京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月31日放送分
映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』短評のDJ'sカット版です。

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(C)THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN INC., UK DONOVAN LTD.
大ヒットTVシリーズに出演して、一躍スターとなった俳優のジョン・F・ドノヴァン。彼が若くして死ぬところから物語は始まります。自殺か、事故か、はたまた事件なのか。世間を騒がせるこの死の前に発覚していたのは、ジョンがイギリスに住む11歳の少年ルパート・ターナーと文通を続けていたということ。10年後、100通を越えるふたりの往復書簡が本になります。新進気鋭の俳優になったルパートは、すべてを明かすと著名なジャーナリストの取材で宣言。ジョンとルパート、それぞれの人生が語られていきます。

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(C)THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN INC., UK DONOVAN LTD.
原案、脚本、監督、編集、そしてプロデュースのすべてを手掛けるのは、現在31歳、カナダのグザヴィエ・ドラン。2009年の『マイ・マザー』でデビューを飾り、『Mommy/マミー』『たかが世界の終わり』と、毎度話題を呼び、評価を獲得してきた彼が、ハリウッドで活躍する豪華キャストを率い、母語のフランス語ではなく、初めて英語で撮った映画となります。
 
ジョン・F・ドノヴァンを演じるのは、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』で名を上げたキット・ハリントン。ルパート少年に扮したのは、『ルーム』で天才子役だと注目されたジェイコブ・トレンブレイ。他にも、ルパートの母をナタリー・ポートマン、ジョンのマネージャーをキャシー・ベイツが担当しています。
 
僕は先週木曜日の昼下がり、大阪ステーションシティシネマで鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評いってみよう!

グザヴィエ・ドランには、一貫した作家性があります。たとえば性的マイノリティだったり障害を抱えていたりして社会の中で自己をうまく規定できない主人公が、最も身近な母親と正面切ってぶつかりながら、自分なりの生き方を模索するという物語を撮り続けています。今回もそうですよね。ジョンにしろ、ルパートにしろ、常に母との関係が軸になっています。愛してはいるけれど、いや、愛するがゆえに、時に辛辣な言葉を投げつけてしまう。それでも、愛するがゆえに、和解を求めもする。赤い糸ではなく、へその緒が切っても切れないという感じもあります。何らかの理由によって父親・父性が不在である点も、そこに拍車をかけます。だから、ドランの映画を観るのは、往々にしてとても苦しいのだけれど、ありものの音楽を巧みに使い、画面の縦横比を途中で切り替えるなど、映画表現の可能性を追求する独自の方法で観客のエモーションを解放したりするので、あの鑑賞体験はドランの作品でしかありえないと、この若きヒーロー監督から目が離せなくなる。そうやって、彼はこの10年の間に、カンヌやヴェネツィアで称賛されてきました。彼がカルトたる所以です。

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毎度毎度ハードルは高くなっているのが気の毒ではありますが、今回もテーマに大きな変更がないとすれば、彼はどこに創作の動機、モチベーションを感じていたのか。それは、語り口なんだろうと思います。少なくとも映像面で、僕にははっきりと新しいなと感じる要素はなくて、一定のスタイルを確立したからこそ、今度はごくごくパーソナルな話を、もっと視野を拡大して描くというところに注力したんだと思います。
 
女優を目指していた母親とルパート少年が異郷の地ロンドンで送る生活。ドラマの成功で一気に知名度が上がったけれど、その状況に適応できず、ゲイである自分を偽ることにも疲弊していくジョン。地理的にも社会的にも年齢的にも離れてはいるけれど、それぞれにもがくふたりが手紙を通して密かにつながっているという構図はユニークです。しかも、このふたつの話をさらに大きく括弧でくくるように、10年経ってからルパートが黒人のやり手ジャーナリストからインタビューを受けて全体を回想するという、考えてみると結構ややこしい構造の映画にしてあるんです。おそらくは、わざと、つまり意欲的に。

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(C)THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN INC., UK DONOVAN LTD.

映画って現実という牢獄からのエスケープという側面もありますよね。自分の暮らしとは違う、別の現実を、たった2時間の虚構であるかもしれないけれど、生きることができるし、その経験はかけがえのないものとなって、観る者の脳裏に刻み込まれる。ルパートがジョンにファンレターを送ったように、ドランが『タイタニック』を観てディカプリオにファンレターを送ったように、その現実と虚構の関係があります。ジョンは自分のアイデンティティに悩む現実を世間に対しては隠す、虚構にしなければいけないという現実もある。最後にリバー・フェニックスのオマージュが出てきますが、ドランが理想としてのスター像をルパートに、あの晴れ晴れとしていたいけな表情に反映させたからでしょう。キャスティングも、役柄と俳優のキャリアをダブらせたりしていて、よく考えられている。こうした入り組んだ、込み入った構図をひとつの物語にまとめようとしたんだと思いますが、その意欲は買うけれど、正直なところ、うまくまとめきらなかったというのも現実だと思います。これ、今のバージョンになる前は尺が4時間に膨れ上がっていたらしいですが、それを編集で何とか強引に2時間にした傷跡があちこちに見受けられる。それぞれのシーン・シークエンス単位では拍手できるところも多いものの、そもそもが語りで成立しているという事情もあってセリフが多く、それぞれのシーンのつながりに継ぎ接ぎ感もある。

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(C)THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN INC., UK DONOVAN LTD.

