京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『レプリカズ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年5月23日放送分
映画『レプリカズ』短評のDJ's カット版です。

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人間の意識・記憶を抽出して、コンピューターへ。プエルトリコにあるバイオ系企業の研究所で行われていた研究は佳境を迎えていましたが、そのデータをロボットの脳にインストールするとバグが起きていました。研究資金にも期限にも限りがある中、悩む神経科学者のウィリアム・フォスターでしたが、息抜きにと出かけた旅行で起きた事故で、最愛の家族4人を同時に亡くしてしまいます。茫然自失のフォスターは、そこで一線を越え、家族のクローン、つまりはレプリカを作ろうとするのですが…
 
監督は、ディザスタームービー『デイ・アフター・トゥモロー』が代表作のジェフリー・ナックマノフ。クレジットを確認すると、製作だけでも5人いて、そのうちのひとりはキアヌ・リーブス。あと、『トランスフォーマー』シリーズのロレンツォ・ディ・ボナヴェントゥーラなんかがいます。そして、製作総指揮にいたっては10人以上名前があるんです。船頭多くして船山に登っているんじゃないかという不安がよぎりますよ。主演はキアヌ・リーブス。妻のモナに扮したのは、アリス・イヴ

ジョン・ウィック(字幕版)

しかし、キアヌはとにかく散々な目に遭いますね。スクリーンのそこかしこで。公式サイトのコピーはこれです。「暴走が、止まらない」。ハッシュタグは、#キアヌ暴走です。アメリカではキアヌ主演の人気シリーズ3作目『ジョン・ウィック:パラベラム』が公開され、その週まで続いていた『アヴェンジャーズ/エンドゲーム』の興行収入ランキング4週連続1位を阻んだということですが、あくまで客観的な情報として伝えておきますと、この『レプリカズ』は残念ながらアメリカではすっ転んでおります。
 
それでは、暴走するキアヌを僕がどう受け止めたのかを語る、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

キアヌ・リーブスほどのスターが主演するSF映画にしては、と言うべきだと思いますが、これは愛すべき珍品です。おそらく予算もそこまで潤沢にはなく、脚本ができあがるプロセスにも紆余曲折があり、作品として空中分解するギリギリ手前のところで、とにかくキアヌの魅力と、なんかわからんがとにかくたぎっている強烈なパッションが観客の興味を持続させるという感じ。酷評は簡単にできるんだけど、僕はそうはしたくない。そんなバランスですかね。
 
いくつか具体的にピックアップしましょう。まずは登場する技術と設定が、だいたいどっかの映画で見たそれこそレプリカの寄せ集めって印象は拭えないですよね。だいたい意識を抽出するのに使うローテク感満載のヘッドセットはなんなんですかね。あれで頭を固定して、目の内側にずぶりと針を刺して脳にアクセス。おそらくは神経にあの針先が触れて、そこから脳内の情報を吸い出すイメージですよ。なんかすんごいアナログなのね。たぶん、あの針を眼に刺すっていう悪趣味な絵面をやりたかったんでしょう。このあたりの発想からも、B級SFホラー感がぷんぷんするわけです。

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脚本の流れは、だいたいが行き当たりばったりと後出しです。まずあんな嵐の中、車で無理やり休暇に出るなって話なんだけど、ともかく家族が亡くなってしまい、キアヌだけほぼ無傷。これはもうキアヌだから、ジョン・ウィックだから、それでいいんです。ただ、当たり前だけど、途方に暮れますね。家族の死体を車から運び出すなんて辛すぎる。ただ、次のアクションですよね、ポイントは。研究仲間のエドスマホで連絡。家族の脳内データを抽出するから、「あれもってこい!」ですよ。ここからこの映画におけるキアヌの暴走が始まります。
 
ただ、そこで急に持ち上がるのが、クローン人間培養器の存在です。見た目は、液晶画面の付いた、ただのでっかい水槽。専門分野の異なるエドがその水槽の管理者っていうんだけど、はっきり言って、あの水槽自体がノーベル賞級っていうか、「そんな技術あったんだ!」って、こっちが眼をひんむいてしまう事実でした。しかも、何もないところから、死んだ家族の身体を年齢までそのままに完全再現できちゃう。ただし、意識は白紙状態だから、死体から抽出した意識をそこにインストールする。もうね、SFって言っても、発想が中学生です。ていうか、そんなことできちゃうんだ! ていうか、この研究所、この話が始まる前からとっくに暴走してたってことだし、そこに研究者たちがあっけらかんと参加してるってこと自体がマズイよね。

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問題はその水槽が3つしかないから、家族の数と比べて足りないってことでの葛藤が生まれる。それをどう乗り越えるかも見ものですね。そんでもって、なぜか子供も妻も年齢が違うのに同じ日数で完成する肉体。そこからの、家族がひとり欠けたことを隠すためのSNS上のアリバイ工作とかも、なんかわからんが面白い。もはや筋と関係ないネタに笑えてしまう。もっと大きな問題は、蘇る家族の記憶改ざん技術がね。また出ました。「そんなことできちゃうんだ! 」。そして、あとは勘づいたバイオ企業からの逃走劇で、文字通りキアヌ暴走。
 
マチャオは今日はかなりネタバレしてんなあって思うかも知んないけど、普通に公式サイトでここまで出てますから、ご安心を。ここまでただただツッコミを入れてきました。以上、デキの今一つなB級SFでした。って片づけたくなくなるのは、結局、キアヌ演じるフォスターの家族への愛情が軸にあるからだと思います。そして、はちゃめちゃな技術うんぬんは別として、身体も記憶も完全再現できちゃえるんだったら、それはもうクローンでありながら、人だよねっていう、ほとんどは過去の映画史のつぎはぎレプリカなんだけど、そこは「人間ってなんだろう?」という問いかけとしては面白いんです。この手の映画って、エンディングでゾッとさせるもんだけど、『レプリカズ』の場合はブラックでホラーな味わいプラス、ハートウォーミングな落とし所も用意してありまして、それは他にあんまりないんじゃないかな。ということで、結論として、もう一度繰り返すと、これは愛すべき珍品です。


 

