。これは、ものすごく小さな映像作品をモチーフにした専門的な話でありながら、ものすごく広い範囲の人が「わかる」と共感できる普遍的な映画です。共同でひとつの映像を観る映画館という装置がよく似合う傑作です。

この主題歌の『Keep Rolling』がまた歌詞もリンクして良かったですねと、オンエアしました。そして、短評を用意し終えてふと思い出したのが、チャップリンの有名な言葉。

 

「人生はクローズアップ(近く)で見れば悲劇。ロングショット(遠く)で見れば喜劇」
 
この言葉を地で行く作品だなと思ったりもしましたが、さて「カメ止め」のパンデミックならぬ「ポン」デミックはこれからも続きそうですね。上田監督の次回作も楽しみにしましょう。

さ〜て、次回、9月6日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』です。僕の回りでも評判が高いんですが、さて僕はこのノリについていけるのだろうか… 鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく! 

映画『ペンギン・ハイウェイ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年8月23日放送分
映画『ペンギン・ハイウェイ』短評のDJ's カット版です。

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毎日必ず何かを学び、その成果をノートに記録している勉強家の小学4年生アオヤマ君。彼にとって何よりも興味深いのは、通っている歯医者のお姉さん。チェス仲間でもあるお姉さんをめぐる研究も、日々欠かさず真面目に続けていました。そしてお姉さんも、小生意気で大人びたアオヤマ君をかわいがっていました。ある日、彼らの暮らす街に突然ペンギンが現れる。海もない郊外のニュータウンに、なぜペンギンが? アオヤマ君はその謎を解くべく研究を始めたところ、お姉さんが投げ捨てたコーラの缶がペンギンに変身するところを目撃します。ポカンとするアオヤマ君に、お姉さんは笑顔でこう言います。「この謎を解いてごらん。どうだ、君にはできるか?」。少年たちの一夏の冒険と成長を描くファンタジーです。

ペンギン・ハイウェイ (角川文庫)

原作は人気作家、森見登美彦が2010年に出した同名小説で、その年の日本SF大賞を獲得しています。脚本は、森見作品の映像化に何度も関わってきたヨーロッパ企画上田誠。そして、監督は京都精華大学マンガ学部で学んだ石田祐康(ひろやす)。3人の共通点は、大学時代を京都で過ごして創作活動を始めたということですね。ただ、石田監督はまだ30歳。これが長編初監督となります。所属するスタジオ・コロリドには、ジブリ出身の新井陽次郎もいて、彼は今回はキャラクターデザインを担当しています。
 
アオヤマ君の声を演じるのは、若手女優の北香那。他に、お姉さんを蒼井優、アオヤマ君のお父さんを西島秀俊、アオヤマ君のクラスメイトで聡明な女の子ハマモトさんを声優の潘(はん)めぐみが、それぞれ声をあてています。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

結論を先に言います。原作の文学的な魅力を映画的なものへと見事に変身させた、たいへん優れたアニメ映画です。
 
今週月曜日、フジテレビプロデューサーの松尾さんに話をうかがいましたが、彼は石田監督を世に送り出す使命感に燃えていたのが僕の印象に残ったのですが、成功の要因は脚本を上田誠さんに依頼したことです。監督も大学時代に森見作品を読み漁ったクチだからこそ、原作の膨大な情報量を前に映像化の難しさを感じていたそうです。夏目漱石坊っちゃん』に通じる語彙を駆使した知的なユーモアとバカバカしい跳躍力、そしてこの作品であれば「人は何のために生きているのか」という哲学的な命題とあどけなさと切なさと。ハードカバーで350ページ分の魅力を2時間に凝縮するのは至難の業です。そこで、製作陣は上田誠という森見作品の代弁者であり映像翻訳者でもある実力者に参加してもらうことで、監督の負担と作品の質を担保したわけです。上田さんは石田監督の意見や要望をきっちり取り入れながら、見事な脚本に仕立てました。
 