とはいえ、あちこちに眼を見張る、耳をダンボにするシーンがあることも事実。最後に流れるThe VerbeのBittersweet Symphonyよろしく、映画的な出来栄えも甘くも苦くもあるなというのが現時点での僕の想いです。って、ちとくさしてるように思うでしょうが、はっきり言って、かなり高度なレベルに達した上でのことだっていう前提がありますので、まだドランを観たことがないという方は、これを機に過去作も含めてぜひ見逃さないようにしてください。
ベン・E・キングでもジョン・レノンでもなく、Florence + The Machineのバージョンでこの曲が流れるところだけでも、好き嫌いは別として、ドランの映画的才能がいかんなく発揮されるところで、僕としてはもう一度二度三度、この映画を観たいなと思います。


さ〜て、次回、2020年4月6日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、とすんなりいきたいところですが… 新型コロナウィルスCOVID-19をめぐる現況を踏まえ、来週からしばらくは、このコーナーで扱いそこねた、つまりは僕が外した「準新作」と言えるものをおみくじに入れて、言わば敗者復活的に作品を選んでいこうと決めました。基本的に配信やソフト化されているものなので、なんならいつもよりもずっと気軽に観られるかもしれません。普段は映画館へ出かけられていないという方も、これを機に映画をふたつの意味で見直していただければ。

 

で、僕が引き当てたのは、西島秀俊西田敏行が共演した変わり種のヤクザもので、コメディーの『任侠学園』でした。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!  

『スキャンダル』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月24日放送分
映画『スキャンダル』短評のDJ'sカット版です。

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(C)Lions Gate Entertainment Inc.
アメリカの保守系放送局として絶大な影響力を誇るケーブル局FOXニュース。2016年に実際に起きた、というより、ようやく日の目を見た、長年にわたるセクハラ・スキャンダルを映画化したものです。メインの加害者は、CEOのロジャー・エイルズ。FOXニュースの視聴率をナンバーワンへと押し上げた敏腕である彼を訴えようとするのは、元看板キャスターのグレッチェン・カールソン。ロジャーの性的な欲求に応じなかったことで、事実上の降格となっていました。反撃するにはどうすればいいか。グレッチェンは、同じような目に遭った女性たちと力を合わせようとするのですが、ことはそう簡単には運ばないのでした。

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(字幕版) マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版)

 女性側でメインとなる出演者は3名。グレッチェンを演じたのは、ニコール・キッドマン。現役バリバリの人気キャスターで、ロジャーを訴えることに踏み切れないメーガン・ケリーは、シャーリーズ・セロンが担当。さらに、彼女はフィクションの人物ですが、スターになるべくどんどん自分を売り込む若きケイラには、マーゴット・ロビーが扮しています。監督は、『オースティン・パワーズ』で世に出て、最近では『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』で知られるジェイ・ローチ。脚本は、同じように実話ベースだった『マネー・ショート』のチャールズ・ランドルフです。

 

そして、今作では特殊メイクを担当した京都出身のカズ・ヒロが、メイクアップ&ヘアスタイリング部門で、二度目のアカデミー賞を獲得しています。
 
2月21日公開でしたから、もう1ヶ月ほど経っているんですが、諸々の今年特有の事情プラス、この作品の出来栄えが評価されてのことでしょう、まだ客を呼べるということで上映が続いています。僕は先週木曜日、109シネマズ大阪エキスポシティに観に行ってまいりました。それでは、今週の映画短評いってみよう!
お話が始まる前に、テロップで表示されるのは、これが実話であること。ただ、ニュース映像以外の部分は俳優が演じていること。当たり前っちゃ当たり前なんですが、わざわざ入れる意味もわからんでもないってくらいに、映画の映像の運びのスピードとカット割が、特に冒頭からしばらくはテレビっぽいんです。カズ・ヒロの特殊メイクでメーガンになりきったシャーリーズ・セロンがFOXニュースの社屋の各フロアの役割を見せていくあたりは、映画の観客をバリバリ意識して説明してくれるので、社会科見学的な楽しさもあるっちゃあるんですが、楽しいなんて言ってられないのはもちろんのこと。
 
この手法を採用することで、語り口の幅が広がるという利点もありますが、観客を直接的に巻き込みながら、この場面の演出のためだなと僕が感じたのは、セクハラを受けている女性が同時進行で考えていることをボイスオーバーで語らせる場面。言わば、心の声という副音声を同時に聞けるとあって、臨場感もあるし、なぜ女性が追い込まれていくのかが手に取るようにわかるシーンでした。

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(C)Lions Gate Entertainment Inc.
それにしても、わずか4年前、国を代表する報道系の放送局で発覚した問題を、こうして実名で容姿も似せて映画にしちゃうってのがすごいし画期的だと思うんですが、脚本もさすがにチャールズ・ランドルフだけあって上手いなと思うのは、決して一放送局のひとりのCEOの特殊なハラスメントではないんだという問題意識を観客にも持たせていること。その意味で、メイン3人のうち、唯一架空のキャラであるケイラの造形が効いています。複数のエピソードを組み上げて編み出された人物なので、彼女とその周囲には、象徴的に問題が集中しています。
 
確かにCEOのロジャーは最低な男として描かれています。何が起きたかはすべてはっきり見せずとも、女性のリアクション、衣装、メイク、表情から察することができます。でも、それ以外にも、トランプ大統領のあからさまな女性蔑視発言もバッチリ入れて、問題が社会的・普遍的なことだとわからせています。民主党支持でレズビアンの女性スタッフの居心地の悪さ、ことあるごとに「君はフェミニストか?」とフェミニズムそのものが糾弾されるような局の偏狭さ、自分たちの考えにそぐわないものは適当に扱って、ニュースソースがいい加減でもシレッと報道してしまうフェイクまがいのいい加減さがまかり通っている様子も描いています。WASPの男性をスタンダードとするFOXニュースには、実際、黒人スタッフはあまり見かけなかったですよね。