別にサントラでバングルズが使われているわけではないんですが、フォスターのあの(自己中心的ではあるが)強い家族への想いを目にした後にふっと浮かんできた曲です。なんか、80年代の曲をかけたくなる懐かしい味わいもあったような… そりゃ、きのせいかな。ってことで、番組では評の後にお送りしました。

 

公式サイト、ぜひ閲覧してみてください。トップに映画.comでの特集記事へのリンクがあるんですね。これは配給がパブリシティ目的で依頼した記事だろうと想像するんだけど、普通はそういうのって苦労してでも褒めるわけですよ。ところが、映画.comも踏み込んでるよ。記事のタイトルだけ言っときましょうか。「5分に1回起きる『キアヌの間違った選択』に全力でツッコむ映画」ですから。「いじらしいほどの『ツッコまれ待ち』ムービー」だって言い切ってますから。その記事も笑えるから読んでもらいたいし、何よりも作品も観てほしいです。『アヴェンジャーズ/エンドゲーム』とか間違いないやつでお腹いっぱいになったところに、こういうのをチョイスするのもオツなもんです。

eiga.com


さ〜て、次回、2019年5月30日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『空母いぶき』です。これはまた意見の割れそうなものが突撃してきました。映画の出来不出来とは別に、専守防衛自衛隊だの問題で意見が分かれるような内容なのだとしたら、これは評が難しいところだけど、気合いを入れて臨みます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!  

映画『チア男子!!』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年5月16日放送分
映画『チア男子!!』短評のDJ's カット版です。

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柔道一家に生まれ、自身も打ち込んではいたものの、自分が勝つよりも、実力のある姉を応援するほうが性に合っていた晴希。ある日、試合中に肩を負傷してしまいます。このまま柔道を続けるべきか否か。迷っていたところへ、同じ大学に進学した柔道仲間の一馬が、一緒に男子チアリーディング部を創設しようと持ちかけてきます。部員集めから難航するふたり。何とかして集まったのは、完全初心者から経験者まで、ぽっちゃりした運動音痴から筋肉ムキムキの元野球部まで、個性豊かな7名。彼らは慣れないチアリーディングの動きの習得に四苦八苦しながらも、目下の大舞台、学園祭のステージでオーディエンスをアッと驚かせることを目指すのですが、それぞれが抱えていた問題に直面します。

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原作は、『霧島、部活やめるってよ』『何者』で知られる直木賞作家の朝井リョウ。彼もまだ20代ですが、監督の風間太樹(ひろき)はさらに若くて、まだ27歳です。すごいね。晴希と一馬を演じるのは、それぞれ横浜流星と、中尾暢樹(まさき)。他にも、瀬戸利樹(としき)や菅原健(すがわらけん)など、イケメンを存分に愛でられる映画にもなっています。
 
それでは、中学時代の体育の授業で、柔道を蹴ってダンスを選択して成績を落とした男、僕マチャオがどう観たのか。制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

タイトルから誰もが想像できるように、「え!? 男子がチアリーディング!?」という設定そのものがまず肝となる作品です。競技によって、男女のイメージが固定されていた、あるいはまだ固定されているところに、そのカウンターとして物語が登場するというのは、古くはバブル期の浦沢直樹YAWARA!』がありますね。そして2001年矢口史靖の『ウォーターボーイズ』。周囲からは冷ややかな目で見られたり、笑われたりしながらも、地道に練習を重ねて、やがてはその技で人々を見返す、というよりも、魅了する。そういう物語の枠組みは共通していると思いますが、『チア男子!!』の場合には、それプラス、チアリーディングという競技の特性上、技を競うことだけでなく、大前提として、人を応援することというテーマが前に出てきます。さらには、スタンツと言われる組体操的な技の数々が、文字通りというより映像通り表現しているように、適材適所で仲間がそれぞれの能力を発揮することで支え合いながら高みを目指すわけなんで、これはつまり青春ドラマの王道なんです。その意味で、正直展開は読めるし、あるあるネタの盛り合わせではあるんだけど、裏を返せば、安心して楽しめる娯楽作になっています。

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こう聞くと、原作にも映画にも触れていない人は、朝井リョウなのに意外と思われるかもしれません。だって、この作家は、僕らの触れてほしくない本音だったり、人間関係のきしみを鋭く痛く突く人ですからね。そう、僕も意外というより物足りないなと、当初は観ながら思っていたんですが、「これこれ、この感じ」って思えたのは、唯一4回生のメガネ男子溝口と、これまたメガネキャラ、山本千尋演じる学生会の女子リーダーです。このふたりが就職活動でクロスする場面は、『何者』に通じる応援の裏の打算にまで踏み込んでいて、とにかくキラキラしたこの映画において「光る闇」とも言える部分でした。
 
あとは恋愛要素がないってのも特徴ですね。女子チア部が出てきた時点で、こりゃ何かあるだろうと思ったものの、そんなことはまるでないんですよ。そこを薄っぺらいと感じるか、それとも、むしろ今っぽいと捉えるかは、意見の分かれるところでしょう。ただ、男女の恋愛描写がないぶん、特に関西弁キャラの幼馴染ふたりが、もうこれはBLへまっしぐらかっていう雰囲気を醸していたのが、僕にはかなりゾクゾク来たところです。さらには、自ら道場を運営しているにも関わらず、息子の意志をすんなり尊重してくれる晴希の父親も良かった。なぜなら、柔道家は頑固で保守的、みたいな、ステレオタイプから、あのお父さんが軽やかに逃れていたからです。

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逆に、今挙げなかった部分は、かなりステレオタイプだったとも言えると思うんですね。この映画は、登場人物をきっちりキャラ付けしすぎているのではないか。僕はそう思いました。この人はこういう人だから、こう動く。それは間違いではないんだけど、それを徹底すると、ご都合主義、予定調和に陥るわけです。わかりやすく言えば、メガネをかけている人はガリ勉。昭和じゃんかよ。ご丁寧に、メガネを直す仕草にまいどまいど効果音を被せるとか、それに類する記号的なキャラ付けと演出があちこちにあるのは、どうなんでしょうか。だって、彼らチア男子チームBREAKERZが壊すのは、そういう固定観念でもあるわけですから。
 
もうひとつ苦言を呈すなら、せっかく俳優たちが猛練習を積んだわけなんで、ハイライトの学園祭シーンは、映像的なギミックを最小限に抑えるべきだったと思いますよ。スローモーションやらわかりやすいカット割りは無用でしょう。あの規模感から考えれば大げさと言わざるを得ない音楽も同様です。
 
