京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『8年越しの花嫁 奇跡の実話』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年12月29日放送分
『8年越しの花嫁 奇跡の実話』短評のDJ's カット版です。

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結婚式場のスタッフが撮影したYouTube動画をきっかけに話題となり、2年前、本人たちのペンによって書籍化された実話の映画化です。自動車修理工場で働く尚志と、料理人として働く麻衣。飲み会の席で知り合って急接近した20代の2人は、やがて婚約。しかし、結婚式の3ヶ月前に、麻衣は原因不明の病に倒れ、昏睡状態に。尚志は出勤前に毎朝、片道1時間ほどの距離を原付バイクで移動して病院に通い、彼女の回復を祈る。数年後、麻衣は意識を取り戻すものの、記憶障害が残り、尚志との思い出を忘れてしまっていた…
 
メガホンを取ったのは、瀬々敬久。ピンク映画やテレビのドキュメンタリーを多く手がけてきた作家で、2010年の『ヘヴンズ ストーリー』でキネマ旬報ベストテン3位を獲得するなど芸術的に高い評価を獲得。その手腕を買われ、最近では『ストレイヤーズ・クロニクル』や、このコーナーでも扱った『64-ロクヨン-』など、大型商業映画にも進出しています。

ヘヴンズ ストーリー Blu-ray 64-ロクヨン-後編

主演は佐藤健と土屋太鳳。他に、北村一輝、浜野謙太、中村ゆり堀部圭亮古舘寛治薬師丸ひろ子などが脇を固めています。
 
映画館で予告編を観た時から、正直なところあまり期待はしていませんでした。だいたいタイトルでもう物語の内容はわかるし、「これはきっと感動の押し売りになるんじゃないか」と鼻白んでいました。同様の理由から、観るのを躊躇している人は映画ファンにこそ多いような気がします。結論から言えば、僕の予断は間違いでした。
 
それでは、3分ごしの映画短評、今週もいってみよう!

予告でピンと来ないのは、ある意味当然で、この作品の魅力は、麻衣が病気から回復したという「奇跡」そのものにあるのではなく、むしろ登場人物たちの辛抱強い行動と葛藤の丹念な描写の積み重ねにあるんです。プロセスにこそ味わいがあるので、結果だけを抽出して要約すると、途端に魅力が削がれてしまうわけです。とはいえ、8年もの時間が物語に流れるわけだから、当たり前だけど、省略が必要。このあたりの脚本上の取捨選択が、お見事でした。
 
特に出会いから病の発症、そして昏睡から目を覚ますまで、ひとつひとつのシーンのタイトな尺とキビキビしたつなぎがどれも的確で無駄がない。こんなにあっさりしていていいのかというくらいに、テキパキ進めるんですね。場所も時間も矢継ぎ早に切り替えて、ふたりの体験を積み上げていく。できるだけ色んな場所を見せる。できるだけ移動させる。画面分割とか、早回しとか、こういうリアリズムの映画では使いづらい突飛な手法を取り入れてでもシーンの尺じゃなくてシーンの数を増やしているのは、それが観客にとっても、ふたりの記憶になるからです。身も蓋もない言い方をすれば伏線ですね。そう、実はこの映画化において最も重視されているのは、麻衣の記憶の回復なんですね。
彼女が一命を取り留めることは、もうタイトルの時点でネタバレしてます。そして、この作品には悪役はいません。映画に最大の緊張をもたらすのは、麻衣が尚志の記憶を取り戻せるのかなんです。ここで目を見張るのは、売れっ子の土屋太鳳を本気で病人に仕立て上げる容赦ない演出とそれに応える演技ですね。ずっと眠り姫だったら、それは嘘じゃないですか。顔はむくむし、視点は定まらない。
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そんな麻衣が、家族や尚志の懸命で辛抱強い懸命なサポートによって、身体と脳のリハビリを進めていく。でも、ここも間延びはさせません。丁寧だけれど、尺はタイト。そんな一環として、いきものがかりがテレビで歌っている映像を挟んだのは良かったですね。テロップを入れずとも、ヒット曲でおおよその年、つまり時間経過がわかるし、何より、麻衣が吉岡聖恵の歌を耳にして、無意識に一緒に口ずさむことによって、またひとつ記憶を取り戻していることが伝わる。そう、音楽にはそんな力もあるんだと。
 
ただ、こうしたリハビリはとにかく時間がかかる。その待つしんどさを尚志の仕事仲間や結婚式場のスタッフがうまく浮き彫りにしていました。あいつらがいたから尚志はやっていけた部分もある。サポートのサポートもあるんだ。そんな人間関係の豊かなつながりをさりげなく見せてくれる。
 