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(C)Lions Gate Entertainment Inc.
メインの3人はキャリアも思惑も様々で、『ハスラーズ』のような連帯感があるわけではないですが、逆に、じゃぁどうやってグレッチェンが被害者を束ねていくのかというスリルと、一定程度のスカッとする感覚が後半は映画を引っ張ります。一方で、たとえば、ラストに文字で示されるように、被害者たちが賠償金を得る一方で、職を失った加害者には退職金がふんだんに出ているというようなモヤモヤが残るのも、僕はリアルで良いなと思いました。現実にはろくでもないけど、警告として、映画として良いってことです。
 
最後に言っておきますが、これはセクハラを描いているものの、どんなハラスメントも、それが権力に基づくものである以上、構造は同じだと思います。だから、日本でも男女問わず響くものがあるはずです。この作品を他山の石としないと。途中、ストーリーが定まりきらない散漫な印象もあるっちゃありますが、基本的に良くできた作品ですから、どうぞ劇場で心してご覧ください。
 曲は、予告でも時流に乗って印象的に使われていたビリーのこのヒットをオンエアしました。そうそう、音楽絡みでいうと、冒頭、イーグルスグレン・フライが亡くなったとFOXニュースが伝えている生放送の現場で、使っている顔写真がドン・ヘンリーになってるぞとサブで訂正指示が飛ぶくだりがあります。おいこら! ふざけるんじゃないよ! まったく… やっぱり、保守の彼らにとっては、劇中で揶揄されるハリウッド同様、イーグルスもあまりお好きではないのでしょうかね。ピリリとくるブラック・ジョークが炸裂しておりました。
 
ちなみに、原題は『Bombshell』。これはダブルミーニングでして、手元の英和辞典にもありますが、衝撃を与える大事件という意味と、かわいこちゃん、セクシーな超美人という意味があります。いかにもニュースキャスター然とした、男性ウケのする、白人金髪美女の典型という3人でしたよね。ステレオタイプな美意識を皮肉バリバリ込みでタイトルに込めているというわけです。


さ〜て、次回、2020年3月31日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』となりました。グザヴィエ・ドランが好きな僕としては、「やり〜!」ってスタジオで声を上げそうになりました。彼にとって初めての英語作品。彼が子供の頃にレオなるど・ディカプリオに憧れていたという自身の体験を踏まえて脚本を書いたというエピソードにも興味を惹かれます。お得意の既成曲使いが今回はどんなチョイスでどう出るか。は〜、楽しみだ〜。あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す! 

映画『盗まれたカラヴァッジョ』レビュー

どうも、僕です。野村雅夫です。東京では1月に公開が始まり、シネ・リーブル梅田では3月20日京都シネマでは3月21日、少し遅れてシネ・リーブル神戸では4月3日に上映の始まるイタリア映画『盗まれたカラヴァッジョ』。『ローマに消えた男』や『修道士は沈黙する』が日本でも公開されているロベルト・アンドーが監督・脚本したもので、原題は「名もなき物語」”Una storia senza nome”。2018年のヴェネツィア国際映画祭に出品され、同年にイタリアで一般公開されたこの作品を、セサミあゆみにレビューしてもらいました。

ローマに消えた男(字幕版) 修道士は沈黙する(字幕版)

映画の製作会社に秘書として務める主人公、ヴァレリア。実はここ何年か、人気脚本家のアレッサンドロ・ペスに代わり、ゴーストライターとして映画のシナリオを書いている。次回作の脚本がそろそろ必要になったある日、ヴァレリアはあやしい男に出会い、男の少しずつ語る物語を脚本に起こしていくことになる。それは、一枚の絵画をめぐる物語だった。

昨年から今年のはじめにかけて、札幌、名古屋、大阪の3地方都市で開催されたカラヴァッジョ展。強い光と暗い影の生みだす、ドラマチックな瞬間を切り取ったような絵画の鑑賞に駆けつけた人も多かったことだろう。

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@2018 Bibi Film – Agat Film & Cie

そんなカラヴァッジョの絵画の中には、盗難に遭い、行方知れずになってしまった祭壇画がある。この映画で取り上げられている『キリスト降誕』だ。恥ずかしながら、正直なところ、私はこの事件の知識がなかったが、1967年10月17日から18日にかけての夜にパレルモの教会から盗難されたときには、世界を震撼させたとのこと。今となっては、盗難画は燃えて灰になってしまったのか、豚の餌になってしまったのか、はたまたスイスの富豪が密かに所有しているのか定かではない、というのは映画の中で語られている通り。

 

事件の夜から、その後、行方知れずの現在に至るまでの間には、一体何があったのだろう。どこまでが真実で、どこからがフィクションだかわからないようなこの映画の物語が、その空白を埋めてくれる。

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@2018 Bibi Film – Agat Film & Cie

