京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

映画『孤狼の血』短評

 FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年5月17日放送分
『孤狼の血』短評のDJ's カット版です。

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平成の一歩手前、昭和63年。暴力団対策法が成立する直前の広島県、呉原。地場の暴力団「尾谷組」と、大都市広島の巨大組織を後ろ盾に呉原で勢力拡大を目論む「加古村組」との間で、抗争の火種が燻っていた。そんな中、加古村組関連企業の金融会社社員が失踪。これは殺人事件だと踏んだ呉原署マル暴のベテラン刑事大上と、県警から配属されたばかりの新人日岡は、事件解決に向けて動き出す。かくして、それぞれの組織の思惑と疑惑が交錯して渦を巻く大騒動の火蓋が切り落とされる。

孤狼の血 (角川文庫)

原作は「警察小説X『仁義なき戦い』」だと評判を呼び、直木賞候補作、そして「このミステリーがすごい! 2016年版 国内編」で3位にランクインした柚月裕子の同名小説。監督は白石和彌、43才。公開予定も含めると、2年で5本という脅威のペースで、そしてクオリティーの高さを維持してメガホンを取り続ける最も活きのいい若手監督です。さらに、ここを声を大にしないといけないけど、僕らのアミーチでもあるということですね。
 
呉原のベテラン刑事大上を役所広司が、そして新米刑事日岡を松坂(まつざか)桃李がそれぞれ演じる他、江口洋介真木よう子中村獅童ピエール瀧竹野内豊石橋蓮司滝藤賢一音尾琢真田口トモロヲといった豪華キャスト陣が演技合戦を繰り広げます。
 
製作プロダクションと配給は、50年代から60年代にかけては警視庁物語シリーズで、さらに70年代にはご存知『仁義なき戦い』シリーズの実録やくざ路線で知られる、東映です。
 
それでは、3分間の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

ごく簡単に東映の歴史を踏まえておくと、日本映画黄金期の1950年代に、時代劇ブームを牽引したんですが、それが下火になってくると、他の会社のように現代劇でヒットを生み出せずにいたところ、60年代に入って、高倉健を一躍スターに押し上げたやくざ映画を量産して息を吹き返します。でも、そのやくざ映画っていうのは、明治から昭和初期にかけての古いやくざ像だったわけです。とても様式的で独自の美学に裏打ちされた、そのやくざ映画も70年代にはまた下火に。そこで、もっと現代的で刺激が強く、勧善懲悪に囚われない、日本版『ゴッドファーザー』を作ろうという意図でできあがったのが、深作欣二の『仁義なき戦い』でした。これがまた一世を風靡して実録やくざ映画というシリーズが生まれる。

日本侠客伝 仁義なき戦い

 ただし、この『孤狼の血』の時代でもある昭和の終わりには、暴力団対策法も登場。反社会的なものを美化しかねないやくざ映画は、スクリーンから遠ざかり、こうした題材はVシネマ、つまりセルビデオを中心としたものに小規模化していきます。『孤狼の血』は、東映のプロデューサーが企画。かつてのアウトローな登場人物たちを蘇らせたいと白石監督に白羽の矢を立てて奮闘したものです。ただ、単なるノスタルジーではなく、この平成最後の年に、人間のギラギラした欲望と、白黒つけられない灰色の正義を、実は新しい枠組みの中で撮ったのが素晴らしいと僕は思っています。

 
ナレーションの入れ方、テロップの出し方など、確かに実録やくざ映画路線のスタイルには見えるんですが、考えてみると、これはあくまでもベテラン、新米、ふたりのバディーものであって、警察の側から描いているし、あくまでフィクションであって、手記に基づく実録ではない。広島舞台の実録路線が、実は京都市内と撮影所で撮られていたのに対し、こちらは呉でのオールロケ。白石監督は、ロケで本領を発揮する。土地の磁場を捕まる映画人です。見事なロケハンと美術・小道具のきめ細かい選択が功を奏して、昭和の瀬戸内をくすんだ色使いで蘇らせた。白石監督は色んな映画を撮っているけれど、確固たる作家性があると思っていて、それは「主流派でないオルタナティブな価値観を持っているがために、主流派の中でもがく人間の生き様を描く」ということ。彼ら/彼女らは、ある種ピュアな価値を振りかざす矜持と、時に引き返せないほどの狂気の両方をいつも持っています。

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今回の大上と日岡は、それぞれに白石映画的人物。「警察じゃけ、何をしてもええんじゃ」と暴力団と癒着する大上には狂気が、そして日岡には僕たち観客が感情移入しやすい「正義」という価値基準が託されているように最初は見えるんです。ところが、むしろ逆に見える瞬間も徐々に出てくるんです。大上にこそ矜持があるのかもしれないと思えると、今度は日岡の狂気も顕になってくる。
 
この映画のすごいのは、そうした人間のわからなさ、それゆえの魅力、奥行きを、あくまでミステリーとして見せてくれることなんです。ヤクザたちはあえて単純化して描くことで、いくら抗争がややこしくなっても一見複雑な人間関係をわかりやすく交通整理。大上の黒い疑惑を白い日岡が暴くという謎解きを軸にすえました。そうして白と黒とが混ざり合い、主役2人についてはとことん灰色に塗り込めていく。こいつら何者なんだ。そういうサスペンスがずっとあって、バイオレンス、エロス、ユーモア、呉ならではの景色、最高のキャストといった映画ならではの魅力をこれでもかとぶち込み、さらにそのどれもに新しいアイデアを反映させてある。そりゃ、白石監督の堂々たる代表作にして、今年度日本映画の大本命たる1本じゃないわけがない。
 
単純明快な「正しい」メッセージとか、安っぽいメッキの正義とか、「泣ける」だ「感動する」とかいった表面的なものだけで映画が作られているようでは、日本映画そのものがダメになる。牙をむいた得体の知れない大人たちが血と汗と欲望にまみれて蠢くところに、あなたも飛び込んでもまれてみてください。価値を揺さぶられてください。
 
社会の土俵際で生きる人間を通して社会の核心を射抜く東映実写映画の精神性がここに蘇りました。

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↑ 今回の音尾琢真さんは、そらもう影の主役じゃけえ、とくとご覧くだせ〜

 

白石監督ですが、次作の公開も秋に決定!

