FM802 Ciao! MUSICA 2016年8月12日放送分
『秘密 THE TOP SECRET』短評のDJ's カット版。
リスナーからの評価はもうひとつ奮いませんでしたが… 僕の見方は?
清水玲子作の人気ミステリー漫画を映画化。警視庁の中にある特別捜査機関「第九」は、「死人の脳をスキャンして記憶を映像化する」というMRC捜査を駆使して、迷宮入りした事件を読み解いていくという組織。唯一の発足メンバー薪剛が率いる捜査官たちは、他人の記憶を覗き見ることで生じる精神崩壊の危険に晒されている状態。家族3人が惨殺された事件。そこで唯一行方不明だった長女の発見を機に、全国各地で9人の男が同時に自殺するという不可解な時間が起こる。
僕は以前番組オープニングで話したように、マイクから音が鳴らず地声で取り組んだ舞台挨拶で生田斗真さんともご一緒したので思い入れもあるんですが、ここは批評ですから、薪のごとくできる限り客観的に評していきます。
それでは、3分間の捜査開始!
☆☆☆
記憶を扱う映画っていうのは、たくさんありました。趣向はずいぶん違いますが、たとえば2000年に公開されたクリストファー・ノーランの『メメント』なんて、ストーリーの時系列を逆さまに見せるという設定の面白さがあって、それこそ鮮明に記憶している映画ファンも多いでしょう。
今作の原作漫画は、僕は残念ながら未読なんですが、人の死後の脳を覗きこむという設定。「この事は墓場まで持って行くから黙っといてな」って、僕は人に言われたことがあって、「そんな秘密を僕に語らんといてくれ」って思った記憶があるんですが、この物語だと、墓場まで持って行っても暴かれてしまうというのが恐ろしいところ。すごい着眼点ですね。
大友監督のインタビューを読むと、このあたりの科学技術をずいぶんリサーチされたようです。原作では脳そのものを身体から引き剥がしているんですが、物理的には脊髄から離れると、脳細胞は死んでしまうらしく、脳を身体から切り離さずに行こうと決めたそうです。生きている人間が自分の脳細胞を借りて、自分の脳内で死者の体験を追っていくという映画版の設定はこうした頭がさがる調査に基づくものらしく、結果として物語をより面白くしているのではないでしょうか。
映像も実に面白い。脳内の映像、つまり主観映像を再現するにあたって、ワイドレンズを使う必要があったらしいんですが、そうすると歪みがでやすいらしく、歪まないレンズを探したり、登場人物ならではの視点を極力再現するために、これはエンドクレジットでカメラマンのところに役者の名前があって気づいたことなんですが、役者たちにもヘルメットにカメラを付けて撮影をしてもらったり。とにかく映像の作りこみは凄いものがあります。
そして音も良かった。常に何か現場の環境音が普通よりレベル高めに聞こえていて、不気味さの演出に何役も買っていました。これは褒めてるんですけど、おかげでとにかく映画を観ていて疲れる。それぐらい没入してしまう仕掛けを施してあるってことですね。
ただ、脚本にはもっと整理が必要だったのではないでしょうか。絹子事件と貝沼事件という、ふたつの事件が同時進行するのはとても映画的で良いんですけど、その魅力が発揮されるとしたら、そこに何らかのリンクがあればこそだと思うんです。現状だと、ただ複雑になるばかりで、もっとソリッドに削ぎ落とすか、それこそ流行りの前後編にするか、いずれにせよ語りの交通整理はもっと必要だったと僕は思います。なんでこうなってしまうかと言うと、設定上、過去を振り返る客観映像がどうしても少なくなるんです。なので、余計に交通整理はしっかりやるべきだったでしょう。
そして、もう一つ注文があります。テーマがまず何よりもこれだけ新鮮だったのだから、この捜査手法で浮かび上がった冤罪(実は罪に問われた人物はもう死刑に処されていて取り返しがつかないんです)の重大さについて、あるいはもっとシンプルに、他人の脳内を覗くという行為の倫理的な問題について、もっと深く議論するようなシーンなり葛藤があっても良かったかなぁ。
結果として、映画全体のピントが甘くなってぼやけてしまっていると言わざるをえないんですが、とても変わった凄みのある映画体験ができるし、しかも類似作があまり見当たらないので、それだけでもこれは映画館で観る価値が存分にある作品だと断言できます。
☆☆☆