何が見事って、原作の日記形式を解体して、モノローグ中心、つまり言葉中心の語りから、アオヤマ君の瞳というレンズを通した視覚的な、つまり映像的な語りへと変身させたことです。実際、アオヤマ君の眼というのは、僕らが一目見ただけで、聡明さとあどけなさが同居する様子がわかる見事な造形になっています。実は森見さんは最初に提出されたアオヤマ君のデザインを見た段階では映像化を断っているんです。それだけに、アオヤマ君の表情、いや、眼差しはこの映画の肝なんですね。こうした文字から映像への翻訳と同時に、テーマをくっきりさせてあります。お姉さんへの恋心を経糸に、そしてクラスメイトたちとの友情やハマモトさんとの三角関係を緯糸にして物語を編み直してあるんですね。

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でも、原作を読めばわかる通り、アオヤマ君の研究記録はとても大事な要素なんです。そこは、できれば活かしたい。僕が感心したのは、監督がアオヤマ君のノート、そのマス目ひとつひとつを彼にとっての世界を測る尺度だと捉えたことです。『四畳半神話大系』の腐れ大学生にとっての世界の尺度が四畳半だったように、アオヤマ君にとってのそれは、ノートのマス目なんだと。だから、彼がそこに書く文字の筆跡とサイズを緻密に描きこんだ。アニメ表現としてのハードルの高さはとんでもないけれど、きっちり乗り越えてます。ソフト化されたら、僕はノートが出てくるところ、ストップして観察したいくらいです。本当に細かい。主人公が分析できている事象は、マス目に文字が入るんだけど、そうでないものはマス目に収まらなかったりする。つまり、まだ謎なものですね。その象徴が、お姉さんへの自分の想いです。だって、おっぱいに心惹かれてはいるものの、まだ恋心が何なのか、わかっていないわけだから。
 
絵は全体的にツルリとした質感で、ハイトーンな明るさが印象的でした。リアリズムというよりは、匿名的でどこか浮世離れした画作りで、それも物語性とマッチしています。そして、何より大事なのは、ペンギンの造形、もっと言えば変身シーンですね。これがもうアニメ的快楽に満ちていて、楽しかった! 

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さらには、クライマックスのペンギン・パレードの圧巻さときたら! 原作では当たり前ですがすべて文字で表現されていたところ、その独特な筆致のニュアンスを壊すことなく、あくまで動きに置き換えて映画的なダイナミズムへとスルリと変身させたその技に僕はブラボーと言いたいです。森見的表現を使うなら「なんじゃこりゃあ」という驚き。
 
そして、エピローグでの切なくも人が成長することの意味を教えてくれる余韻まで含め、些細なところや声の好みなどは別として、大きな問題点をひとつも見つけることができませんでした。
 
与えられた課題をこなすことだけで人は成長するのではないわけです。世界を観察して謎=ワンダーをそこに見出し、それが一体何なのかと自分なりに分析して解明していくこと。もし解明できずとも、へこたれることなく、その割り切れないものにまた魅了されては違う角度から観察し直してみること。謎の解明は、時に切なくも悲しくもあること。僕はアオヤマ君に生きる楽しさをまた教えてもらいました。
 
まさか10歳の男の子の物語から人生の歓びを教えてもらうとは! なんて野村雅夫39歳の夏です。

 宇多田ヒカルの『Good Night』は、彼女のディスコグラフィーの中でもかなり言葉数が少なく、選びに選んだ(だろう)両義的な言葉で切々とアオヤマ君の未来が続いていく様子を予感させる主題歌でした。

 

 さ〜て、次回、8月30日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『カメラを止めるな!』です。ついに来てしまいました… 各地で絶賛の声が相次ぎ、上映館が拡大する中、その波が当番組にも到来。お告げが下ったそばから、アミーチたちの「あれをネタバレ無しに短評するのは無理だろ」の声が多数押し寄せてきました。不安しかないのが正直なところではあるけれど、「放送は止めない! オンエアは続ける!」。はぁ… とのかく、既に観たあなたも、まだという方も鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく! 

 

『オーシャンズ8』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年8月16日放送分
映画『オーシャンズ8』短評のDJ's カット版です。

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スティーヴン・ソダーバーグが監督を務め、主人公ダニー・オーシャン役のジョージ・クルーニーを筆頭に、豪華キャストが集って人気を博したクライム・アクション「オーシャンズ」シリーズ。11、12、13と3本作られましたが、今回は女性キャストのみで犯罪者集団を構成してのスピンオフであり、リブートであり、時系列上は続編でもあります。
 