今や伝説のインディペンデントな監督若松孝二のもとで助監督を務めた白石さんが、若松プロダクションの映画人たちを描いた青春映画『止められるか、俺達を』。なんですか、このハイペースは。もはや「止められるか、白石を」状態だよ。

凶犬の眼

そして、柚月裕子の原作は続編の『凶犬の眼』も出版されました! こ、これは、もしかして、『孤狼の血』もシリーズ化するのか? それもこれも、今作がヒットするかにかかっているわけで、ぜひともみんな映画館へ出かけてくださいまし〜

さ〜て、次回、5月24日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ピーターラビット』です。昨日の番組では、日本語吹き替え版でピーターの声を担当した千葉雄大さんを迎えましたが(下のから、5月23日までならすぐに振り返って聞けますよ)、既にある程度お話していますが僕も改めて凝視してきます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!

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『サバービコン 仮面を被った街』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年5月10日放送分
『サバービコン 仮面を被った街』短評のDJ's カット版です。

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1950年代のアメリカ郊外に開発されたニュータウン「サバービコン」。自然豊かで渋滞とも無縁。治安も良くて子どもの教育にも最適。アメリカン・ドリームをそのまま形にしたような街に続々と移り住んできた白人中流家庭。そこに黒人のマイヤーズ一家がやって来ると、事態は一変。話が違うじゃないかと憤る白人たちは、マイヤーズを排斥する差別的な行動を取るようになります。マイヤーズの隣に住んでいるロッジ家に強盗が押し入り、足の不自由な妻が命を落とす。まだ幼い一人息子ニッキーは、父とおばに気遣われながら日常を取り戻そうとするのだが、事態は徐々におかしな方向へと展開していく。

 

1999年に書かれてはいたもののお蔵入りとなっていたコーエン兄弟の脚本に、この作品では監督に徹したジョージ・クルーニーが、1957年に実際に起こった郊外での黒人排斥運動の要素を盛り込みました。

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 ロッジ家の主ガードナーを演じるのは、マット・デイモン。妻とその姉(一人二役)には、『キングスマン・ゴールデン・サークル』で最高に悪趣味なヒールを熱演したジュリアン・ムーアが扮している他、妻にかけられていた生命保険の調査員として、『スター・ウォーズ』シリーズここ2作の人気キャラ「ポー・ダメロン」の記憶も新しいオスカー・アイザックが出演しています。

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ジョージ・クルーニーは監督6作目。かつて『グッドナイト&グッドラック』で脚本賞にノミネートしながら受賞を逃したヴェネツィア国際映画祭に今作は出品されました。
 
それでは、3分間の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

邦題の「仮面を被った街」が端的に説明しているように、一見理想的で善良な家庭の抱える闇を暴く郊外が舞台の作品という要素がまずあるわけです。思い出すのは、99年にアカデミー賞5部門を獲ったサム・メンデスの『アメリカン・ビューティー』。もっと田舎町ではあるけど、デヴィッド・リンチの『ブルー・ベルベット』も、一見のどかな町の裏に潜むおぞましさを描いてみせていました。

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 この種のテーマは僕は大好物なんですよ。サバービコンは理想を絵に描いた書き割りのような街。極めて人工的、画一的。白人だけが住んでいるわけだけど、人間の欲望も漂白されていて、逆に異様なんです。そこで突如起きる強盗殺人。しかし、犯人たちは金目のものを盗まなかった。それはなぜか。裏で誰かが糸を引いているのではないか。一皮むけば邪(よこしま)で欲にまみれた大人たちの手前勝手な行動を、一人息子のニッキーがじっと観察する。コーエン兄弟の『ファーゴ』にもあった「やむにやまれぬ殺人」というモチーフも登場するんですが、クルーニー監督にしてみれば、それをサスペンスの神様ヒッチコック風に描いてみようという意図が透けて見えます。

 

光と影の強調、ナイフの使い方もそれっぽいし、やがて誰かが口にすることになる毒入りのミルクなんて、まんま『断崖』という映画です。そして、死体の始末をするところに笑いを盛り込んでくるあたりは『ハリーの災難』も思い出します。マット・デイモンが身体のサイズとまったく合わない小さな自転車を必死でこぐところとか噴飯物でした。まとめると、ひねりのあるコーエン兄弟の物語をヒッチコック的様式でくるんだ、ブラック・コメディー+サスペンス・スリラーでロッジ家の地獄、欲望の成れの果てを社会風刺として描く映画を目指した、と。

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 好みは別として、僕はそこまではある程度はうまくいっていると思うんです。僕の大好きな「人は見かけによらない」というテーマもうまくハマっていました。ただ、リベラルな運動家としても知られるクルーニーですから、それだけでは物足りないし、自分がやる意味がないとでも思ったのでしょう。このコーナーでも最近よく扱う黒人差別(しかも実話ベース)の要素を付け加えて、自分のスタンスを表明しながら、分断されたアメリカへの批判も盛り込むことで、20年ほど前の脚本を今映画化する意味を見出した。その意図は分かります。見上げたことです。

 
でもね、クルーニーさん。映画を観たら、後で脚本を足したんだなってことが丸見えになっているのはいただけないですよ。黒人差別を描くマイヤーズ一家のパートと、郊外の闇を描くロッジ家のパートが噛み合ってなくて、ただ偶然隣り合っていたっていうだけになっちゃってる。唯一噛み合ったのは、クライマックスの部分で、ロッジ家での派手な物音を、マイヤーズ家の回りで暴徒化する白人たちの騒ぎがかき消す役割を果たしていました。でも、それだけじゃダメでしょ。黒人差別問題を小道具にしているだけっていう批判が出てしまうようでは、クルーニーさんのねらいの逆の結果になっているとも言えるわけだから。そうなっちゃうと、あの後味スッキリの素敵なエンディングも、鼻白む客が出るのは仕方ない。
 
ただし、僕は実は結構好きな1本です。ニッキーくんも含め演技はみんな最高だし、キッチュな美術の色使いも配慮が行き届いています。それだけに、クルーニーさん、もったいないよ〜。次は肩肘張らずに、またスリラーにトライしてほしいなと僕は本気で思っています。
さ〜て、次回、5月17日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、役所広司松坂桃李が奮闘する『孤狼の血』です。今週番組では白石和彌監督をゲストに迎え(下のリンクから、5月15日までならすぐに振り返って聞けますよ)、既にある程度お話していますが僕も改めて凝視してきます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!