こういう蓄積があるからこそ、昏睡状態に入ってしばらくしてからは、どっかで号泣というより、観客の目頭はずっと熱いまんまですよ。僕はね、薬師丸ひろ子演じる麻衣の母親が尚志に「ありがとう」って言った瞬間から、ずっと目が潤いっぱなしでした。

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具体例をひとつ挙げます。後半、麻衣がいくら努力しても尚志のことを思い出せないという展開の中で、普通ならいかにもお涙ちょうだいになるシーンがあるんです。ひとり車を運転する尚志。絶望して泣き出してしまう。凡百な演出なら、尚志の涙を長々と大写しにするところを、この映画の場合、カメラは車の外に出て、夜、ハザードランプを出して路肩に止まっている車をただ見つめる。しばらくすると、ハザードが方向指示器に変わる。それだけ。このスタンスですよ。全体を通して、クロースアップとロングショットの使い分けが絶妙でしたが、それが端的に出ている場面でした。
 
そして、これは実話にはない、尚志の自撮りビデオメッセージですけど、これも使い所がうまかった。どのきっかけで麻衣が気づくのか。そのきっかけたるや! ここはフィクションだけど、さりげないフリが効いていたのと、全体が抑えたトーンだっただけに、一気に感動が花開いて、クライマックスにうまくつながっていく。
 
そして、最終的なメッセージも清々しかったですね。過去の蓄積が人間を作るのは間違いないんだけど、現在もどんどん過去になっていくわけであって、つまりは現在の積み重ねがまた将来の人間関係を形作っていくんだ。そんなテーマが演出ともピタリと重なっていたから、この映画が難病ものとして出色の出来になったんだと思います。
 
この種の作品は首を傾げたくなる安易な演出が多いから、映画ファンほど毛嫌いするわけだけど、感動を呼びやすい、企画として成立しやすいものだからこそ、安っぽくならないようにしたい。実話だからこそ、敬意と節度をもって語りたい。作り手のそんな意気込みが詰まったすばらしい作品でした。

back numberによる主題歌『瞬き』は映画の物語にうまく寄り添っていて、こちらも良かったですよ。昨日28日、FM802 Radio Crazyのステージでは、ライブ初披露してくれました。「この曲とは長いつきあいになりそうです」という清水依与吏くんのMCにも大いに頷いた僕でした。

さ〜て、次回、1月5日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『カンフー・ヨガ』です。ジャッキー・チェンの身体と笑いのキレはいかに!? あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

 

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年12月22日放送分

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「遠い昔、はるかかなたの銀河系で…」というオープニングクロールで始まる、世界で最も有名なスペースオペラ、宇宙を舞台にした冒険活劇シリーズの第8弾。2年前の『フォースの覚醒』から始まった新3部作の2作目にあたります。前作でフォースの力に目覚めた孤独な少女レイは、伝説のジェダイであるルーク・スカイウォーカーのもとに辿り着いて弟子入りを志願するものの拒否され、むしろ驚きの事実を告げられます。レイはルークとの交流を経て、全宇宙の支配を目論むファースト・オーダーに属するカイロ・レンのもとへ。一方、そのファースト・オーダーは、圧倒的な戦力で反乱軍レジスタンスを攻め立て、レイア姫たちが窮地に陥る中、元ストームトルーパーの脱走兵フィン、パイロットのポー、ドロイドBB-8たちは独自の動きで事態の打開を狙います。

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前作でメガホンを取ったJ.J.エイブラムスは製作総指揮に回り、今回はまだ43歳、『LOOPER/ルーパー』で注目を集めたライアン・ジョンソンが監督と単独脚本を務めました。レイを演じるのは、先週扱った『オリエント急行殺人事件』でも堂々たる演技を見せていたデイジー・リドリー。そして、カイロ・レンは、見ようによっては僕に似ているアダム・ドライバー(どんな紹介だ)が演じる他、マーク・ハミルキャリー・フィッシャーといったエピソードIVからの俳優陣も出演していますが、残念ながら我らがレイア姫キャリー・フィッシャーは昨年末に亡くなってしまい、これが遺作となりました。
僕も大阪エキスポシティで観てまいりました。もちろん、僕が呼ぶところの大仏IMAX次世代レーザーですよ。すごい迫力でした。それでは、賛否両論、感想が光と闇の如く二分されているやりにくい状況の中、マチャオの3分間の映画短評ウォーズ、今週もいってみよう!