刑務所に収容されて5年。模範囚としてようやく仮出所を勝ち取ったのは、あのダニー・オーシャンの妹デビー・オーシャン。彼女は収監中に練りに練った犯罪計画を実行に移すべく、かつての相棒ルーと共に仲間をハントします。そうして集まったハッカー、スリ師、盗品ディーラー、ファッションデザイナー、ジュエリーの職人と共に新生オーシャンズを結成。そのターゲットは、ニューヨーク・メトロポリタン美術館で開催される世界最大のファッションの祭典メット・ガラで、ハリウッドのトップスター女優が身につける1億5000万ドルのネックレス。彼女たちは厳重極まりない警備体制を突破できるのか。
今回ソダーバーグは製作に周り、『ハンガー・ゲーム』のゲイリー・ロスが脚本を書き、メガホンも取りました。そして、オーシャンズと言えば、キャストが大事なわけですが… 今回もすごい。デビー・オーシャンをサンドラ・ブロック。その右腕ルーをケイト・ブランシェット。ターゲットとなるハリウッド女優のダフネをアン・ハサウェイハッカーナインボールをリアーナ。ファッション・デザイナーのローズを、ヘレナ・ボナム=カーターがそれぞれ演じています。
 
今回の日本統一ポスターのキャッチコピーは「ターゲットも、ダマしも、史上最強。目撃者は、全世界」なんですが、大阪メトロの駅構内で僕が見かけたポスターは「大阪の夏は、ターゲットも、ダマしも、バリ最強のウチらが盗むで!」だったことも、特に意味はないですが付け加えておきます。
 
それでは、タイムリミット3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

オーシャンズはジャンルで言えば犯罪アクションなんですが、もう少し細かく言うと、英語で「組織強盗」を意味する「ケイパーもの(caper film)」というサブジャンルに当てはまります。視点が警察や探偵ではなく犯罪者の側にあって、主人公は計画を練り、資金と仲間を集め、ターゲットを強奪する。それが成功するのか失敗するのか、サスペンス要素も入って手に汗握るというのが、このジャンルの特徴です。
 
加えて「オーシャンズ」シリーズの場合は、アクションの派手な要素である銃撃やカーチェイスなどを売りにせず、むしろ計画の緻密さ、何かトラブルがあってもそれらを構成員ひとりひとりの特殊能力とチームワークで乗り越えていく頭脳戦で楽しませるという特徴がありました。
 
3本撮られていたこのシリーズは、主要キャストのバーニー・マックが2008年に亡くなり、ソダーバーグ監督は「オーシャンズ14」は作らないと宣言していましたが、結果として、「数字を減らしてしまえばいいじゃないか」という裏技を使って11年ぶりに復活しました。
 
時系列的には続編とはいえ、キャストもキャラクターも一新したリブートですから、ダニー・オーシャンを兄に持つデビー・オーシャンがいかにデキる女かということをまず見せないと始まりません。その点で、模範囚のフリをしたこと、出所して早々の華麗な化粧品の窃盗と高級ホテルにタダで宿泊するくだりをうまく見せた時点で、今回のゲイリー・ロス監督は見事に狼煙を上げたと言えます。

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その後も、才能あふれるキャラクターたちがいかに冴えない日々を過ごしているのか(これはケイト・ブランシェット演じるルーがウォッカを水で薄めて客に出して日銭を稼いでいるという設定に象徴されます。みみっちいなぁっていう)を見せて、そんな彼女たちをうまく乗せて、女性たちならではの能力(腕力ではない)を最大限に活かした計画を実行させ、それぞれのちょっとした後日譚まで用意するという、ケイパーものというジャンルとオーシャンズシリーズの醍醐味をどちらも兼ね備えた作品に仕立てた手腕は見事でした。
 
「痛快ではあるが、ガッツポーズしたくなるようなカタルシスには欠ける」とか、「もっとトラブルや葛藤があっても良かったのでは」とかいった意見が出てくるのはよくわかるんですが、これをあくまでリブートの1作目だとするなら、僕はこれくらいのバランスがちょうど良い加減だと思います。確かに、物語終盤の「ひねり」として機能する、オーシャンズ「7」ではなく「8」の意味がわかるところはある程度予想がつくけれど、僕は「意外性」に重きを置かずして観たので、がっかりなんてまるでしませんでした。
 