こうした難点は他にもありますが、イケメンたちも、彼らのがんばりも、そりゃ眩しいです。チアってこういうものなんだっていう裏側も知れるし、構えず気楽に観られる作品ではあるので、友達と観に行って、キャッキャ話し合ってみてほしいなと思います。


主題歌は阿部真央。ここは文句なしにハマってました。

 

今回はおまけとして、今日の番組メールマガジンに書いた、僕の中学時代のエピソードをここに転載しておきます。

 ↓↓↓

映画を観ながら、僕が思い出したのは、中学生だった頃。今では男子も当たり前にやっているはずですけど、僕の頃までは、体育で男女が分かれる種目があって、冬場は男子が柔道で、女子は創作ダンスだったんです。それが、3年生のタイミングで男女関係なく選択できるようになりました。
 
冬場に素足は寒いし、投げられたら痛いしと、柔道に対してブーたれていた僕は、仲のいい男子5人を誘って、学校初の男子創作ダンスを選択したんです。
 
柔道がイヤだったからという軟弱かつ志の低い志望動機は別として、今思えば、僕はかなりのさきがけだったとも言えるんですよね。問題は、それで評価はどうだったのかということです。
 
その冬、5段階で最低でも4は取っていた体育で、初めて3を取りました。女子のダンスを堂々と眺めて心躍らせてはいたんですが、どうも身体はついていかなかったようです。

さ〜て、次回、2019年5月23日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『レプリカズ』です。僕も忙しい時には、コピーロボットやマチャオ・レプリカズが欲しくなるんですけど、キアヌ・リーブスの表情を見る限り、そういう脳天気な内容ではなさそうですね。テーマとしては、ちょっと前に扱った『人魚の眠る家』に近いのかな。どうなんだろう。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!  

映画『名探偵ピカチュウ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年5月9日放送分
映画『名探偵ピカチュウ』短評のDJ's カット版です。

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ポケモンに関わる事件の捜査へ向かったきり、家に戻らなかった探偵の父ハリーを恨んだティム少年は、父だけでなくポケモンも遠ざけて祖母と暮らしていました。やがて大人になったティムのもとに、ある日、ハリーと同僚だったというヨシダ警部補から電話が入ります。曰く、お父さんが事故死した。ティムは人間とポケモンが共存する街ライムシティーへと向かいます。父の自宅で遺品の整理をしていたところ、自分にしか聞こえない声で人の言葉を話す名探偵ピカチュウに遭遇。かつてハリーの相棒だったと語るピカチュウは事故の衝撃で記憶を失っていたものの、ハリーは生きているはずだと言います。ティムとピカチュウは事件の真実を探り始める。
 
96年にゲームボーイ用ソフトが発売されて以来、アニメ、映画、カードゲーム、漫画、絵本などなど、いわゆるメディアミックス展開をして、20年以上の長きに渡り世界中で愛されているポケットモンスター。これが初のハリウッド進出にして実写映画化となります。

モンスターVSエイリアン (字幕版)

原作は、3年前に発売された同じタイトルのニンテンドー3DS用ゲーム。超大手の製作会社レジェンダリー・ピクチャーズが脚本と監督に抜擢したのは、ロブ・レターマン。『モンスターVSエイリアン』なんかを手がけている人ですが、今回の作品が最もビッグバジェットの大作だと思います。
 
名探偵ピカチュウの声を『デッドプール』のライアン・レイノルズがあてている他、日本からは渡辺謙がヨシダ警部補として登場。さらには802でもおなじみの歌手リタ・オラや、ポケモントレーナー役として竹内涼真も出演しています。
 
あとは、ポケモンがね、いっぱい出てきます。当たり前だけど。ピカチュウコダックメタモンリザードンベロリンガゼニガメエイパム、プリン、フシギダネミュウツーなどなど。まあ、僕はだいたいわからないんだけどさ。
 
それでは、ポケモン弱者の僕がどう観たのか。制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

僕の評価は揺れています。定まらないというのが、正直なところです。ぼんやりしていて申し訳ないんですが、要するに、チャーミングなところと、どう見ても及ばない、あるいは突き抜けないところとが共存しているんです。
 
まず誰もが驚いたピカチュウの造形。なんか、フサフサしてる。しかも、ちょっとゴワゴワしてるよ。ポケモンが世に出た頃、ゲームに興味ゼロで女の子と音楽と文学にしか興味のなかった僕ですから、そもそも思い入れがないというのが良かったのか、わりとすんなり受け入れることができました。声がおっさん、というか、ライアン・レイノルズ、というか、デッドプールです。このギャップもですね、面白いんだけど、正直なところ『テッド』です。足して、テッドプールです。そっから下ネタを抜いた感じ。悪くないんだけど、既視感はあります。

テッド(字幕版) デッドプール (字幕版)

そして、ポケモンと人間が共存共栄する街ライムシティーの引きの画がありますね。あれはもう、コンセプトも込みで『ズートピア』です。既視感はあります。それから、これも多くの人が指摘している通り、エイパムというポケモンが凶暴化した時の見た目と動きがまんま『グレムリン』なんですよね。これも既視感ありでした。

グレムリン(字幕版)

それから、毛がフサフサしているぬいぐるみ的なポケモンと、わりと忠実に再現されているツルッとしたポケモンの違いはなんなんでしょうか。人間と一緒に暮らしているのがフサフサで、そうでない野生のがツルツル? でもないか? 『ズートピア』は多様化する人間社会の置き換えだったけれど、ライムシティーでのポケモンたちと人間はどの程度深くコミュニケーションが取れているのか、本当に共存しているのか、よくわからない。これは全体の尺においてライムシティーの描写が不足していることが原因でしょうね。などなど、今ひとつ、疑問が拭えないまま話が進んでいきます。それから、これはタイトルの問題でもありますが、どうも「名探偵」と呼ぶほど推理モノでもないんですよね。謎の解明は、わりと他動的でした。