エピソード8は、「最後のジェダイ」というタイトルが暗示するように、テーマは世代交代です。もっと言うと、これまでスカイウォーカー家を軸として展開してきた特殊な血筋の人々の物語の民主化ですね。「フォースの覚醒」のラストで、レイがルークのもとを訪れているので、ここは触れていいでしょう。最後のジェダイとは、はっきりルークのことです。ジェダイは銀河系の自由と正義を守るフォースの使い手という存在ですけど、これまでは選ばれし者、つまり血統がものを言っていたわけです。それが、新三部作では、レイの登場により、努力次第で後天的に誰にも操れるものになるのかもしれない。そんな可能性が提示されたのが今作なんじゃないかと。確かにそれは開かれた美しい話のようには思えるけれど、ある種の神秘が失われる危険もあると思うんですよ。僕がそう感じたのは、ルークがレイに「フォースとは何か?」と質問する場面です。え? そんなに簡単にフォースを言語化していいの? それはみんなが何となく定義するあやふやなものだから良かったんじゃないの? ルークが予備校の先生に見えてきましたよ、僕は。

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こうした懸念は、その後次々と現実のものとなります。つまり、フォースが単なる超能力、はっきり言うと、物語運びに都合の良い、何でもありの便利な力になってしまったんですよね。シリーズを追いかけてきた人ならば、冷静に見れば誰でも気づくでしょう。今作から出てきたフォースの新しい側面がものすごく多いことに。レイアにしろ、レイにしろ、レンにしろ、ヨーダにしろ、ルークにしろ、「そんなことできるん!?」っていうことをやられると、これまでの物語は何だったのかと考えざるを得なくなりますよ。

 

もうひとつ残念だったのは、やはり脚本の問題なんですけど、尺はこれまでで一番長いのに、スケールが小さく感じられることですね。レジスタンスとファースト・オーダーの攻防が一方的すぎるというか、レジスタンス側の無策が過ぎるんですよ。今回はどちらのサイドでも世代交代が行われるんですけど、その展開がどう考えても乱暴です。レジスタンスの皆さんは、もっとコミュニケーション取って! 意思疎通のなさが原因のミスが多すぎる。時間がないのでひとつひとつは挙げませんが…。ともかく、その結果、自己犠牲の精神でカミカゼ的な、「」付きの「美しい」犠牲を用意されても感動はできないです。

 

以上、ネタバレを極力避けつつ、僕が思う、というより、冷静に見ればわかる問題点について軽く触れましたが、僕は興奮している人がいるのもわかります。理由はふたつ。ライアン・ジョンソンの画作りがカッコイイのと、とにかくどんでん返しが多いことでしょう。だから、観てる時はアガるんですよ。だから、もちろん良いところだってかなりある。キャラクターもこの3部作はアジア系が活躍するし、クリーチャーも多いし、確かにディズニー的多様性が発揮されていて、とても良いと僕も思います。でも、帰納法的に用意されたどんでん返しの連続は決して上品じゃないし、先週も言ったことだけど、画面の雰囲気だけで持っていこうとするのは無理がありますよ。興奮から醒めればメッキが剥がれるわけですから。

 

厳しく言ってはきましたが、僕は方向性は間違っていないと思うんです。やり方が乱暴だと言ってるだけで。これを踏まえ、J.J.エイブラムスがどう風呂敷を畳むのか、2019年が今から楽しみです。

さ〜て、次回、12月29日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』です。「♫幸せとは〜」という歌い出しで802でもお馴染みのback number『瞬き』が主題歌ですよね。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

『オリエント急行殺人事件』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年12月15日放送分
『オリエント急行殺人事件』短評のDJ's カット版です。

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イスタンブールからイギリスのカレーへ。ヨーロッパを駆け抜ける豪華寝台列車オリエント急行で、アメリカの大富豪ラチェットが刺し殺された。乗り合わせていたベルギーの名探偵ポワロは、大雪で列車が立ち往生する中、目的地以外に共通点のない乗客と車掌あわせて13人を容疑者として尋問していく。
 
ポワロ以外にも、ミス・マープルなど人気シリーズを生み出し、ミステリーの女王と呼ばれるアガサ・クリスティー。彼女が1934年に発表した原作小説はミステリーでも最も有名な結末のひとつでしょう。世界各地で翻訳されています。映画化は、まず74年。イングリッド・バーグマンショーン・コネリーなどの豪華キャストを起用して大ヒット。アカデミー賞6部門ノミネート。名作の誉れ高い1本でした。さらには、NHKで放送されて日本でもお茶の間で人気だったイギリスのドラマシリーズの映像化も忘れがたいものがあります。どちらも簡単にレンタルできるので、見比べてみるのもいいでしょう。

 

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そして、今回はケネス・ブラナーが製作、監督、そしてポワロの三役を務めます。他に、ジョニー・デップデイジー・リドリージュディ・デンチペネロペ・クルスなど、今回も主役級の役者が揃い踏み。『エイリアン・コヴェナント』『ブレードランナー2049』に続き、リドリー・スコットがこの作品でも製作に関わるという、秋冬リドリー祭り開催中ということも付け加えておきます。
 
それでは、僕野村雅夫が「灰色の脳細胞」を駆使した3分間の映画短評エクスプレス、今週も出発進行!