今作の肝は、あの宝石すら敵わないような華麗さにあるんです。それはキャストが身につけるお色直しいっぱいの装いしかり。構想5年というデビー・オーシャンの奇想天外なアイデアしかり。そして、この時代にフィットする要素ですが、人種的多様性を意識したキャスティングの女性たちがほぼ自力でデカイことを成し遂げるという設定しかり。だから、裏切りやら不測の事態で彼女たちが窮地に陥ったりするのは、次作以降のお楽しみなんですよ。
 
敢えて言うなら、その手で見せるかっていう、映画的な仕掛けももう少しあるとベストでしたが、それは贅沢というものかもしれません。
 
結論としては、新シリーズのお膳立てとして、船出として、次なる「オーシャンズ9」を観たくなるフリとして、申し分ない1本だと言えます。ま、次作の製作はまだ発表されていないわけですけど、観たいんですよ、ぼかぁ!

もともとこのシリーズはリメイクなんですね。1960年にフランク・シナトラがリアルな自分の仲間たちと一緒に出演した『オーシャンと十一人の仲間』がオリジナルでした。今回はそのシナトラの娘ナンシー・シナトラが歌う『にくい貴方』(These Boots are Made For Walkin’)が「ここ!」っていう場所で使われていますが、それこそ「にくい演出」で、女性にバトンパスして新シリーズはスタートさせてもらいますよっていうことがサントラでも表明されている格好です。

さ〜て、次回、8月23日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ペンギン・ハイウェイ』です。僕もファンの作家森見登美彦原作がまた映画になりました。湯浅政明監督で鳴り物入りだった『夜は短し歩けよ乙女』とは対称的に、こちらはこれが長編初監督の石田祐康。さて、出来栄えは。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく! 

『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年8月9日放送分

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60年代半ばから70年代前半にかけて、日本でも放送された人気テレビドラマシリーズ『スパイ大作戦』を映画化したもので、CIAのスパイ組織、Impossible Mission Force(IMF)に所属するエージェント、イーサン・ハントの活躍を描くシリーズ第6作。

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盗まれた3つのプルトニウムを回収するミッションの途中で、何者かに強奪されてしまったイーサンたちIMFチーム。世界の3つの都市を標的とした同時核爆発テロを未然に防げとの新たなミッションを命じられます。どうやら、秘密組織シンジケートの残党が結成したアポストルというグループが関与しているらしいものの、手がかりはジョン・ラークという男の名前のみ。まずは、そのラークが接触するという謎の女ホワイト・ウィドウに、ラークになりすまして近づこうとするイーサンたちですが、CIAがイーサンの動きに不信感を抱き、監視役として敏腕エージェントのウォーカーを送り込みます。常に疑いの目を向けられながら任務を遂行するイーサン。核爆発までの猶予は72時間。この危機を乗り越えることはできるのか。

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主役の我らがトム・クルーズは、このシリーズを通して製作も手がけております。監督はこれまで、ブライアン・デ・パルマジョン・ウー、J.J.エイブラムス、ブラッド・バードクリストファー・マッカリーと1作ごとに交代してきましたが、今回は初めてマッカリーが続投となりました。『ユージュアル・サスペクツ』の脚本家で、他にもトムの出演作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』、そして監督としては、同じくトムと組んだ『アウトロー』など、とにかく最近はトムの相棒として知られる人です。
 
イーサン・ハントと行動を共にするエージェントでガジェット担当のベンジーサイモン・ペッグ、メカニック担当のルーサーをヴィング・レイムスが演じる他、前作から登場する謎の女としてレベッカ・ファーガソン、そしてイーサンを監視するウォーカーとして『マン・オブ・スティール』要はスーパーマンのヘンリー・カビルが参加しています。
 
それでは、こちらはタイムリミット3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!
 
まずは、トムの常軌を逸したアクションへのこだわりについて言及せざるをえません。今回もスタント無し! もはやジャッキー・チェンも真っ青じゃないでしょうか。
 
fall outという英語表現にはいくつかの意味があるんですが、第一にそのまま「外側へ落ちる」ということ。イーサンがパリ上空、成層圏の高さを飛ぶ飛行機からスカイダイビングして最短距離で謎の女ウィドウに会いに行くところ。しかも、途中で失神した監視役のウォーカーを救出するという時速320キロで落下しながらの演技。続いて、パリの街路を逆走しながらの猛スピードでのバイクチェイス。しかも、ノーヘル。そりゃ、サドルから吹っ飛びます。敵を追いかける途中での、ビルからビルへの飛び移り。リアルに足首を骨折。そして、離陸するヘリに飛び乗ってから、ぶら下がっている荷物への落下。そして、ヘリを奪って自ら操縦しつつの渦巻き急降下。もう、開いた口が塞がりません。手に汗握りしめまくりの、口の中カラカラです。
 