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え〜、じゃあ、もうダメじゃん。っていうわけでもないんですよ。ピカチュウはやっぱりかわいいし、メタモンが次々と変身する様子は実写だからより活かされる面白みでした。それから、なぜピカチュウがおっさんの声なんだっていう最大の疑問がわりと気持ちよく回収されるラストと、爽やかでジンと来るその余韻は良かったんじゃないでしょうか。ポケモン初の実写化としては十分に楽しめる一本です。これだけキャラクターがたくさんいるわけですから、うまくすればマーベルのようにユニバース化だってできる余地があるわけですしね。
 
ただ、そのためには、もしまた実写をやるんであれば、ある程度、それぞれのキャラクターをしっかり描く努力をしないとダメだと思います。今回の最大の問題は、なんだかんだとアクションやバトルを見せ場にしたこと。悪役の欲望も行動もわかりやすすぎるくらい記号的な「悪」なんだから、そこは最小限にして、もっとポケモンそのものの魅力を打ち出すべきです。そう考えると、ライムシティーでのポケモンたちの暮らしぶりをやっぱりもっと見たかったですね。でも、もっと見たかったってことは、それだけ興味を惹かれたこともまた事実なのでありました。


Honest BoyzによるElectricityもなかなか良かったです。日本初のキャラクターものの実写化ってとこを音楽で表現してる感じがあったし、世界中で観られる映画で日本語の響きが混じってるってのは、なかなか面白く聞かれるんじゃないかなと思いました。

さ〜て、次回、2019年5月16日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『チア男子!!』です。性差ギャップものコメディーってことなんでしょうが、シンクロナイズド・スイミングの例もあったので、また既視感にさいなまれることになりはしないか。そこだけは懸念事項ですが、原作は朝井リョウなんですよね。となると、俄然期待が高まってきます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく! 

『バースデー・ワンダーランド』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年5月2日放送分
映画『バースデー・ワンダーランド』短評のDJ's カット版です。

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小学校6年生で引っ込み思案な少女アカネは、クラス内での人間関係が疎ましくなって、誕生日の前日、仮病で学校を休みます。そんなアカネに、母は用事を頼みます。それは、アカネの叔母であるチィの営む骨董屋を訪ねて、予約しておいた誕生日のプレゼントを受け取ってこいというもの。渋々ながら了承したアカネは、自転車でお店へ。ところが、チィはプレゼントなんて頼まれていないと言います。アカネが店内で珍しいものに触れていると、突如地下室の扉が開き、髭の紳士と小さな小さな男の子が現れます。驚くアカネとチィ。聞けば、ふたりは別の世界からやって来た錬金術師のヒポクラテスと弟子のピポであり、アカネこそ危機に瀕した彼らの世界の救世主なのだと力説します。強引に地下室へと連れ込まれたアカネとチィは、そのままワンダーランドへ。不思議だらけのその世界を救う冒険の旅が始まります。

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲 百日紅?Miss HOKUSAI?(HDクオリティ)

柏葉幸子の児童文学『地下室からのふしぎな旅』を下敷きにしたこの作品。監督は『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』や『河童のクゥと夏休み』『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』などのアニメや実写作品『はじまりのみち』でも知られる原恵一。日本を代表するアニメーション監督ですよ。新作はもれなく劇場で観るべきひとりだと考えてください。脚本は丸尾みほドラえもんパーマンオバQ、アラレちゃん、アンパンマンのだめカンタービレなど、数々のアニメに携わってきたベテランで、原恵一監督とも何度もタッグを組んでいる方です。そして、この作品を機にぜひ名前を覚えたいのは、ロシア人イラストレーターのイリヤ・クブシノブ。彼はキャラクターから小道具まで、今回デザイン周りをすべて担当するという大貢献。

新装版 地下室からのふしぎな旅 (講談社青い鳥文庫)

キャストも紹介しておきましょう。アカネを松岡茉優、チィを杏、ヒポクラテス市村正親、弟子のピポを東山奈央、母を麻生久美子が演じています。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

先に結論めいたことから入りますが、テーマがはっきりふたつあります。この作品は大冒険を描いていながら、現実世界での小さな成長と視野の拡大を狙ったものです。そこをまず語りましょう。
 
小さな成長とは何か。同調圧力に屈していたアカネが、時と場合によっては「前のめり」になるのをいとわなくなる。クラスの女子のグループがあって、そこで不意に仲間はずれができた時に、自分はマジョリティーに属していたのをいいことに、友達が貶められるのを見て見ぬふりをしてしまった罪悪感がプロローグとして用意されているので、それがどう変わるのかがモチーフであることは明らかです。錬金術師がワンダーランドへアカネを連れ出すのに渡すペンダントの名前も「前のめりの錨」でしたよね。
 
続いて、視野の拡大というテーマ。アカネはまだ小学生です。小さな狭いコミュニティーが世界のすべてだと思ってしまっている。それはしょうがないことではあるけれど、そんな彼女が世界は広くてワンダーに溢れていると知る話でもあって、観終わると旅行に出たくなるのはそのせいでしょう。

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このふたつの狙いを見据えつつ、お話はどう展開するのか。この冒険は4人のパーティーで行われますね。アカネが苦手意識を持っている、かなり自由奔放で好奇心の塊である叔母のチィ。異世界で人々に敬われている錬金術師。文字通り小さな小さな弟子のピポ。いずれも、普段のアカネと接点がないばかりか、好んで交流しない人々です。そんな彼らと道中見たこともない景色、習慣、気候を経験していく。このキャラクターの組み合わせとロードムービーというジャンルが、映画のテーマにしっかり寄与していました。
 
このファンタジー世界なんですが、僕らの世界と「似て非なる感じ」が絶妙です。巨大なピンクのペリカン。絨毯のように広がる赤い花々。人や車が乗っかってしまえるほど大きな蓮の花。こちらも大きな大きな金魚。時として猛烈な砂嵐が襲う砂漠の恐ろしさと、身動きできなくなるほど美しい星空。そこは、21世紀の僕らが葬り去ってしまった前近代的な価値観が育む豊かさが広がる世界。これをすべてデザインしきったイリヤ・クブシノブの功績は称賛に値します。東ヨーロッパとも中近東ともつかない、現実にありそうでどこにもない造形は見事。日本のアニメでありながら、そうではない感覚を同時に味わえるのは、このお話とスタッフの座組がマッチしていた証拠です。好みはあれど、この絵と世界を観るだけで至福という観客も多いだろうと思います。