光と影のコントラストが映える映像は色彩も鮮やかで、カラヴァッジョの絵画を彷彿とさせるよう。ラウラ・モランテ演じる主人公の母親のエキゾチックな服装が、絵画の中の聖母マリアマグダラのマリアかのように思えたのは、宗教画に引きずられすぎかもしれない。ほかにも、この映画監督は見たことがあるような気がするなと思えば、役者は“奇才”と呼ばれる実在の映画監督だそうで(↑イエジー・スコリモフスキ)、また、感情に流される人間味のあるスパイやハッカー、ストーリーの途中でイメチェンをして、ガラッと雰囲気の変わる主人公など、登場人物も魅力的だ。ちなみに、イタリアではイメチェン後の主人公が好まれるのだろうけれども、日本ではどうだろう。

 

細かなところは置いておいたとしても、興味をそそられる題材で、サスペンスのストーリーを追うだけでも、エンターテイメントとして十分に楽しめる。また、胸を打つイタリア小説の数々の翻訳で大活躍されている、関口英子さんの字幕にも注目したい。(文:セサミあゆみ)

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@2018 Bibi Film – Agat Film & Cie

 

『ジュディ 虹の彼方に』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月17日放送分
映画『ジュディ 虹の彼方に』短評のDJ'sカット版です。

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(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation
1939年の『オズの魔法使』など、ミュージカル映画の大スタートしてハリウッドに君臨したジュディ・ガーランド。遅刻や無断欠勤がたたり、映画業界から干された格好になっていた彼女は、住む家もなく、借金を抱え、ふたりの子どもを連れて、巡業ステージで糊口をしのぐ状態でした。そんな折、イギリスのナイトクラブからショーの依頼が舞い込みます。人気が衰えていないロンドンでは条件も良く、子どもたちと離れるのは辛いものの、生活が一気に立て直せるかもしれない。ジュディは大西洋を渡るのですが…


ジュディに扮したのは、この演技でアカデミー主演女優賞を獲得したレネー・ゼルウィガーです。ジュディの半生を描いたこの作品には舞台の原作があります。『End Of The Rainbow』というタイトルで、日本でも5年ほど前に翻訳上演されています。監督はルパート・グールド。舞台の演出でならした人で、今48歳。長編映画としては、これが2本目。

 
僕は先週木曜日の夕方の回で観てきました。正直、ちとお客さんの入りは寂しいものがありました。新型コロナウィルスの騒ぎの影響もあるでしょうが、ジュディ・ガーランドが日本では欧米ほどの知名度を維持していないという問題もあるのかもしれません。それだけに、この作品で彼女の歌の魅力の再評価が進むことを期待したいところです。では、今週の映画短評いってみよう!

レネー・ゼルウィガーがオスカーを獲ってますから、いまさら僕が褒めたってしょうがないんだけど、まぁ彼女がすごいです。僕は育った世代的にも、文化圏からいっても、ジュディ・ガーランドの威光をダイレクトに感じたことはあまりなかったので、似てる似てないはわかんないですよ。それよりも何よりも、レネーが体現するジュディの最晩年のありよう、生き様に胸を打たれました。孤独を抱え絶望の淵にいるからこそ、その反動として、必要以上に飛びついて期待してしまう希望や恋愛に首ったけになり、また失望を覚え、薬に頼らないと眠れず、アルコールに溺れ、子どもたちを溺愛するのだけれどうまく立ち回れず、それでもステージに立てば圧倒的な存在感を放ち、観客との間に生まれる喜びを信じる。それはそれは大変な毎日です。

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(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation
映画は基本的にロンドン公演の直前からの短い月日しか描写しないんですが、映画の特性をよく理解しているグールド監督の抑制のきいた回想シーンがうまく機能していて、彼女の今をより深く理解するための材料を提示してくれます。どうやら彼女はもともと家庭環境も荒んでいたようだ。10代で映画業界に入ってからは、メトロ・ゴールドウィン・メイヤーで独裁的な権力を発揮したルイス・B・メイヤーからのパワー・ハラスメントと、体型維持のための興奮剤と睡眠薬の日常的な投与を受けて、これまた心身ともに荒んでいったことがわかる。この回想が忘れた頃に不意に、手短に、的確に入っているのがポイントだと思います。あれがなかったら、ただの情緒不安定なスターにしか見えかねないところだったと思います。脚本と編集のうまさですね。しかも、ティーンのジュディがまだ健康的な体つきだったのが、今やとにかく痩せぎすなんです。そのギャップが雄弁に彼女の辛苦の人生を語ってくれるというメリットもありますし。
 
少なくとも僕が映画ではこれまであまりお目にかからなかった60年代のロンドンのナイトクラブの雰囲気も伝わってきて良かったです。もともとが舞台ってのもありますけど、おそらくはそう潤沢ではなかっただろう予算のかけ方も的を射たものだったと思います。

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(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation
これは映画ライターのよしひろまさみちさんがパンフに寄せた文章で知ったことですが、ジュディがゲイ・カルチャーの文脈でカリスマ的な人気を誇っていたようです。たとえば、マドンナ、カイリー・ミノーグレディ・ガガがそうであるように。確かに、劇場で出待ちをしていたゲイカップルとジュディが交流を持つ、この映画で唯一と言っていいほど心穏やかに過ごした一夜があります。様々な抑圧や不条理に見舞われながらもスポットを浴びて人々に感動を与え続けた彼女に、LGBTQの当事者がどれほど勇気づけられたか。さっきもお送りした代表曲『Over The Rainbow』もその文脈でより感動を覚えるし、虹の七色がLGBTQのシンボルカラーになっていることも、なるほどなと頷けます。
 