物語の面白さについては、もう折り紙つきなので、まだ内容を知らない人は、まずは何も考えずに触れてみてください。「そういうことかぁ」なんつって、ストーリーに驚きながら楽しめるはずです。ただ、何らかの形で結末や主人公ポアロのキャラクターを知っている人が大勢いるわけです。特に全70話のドラマシリーズは原作すべてを網羅して、再放送もしょっちゅう。デヴィッド・スーシェという役者が演じてきた確固たるポアロ像がもうあるわけですよ。どうしたって比べちゃう。僕もそうでしたもの。
 
そこで、新しいポアロを生み出すために、製作チームは脚本から綿密に準備しました。リドリー・スコットの息のかかったマイケル・グリーンの起用。彼は『セックス・アンド・ザ・シティ』などTVシリーズでならした人なんですが、今年は『LOGAN/ローガン』『エイリアン:コヴェナント』『ブレードランナー2049』、そして今作と4本の大作を手がけてる。乗りに乗ってるだけあって、新しいイメージはしっかり作れていると思います。まず、旧来より遥かにがっしりしていて、アクティブ。なんなら、ハードボイルド。よく動く。愛らしい老紳士じゃなくて、凛々しく肉体的にも頼れそうなんですよね。胸板厚い! 髭も髪もフッサフサ。その分、もともとある自信家キャラも増幅されていて、自信過剰なくらい。「物事には善と悪があり、その中間はない」だなんて言い放つ始末。このあたりのイメージ植え付けを、本編に入る前、オリジナルのイントロダクション、エルサレムのシーンでサッとやっちゃう手際の良さ。さらに、そのプロローグでは、今まさにトランプ大統領がトリガーを引いて問題になっているあの土地の3つの宗教・価値観というモチーフまで入れ込んでいる。これ、後から考えると、明らかなフリでしたね。

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クライマックスの謎解きの構図を思い出してください。乗客たち、つまり容疑者たちがズラッと長テーブルに並んでいる絵画的なやつ。どう見たって『最後の晩餐』ですよ。この中に裏切り者がいるっていう、聖書のあれ。つまり、今回のテーマは、宗教的な倫理観と、近代国家が秩序維持のために生んだ法律、このふたつの価値とどう折り合いをつければいいんだという苦悩である、と。ポアロも揺れ動く。善悪は単純に割り切れるものではないと気づいて成長する。これが、今回の映画化の僕は一番のポイントであり独自性だと思います。
 
ポアロの人間的成長って、ドラマシリーズには薄い要素でした。老紳士でしたしね。「オリエント急行」ってのは、原作では70以上ある話の中で8作目なんですよ。だから、ポアロがこれぐらい若くてキビキビしててもいいだろうという解釈でしょうね。ということは、人間的にもまだまだ成熟する余地のある存在であると。「おっす、俺、世界一の名探偵ポアロ」っていう雰囲気で登場しただけに、この「気づき」の要素はフレッシュに感じました。謎解きをしてから、彼自身も良心の呵責に苛まれますからね。実はこれ、7年前に制作されたイギリスTVシリーズと似た設定なんですが、こちらの若ポアロは、一通り悩んだら、「わいはポアロや、名探偵ポアロや!」ってな具合にサクッと復活してますね。それだけ、まだ若いと。

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ただですね、僕は今作、どうもまだしっくりは来ていないんです。ケネス・ブラナー監督も出ていた『ダンケルク』と同じ65ミリフィルムで撮影された、細密かつ迫力ある画作りとか、アップを多用して達者な役者たちの細かい演技を堪能できるとか、良いところはたくさんあります。乗車する時のカメラ横移動で列車を舐めるようなカメラワークも格好良かった。けれど、全体的に演劇的なバシッと決まった派手な構図が僕は多すぎるなと感じます。乗客たちの心理、背景、そして誰がどんな嘘をついているのか、じわじわ探るのが醍醐味なのに、この若ポアロはどうも全体に性急で、推理のプロセスを端折っていきなり核心をついた質問を被疑者にぶつけるもんだから、こちらがついていけない。