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ただ、脚本には僕は難もあったと分析しています。一見特に問題などないように見えるこのワンダーランドの危機の正体は水です。水が枯渇してきていて、それをどうするかということで4人は奔走するわけです。現実の地球もこれから水資源の扱いは最重要課題のひとつなわけで、当然それを踏まえての設定なんですが、その解決を巡る一連の儀式やら何やらが、どうも説得力に欠けるため、クライマックスが飲み込みづらいんです。具体的には、アカネと共に問題解決の鍵を握るあるキャラクターの内面が描写しきれていないんですよね。
 
それから、旅の道中も、たとえば水の中に入るところなんかは、絵としては美しいんだけど、なぜその移動手段を取らないといけないのか、理屈が明らかにならないので、どうも後でしっくりこない。「さかさとんがり」という街での猫の関所や裁判シーンも同様でした。シーンとしては面白いんだけど、全体の中でピースがぴたりとはまってこない印象です。
 
とはいえ、小さな成長と視野の拡大という全体のねらいは達成できていましたし、同調圧力で萎縮して事なかれ主義の内向きなスタンスに陥ることがどれほど人生の豊かさを損なうか、そこはスッと理解できる良作なのは間違いないです。全体として押し付けがましくないのが良い。そして、「誕生日のプレゼントって結局?」というフリも最後にささやかに回収されてジンと来ます。普段アニメーションを観ないという人も心地よく鑑賞できるはずなので、ぜひ劇場で御覧ください。


 あの「前のめりの錨」はグッズになってるんですよね。ちょっと欲しいかも。税込み1296円というリーズナブルなお値段だし(笑)

 

今回はリスナーの感想が割れていまして、賛否で言うと、否に寄った意見の人がちょい多めという印象でした。脚本の問題点を指摘する声はやはり散見されましたね。デザインそのものは良かったあの世界も、各都市の関係はどうなっているのか、世界全体の規模はどうなんだとか、文明の進み具合や魔法と科学の関係など、かなりぼんやりしていたのも事実です。すべて説明する必要なんてさらさらないけれど、情報の提示のピントが定まりきっていないように見受けられました。エーポさんというリスナーからの「あの車が直接的に環境に悪そうで気になって仕方がない」という指摘は確かにそうだと思わず笑っちゃいました。


さ〜て、次回、2019年5月9日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『名探偵ピカチュウ』です。まさかの実写化で話題となっているこの作品。中身がおっさんじゃねえかっていう声に衝撃という感想も局内で聞こえていますが、僕は何を隠そうポケモンど素人なんで、ギャップも何もないまっさらな状態です。どうなりますやら。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

イタリア映画『幸福なラザロ』レビュー

第71回カンヌ国際映画祭脚本賞を獲得し、日本での公開が待たれていた、アリーチェ・ロルヴァケル監督の『幸福なラザロ』(原題『Lazzaro felice』)。イタリア映画の日本公開への道筋として定石となっているイタリア映画祭を経由せず、ダイレクトに4月19日から全国公開されていて話題を呼んでいる。

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今回は、かつてボローニャに留学して浴びるようにイタリア映画を鑑賞し、今はとある映画関係の会社に務めるオールドファッション幹太がレビューを書いた。言及される作品への興味も広がると嬉しい限りだ。レビューに入る前に、公式サイトから、あらすじなど基本的な情報を引用しておこう。

 

時は20世紀後半。イタリアの小さな村で純朴なラザロと村人たちは、小作制度の廃止を隠蔽する侯爵夫人に騙され、社会と隔絶した生活を強いられていた。ところが夫人の息子タンクレディが起こした誘拐騒ぎをきっかけに、村人たちは初めて外の世界へ出て行くことになる。だが、ラザロにある事件が起き・・・

 

フェリーニヴィスコンティパゾリーニ、イタリア映画史に燦然と輝く巨匠たちの遺伝子を受け継ぐロルヴァケル監督は、本作で時空を超えた壮大なドラマを生み出し、新しい地平を切り開いた。

 

『幸福なラザロ』は、1980年代初頭にイタリアで実際にあった詐欺事件を知った監督の驚きから生まれた。人間が享受してきた文明はそのスピードを加速させ、人間を疲弊させ、世界を荒廃させた。富める者はさらに富み、持たざる者はさらに失う現代に、世界をありのままに見つめるラザロの汚れなき瞳はあまりにも衝撃的だ。その無垢なる魂は観る者を浄化し、かつて味わったことのない幸福感を与えてくれるだろう。そして思いもよらぬ展開を経て迎えるクライマックスは、私たちに忘れがたき至福の映画体験をもたらすはずだ。

 

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映画フィルムの現像所で働くという仕事柄、イタリアから届いたこの作品が、16mmフィルムで撮影されたことは、配信登録しているコダックメールマガジンを通じて知っていた。映画製作の現場でフィルムが採用されることがずいぶん少なくなった時代にあって、この映画は「フィルムで撮りたい」映画なんだなということは頭に入っていた。とは言え裏返せば、それ以外の情報はまったく持たずにこの映画を見始めた。ウェブで検索すれば、作品情報や物語内容だけでなく、(たとえ未公開であっても)どこかで見る機会を得た人の感想なり批評なりを読むことができる世の中である。最近では完全に丸腰で、つまり何の関連情報も持たずに映画を見る機会が、僕自身とても少なくなっていた。ある意味で、作品に対してフェアな態度で臨む久しぶりの映画体験となった。そして映画を観終わった2時間後に、この『幸福なラザロ』という作品がいかに幸福であるかということを思い知る。

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最初のカットに古びた小屋の傍に朽ちた廃車が(周到に)置かれていることから、少なくとも戦後のイタリアの、比較的現代に近い時代の農村の物語であることが示されているのだけれど、夜中に屋外から聞こえてくる求愛の歌に誘われるようにして時代を遡り、「小作人」とか「侯爵夫人」というセリフもあいまって、いつの間にか舞台はエルマンノ・オルミの『木靴の樹』やベルナルド・ベルトルッチの『1900年』の前半と同じくらいの頃の話だと錯覚していた。実際に、集団生活する農民たちの暮らしは(電球がある時代の話だが電球がないほど)貧しく、婚約する若者を祝うワインも食事もない。着る物は素朴で、農作業の多くが手仕事だ。それでもそこで働く人々の表情は明るく、飢えてはいるけれど満ち足りた笑顔をたくさんのカットの中に見ることができる。その登場人物の表情の味わい深さたるや! どうやらこの作品は、1950年代のネオレアリズモについて卒業論文修士論文を書いた(そして、今も決着がつかず胸に抱えたままの)僕好みの作品らしいぞと思うに至り、今思えばすっかり作者の術中にハマっていたことがわかる。