その意味で、狭い電話ボックスからジュディが国際電話で子どもたちと話すあの切ないシーンから、最後の舞台に彼女が立つところまでの流れは、空間の見せ方のうまさも手伝って、震えます。ジュディは懸命に生きて、間違いも失敗もあったけれど、人々を楽しませ、勇気づけた。歌とダンスは彼女を追い込みもしたけれど、彼女もやはり歌に救われていたのだと涙ながらに察しました。当たり前ですが、名曲揃い。劇場のいいサウンドレネー・ゼルウィガーの体現するジュディを体感してください。
せっかくですから、レネー・ゼルウィガーの声もお楽しみいただかないと。劇中ではゲイカップルとのエピソードでシンプルに歌われるこの曲が、サントラではSam Smithとの極上のデュエットで味わえます。まさに幸せ至福です。
 
そうそう、眼福でもあったのが、ジュディのマネージャーを演じたジェシー・バックリー。ジュディのわがままもうまく受け流していきつつ、彼女を本当にリスペクトして理解していたということがよくわかる演技でしたね。


さ〜て、次回、2020年3月24日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『スキャンダル』となりました。もう今週でラストぐらいかなと思っていた作品が、ここにきて颯爽と登場ですよ。シャーリーズ・セロンニコール・キッドマン、そしてマーゴット・ロビー。数年前にアメリカのテレビ局で実際に起きたスキャンダルを基にしたということで、一応放送業界にいる僕としても気合を入れて観に行きます。マーゴット・ロビーを目に焼き付けてきます(笑) あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す! 

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月10日放送分

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(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
父親の死をきっかけにして、ずいぶんと帰っていなかった故郷、凱里(かいり)へ戻った青年、ルオ・ホンウ。そこで思い起こしたのは、約束が果たせないまま死んでしまった幼馴染の「白猫」のこと。自分を捨てて他の男と駆け落ちした母親のこと。そして、彼の心からずっと離れない女性のイメージ。ルオは彼女の面影を追って、記憶と夢の交錯する謎めいた旅に出ることになる。
 
監督・脚本は、1989年生まれで、まだ30歳のビー・ガン。彼自身が凱里の生まれで、一度離れたものの、今も北京と凱里を行ったり来たり。中国の南西部にあって、漢民族以外にも、ミャオ族など少数民族が住む自治州に属する、人口45万人ほどの小さな街です。長編デビュー作『凱里ブルース』も、その名の通り、凱里を舞台にしたものでしたが、2本目となる本作もそうです。

 

キャストを何人か触れておきます。凱里に戻ってきたルオ役にホアン・ジエ、彼の追い求める女性ワン・チーウェンとカイチンの二役を、中国のスター女優であるタン・ウェイが担当する他、白猫の母親役には台湾を代表するシルヴィア・チャンが起用されています。
 
この作品は途中から3Dメガネをかけて鑑賞するという特殊な構成となっているにも関わらず、新型コロナウイルスのせいで、関西ではそれが叶う劇場がひとつもないという残念極まりない状況の中、涙をのみながら、京都みなみ会館でやむなく2Dで観てまいりました。先週火曜日の昼間というわりには、そして、ウィルス騒ぎがあるというわりには、そこそこ入っていた印象です。それでは、今週の映画短評いってみよう!

『1917 命をかけた伝令』がアカデミーにも絡んでヒットを飛ばす中で、どなたも「驚異の長回し」みたいな言葉を目に耳にされたことと思います。実は、この『ロングデイズ・ジャーニー』も、同じようにとんでもない長回しがあるとのことで話題になっていました。同じ時期に、2本もそれを売りにした意欲的な新作が劇場でかかることもあまりないし、この言葉の意味するところをせっかくなので話しておきます。それが、この映画の凄さを理解する上でも大切だと思いますので。
 
長回しってのは、文字通り、カメラを長く回すことです。撮影現場で監督のアクションという合図があり、カットがかかる。役者たちはその間、求められた演技をし、カメラマンはそれを撮影(シュート)する。そうしてできあがった映像を、ショットと呼びます。もちろん、編集でそれをさらに細かく刻むこともあるんですが、基本的にはそうして撮りためたショットをつなぎあわせてシーンを構成します。そのシーンがいくつか繋がれて、もう少し物語的なまとまりを伴ったものをシークエンスと呼びます。このシークエンスは、小説だと章立てみたいなものだと思ってください。ざっくりたとえると、ショットという文がいくつかつながって、シーンという段落になって、それがまたいくつかつながって、シークエンスという章になると。で、よく長回しと呼ばれるものは、映画用語ではシークエンス・ショットと言います。これは、ひとつのシークエンスが、たったひとつのショットでできているということを意味するわけです。10分ほどのシークエンスがあるとしたら、普通は100前後のショットが編集されるんですけど、シークエンス・ショットの場合は、それがたったワンショット。途中で役者もスタッフもトチったら、その場でアウトなんですよ。後で編集できないわけですから。

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(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
『1917 命をかけた伝令』の場合には、2時間の映画まるごとを、ワンショット風に見せているんですが、実際はいくつかに分かれていて、それを観客に極力ばれないようにつないであります。この『ロングデイズ・ジャーニー』の場合には、後半の60分がまるごとワンショットで撮影されていて、こちらは本当にカットを割っていません。60分、撮りっぱなしにしたものを、そのまま使っている。お芝居に近いですよね。事前に入念に準備をして、後はショー・マスト・ゴー・オンですよ。各所入念に準備をして、いったん始まったら、途切れなく最後まで走り切る。では、なぜ監督がそんな面倒なことをするのか。それは、物語の中の時間と、実際の時間を一致させて、独特の緊張感を映画に宿すためです。大雑把に言えば、リアルな体験を観客にさせるためです。ところがですね、この『ロングデイズ・ジャーニー』では、なんとそのワンショットの中で、主人公と僕ら観客は現在と記憶、現実と幻を行き来するような体験をするんです。主人公とカメラは60分の間に、ビリヤードもすれば、花火に火を付けるし、あろうことか、宙に浮いたりもするんです。ドローン・カメラを使ってるんでしょうね。しかも、それが3Dなんですよ。こんなの見たことないです。