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さらに、アクションとケレン味、絵的な勢いで突破しようとしている箇所が目についたのが、僕はゲンナリ来ました。ジョニー・デップケネス・ブラナーのケーキを突きながらのやり取りなんて最高だったのに、ああいう絵は地味だけど味わい深い場面が、事件が起きて以降、極端に減るんですよねぇ。
 
監督のインタビューを読むと、同時期に舞台で取り組んでいたシェイクスピアを意識したという発言があります。そういう舞台映えしそうな重厚な画面構成が、平たく言えば大げさで作り物臭さ、演劇感を出しすぎて、それが若ポアロのキビキビしたアクションなんかと噛み合っていないんじゃないかと思うんです。
 
とはいえ、やはりこれだけの役者陣の演技合戦はそれだけで興奮します。次は『ナイルに死す』。エジプトにも最高のキャストが集うことを願っています。

さ〜て、次回、12月22日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』です。今年もこの時期がやってまいりました。僕も、誰が呼んだか大阪エキスポシティの大仏IMAX次世代レーザーで拝んできますよ〜。そう言えば、デイジー・リドリー2週連続ですね。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

『探偵はBARにいる3』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年12月8日放送分
『探偵はBARにいる3』短評のDJ's カット版です。

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大泉洋扮する探偵と、松田龍平演じる大学院生の相棒高田が、札幌ススキノを舞台に事件を解決に導く凸凹バディーシリーズ。今回は高田の後輩からの依頼が発端。女子大生の彼女と連絡が取れないとのことで調査すると、怪しげなモデル事務所の美人オーナー、マリに辿り着きます。さらに、彼女の背後には、表と裏双方から社会を牛耳り始めている北条という黒幕が。探偵たちは知らぬ間にマリの罠にはまり、事態は見る間にのっぴきならないものになっていく。

探偵はバーにいる (ハヤカワ文庫JA) 探偵はBARにいる3 (ハヤカワ文庫JA)

例によって東直己の「ススキノ探偵シリーズ」が原作ではあるんですが、この映画はその第1作からいくつかネタを拝借しているものの、実質的には初のオリジナル・ストーリーで、ノヴェライズが出版されています。監督はこれまでの橋本一から吉田照幸に交代。『あまちゃん』や、このコーナーで扱った『疾風ロンド』の人ですね。脚本はいつも通り古沢良太。今回のヒロインとなるマリには、北川景子が起用されました。その他、前田敦子、志尊淳、リリー・フランキーなど初参加陣に加え、田口トモロヲ松重豊安藤玉恵などのレギュラー脇役陣も依然として存在感を発揮しています。
 
評の前に参考情報として加えておくと、これまでは、PG12という映倫の指定(小学生までは親に寄り添ってもらってくださいねっていう枠)が付いていたんですが、今回はG、つまり誰でも観ることができる一般公開となっています。
 
それでは、3分間の映画短評、今週もいってみよう!
 
まずはこのシリーズの特徴を整理しますね。
 
ハードボイルドというジャンルがあります。ミステリーの分野では、客観的でドライな刑事や探偵が、推理よりも行動で事件を片付けていくのが特徴。このシリーズの場合は、ハードボイルドを気取ってはいるものの、なんだかんだで「浪花節だよ人生は」ってな内面が隠しきれない、言わば、固茹でになりきれない半熟卵、「ハーフボイルド」なんですね(そう言えば、東直己の小説にも、「ハーフボイルド」って言葉がタイトルに踊るススキノ・スピンオフがありました)。平たく言えば、この探偵はいつもカッコつけてる2枚目半。ルパン三世シティーハンター、あるいはコミカル路線の007作品にも通じる、あの笑いがそこかしこに漂っています。

新装版 ススキノ・ハーフボイルド (双葉文庫) 探偵はBARにいる

さらに、映像的な味付けにも特徴が。手持ちカメラやスローモーション、そして画面のギラッとした色味など、松田龍平のお父さん、松田優作の出ていた一連の作品やら、東映実録ヤクザものやらを髣髴とさせるような、70年代に量産された古き良き邦画大人向け娯楽作品のテイストを受け継いできました。大人向け娯楽作だから、エロスもバイオレンスも、裏社会の様子も、わりとしっかりまぶしてあった。主題歌も、カルメン・マキ鈴木慶一ムーンライダーズでしたからね。渋い! こういったすべての要素が、2010年代にあっては、レトロで懐かしくもフレッシュだった。それが注目された要因だろうと思います。
 