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『君の名前で僕を呼んで』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年5月3日放送分
『君の名前で僕を呼んで』短評のDJ's カット版です。

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1983年夏。北イタリアの小さな町(メインのロケ地はクレーマというロンバルディア州の町で、人口は3万5千人ほど)を舞台に、家族で夏を過ごす17歳のエリオと、考古学者である父がアメリカから避暑と研究の手伝いのために招いた24歳の大学院生オリヴァーの淡い恋模様を描きます。ふたりは同じ家、隣同士の部屋に住み、自転車で街を散策。川で泳いだり、読書や音楽鑑賞をして過ごすうち、エリオの気持ちがだんだんと止められない恋心へと成長していきます。それぞれに女の子と付き合ったりはするのですが…
 
原作者はアンドレ・アシマンという1951年エジプト生まれの作家。彼自身が大学教授でもあって、今もニューヨーク大学で教鞭をとっています。この種の恋愛経験があるわけではないということらしいんですが、やはりイタリアで過ごした少年時代の思い出をベースに物語を編んでいます。翻訳が出るのが遅くて、4月27日にいきなり文庫でマグノリアブックスから出版されたばかり。僕も購入しました。

君の名前で僕を呼んで (マグノリアブックス)

脚色したのは、カズオ・イシグロの小説を映画化した『日の名残り』や『モーリス』などで知られる映画監督のジェームズ・アイヴォリー89歳。ロケ地もイタリアということで、製作スタッフの多くをイタリア人が占めています。その筆頭として、監督はまだ46歳と若いルーカ・グァダニーノ。イギリスの女優ティルダ・スウィントンとの仕事で知られている人で、彼女をキャストに迎えた『ミラノ、愛に生きる』や『胸騒ぎのシチリア』は日本でもDVD化されていて、簡単に観ることができます。

ミラノ、愛に生きる [DVD] 胸騒ぎのシチリア(字幕)

主人公のエリオを、『インターステラー』でケイシー・アフレックの少年期を担当していたティモシー・シャラメが、そしてオリヴァーを『コードネーム U.N.C.L.E.』のアーミー・ハマーが演じています。
 
本作は、今年のアカデミー賞で、作品賞、主演男優賞、脚色賞、歌曲賞にノミネートし、見事脚色賞をジェームズ・アイヴォリーが史上最高齢で獲得しています。
 
それでは、久々にイタリア舞台の作品ということで力の入る3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

ざっくり言えば、これはA Summer Affair、ひと夏の恋物語です。昔からこの手の話はよくあるわけですよ。避暑地で出会って惹かれ合うふたり。でも、それぞれには本来の居場所がある。夏が終われば、元の生活に戻らないといけない。そのタイム・リミットが火に油を注ぐ格好になり、恋は燃え上がる。
 
その構図が、男女ではなく、この映画では男同士になってるんですよね。華奢なエリオと、劇中にも出てくる彫刻のような肢体の持ち主オリヴァー。夏ということもあり、ふたりの露出度は高く、ていうか、ほとんど半裸の場面も多く、確かに、超ど級に美しいです。劇場にはそんなふたりの胸キュンなやり取りに燃え萌えな女性たちが詰めかけていて、さながら目の保養所と化していました。要はこの作品、これまでもよくあったひと夏の恋物語に、LGBTの要素をかけ合わせたことで目新しいものにしていると勘違いしている方、多いと思うんですが、それは僕に言わせればちょっと違うんです。
 
この種の恋愛ものだと、特に時代のこともあり、不寛容な社会からの差別とどう折り合いをつけるのか、あるいはHIVウィルス問題の動揺をどう受け止めたのか、そういった言わば逆境の中での話になることが多いのに対し、この作品にはそうした傾向はほとんど無いんです。フォーカスしているのは、もっとピュアなふたりの心身の動きそのものなんですね。その他の要素はほぼ省いてあります。
 
監督のグァダニーノ。彼はこれまでも社会や周囲が味方してくれるわけではない恋愛をモチーフにしてきました。登場人物を少人数に絞り、その関係性、生じる力学の変化をすくい取ってきた。たとえば『ミラノ・愛に生きる』でもそうなんですが、心と身体の交流に微細な自然描写を差し挟むことで、認められない恋だろうとこれだけ美しいんだという見せ方をしてきたのかなと僕は思ってます。ただ、正直、僕は世間ほど高く評価してはいませんでした。こう持っていきたいんだという作り手の意図が見え隠れして、言葉は悪いんだけど、ちょっとあざとさを感じるところもあったんですよ。
 
ところがどうでしょう。この作品では、そんな不満もどこへやら。ひたすらに賛美です。勝因のひとつはアイヴォリーの適切な脚本です。3ヶ国語が飛び交う洒脱なユーモアに満ちた会話と、その言葉の比重を減らした余白の作り方が絶妙。その余白に北イタリアの自然美が花開く構成。監督もこれまで以上に映像の運びが上手くて、ふたりのそれだけではなんてことない無邪気な動作なんかを積み重ねることで、ふたりのその時にしか体験できない、忘れられない時間の層をフィルムに焼き付けていく。その意味で、僕は編集がすばらしかったと思います。結構カット数が多くて、もうちょい長かったらダレてしまったり退屈させたりする直前でスッと次へ行くんですよ。その緩急がうまい。
 
ふたりともユダヤの血を引いてるんだけど、ダビデの星のペンダントであるとか、ふたりの過ごす部屋の配置と扉の開け具合、たわわに実った果樹園のあんず、自転車、彫刻、そしてしょっちゅう画面で飛んでるハエ(!)も含め、小道具の使い方とそこに込める含みのある意味もお見事。

FM802春のキャンペーンACCESS、今年のキャンペーンソング『栞』の中で、尾崎世界観はこう書いてます。「簡単なあらすじなんかにまとまってたまるか」。この映画はまさにそれ。あらすじにするとあっさりするんだけど、これは132分を一緒に生きてなんぼの映画です。ときめき。嫉妬。迷い。苦しさ。反発。衝動。欲望。歓喜。別離。記憶。痛み。成長。この映画には恋愛感情のあらゆる要素が詰まっています。
 
それを経たラスト10分くらいのエリオを見てください。もう最初とはまったく違う美しさをたたえた青年に変貌してるんです。そして、彼らを見守る両親のスタンスの素晴らしさたるや! 何最後にお前らええとこ持っていくねん! 最高やないか〜〜!
 