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(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
物語そのものは、とてもシンプルなんですよ。久々に故郷に帰った青年が、色んなことを思い出しながら一夜を過ごす。要約しちゃえば、それだけです。現在から過去へ、現実から幻へと切り替わる装置として、坂の多い街の高低差、トロッコ、りんご、鳥、そして映画館があります。前半で僕ら観客が断片的に見てきたイメージが、後半、主人公が映画館で3Dメガネをかけるのをきっかけに、その60分のマジカルなワンショットが始まるんです。そこで僕らは時空を越え、夢と現の間をフワフワ彷徨います。一筆書きなのに複雑怪奇な絵を眺めているような、そこにあるものはどれもこの世に存在するものなのに、この世のものとは思えない体験。絵画で言えば、具象画と抽象画を同時に見ているような感覚に陥る。
 
この若き監督は、詩人でもあります。さもありなんです。詩というのは言葉の彫刻と言われることもありますが、それだけに文法に必ずしも則しません。ビー・ガン監督も、ハリウッドが作り上げた映画の文法を時に逸脱しながら、映像で詩を作り上げたと言えるでしょう。この映画は難解だと言われるかもしれません。確かに物語は要約しにくいんだけれど、きっとどこかに忘れがたいイメージがこびりつく。闇と光のコントラスト、色使い、役者の佇まい、そのどれもが息を呑むほど美しいです。映画史に残る作品だと思います。

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(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
配給会社と映画館にぜひお願いしたいのは、新型コロナウィルスの騒ぎが収束したら、1週間限定とかで構わないので、関西でも3Dでこの映画を鑑賞できる機会を作ってもらいたい。そう強く願ってしまうほど、強烈な体験でした。正直、何度か僕も夢と現を行ったり来たりしたんですけど、この映画ならそれも本望というか、その寝落ちですら、この映画の体験にふさわしい気がしてくる、不思議な作品です。


映画音楽の巨匠、リン・チャンの手掛けたスコアも印象的だったんですが、驚いたのは、主人公ルオ・ホンウの携帯の着信音が中島みゆき『アザミ嬢のララバイ』だったことです。と、ラジオではオンエアしたんですが、曲がサブスクやYouTubeに開放されていないので、この曲のMVを。これは評の前にかけたMONDO GROSSO大沢伸一さんは公式サイトにコメントを寄せています。でも、それだけではなくて、映画の鑑賞後にこのビデオを思い出したんです。で、パンフレットを買ってみると、演出を手がけた丸山健志さんとビー・ガン監督が対談をしていて、我が意を得たりでした。

さ〜て、次回、2020年3月17日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ジュディ 虹の彼方に』となりました。映画の公開もあって、また注目が集まっているジュディ・ガーランド。番組へのリクエストも既に届いていて、先日も電波に乗せました。でも、曲は知っていても、彼女の人生についてほぼ何も知らない僕なので、かなり興味があります。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す! 

『ミッドサマー』短評

 FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月3日放送分
映画『ミッドサマー』短評のDJ'sカット版です。

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心理学を専攻する女子大生のダニーは、不幸にも家族を失ってしまい、悲しみにくれている。そんな中、人類学を専攻する恋人クリスチャンとその男友達のグループは、フィールドワークも兼ねて、仲間のひとり、ペレの故郷であるスウェーデンの奥地にあるホルガ村を訪れるという。そこで、ダニーも同行することに。ホルガ村で開催されるのは、90年に一度という夏至の大祭。太陽は沈まず、あたりには花が咲き乱れ、人々は白を基調とした明るい衣装に身を包んで歌い踊る。まるで楽園のような光景。だけれど、とある儀式を境に、学生たちにとっては地獄のような体験が幕を開ける。

ヘレディタリー 継承(字幕版) 

監督・脚本は、長編デビュー作『へレディタリー/継承』が21世紀最高のホラー映画だと世界中で高い評価を得た、アリ・アスター、現在34歳。ダニーを演じるのは、もうじき日本でも公開となる『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』でアカデミー助演女優賞にノミネートされた、フローレンス・ピュー。恋人のクリスチャンは、『シング・ストリート 未来へのうた』のジャック・レイナー。仲間の一人マークには、『メイズ・ランナー』『デトロイト』のウィル・ポールターが扮しています。あとは、ヴィスコンティ監督の名作『ヴェニスに死す』の超絶美青年、ビョルン・アンドレセンがお年を召して久々に国際的な作品でスクリーンに登場することも話題を呼んでいます。

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アメリカでは去年の夏に公開されまして、興行的にも、批評的にも成功した作品となっています。僕は「やだな、やだな」と毒づきながらも、先週の金曜日にしっかりTOHOシネマズ二条で鑑賞してきました。金曜の午後にしては、若い人、それも女性を中心にたくさん入っていましたよ。それでは、今週の映画短評いってみよう!