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まるで人生の深淵そのものであるかのような顔のシワ。ヴィットリオ・デ・セータの50年代の短編ドキュメンタリーを思わせる農作業風景。そしてこの作品の物語が動き出すきっかけとなる、ラザロとタンクレディ(現在4K修復版が35mmフィルムで絶賛公開中『山猫』のアラン・ドロンを想わずにいられない)の隠れ家になる荒涼とした丘陵地帯。そうした美しくも荒々しい人々と風景(ローマの北のヴィテルボや崩れゆく街として有名なヴァニョレージョがロケ地であることをイタリア政府観光局のサイトが教えてくれてます)のみならず、物語の後半の舞台となるどこかいびつで殺伐とした都市風景(こちらはミラノやトリノらしい)を含め、エレーヌ・ルヴァール撮影監督による16mmフィルム撮影は見事に切り取っている。この人はヴィム・ヴェンダースや最近惜しまれつつ世を去ったアニエス・ヴァルダあたりと組んだ撮影監督らしいですね。ロルヴァケル監督の前回作品もこの人。

 

一般的には、大きなスクリーンで見る劇場公開用の作品の撮影に16mmフィルムを使うのは、(デジタルのべたっとした画とは異なる)フィルムが持つ独特のザラッとした粒状感や荒い感じが作品の趣旨や意図にマッチする場合だと言われる。それだけではないかもしれないけど、間違いではないはずだ。そしてそうであれば、フィルムという選択はこの作品の「幸福」のひとつだと断言できる。偶発的なラッキーではなく、ねらいと成果が合致していることは、映画を見た人ならば誰でもはっきりと感じると思う。

 

僕は一瞬目を疑ったのだけれども、フィルム撮影であることを示すためか、本来は撮影者からは嫌われる「窓ゴミ」とか「窓ホコリ」と呼ばれるカメラの中の異物まで残してあることに気づくはずだ。画面の四辺のどこからか、糸のようにぴょろっと出ている、それだ。カメラのメンテナンスの悪さだという人もいれば、フィルムカメラであるからには仕方がないという人もいるのだけれど、いずれにしろ、僕の知る限りでは、仕上げの段階でそれは見えなくするものであって、現代の映画ではまず、スクリーン上で見ることができるものではない。同じ意味で上下左右の四つの角が丸くなっているのも、カメラの撮影用のマスクと思われる。普通ならきちっと90度に角ばった長方形のフレームになるはずだ。残念ながらこの原稿を書いている段階では、僕はこの映画を映画館では見ていないので、映画館のスクリーンにもそうした窓ホコリや丸い角が映るかはわからないのだけど(フィルム映写機の時代は、映写機のマスクでそれらが切られていたのだけど、デジタル上映がどうなっているのかよく知らない)、もし写っていたら、お宝だと思って良いと思います。ちなみに、テレビなどでノスタルジーの演出として画面にザーザー雨のような縦線が入ったり、パラパラと点状のものが一瞬写ったりするけど、僕が言っているのはそれらとは違う。

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是枝裕和の『万引き家族』が最高賞であるパルム・ドールを獲得した去年2018年のカンヌ国際映画祭で、この『幸福なラザロ』も上映されている。プレミア上映の映写が終わって、アリーチェ・ロルヴァケル監督や共演したアルバ・ロルヴァケル(アリーチェのお姉さん、下の写真右)と一緒に、観客の温かいスタンディング・オベーションに包まれるアドリアーノ・タルディオーロの姿が印象的だ。主役のラザロを演じた彼だ。初主演作がカンヌで評価されて、テンションマックスの興奮状態にある新人俳優の姿はそこにはない。誰に対しても同じ笑顔で応え、促されて意思に反して振る手はめちぇめちゃぎこちない。善良で幸福なラザロがとまどいながら微笑んでいるようだ。つまり『幸福なラザロ』に幸福がさらにあるとすれば、それは主演アドリアーノ・タルディオーロの発見だ。本人のインタビューによると狭き関門をくぐり抜けるようなオーディションによって選ばれたのではないらしい。偶然、監督の知人の知人の中に彼がいたのだとか。プロセスはどうあれ、彼の存在感は、その外見・演技・演出において、完璧だったと思う。今も大学生らしい彼の、今後のキャリアを心配してしまったほどだ。

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時空を飛び越え、死をも超越するラザロの物語を根底に据えて、寓話でもって現実を描き、現実に隠れた寓話を随所に散りばめた『幸福なラザロ』の一番の幸福は、「現実を映す」だけのドキュメントにとどまることなく、「現実にはありえないこと」をも取り込んでひとつの物語の中に描き尽くした点だ。前半の前時代的で封建制度の残りカスのようなコミュニティの描写は、(本稿では書かなかった)後半で描かれる、望んだはずの都市生活の暗部や歪みを際立たせる最高の布石だった。過去と現在。農村と都市。聖と俗。イタリアと非イタリア。たくさんの対比とコントラストの中を、そのいずれに染まることなく通り過ぎていくラザロの無垢な姿は、静かにしかし力強く問う。「幸福って何だい?」と。

ミラノの奇蹟 [DVD]

幸福の意味を突きつけてくる優れた作品はイタリア映画の中にも少なくはないが、強烈さからすれば、ヴィットリオ・デ・シーカの『ミラノの奇跡』で善人トトがほうきに乗って「良い一日をBuon giorno」と心から言える国に旅立ってしまった時以来の衝撃だった。本気で、「ラザロ、お前もトトと同じか。あれから70年も経ったのに、俺たちは何も変わっていないんだな」とつぶやくほどだった。と同時に、すべてをネオレアリズモや巨匠たちに関連づけてしまう失礼を承知の上で、豊かな映画史を継承する現在のイタリアの映画監督の代表的存在のひとりとなったアリーチェ・ロルヴァケルはじめ、この映画に関わったたくさんの才能の未来に今後もますます期待したくなる、そういう幸福な映画でもあると思う。