男同士だからといったバイアスはいったん忘れて、あなたも純度120%の恋愛映画に打ち震えてください。

それにしても、ふたりの美しさは神がかってました。エリオは映画史に残る美少年として名高い『ヴェニスに死す』(これも北イタリアで、男同士だ!)のビョルン・アンドルセンに匹敵しますね。

ベニスに死す [DVD]

アイヴォリーはヌードシーンを脚本に用意していて、監督も交えて撮影の打合せまでしていたそうですが、最終的にはフルヌードの濡れ場はありません。PG12だしね。むしろ、ベッドシーンではあっさりとカメラは引いてしまいます。結果として、僕はそれで良かったのだと思います。その生々しさで勝負しちゃうと、やっぱりLGBTの色彩が前にせり出してきて、この映画に限ってはそれがマイナスになりかねませんから。

さ〜て、次回、5月10日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、ジョージ・クルーニー監督、マット・デイモン主演『サバービコン 仮面を被った街』です。この組み合わせで、ひねりと風刺のきいたスリラーなのかしら。予告を観る限り。よくわかんないけど、いずれにしても楽しみだ。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!

 

『レディ・プレイヤー1』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年4月26日放送分
『レディ・プレイヤー1』短評のDJ's カット版です。

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2045年。貧富の差が拡大し、荒廃した世界。人々は現実に楽しみや希望を見いだせず、VRの世界OASISに逃避する日々。なぜなら、OASISはゴーグルをつけさえすれば、誰でも何にでもなれるから。そこでは理想がリアルに体験できるから。ある日、亡くなった開発者ジェームズ・ハリデーの遺言のようなメッセージが発信されます。このOASISに隠された3つの謎を解き明かした者に、彼の莫大な遺産、並びにOASISを運営する権利が授けられるというもの。17歳の孤児ウェイドはその謎解き、宝探しに躍起となるうち、美女アルテミスなど他の仲間と出会うのだが、巨大企業IOIがその行く手を阻みます。
 
2011年に出版され、エイティーズ・ポップカルチャーへの賛辞を前面に出して世界的ヒットとなったアーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』を、スティーブン・スピルバーグ監督が映画化。アニメ、ゲーム、映画、音楽。OASISの中にこれでもかと詰め込まれたオマージュの数々には、ガンダムメカゴジラAKIRAストリートファイターハローキティなどなど、日本のものもたくさんあります。
 
スピルバーグ、現在71歳。日本では『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』が先月公開されたばかり。スピルバーグ最新作をハシゴできてしまうこの状況にまず驚きです。
 
それでは、なんとなくゴーグルみたいなのを付けて観たいと思い、3D吹き替えで鑑賞してきた僕による3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

80年代に百花繚乱したポップカルチャーの数々。諸説ありますが、70年代から日本ではオタクという言葉が生まれ、現実にうまく適応できない人達が、一種の逃げ場として、シェルターとして、フィクションの世界に耽溺するという現象が見受けられるようになりました。二次創作など、独自の文化とコミュニティを生み出してきたオタクたちですが、インターネットが登場してますますその数を増やし、それぞれにコミュニティを形成。果てはクール・ジャパンなどという政府の掛け声も生み出すほど、オタクの地位向上というか、ネガティブなイメージで語られることも減りながら現在に至ります。
 
こうしたポップカルチャーはテクノロジーの進化と切り離せないもの。僕も先月オースティンのSXSWで確認しましたが、もうVRはすごいことになってました。たとえば、イライラしている人がゴーグルをして仮想世界に入り、そこにあるテレビとかパソコンとか電化製品を壊しまくってスカッとするアトラクションとかあったんですよ。いくら見本市とはいえ、傍から見ていた僕は正直その姿に吹き出してしまいました。と同時に、近い将来、時間があればVRの中へ入り込む人が大勢出てくるんだろうなと思ったわけです。もちろん、100年を越える歴史を持つ映画だってそういう装置には違いないんだけど、ゴーグルひとつで文字通りの別世界へ飛んでいけるとなると、発想は延長線上にあるとはいえ、一線どころか二線か三線越えてるのではなかろうか。

未知との遭遇 ファイナル・カット版 (字幕版)

前置きが長くなりました。これは映画作家スピルバーグのひとつの到達点だと僕はみています。初期の名作『未知との遭遇』で主人公が最後に何をしたかを思い出してください。多くのスピルバーグ作品の主人公にとって、現実の世界というのはキツいものであって、自分のいるべき場所ではなかった。ここではないどこかに自分が幸福になる場所があるはずなんだ。フィルモグラフィーの節目節目で、映画史に残る技術革新を形にしながら、テーマとしてはそういう映画を撮ってきた人です。この『レディ・プレイヤー1』は、自分が一気に世界に名を轟かせた80年代を、自分の作品も含めて総ざらいしつつ、最高だよね〜アガるよね〜と観客をもてなすだけじゃないんです。むしろ、ちょっと待てよ。俺たちはフィクションを見て「リアルだ」とか何とか言ってるけど、現実をなおざりにしていいのかよっていうところへと導いていく。そこがこれまでのスピルバーグと違うところじゃないでしょうか。

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冒頭のシーン。ヴァン・ヘイレンのJumpをかけながら、2045年の貧民街の様子を見せていきます。積み上げられたトレーラーハウス。高いところに住んでいる主人公ウェイドが、まさにジャンプを繰り返して地上に下りていく。その途中、そこらのトレーラーハウスには、ゴーグルを付けて現実逃避している人々のなかなか滑稽な様子が映る。ここでもうスピルバーグはテーマを早くも提示してると思うんです。ヴァン・ヘイレンのあっけらかんとしたアガるサウンドにも関わらず、現実のウェイドのジャンプは後に出てくるOASISの中のように華麗なるものではないし、何より空もそのスラムもすべてが灰色。このギャップですよね。
 