最近は『ジョーカー』を筆頭に、いわゆるジャンル映画の復権とも言える状況が世界の映画界で進んでいます。かつて量産された、お定まりのお約束通りに展開するものが、一流の作り手によって、ブラッシュアップされて、むしろ世の矛盾を突く鋭い批評性を備えた、B級ではない、A級のものとして、丁寧に作られる。たとえばタランティーノなんかはその旗手と呼べる存在でしたが、ここに来て、アリ・アスターという新鋭が現れました。今回の『ミッドサマー』は、ホラーの中のサブジャンル、フォークホラーと呼ばれるものだと言われています。2006年にニコラス・ケイジ主演でリメイクもされた73年のカルト作『ウィッカーマン』との類似性も指摘されていますが、要は民間伝承に基づく、その地域・共同体独自の信仰や風習に部外者が接触した際にどうなるのかという物語を、恐怖をベースに美しく残酷に演出していくジャンルです。

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舞台となるホルガ村は、先祖代々、森の中の閉鎖的なコミュニティを維持しながら、独自の聖書を更新し続け、自然のサイクルの中に自分たちの暮らしと人生を位置づけています。老若男女、色々ですが、基本的に女系社会で、ハンディキャップのある人も大切に、というかシャーマン的に丁重に扱われています。ただ、どうもかなり厳格なようで、どことなくみんなの顔に貼り付いた笑顔が不気味。そして、90年に一度の特別な夏至祭というわりには、いろいろ手慣れてるし、なんか胡散臭くて、このご時世に自給自足的なコミューンってのは、カルト団体だろうと思いたくなってくる。
 
そこへ向かうダニー達ですが、この男どもがまぁ、なかなかなダメ具合なんですよね。ダニーのことも疎ましく面倒くさいなと思っているし、人の研究テーマを剽窃しようとしたり、不誠実だったり、いかにも男性社会的で、刹那的で即物的で俗っぽくて、旅行の道中もグループはとにかくぎこちない微妙な空気を形成しています。そんな中、真冬の吹雪で閉ざされた暗いばかりのアメリカから、一気に陽光眩しいスウェーデンへ。場所も気分も入れ替えようってことですが、カメラもくるりと一回転してみたり、価値の転倒や歪みをドラッギーな映像と極端なくらいの色彩美、そしてホルガのタペストリーや壁画など習俗で表現しています。

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確かにグロテスクな描写もあるし、ゾッとすること間違いなしなんですが、びっくり箱、お化け屋敷的な突然びっくりさせる演出はほぼなくて、むしろ、2回観ればわかるでしょうけど、最初からどんどんこれから起こることを見せていくんで、お話はある程度読めます。それでもなお怖いのは、観客がどこに心を寄せていいかわからなくなることだと思います。ホルガ村はオーガニックで健康的に見えて、どぎつい管理社会の側面があるし、ダニーたちにもまた、さっき言った理由から寄り添えないんですよ。ダニーは最後の希望なんだけど、あのラストはどうですか。希望にも解放にも、そして絶望にも見える。そして、この物語が最初からすべて仕組まれていたのではないかという戦慄が、鑑賞後には襲ってくる。

パゾリーニ・コレクション ソドムの市 (オリジナル全長版) [DVD] <パゾリーニ・コレクション>デカメロン[オリジナル全長版] [DVD]

 閉鎖空間とそこでの倒錯した蛮行という意味では、パゾリーニの『ソドムの市』も浮かんだし、人類学や民間伝承との関係で言えば『デカメロン』など、生の三部作も浮かびました。僕はパゾリーニ研究者の卵だったんで、とりわけ。あとは『楢山節考』もよぎりましたね。でも、若いアリ・アスター監督は、そういった祝祭ホラーに、家族やコミュニティーの閉鎖性と、今僕らの多くが抱える、人と関わっていても何となく居場所がないと感じる不安や疎外感をプラスしつつ、何より開いた口の塞がらない緻密さでワンショット・ワンショット、意地悪く積み重ねていった怪作です。観終わっても思い出す、簡単には払拭できない濃い映画体験を、あなたも劇場でとっぷり味わってください。

さっき僕は意地悪いってアリ・アスター監督を形容しましたが、あの燦々としたまばゆい光を見せた後に、この曲が流れてきたりするもんだから、そこもまた両義的というか、味わい深いんです。日の沈まない夏至、白夜の物語の後に、太陽はもう輝かないですもの。
 
それにしても、『ヴェニスに死す』のビョルンになんてことしてくれるんだ、おい! とか、あの熊の象徴するものとか、やたら出てくる9という数字とか、ゲルマン語のルーン文字の意味するところとか、元気と時間があれば、もう一度観たい。そして、観た人と語り合いたくなります。パンフレットは売り切れで入手できなかったんですが、公式サイトの片隅にある、完全分析ページには考えるヒントがたくさんあるので、あくまで鑑賞後にですが、どうぞ。


さ〜て、次回、2020年3月10日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』となりました。これ、途中から3Dに切り替わるというギミックがあるというので楽しみにしていたんですが、現状関西のシアターではCOVID-19新型コロナウイルスの影響で、3Dメガネを貸与していないので、そこは味わえないのが残念無念。でも、だからこそ、応援の意味もあるし、ギミックなしでも観たい作品だったので、我ながら強い引きだったと自画自賛です。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す! 