 

文:オールドファッション幹太

映画『キングダム』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年4月25日放送分
映画『キングダム』短評のDJ's カット版です。

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紀元前245年の中国大陸。世界史で習った知識を振り返ると、紀元前221年に秦が中国を統一するまで、およそ550年にわたって多くの国が覇権を巡って戦を繰り返した長い春秋戦国時代のラストにあたります。西の国「秦」で戦争孤児の奴隷として生きる青年「信」と「漂」は、それぞれに天下の大将軍になることを夢見て、ふたりで剣術の稽古に励んでいました。その様子を見かけた大臣「昌文君」は、ふたりのうち漂だけを召し上げて王宮へと連れて行きます。そのしばらく後、若き王の「贏政」(えいせい)の腹違いの弟「成蟜」(せいきょう)が、クーデターを起こし、贏政は命からがら王宮を逃れるのですが、実は贏政にそっくりだった漂は王の影武者となっていて、命を狙われてしまいます。国の内乱は果たして収まるのか。そこに奴隷の青年「信」の野望はどう関わるのか。一大歴史絵巻の幕が上がります。 

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週刊ヤングジャンプで2006年に連載が始まり、手塚治虫文化賞も受賞した原泰久の原作漫画は、まだ話が終わっておらず、現在54巻まで刊行されています。この人気作が、2011年のゲーム化、アニメ化に続いて、実写映画化されました。ちなみに、原泰久は脚本にも参加していますね。監督は、『GANTZ』『図書館戦争』『アイアムアヒーロー』で知られる佐藤信介。主人公の信を山崎賢人、王の贏政と漂の二役を吉沢亮が演じる他、長澤まさみ、橋本環奈、高嶋政宏宇梶剛士加藤雅也石橋蓮司大沢たかおら、豪華キャストが集いました。

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春秋戦国時代の宮殿のオープンセットを活用し、100頭の馬を動員。20日間にわたる中国ロケが行われました。スタッフだけで700人ほど。エキストラはのべ1万人ということですから、日本映画では稀にみる大規模作品と言えます。それだけに期待がかかるわけですが、果たして原作漫画の知識ほぼゼロという丸腰の僕がどう観たのか。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

中国を舞台にした歴史もので思い出すのは、最近だと『空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎』。時代もモチーフもまったく違うってことは承知で言いますが、あちらはほとんど超能力とか神秘が当たり前に起こる世にも奇妙な物語だったからCG使いまくりだったのに対し、『キングダム』は僕の予想を気持ちよく裏切って、本当に人間がやってるっていう迫力を重視する絵作りで、鑑賞していて血湧き肉躍りました。
 
これは、そもそもの原作の時代設定が絶妙だと思います。紀元前、つまりキリストが生まれる前の話なんで、ある程度の史実ってのははっきりしているにせよ、時代が古すぎて想像力をたくましくする余地が存分にあるんですよね。ある程度ファンタジックな部分というか、時代考証に過度に囚われることなく創作活動ができるわけです。これが中世とか近代の物語だったとしたら、そうはいかないですもん。
 
なので、いかにも漫画っぽいアクションやキャラ造形も、この時代だったら、もう伝説とか神話に近いものとして、それもありだよなって思えます。しかも、さっき言ったように、実写本来の魅力、つまり、そこには本物の風景あって建物があって、本物の人がうごめいているっていう前提がスクリーンに大写しになるので、多少の飛躍もなんのその、僕はむしろ面白く観られました。

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もちろんね、大沢たかお演じる大将軍の王騎がナタを振り回しただけで一陣の風が吹くとか、信の尋常ならざるジャンプ力はどうなっとるんだとか、なぜこいつらは攻撃を受けて吹っ飛ぶ時に何かに引っ張られるように直線的なんだとか、こうした漫画的表現に違和感を覚える人がいても不思議はないです。でも、僕に言わせれば、そうした演出はちょいとふりかけた化学調味料みたいなもんで、量はあくまで限定的なので、この料理はジャンクだと決めつけるほどではないです。
 
それより何より、国の内乱における権力構造、影武者、異民族とのこれまでの関係と共有するビジョンなど、登場人物の相関図を作れと言われても僕なら断りたくなるようなこの複雑な話を、初心者にも極めて飲み込みやすく整理して描いてみせたのは、脚本段階の大手柄だと言えるんじゃないでしょうか。原作者も巻き込んでるし、相当練って再構成してあります。言っても2時間14分。鮮やかです。
 
王宮でのクライマックスも、兵士の数が圧倒的に少ない贏政たちの軍勢がいかにして玉座を奪還するのか、その策略の説明の仕方、そして「こりゃもうダメだ」と思わせる絶望的な状況の見せ方も、セットの構造をうまく使いながら、ちゃんと絵として分からせる手際は良かったです。
 
言ってみれば、策略と戦いの連続なんだけど、戦いの背景となる自然がバラエティーに富んでいるので、エピソードが後から振り返っても区別しやすいし、ある程度似たようなアクションでも観ていて飽きないですよね。

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あとは衣装! 特に山の民の「もののけ姫」っぽくもあるけど、どこの何ともつかない感じがいいです。しかも、そこに長澤まさみが登場。彼女だけ「ワンダーウーマン」なのはどうかと思ったけど、そこは長澤まさみの身体特性を最大限に発揮した演出と、 無駄口を叩かないことによって醸し出されるミステリアスな魅力が炸裂していました。
 
ただ、気になる点もいくつか絞って挙げておきます。
 
物語が進むに連れ、ボスキャラが何人か出てくるんだけど、最後を除いて、あとは誰もがモンスター的な風貌で、大男だったりするわけ。でも、この話って、成蟜のような血統・エリート主義に、遊女の血が混じる贏政や奴隷の信、そして山の民みたいな得体の知れない辺境の異民族が手を組んで対抗するって話なわけですよ。それを踏まえると、ボスキャラを化物にしちゃったら、対立の価値観がブレちゃうんです。強い敵にも奥行きなり背景が欲しかった。
 