スピルバーグは正面切ってCG技術の粋を尽くしながらOASISを描きました。自分でもゴーグルを装着して演出したそうです。一方、現実の場面ではフィルムを使って撮影。ハイブリッドな映画作りをしています。
 
この作品を「プロフェッショナルな廃品回収リサイクルボックス」だとするアメリカの評論家がいます。マニアックで閉じられていて、二次創作の延長にすぎないということでしょう。

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僕は違うと思う。一匹狼だった主人公が友情を育んで力を合わせ、敵と戦い、謎解きをして成長するという、少年ジャンプ的でもある極めて王道のストーリーラインを軸に、何度観ても発見がありそうなサブリミナルレベルのものまでぶち込んだサブカルまとめ情報を巧みに入れつつ、でもそれだけじゃダメなんだ。フィクションは絶対に人間に必要だけれど、フィクションを絶対視してはいけないんだというところに着地してみせた。
 
OASISの創設者であり、OASISの中ではアノラックとして『ホビット』のガンダルフの姿で登場するジェームズ・ハリデーは、スピルバーグの自己投影でしょう。これは技術的に画期的かつ個人的な作品であり、映画史にも太字で刻まれるような重要な1本になっている。結論として、やっぱりスピルバーグは凄い!

サントラも話題となっていますね。僕はこの曲がかかるところで結構グッと来ました。

 

あ、そうそう、今回僕は吹き替えで鑑賞したんですが、クレジットに日髙のり子と三ツ矢雄二の名前を発見! こ、こ、これは… 『タッチ』やないか〜〜! あだち充ファンとして、ニヤリな瞬間でしたよ。

さ〜て、次回、5月3日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『君の名前で僕を呼んで』です。80年代の北イタリアが舞台。監督はイタリア人のルカ・グァダニーノ泣く子も黙るアカデミー脚色賞受賞作。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!

『パシフィック・リム:アップライジング』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年4月19日放送分

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今思えば、巨大ロボットや怪獣など、日本が得意としてきたコンテンツの谷間だったと言える2013年。前作『パシフィック・リム』が公開されました。そこで日本のアニメ&特撮ものへのこだわりとリスペクトを込めたのが、今年『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー作品賞を獲得したギレルモ・デル・トロ。今回彼は製作総指揮に回り、テレビやストリーミングで演出をしていたスティーブン・S・デナイトが監督を務めました。

パシフィック・リム(字幕版)

海の底の裂け目から現れたKAIJUたちが地球を襲った惨劇から10年。復興が進んでいく中、KAIJUを倒した人間が操縦するロボット「イェーガー」の技術は更新され、民間企業による無人型イェーガーの開発も進められ、KAIJUのいない時代なりに、人類は備えをしていました。訓練中、突如現れてこちらに襲いかかってきた謎のイェーガー。その正体は? 人類の新たなる戦いが始まる。
 
前作で殉職した英雄の息子だが、ゴロツキとして廃墟で暮らしていたところを軍に呼び戻されて真のパイロットへと成長していく主人公ジェイクをジョン・ボイエガ、その同僚ネイサンをスコット・イーストウッドが演じている他、日本からは前作に引き続き菊地凛子、さらに、若きイェーガー・パイロットとして新田真剣佑など、前作に引き続き、日本人キャストも参加して話題を呼んでいます。
 
それでは、3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

もしもデル・トロが今回もメガホンを取っていたら… 1が日本でもあれだけの熱狂を生んだだけに、監督交代劇を惜しむ声はよく聞かれます。でも、補足しておくと、デル・トロにはやる気があったわけです。実際に撮影の段取りも組んでいたんですが、そこで制作会社レジェンダリー・ピクチャーズと配給会社ユニバーサル・ピクチャーズの対立が深刻化してあえなく中止。企画はしばらく宙吊りになりました。その後、レジェンダリー・ピクチャーズは中国の大連万達(ワンダ)グループによって買収。こうしたゴタゴタで時間を食った結果、デル・トロは『シェイプ・オブ・ウォーター』に集中するべく、自分は製作総指揮に回りました。それでアカデミー作品賞を獲得したわけだから、デル・トロは今後より影響力をもって、トレードマークでもあるフェティッシュなこだわりを実現できる土壌を手にしたわけで、それはそれでトータルで見ればOKだと言えるでしょう。
 
彼は作家性を重んじる人だから、続編と言えど、デナイト監督でないとできないことを実行するといい、押し付けはしないから、好きにやってくれと伝えられたようです。
 
具体的に言えば、今回僕もしっかり驚かされたイェーガー同士の戦いというアイデアはデル・トロによるものです。ただ、それをどう見せるかという演出の部分において、
デナイト監督は、はっきり、前作の踏襲よりも革新を、おかわりよりも違う調理法を選んでいます。その志は評価すべきなんだけど、作家性と嗜好の違いが浮き彫りになった結果、あくまで続編として考えた時に、前作ファンの求めるものとの齟齬が無視できないレベルで生まれているわけです。

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では、その違いとは何か。メインの戦闘シーンに端的に表れています。前作は夜だったり雨が降ってたり海だったりと、とにかく暗い絵面が多かったですよね。何が起きているか分かりにくくて、あれはCGの粗をごまかすためだとも言われていました。確かにそういう技術的な理由もあったはずですが、それをむしろ活かしたデル・トロは、ブレードランナー的とも言える終末論的世界に仕立てました。原子力で動くイェーガーは、操縦がふたり一組でやたら難しいし、動きも鈍重でした。KAIJU相手に劣勢に立たされることもしばしば。でも、だからこそ、ケレン味の利いた日本的な間合いから繰り出される必殺技が決まった時のカタルシスがあったんですね。

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それがデナイト演出にかかると、戦闘シーンはほとんど昼日中、降り注ぐ陽光の下で展開されます。この5年でグレードアップしたCG技術を誇示するかのように。イェーガーそのものもグレードアップ。無人機も含め、バリエーションが増え、カラーリングもスタイリッシュ。操縦は容易になり、動きがキビキビしました。デナイト監督はウルトラマン好き、なおかつマイケル・ベイトランスフォーマー・シリーズに最近は脚本家として参加していますから、そりゃ鈍重なロボットは嫌でしょう。
 