今挙げた例は、もちろんダイジェストで、他にも普通なら売りにするようなアクションシーンが、この作品ではそこかしこに点在しています。トムのクレイジーさもさることながら、そのアクションや表情を的確に捉えるカメラワークも超一流。付き合わされるスタッフもたまったもんじゃないですよね。一緒に乗り物に乗ったり飛び降りたり。身体を張るだけでなく、その撮影に耐えうる技術を開発しないといけないわけです。頭が下がります。
 
そうやってチーム一丸となって取り組んだ甲斐あって、映像の迫力と美しさには目を見張ります。特に僕が素晴らしいと思ったのは、動きのスピード感を増す表現として使われる、被写体の前を横切るアイテムの見せ方です。カメラと役者の間を車やら柱やらがビュンビュン通り過ぎることで、役者の動きがよりシャープに見せるよくある手法ではありますが、見たことないハイクオリティに達していました。こうした演出技術もさることながら、ロケハンが絶妙で、あれだけ動きがあるのに、そのままポスターになるっていうような決めの画面がいくつもあるのもまいりました。

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fall outには他の意味もあります。「放射性物質が流出する」。そして「隊列を離れる」。実際にプルトニウムの流出が発端となる物語であり、これまでのシリーズからの流れを考えてみても、組織を誰が離れるのか、離れさせられるのか、そのあたりが物語の分岐点となってきました。
 
脚本家として映画界にやって来たマッカリー監督です。複雑な脚本を書くのが得意な人で、なおかつ古き良き技術や映画への強いリスペクトをトムと共有もしています。冒頭、ミッションが告げられるくだりの小道具や、映像を粗めにざらつかせるセンスにも、シリーズの原点への目配せと、シンプルにトムとマッカリーの趣味が反映されていました。そして、脚本です。世界屈指のエージェントたちが敵を欺いて罠にはめていく痛快さが前作の特徴でもありましたが、今回は騙し合い。IMFが仕掛けた罠には、僕はまんまと騙されました。お見事。ただ、その騙し合いをより複雑にするために、今回は大きく3つの立場がある他、それぞれの中でもまたスタンスが枝分かれしていたりするので、正直わかりにくいところも多々ありました。そこに、タイムリミット・サスペンスもいくつも組み合わせてあるということで、展開が唐突に感じられること、そしてイーサンたちが基本的に場当たり的になってしまう印象は否めないです。
 
「どうする?」
「今考える。どうにかする」
 
ってのが多いんですよね。現場主義は一見かっこいいけど、世界の未来がかかってるんで、そこんとこはもうちょっと事前準備をしてもらっていいですかっていうのはありますね。ま、トムの骨折などいろいろあったために、撮影現場が実際に「今考える。どうにかする」っていう状況だったようなので、それを踏まえると、よくまとめられたよ、とも言いたくはなりますが。

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僕が感じた唯一大きな不満は、復讐だなんだと、個人の因縁・怨念めいたものを敵側の動機として前面に出すことで、シリーズのつながりは出るものの、スケールが小さく感じられるのと、娯楽作としては心理的に鈍重になることです。007のスペクターのように、宿敵ってのは大事ではありますが、なぜこんな面倒な方法でのリベンジでないとダメなのか、そこを見せないと、こちらはポカンとするし、辛気臭くなるかなと思います。
 
ともかく、設定やお話の筋は基本的にはよくあるものです。だからこそ、トムやマッカリーがスタッフが、それぞれにやり過ぎなくらいにサービス精神と工夫を凝らすことで、そんじょそこらのドラマや映画には決して真似できない映像体験を僕らに提供してくれる、先週も似たようなこと言ったけど、この夏大本命の1本ができあがっています。

さ〜て、次回、8月16日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『オーシャンズ8』です。来たよ来たよ〜。我らがオーシャンズが帰ってきたよ〜! これで出来栄えがよかったら、3週連続で「この夏の大本命」って言う羽目になりそうです。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!