そこへいくと、主人公の信もね、いくらなんでももうちょい背景がほしい。大将軍になるんだって夢を繰り返し語られても、その根拠や動機がはっきり見えないから、彼の夢に現時点ではあまり共感できないんです。その理由は、奴隷時代を過酷に描かなかったからですね。なんか、剣術の稽古の場面ばっかりだから、下手すりゃ、爽やかな青春時代にすら見えちゃってるのは問題です。
 
でも、トータルで言えば、満足度はかなり高いです。これはまだ原作だと5巻ですからね。うまくすれば、アジア各国でもヒットするようなスペクタクル・シリーズになる可能性を秘めていると思います。


主題歌のWasted Nights / ONE OK ROCKは、物語の壮大さ、景色のダイナミックさに合うサウンドでございました。


さ〜て、次回、2019年5月2日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『バースデー・ワンダーランド』です。ラジオでこのスタイルの短評を始めて6年目に入っていますが、実は原恵一監督作を扱うのは、これが初めて。今回はどんなんかな〜。とにかく色が鮮やかそう。ってなぼんやりした印象しかまだないんですが、しっかり観てきます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

『ビューティフル・ボーイ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年4月18日放送分
映画『ビューティフル・ボーイ』短評のDJ's カット版です。

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フリーライターとして活躍しているデヴィッド・シェフは、サンフランシスコ郊外の自然豊かな場所で家族と暮らしています。別れた妻との間の息子ニック。画家で現在の妻。そして、その妻との間のまだ幼いふたりの息子たち。成績優秀で、家族とも仲睦まじかったニックですが、ふとしたきっかけでドラッグにのめり込んでしまい、リハビリ施設に入ることに。ただ、治療は必ずしもスムーズには運ばず、ニックは再発と治療を繰り返す青年時代を過ごすことに。この作品では、そんなニックと、彼を大きな愛で包もうと辛抱強く立ち回る父デヴィッドの関係を中心に、この家族に起こる8年ほどの出来事を描きます。
 
珍しいケースですが、原作は2冊のノンフィクションです。父デヴィッドと息子ニックがそれぞれに出版した本をひとつの脚本に落とし込む形で映画化されました。監督は、ベルギー出身で、これが英語初演出となるフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン。家庭を舞台に、相互理解の難しさや、人間関係の時の流れを巧みに見せる手腕を買われての抜擢でしょう。ニックを演じるのは、『君の名前で僕を呼んで』を機に、若手再注目株となっているティモシー・シャラメ。父デヴィッドは、スティーヴ・カレルが担当。そして、先週の『バイス』に続き、ブラッド・ピット率いるプランBエンターテインメントです。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

映画の冒頭で、はっきりテーマが語られていました。デヴィッドが、ドラッグに詳しい専門家のもとへ相談に行き、事情を話すシーン。「息子とは仲良くやっていたし、彼のことは深く理解していると思っていたんだが」と切り出します。もちろん、これはドラッグの毒牙にかかって依存症となり、生き地獄を味わう青年とその父の物語なんだけど、もうちょい俯瞰して見れば、監督の興味の本丸である、人間の相互理解の絶望的な難しさがテーマなんだという振りになっている場面です。
 
僕が意外と重要だなと思ったのは、ふたりの女性、つまりニックの実の母ヴィキと継母のカレンについても丁寧にその心理を描いていたことです。それがどう変化していくのか。監督はさり気なくも細やかに、登場人物の関係性をあぶり出していきます。

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先週の『バイス』に続いて、これは広い意味で編集が肝の作品です。広い意味ってのは、つまり、ひとつひとつの映像の組み合わせというより、8年間に起きた様々な出来事をどの順番に並べるのかという、シーンの組み合わせが大事ということ。観ればすぐに分かりますが、時系列はかなりややこしくなってます。全体としては過去から未来へ緩やかに進むんですが、3歩進んで2歩下がる、時には10歩20歩下がるって感じで、結構行ったり来たりします。
 
表面的には、ドラッグに溺れたニックの断片的な記憶の再現ということもできますが、それ以上に、この編集に僕が感じたねらいはこういうことです。人間同士の関係が変化するきっかけを不意にフラッシュバックさせることで、あの時、自分は頓着していなかったけれど、相手にとっては大きな試練だったかもしれないといった「気づき」を観客にも追体験させること。これはうまく行っていたと思うし、逆に時系列でそのまま構成したら、これは想像以上に退屈でただただしんどい作品になっていたでしょう。今の構成にしてあるからこそ、ドラマに起伏と深みが生まれている。
 
とはいえ、登場人物も舞台も出来事もバラエティーに富んでいるわけではないので、ぼんやり観ていると大切なことを見落としてしまう種類の作品なので、人によっては、そして体調によっては、退屈に感じることもあるやも。ただ、身を乗り出して観れば、たとえば親子の合言葉「Everything」の意味とか、庭のスプリンクラーに人がいる時いない時の印象の違いとか、些細なことにいちいち感じ入ってしまいます。

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愛することのすばらしさと裏返しの難しさ。そして、ドラッグ依存ははっきり病気ですから、その治療には愛だけでは片づかない側面があること。ニックがその落とし穴にはまったきっかけは実は推測するしかないのですが、誰にも起こりうる身近な闇であること。本人が悪い、親が悪いと、簡単に割り切れないことがしっかり伝わるのもすばらしいです。
 
さらに言えば、これは介護、障害、病気といった、僕らが生きていくうえで避けがたい試練の物語としても観ることができて、その意味でかなり普遍的な内容です。
 
そして、最後にもうひとつ。原作はふたりの本なわけですが、出来事や感情を言葉などで表現することが自分の傷を癒やすばかりか、苦しむ誰かに手を差し伸べるんだという大切なことも教えてくれる作品でした。

ニルヴァーナニール・ヤングシガー・ロスなど、既存曲を多く採用したサントラも、そのチョイスは芸が細かったです。分けても、やはりこの曲でしょう。不意にデヴィッドが口ずさみ、ジョン・レノンの録音にスライドする場面は鳥肌モノでした。


さ〜て、次回、2019年4月25日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『キングダム』です。マズい。原作未読。中国史疎い。そんな僕でも大丈夫なのか? ただ、802映画好きスタッフによれば、近年の漫画原作の中でも屈指の良い出来栄えなんて話も。飛び込んで確かめてきます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!