両者の違いは、ロボットを捉えるアングルにも出ています。デル・トロは重量感を際立たせる下から見上げるものが印象的だったのに対し、デナイトは高いところから見下ろすことが多い。デル・トロのジメジメした湿度過多な画面に対して、デナイトはカラッとしていて悲壮感が弱め。
 
ネタバレの問題があるから踏み込まないけど、イェーガー同士の戦いがあるってことは、単純に人類vsKAIJUじゃないわけで、物語の力学も違いが鮮明です。
 
以上、違いを挙げてきましたが、今作には映画としてのまとまりに少し難があることも付け加えます。前作で記憶に残るのは、やはりバトルそのもの。話は正直そこまで重要じゃないというか、ありふれたものでした。アルマゲドン的自己犠牲。KAIJUって一体何なんだという謎。これができなかったらもう終わりだというタイムリミット・サスペンス。でも、話が分かりやすかった分、観客もバトルに集中できたわけです。
 
今回は物語を構成する要素が多い上、それを並べるのに時間がかかっている分、バトルが淡白になってしまってます。操縦も簡単だしね。だから、とりあえずスケール感を出すために、続編にありがちな力のインフレが起きてしまっています。せっかくイェーガーをスタイリッシュにして種類も増やしたんだから、それぞれの特徴を描けば萌えそうなもんだけど、そこに時間を割けていない。となると、真剣佑を含めた若きパイロット達のキャラや成長も描ききれず、ドラマとしても淡白です。
 
結論。デナイトの意欲は買うし、ジャンル映画として一定の水準に達している。その証拠にヒットもしている。大画面で観る価値大アリ。なんだけど、次があるなら、やはりデル・トロにもう一度アップライジングしてほしいと思ったのが正直なところです。

映画通としてもおなじみ、川上洋平くんが『シン・ゴジラ』に反応して書いたというKaiju / [Alexandros]をオンエアしました。

さ〜て、次回、4月26日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、スピルバーグ『レディ・プレイヤー1』です。これ、またガンダムが出てくるぞ〜。2週連続、ガンダム(「アップライジング」でも、チラッと映り込むんですよ)。しかし、結局『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』を観られてないんだよなぁ。それはともかくとして、スピルバーグのタイプの違う新作を同時に観られる環境は素晴らしすぎる! あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!

映画『娼年』短評

 
FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年4月12日放送分
『娼年』短評のDJ's カット版です。

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森中領は、東京の名門大学に籍を置きながらも、そこに意味を見いだせず、女性関係にも退屈し、バーテンダーのアルバイトで日々を潰すようにして生きている。ある夜、領の務めるバーに現れた美女、御堂静香。「女なんてつまらない」と言ってはばからない領に興味を持った静香は、経営する会員制ボーイズクラブに彼を所属させる。「情熱の試験」なる「身体及び技能検査」をパスした領は、その翌日から娼夫としてデビュー。年齢も境遇もそれぞれ違う様々な女性たちの欲望に接するうち、彼は次第に表情に生気を宿し、人生観を変化させていく。
 
2001年に書き下ろされて直木賞にノミネートした石田衣良の原作が、2016年にまず舞台化されました。演出は三浦大輔。主演は松坂桃李。僕は残念ながら観ることができていないんですが、基本的に全裸で役者たちが性行為を表現するセンセーショナルな演劇として耳目を集めました。三浦大輔さんは演劇ユニット「ポツドール」の主宰者で、2006年の『愛の渦』では演劇界の芥川賞とも言われる岸田國士(くにお)戯曲賞を獲得。同時に映像作家としても活躍。このコーナーで扱った『何者』は、僕も高く評価しました。

何者 愛の渦

 今回の映画化では、監督三浦大輔、主演松坂桃李という軸はそのままに、映像だからこそできる表現を模索しています。もちろん、R18指定です。

 
それでは、少し気後れしながらも行くしかない。虚飾を剥ぎ取り、歯に衣着せぬ3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

内容が内容だけに、興味本位も含め、それが悪いことだとは別に思ってないですが、話題となるのはどうしても性描写ですよね。監督はインタビューにこう答えています。「僕が今まで観てきた映像作品での性描写は、どこか“撮りっぱなし”な印象をもっていたのです。この作品では、セックスを会話を撮るように緻密に撮っていきたい」。なるほど。確かに、こんなに細かくカットを割った性描写はそうそう無いし、セックスシーンだけで1日がかりという地獄のような撮影も行っていたようです。想像するだけでメンタルがやられそうですが…
 
三浦監督の興味は、この作品に限らず、こういうことじゃないでしょうか。一見「普通」とされる人々が特殊な環境に放り込まれることによって直面する価値観の変化を描く。その装置が今回は売春であり、『何者』では就職活動だったのかなと。領はみんなに普通とはっきり言われていました。人間不信というか、自分の人生に対しても社会制度に対しても、あきらめがちな無気力な若者です。「セックスなんて、手順の決まった面倒な運動だ」とのたまうくらい。そんな男が娼夫としてデビューすることで、つまり自分が商品化されることで、多種多様な女性たちの性欲のはけ口としての道具となります。それがある種の荒療治となり、幅の狭くて一面的だった彼のものの見方が押し広げられる。自分の目を通して認識している世界なんてちっぽけで、世の中にはもっと色んな孤独と悩みがあるのだ、そしてこんな自分も誰かを喜ばせることができる、もっと言えば、誰かを救えるのだと、これまた多様なセックスを通して体験学習しているわけです。少し難しく言えば、社会を相対化できるようになっていく。