『ハスラーズ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月25日放送分
映画『ハスラーズ』短評のDJ'sカット版です。

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唯一の身寄りである祖母を養うため、ニューヨーク、マンハッタンにあるストリップクラブで働き始めた、アジア系の女性デスティニー。右も左も分からない新人の彼女にポールダンスの手ほどきをしてくれたのは、クラブのスター的存在であるラテン系のラモーナ。ふたりはすぐに打ち解けて、友情を育みます。デスティニーがストリッパーとしての処世術を覚え、生活が安定してきた2008年。リーマン・ショックが起こる。クラブの客も減り、不安定な生活に逆戻りしてしまうデスティニーとラモーナ。ところが、不況の原因を作ったウォール街のエリートたちの暮らしぶりはそう変わらない様子。憤懣やるかたないラモーナは、デスティニーたちストリッパーと徒党を組み、ウォール街の富裕層から大金をだまし取ろうと画策する。

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製作とラモーナ役を務めたのは、先日のスーパーボウル、ハーフタイムショーで舞台に立ったジェニファー・ロペス。ジェイローは、なんと出演料抜きで取り組んだようです。そして、デスティニーに扮したのは、『クレイジー・リッチ!』の台湾系アメリカ人、コンスタンス・ウー。他に、カーディ・Bやリゾなど、ミュージシャンも、実名やそれに近い役名で登場します。監督と脚本は、ボクと同い年の女性で、役者でもあるローリーン・スカファリアです。
 
今作はアメリカで批評家から高い評価を得て、興行収入ランキングでも初登場2位になるなど、ヒットしているんですが、どうしたことか、日本では公開が限定的。僕は先週木曜日にTOHOシネマズくずはモールで観てまいりました。僕以外は全員女性でしたね。それでは、今週の映画短評いってみよう!
予告を観ていると、これは女から男への逆襲の映画なんだろうと思っていたんです。ノリノリの音楽をバックに、ポイポイ服を脱いでポールダンスを踊りながら、ウォール街の証券マンから金を巻き上げていた女性たちが、リーマン・ショックを境に羽振りが悪くなった。にも関わらず、世界を大恐慌に陥れた男どもの生活水準はちっとも下がらないじゃないか。こちとら、女手一つで、身体一つで子どもも育ててるってのに、この差はなんだ。ニャロメ〜! 月に変わってお仕置きよとばかりに、美女軍団が男達をやっつけて、ざまぁみろと。この予想は、当たっていなくもないけれど、映画の一面にしか過ぎないということもわかってきて、まさにそここそが重要なんです。

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リーマン・ショックを挟んで、数年にまたがる話なんですけど、途中から、この事件を記事にしようとする女性記者によるインタビュー場面が挿入されるようになって、R&Bやポップスに混じってショパンがちょいちょい流れることで、ははぁ、これはやがてはうまくいかなくなることが誰にでも予想できる作りになっています。実話ですから、アメリカの人なら、事件そのものを知っている可能性も高いわけですし。観ているとわかるんですけど、彼女たちは金持ちから金を掠め取って貧者に配るような義賊ではないんですよ。結局は、彼女たちも私利私欲にまみれていて、すべての価値は金金金って、証券マンがやってることと変わりないところに落ちてしまっている。その点で、彼女たちに騙された男達も彼女たちも同じ穴の狢なんですよ。似たような手法で社会に一泡吹かせた作品に、イタリアの『いつだってやめられる』シリーズがあるんですが、あちらと違って、彼女たちはやり口がずっと杜撰でどぎついんで、観ていてヒヤヒヤするし、ざまぁみろとも言ってられないのが実情です。

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でも、このスカッとさせないのが、肝なんですよね。スカファリア監督は、さっき言ったジャーナリストの視点を入れることで、ハスラーズを格差社会の被害者として描くことも、ヒロイックに描くこともしなかったんです。彼女たちはもちろん、一定の社会的制裁は受けたし、こんな悪事を働いたって、ろくなことはないともきっちり見せています。そして、こういうセリフを引き出しています。
 
「あの頃、この街、この国全体がストリップクラブだった。金をばらまく側と踊る側の人間がいただけ」

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彼女たちは黙って踊っていることにうんざりしたわけですよ。そして、奪われてばかりは嫌だから奪うんだ。ハッスルされ続けるくらいなら、こっちがハッスルしてやる。奪い取ってやるとなる。思えば、デスティニーは駆け出しの頃、男達になめられ、マージンやら何やらで、金をむしり取られていました。一方、ラモーナは札束のシャワーの中で踊っていた。そこで生まれた極端な上昇志向が悲劇を生んだわけです。そして、それはウォール街の男達の上昇志向と何が違うのか。映画はポールダンスや高層ビルなど、高さ低さを感じさせるモチーフを交えながら、その点を見せていきます。
 
「これは、コントロールについての物語」。ジャネット・ジャクソンのそんな語りから始まる曲『Control』で始まるこの作品。コントロールできなくなって、目指した高みからやがては墜落する。資本主義・拝金主義社会の切なさ、ほろ苦さが胸に染み入る作品でした。
それにしても、ジェイローたちのこの役にかけた努力が相当なものであることは想像に難くないし、彼女たちの佇まいとカッコ良さ、そして社会的メッセージも鑑みて、もっと評価しろよ、アカデミー! ってついつい思っちゃいました。そして、もっと日本でも上映してくれよ! どうも過小評価されてるって気がします。

さ〜て、次回、2020年3月3日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ミッドサマー』となりました。
 
って… 神よ… 映画の神よ… なぜだ。怖い。怖そうすぎる。
 
来週はひな祭りだってのに、こちらは明るいのに怖い、恐怖の祭典の幕が切って落とされそうです。はわわ~ 鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!