で、この3作目。シリーズ初のクリスマス・お正月タイミングの公開ということもあり、恐らくはもっとお客さんの裾野を広げていこうという思惑も働いたのでしょう。監督を交代して、明らかな変化がありました。それが奏功したのか(僕はそうは思ってませんが…)、公開初日からの3日で16万人を動員。これまでで一番好調な滑り出しです。興行的には、ね。映画も商売ですから、それで良いと言えば良いです。ただ、僕はこのシリーズの熱心ではないが確実な一ファンとして釘を差しておきたい。3作目のこのテイストを続けると、今後飽きられやしませんか? そんな懸念を持っています。
 
話の構造は毎度のこと一緒なんで、そこは敢えて触れません。何が変わったって、演出です。これまでは、R指定のひとつ手前、PG12という映倫の指定が付いていて、小学生までは親に寄り添ってもらってくださいねっていう枠だったのが、今回はG、つまり誰でも観ることができる一般公開となりました。実際、性描写もバイオレンス描写も、一部を除いてマイルドになっています。喫茶モンデのウェイトレスの露出度も下がってるし、シリーズで初めて探偵が依頼人のマドンナとベッドを共にするというのに、肝心の描写はすっ飛ばしてる。喧嘩のシーンもわざわざタイマン勝負の場面を用意したのに、早回しを使った撮影方法が機能していなくて迫力が弱い。トレードマークだったギラッとした画作りも、妙にそつがない、要するに特徴がないものになってる。

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代わりに(僕に言わせれば必要以上に)増幅されてるのが、コミカルな要素。あくの強いサブキャラクターも多いし、ススキノが舞台のご当地映画なんで、シリーズならではのお決まりの笑いがそもそも作りやすいんですね。それはむしろシリーズの財産であり魅力であって、決して悪いことじゃないんだけど、安易にそれを膨らませて、安定の笑いに頼るのは褒められたことじゃないでしょう。
 
例外もありました。冒頭のシーン。これまでで一番探偵が探偵っぽいことをするんです。つまり、「この中に真犯人がいる。それはあなただ」みたいなくだり。あれは、面白かったんですよ。これまでの決まり事をひっくり返したと一旦は見せかけるような展開だから。まさにつかみはOK。そして、努力なんか見せたことのない相棒の高田が妙に汗かいてるのも良かった。でも、あとはですね、違うんです。これまであったお約束シーンを大げさにした上に数を増やすばかりでは、シリーズのファンほど食傷してしまいますよ。
 
一方で、音楽は今回も70年代アングラ日本語ロックのはちみつぱいが採用されていて渋みがある。だから、全体として演出のバランスがおかしなことになっているんです。
 
原因は監督の交代です。もし製作陣がより幅広いお客さんを獲得しようと色気を出して吉田監督を起用したんだとしたら、「その近視眼的な発想はどうなんだ」と僕は言いたい(見当ハズレな僕の邪推ということもありえますが…)。たとえば、このコーナーで今年扱った『ローガン』を思い出してください。あれは真逆の発想で作られていました。アメコミ原作なのに、R指定を付けてまで、映画としての完成度を優先して評価された。翻って、このシリーズはもともと大人向けなんだから、12歳以下をなぜ取り込む必要があるんでしょうか。もしそうしたいなら、ルパン三世の『カリオストロの城』ばりに、事件の内容や探偵のキャラクターをうまく改変する必要があるんだろうけど、このシリーズにおいて、それは時期尚早、あるいはそんな必要はないと僕は思います。

さ〜て、次回、12月15日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『オリエント急行殺人事件』です。先日、誕生日にゴディバのチョコレートをいただきまして、その品はなんと、この映画とのコラボでしたよ。Funky802 Special Weeksにふさわしい話題作。ネタバレも何も、オチは多くの人が知っていても、それでもなお面白いことを願いながら、あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

 

映画『火花』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年12月1日放送分
映画『火花』短評のDJ's カット版です。

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中学時代の同級生とスパークスというコンビで漫才をしている徳永。芽が出ずにくすぶっていたところ、営業先の熱海の花火大会で中堅の先輩芸人、神谷と出会います。「あほんだら」というコンビでぶっ飛んだ笑いを追求する神谷のスタイルに惚れた徳永は、その夜に弟子入りを志願。「俺の伝記を作ってくれるなら」という条件を受け入れた徳永と神谷の、コンビもキャリアも超えた芸人同士の熱い友情関係が始まります。漫才を愛し、漫才にすべてを捧げるふたりの、10年にわたる交流の変遷を描く青春絵巻です。
 
原作は、言わずと知れた又吉直樹芥川賞受賞作。昨年、Netflixオリジナルドラマ全10話が配信スタートして、こちらにはCiao! MUSICAお馴染みの白石和彌監督も関わっているんですが、それに続いて、今度は板尾創路監督のメガホンによって劇場映画化。徳永を菅田将暉。神谷を桐谷健太が演じる他、徳永の相方に2丁拳銃の川谷修士、神谷の同棲相手に木村文乃が扮しています。
 
それでは、中学時代に漫才コンビを結成して、修学旅行先の箱根の旅館の楽屋で緊張に打ち震えていた僕がどう観たのか。3分間の映画短評、今週もいってみよう!