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この「相対化」はキーワードでしょうね。性的に商品化されるのは女性が圧倒的に多かったものが、ここではその構図が逆転している。観ていて思わず笑ってしまった人もいるでしょうが、たとえばラブホテルで部屋に入る前からキスの嵐で、ベッドへ向かうのももどかしく求め合う場面がありましたが、そこでふっと、部屋の外の掃除のおじさんたちの姿と会話を挿入してみせることで、この行為が一歩引いて見れば滑稽ですらあることをさり気なく見せるわけです。他にも、熱海でのビデオカメラを使った演出も、文字通りもうひとつの視点を加えることでセックスを相対化しています。「森中くん、続けたまえ!」というセリフには笑わされました。コントラストを極端にして青い色味を強調したアーティスティックな画面の中に、効果音を排除して身体が発する音を強調した生々しいAVまがいの行為を放り込むのだって、神秘にもポルノにもどちらにも転ばないバランスを保って、やはりセックスを相対化しているのではないかと。
 
こうした問題意識に、僕は賛同しています。でもね、この程度のバリエーションでは驚けなくないですか。アブノーマルとされていることのバリエーションと目新しさが弱くて、簡単に言えば、変態の中ではそこそこ普通だったりするので、肝心のセックスシーンを長いなと感じてしまうこともありました。領くんのスキルアップも、わかるようで客観的にはわかりにくいですよね。肉体による会話のシーン数を減らしてもいいから、ひとりひとりのバックボーンをつっこむところはもっとつっこんで、彼女たちが男を買う原因をもっと深掘りすると、その結果としての性行為にも深みが出るはずです。
 
さらに、領の家族やボーイズクラブのトップ静香の過去が一気に提示される急展開にはびっくりさせられました。言葉での説明がここで急に増えたせいで印象が浅くなるので、領にあっただろう葛藤がぼんやりしてしまっているし、静香の過去も拙速に出てくるから「へぇ、そうなんですか」ぐらいにしか興味が沸かないのがもったいない。そのせいで全体的にしまりがゆるくなってしまったのは残念でした。
 
とはいえ、松坂桃李のこれぞ体当たりな演技にはひれ伏してしまうし、居心地は悪いけど、劇映画でここまで性行為に踏み込んでみせた三浦監督の気概も買いです。売春が法律違反である平成の日本だからこそのラストの流れと、挑発的でもあるエピローグは考えるほどじわじわ沁みてきます。女性目線の欲望と言いながら、まだまだマッチョだよなこれじゃという描写もあるものの、閉ざされた性の歓びを開けっぴろげてくれる映画でした。

娼年 (集英社文庫)

紹介した監督のインタビューですが、原作の石田衣良も「これは他に類書がない」とパンフレットに書いています。ただ、いくらなんでも、それはちょっと誇張でしょうとは言っておきたい。野暮かもしんないけど。

 

女性の性欲を恋愛感情と切り離して追求した最近の映画として、ラース・フォン・トリアー監督の2部構成4時間超えの大作『ニンフォマニアック』なんてのもあったし、日活ロマンポルノもその一部には女性目線の欲望を反映する作品がありました。リスナーから指摘があったように、大島渚のかつての闘争も思い出さなければいけない。

ニンフォマニアック vol.1(字幕版)

今挙げたような作品は、それぞれ、性行為そのものをテーマとしているがゆえに、撮りっぱなしにはなっていないでしょう。監督の発言をフォローすると、要するに、特に最近のマーケティング過多な映画作りによって性描写そのものが敬遠されることが多い中で、結果的にこの作品が突出したということなのかなと。

さ〜て、次回、4月19日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『パシフィック・リム:アップライジング』。前作の大成功からゴタゴタがあって、ギレルモ・デル・トロは結局『シェイプ・オブ・ウォーター』の撮影を優先。今回は製作に回っていますね。日本が舞台! みんなで出かけよう! あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!

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『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』短評

僕がこの4月からCiao! MUSICAに代わって担当し始めた新番組Ciao Amici!(月-木、17-19時)でも、3分間の映画短評は続けて行うこととなりました。
これからも、よろしくお願いします。ということで…
FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年4月5日放送分

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学校で居残りを命じられ、倉庫の整理をさせられることになった高校生4人は、ジュマンジという名の古いテレビゲーム機を発見。それぞれにキャラクターを選んでプレイを始めると、4人はゲームの中へと吸い込まれた。そこはジャングル。しかも、現実の自分たちとはまるで違う、選んだキャラに変身している。ゲームオタクだった男の子は、ガチムチでフェロモンだだ漏れの冒険家。SNSへのセルフィーをアップすることに余念のない自惚れ女子は、古生物学や地図の専門家であるメタボ気味のおっさんに。生きて現実へと帰るには、ゲームクリアするしかない。バラバラだった4人は力を合わせるのだが…

ジュマンジ ジュマンジ (字幕版) 

元々は1982年に出版された、ボードゲームについての絵本です。邦訳は今はもう絶版になっているようですが、中古市場に出回っているので、興味のある方は手に取ってみてください。そして、95年にロビン・ウィリアムス主演で映画化され、当時はまだ今ほど当たり前ではなかった3DCGを大胆に活用した作品として日本でも話題を集めました。
 
監督は、ジェイク・カスダン。「スター・ウォーズ」シリーズの脚本家として知られるローレンス・カスダンの息子なんですが、アメリカでの公開3週目にして、興行収入は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を抜いての大ヒットとなっています。
 
今回はキャスティングをしてから脚本を仕上げる「アテ書き」だということで、キャストはとても重要。「ワイルド・スピード」シリーズのドウェイン・ジョンソンジャック・ブラック、カレン・ギラン、そして先日はPOPSPRING 2018で来日もしていたミュージシャンでもあるニック・ジョナスらが出演しています。
 
それでは、3分の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

今年に入ってから観た映画では一番笑いました。堪えきれず、声に出して笑ってしまうレベル。強引に一言でまとめると、アメリカ・ハイティーン版、実写『ドラえもん のび太の大魔境』です。余計に分かりにくくなったかもしれない… 今も『のび太の宝島』がかかってますが、劇場版ドラえもんって、尺が長い分、大冒険があって、それを道具だけじゃなくて、仲間で助け合うことで乗り越え、TVではめったになし得ない成長をするでしょ? ああいう感じです。

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アメリカの高校も日本と似たような感じですよ。主人公のスペンサーは、家でゲームばっかりやってるオタクで、ファッションに疎い潔癖症。勉強はそこそこできるんだけど、そこにつけこまれて、幼なじみだけど最近は縁遠い不真面目なアメフト部の兄ちゃんからはレポートの代筆をゴリ押しで書かされてる。学校のイケてる運動部男子に色目を使ってすり寄るスマホSNS依存のかわいこちゃん。生真面目だけどシャイで人付き合いが苦手で、教師にも理屈をこねていく協調性のない孤立した女の子。多かれ少なかれ、こういうタイプ、あなたの身の回りにいるでしょう。同じ学校にはいるけれど、決して交わることのなかった子たちが、居残りを命じられたことで、交わらざるを得なくなる。そこで、「意外とこいつ良い奴じゃん」みたいな、普段なら気づけなかった部分に気づいていく。この設定は青春ものの名作、85年の『ブレックファスト・クラブ』とも似ていますね。

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前の『ジュマンジ』も、みんなで力を合わせるというテーマはあったんだけど、これは現代版アップデートとしてかなりよくできてます。ちゃんと、前作のエンディングから繋げてあるし、ふたつの時代を物語内に取り込んで、ゲームの中から出られなくなった人がいるっていうタイムトラベル要素もそのまま活かすどころか、ジェネレーションギャップやラブロマンス要素までそこに掛け合わせてもっとうまくやってる。さらに、ボードゲームからビデオゲームへと変更することで、現代においてより馴染み深くしてあります。各キャラクターが3つのライフを持っているという設定は、アクションゲームで「3騎ある」っていう感じだし、全体としてはRPGの枠組みですね。ゲーム内の住人と話す時のセリフパターンが決まっているし、4人が変身したキャラそれぞれにスキルが決まっているのもRPGそのもの。

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誰もが笑いを禁じ得ないのが、この変身です。『君の名は。』でも、男女が入れ替わって、「なにこれ?」的な一連の展開がありますが、こちらはもっと強烈。何しろ、オタク男子がドウェイン・ジョンソンになるんだもん。なんだ、この上腕二頭筋は? そりゃ、なるよ。フェロモンの塊。だけど、中身は元のまま。アメフト部の黒人の兄ちゃんは、足の遅い武器係になっちゃって、オタク男子の助手的な立ち位置に甘んじますからね。最初にそれぞれのスキルが表示されるんだけど、弱点、スピードと強さ。「強さが弱点ってなんだよ、おれ!」っていう悲痛な叫びに笑わない人はいないでしょう。自惚れ女子は小太りのおっさんの姿になって、「私のスマホはどこよ? ていうか、トイレに行きたいんだけど、どこ? そして、どうやってやんの、これ?」と大騒ぎ。
 
ゲラゲラ笑いながらも、同時に僕は、「キャラがステレオタイプ過ぎてなんだかな~」と思っていたことも事実です。でもね、そんなことはなかったです。この変身を一発ギャグでなく、最後まで持続させることで、めちゃマッチョなのにびびってたり、すごい色気なのに男を誘惑しようとするとぎこちなさ過ぎて滑稽だったり、僕らが実生活で持ってる「人を見かけで判断する」ステレオタイプをしっかり揺さぶってくるんです。そこに、思春期特有の彼らのアイデンティティの形成プロセスが重ねられる。
 
だんだん変身した姿に馴染んでくると、もうこのままゲームの中で過ごしてたほうがいいんじゃないかって、あるキャラが自問する場面なんて最高でした。そこからの決断とエピローグへの流れはジンと来るし、「お前らは確実に前より輝いてるぜ」って僕は胸の内で断言しましたからね。
 
脚本の話が多くなりましたけど、こういう王道的青春物語としての枠組みに、「インディー・ジョーンズ」的な大冒険、ハワイロケが功を奏した大自然の映像、さすがは「アテ書き」だけあって見事にハマった役者たちが織りなすギャップ演技と会話のグルーブ。細かすぎるくらいに仕掛けられた笑いの小ネタの数々。全部入っている上に、この作品は吹き替えで観る人も多いと思うんだけど、日本語のセンスが素晴らしいです。僕も今まさにイタリア映画のコメディーの字幕翻訳やってるから分かるけど、トップレベルでした。
 
さらに、こういうアドベンチャーはそもそも4DXに向いてるってのはあるけど、少なくともこれまで僕が経験した中では、たとえばヘリの動きと座席が同期したり、銃弾が耳元をかすめたりっていうギミックも効果的で、一番楽しかったです。ていうか、物語自体が、ヴァーチャルの世界に迷い込んでしまった人物の話だから、4DXの座席にいる僕ら観客と状況自体がシンクロしててピッタリ。
 
というわけで、超満足! この春、あなたもぜひ叫んでください。マジジュマンジ〜〜〜!!!!

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チラシによれば、この「マジジュマンジ」とは、「物事が予想の斜め上をいくこと」だそうです。こういうセリフは翻訳ならではの面白さですよ。そして、802で見つけたプレスリリースには、こんな遊び心が… 10万字のジュマンジって… バカ過ぎます。大好きです。

 

評の中でドラえもんを引き合いに出してますが、キャラも当てはめてみたんですよ。スペンサーはのび太で、フリッジはジャイアン。ベサニーはしずかちゃんだけど、このしずかちゃんはかなりムカつくんだよな… そして、マーサは、え〜と、そうだ、花沢さんだ! って、それサザエさんじゃないか! そして、ドラえもんがいないよ。ってことで、あくまで似ているのはメッセージ性と物語の構造だけであるということに気づいたという裏話でした。そりゃそうだ。

 

評の中では、十把一絡げに成長って言ってますけど、その度合いも人それぞれってのが、また僕は気に入りました。フリッジは、たいして大人になってないもの。あいつは、まったく… 僕と同じヘッドホン使ってんじゃねぇよ! 

 

さ〜て、次回、4月12日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『娼年。出ました、R18! 白石和彌監督作『彼女がその名を知らない鳥たち』では、その美しい裸体で女性たちを翻弄し、あろうことか大阪城をバックにとんでもないことをしでかした松坂桃李ですよ。僕は彼の姿をTVや街の広告なんかで見かける度に「あいつめ!」ってなってたんですよ。ま、それだけ演技が良かったってことですね(当たり前だ)。今回も僕をムカつかせてくれるんでしょうか。このコーナーでも高く評価した『何者』の三浦大輔監督ということで、かなり楽しみにしております。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!