 板尾監督がビッグバジェット作品で初メガホンということで、どんな映像から始まるのか、それがまず気がかりだったんですが、いきなり僕は心掴まれました。黒い画面を2つの花火が上っていく。そこに、スパークスのふたり、徳永と山下がかつて交わした言葉だけが重ねられる。これは原作にない場面のようですが、とても映画的な叙情があってすばらしいなと感心しました。漫才師として一花咲かせたいふたりの夢を、これだけで想起させてくれるわけです。だけど、花火は不発に終わるかもしれない。うまく弾けたとしても、それはもっと大きな花火にかき消されるかもしれない。それでも、ふたりは闇に向かって自分たちを燃やして光を放った。タイトルでもある火花というメタファーを、簡単に実物を見せられてしまう映画で見事に表現するオープニングでした。これはお笑いという特殊な世界をモチーフにしてはいるけれど、エッセンスとしては、人生を何かに捧げる、夢中で何かを追い求めて生きる若者の葛藤と挫折を描いた、普遍的な青春物語なわけで、その切なさの予感をのっけからさりげなく映画的に提示してみせる板尾監督の手腕には目を見張るものがありました。

 

 小説と違って、そのまんまを生き生きと見せられるという映像の特性を、この物語で最大限に発揮できるのは、もちろん漫才のシーンです。だから、そこはたっぷり見せる。監督も漫才師なわけだし。原作以上にキャラクターを膨らませた徳永の相方山下に、2丁拳銃の修士さんというプロを配役した意図もそこにあるはずです。この映画で誰もが固唾を呑んでしまうのが、クライマックスで披露される「思ってることと逆のことを言う漫才」です。字面でしか表現できない小説を映画なら超えられると踏んだからこその名シーンでした。

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 でも、僕が本当に感動したのは、その後です。挫折した徳永と神谷が、10年前にふたりの出会った熱海に戻り、例の居酒屋で話し込むところ。漫才はひとりで作ってるんじゃない。まずふたり以上いないとできない。売れる売れないという淘汰はあるけれど、売れた奴らも、売れなかった奴らのがんばりがあったからこそ輝けるわけで、そう考えれば、テレビに出られなかった奴らだって絶対に無駄じゃないんだという趣旨の会話が繰り広げられる。これって、音楽にも、僕らラジオパーソナリティーにも、いや、どんな人にも当てはまる人間への肯定じゃないですか。10年経って、ふたりがその境地に辿り着くことに僕は涙しました。そう。「生きている限り、人生にバッドエンドはない」という強いメッセージです。冒頭で徳永と山下が闇夜に花火を打ち上げたことは無駄じゃなかったんです。

 

 シーンによってはソフトフォーカスがトゥー・マッチだとか、伝記の件がうやむややなとか、話運びのリズムがうまくいっていないところがあるんじゃないかとか、評をまとめる前は色々と茶々を入れようと考えてたんですが、思い返した時に浮かんでくる今挙げたシーンたちのほとばしりが強すぎて、結局のところ心を揺さぶられている自分に気がついたしだいです。本来なら評論としてはもっと冷静であるべきですが、僕はこの作品を劇場で観たことにまだ興奮しているのが現状です。

 

 特に神谷に対してだと思いますが、「感情移入しづらい」との声が出るのもわかります。ただ、僕はあの「お前、それダメだろ」って行動に対して、倫理観を振りかざす前に、人間臭さを感じて憎めないままなんです。

 いずれにしても、物語そのものに惹かれました。原作にも、そしてタイムスパンがまったく違うNetflixのドラマにも触れたい。また個人的に比較しながら、こいつらにまた会いたい! そう思いましたね。


さ〜て、次回、12月8日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『探偵はBARにいる3』です。僕がかなり好きなシリーズ最新作来た! 大泉洋さん、そして松田龍平さんとは、先日の大阪キャンペーンでご一緒したので思い入れもあるのですが、つとめて冷静な眼で改めて鑑賞してきます。観たら、あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく!

探偵はBARにいる 探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点

 

『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年11月24日放送分
KUBO/クボ 二本の弦の秘密』短評のDJ's カット版です。

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江戸時代でしょうか。もう少し前でしょうか。遠い昔の日本。主人公のクボは、魔法の三味線で折り紙を操る片目の少年。大道芸で日銭を稼ぎながら、身体の弱い母親とふたりで暮らしていました。不吉な子供だと一族から命を狙われていたクボは、ある日、邪悪な伯母たちに見つかって襲われるのですが、母親が最後の力を振り絞って魔法をかけたことで、命拾いをします。ひとりになってしまったクボを助けるのは、母の力で命を吹き込まれた猿。伝説の3つの武具と自分の出自を探す旅に出ます。その道中、記憶を失ったクワガタの侍も仲間入りするのですが… 勇敢で心優しい少年のストップモーション冒険活劇アニメです。
 
制作はコマ撮りアニメに定評のあるスタジオ・ライカ。監督は、その代表で日本びいきのトラビス・ナイト。今年のアカデミー賞では、アニメ映画賞と視覚効果賞に堂々のノミネート。イギリスのアカデミー賞では、『ファインディング・ドリー』『モアナ』『ズートピア』を退けて、アニメ映画賞を獲得しています。僕は字幕版を鑑賞しましたが、サルをシャーリーズ・セロン、クワガタをマシュー・マコノヒーが演じるなど、声優陣も充実していますよ。
 
それでは、恒例の3分間の映画短評、今週もいってみよう!

たとえば琵琶法師がかつて『平家物語』をストリートで弾き語る存在だったように、クボ少年はストーリーテラーとして、音楽と語り、そして折り紙を使った伝説の武士とその敵となる怪物というキャラクターで民衆を惹きつける存在として登場します。彼のエンターテナーっぷりを見せつけるハイライトが始めの方に用意されているんですが、ここがいきなり凄まじいんですよ。クボが三味線を奏でると、観客たちが取り囲むサークルの中に積まれた折り紙が見る間に折られてミニチュアの武士が現れる。それが動き出したと思ったら、今度は火を吹くめんどりがまたスルスルとひとりでに折られていく。クボによって魂を吹き込まれた折り紙が路上で生きているかのように戦いを繰り広げる。僕は今「魂を吹き込む」という表現を使いましたが、これこそアニメーションの本来の意味。それだけだと動かないものにアニマという魂が与えられて動き出すのがアニメーションなんです。

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この作品はコマ撮りをベースにCGを組み合わせて作られています。コマ撮りというのは、原初的な特撮で、1秒あたり24コマ、それだけだと動かないキャラクターを少しずつ動かし、そのコマを高速で再生することで動いているように見せる手法です。実際に人形を動かしてるんですね。このライカスタジオは世界トップレベルのテクニックと膨大な労力を惜しみなく投入しているから、動きはとても滑らか。でも、それでも、フルCGアニメとはどうあがいたって違う、作り物感が残るんです。不完全なんです。その完全じゃないってことが実はコマ撮りの大きな魅力で、たとえば僕らが人形浄瑠璃を観る時と同じように、観客のアクティブな想像力が入り込む余地も出てくる。この作品では、手のひらサイズの人形が、さらに小さな折り紙人形を動かしてストーリーを語るところを僕らが観ているという入れ子構造になってるんです。スタッフのインタビューを読むと、「不完全さの中に存在する美というのは、わびさびにつながる価値観じゃないか」と言ってる。舞台を日本にするだけじゃなく、日本文化の価値まですくい取っているというリスペクトぶり。嬉しいじゃないですか。

 

クボに戻ると、彼の大道芸にはいつもエンディングがない。実は彼にもわからないんですよ。なぜなら、彼が物語っているのは、彼も知らない、自分ののルーツの話でもあるから。そこで、旅に出るわけです。

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三味線というのは、一の弦は父親、そして二の弦は母親にたとえることがあるらしいんですが、言わば三の弦のクボはまさにその二本の弦の秘密を探り当てようとする。この映画ではお盆の灯篭流しが大事なモチーフとして出てきます。クボは三種の神器ならぬ三種の武具を巡るイニシエーション的な旅の果てに成長し、この映画の終わりに、自分の命の先祖からの流れを知る。そして、そのルーツが彼が語ってきた物語の結末、死とは何か、さらには僕ら人間にとって物語が必要な理由ともリンクする。しかもそれは、ここ日本を中心とした東アジアの死生観を反映している。僕ちょっとお盆の意味を「そうだそうだ」って考え直しましたもん。そんな作品がアメリカで作られた嬉しさときたら。

 

とまぁ、作品全体のテクとか構造について話してきましたけど、そんな小難しいこと抜きに、誰が観てもワクワク面白い映画です。浮世絵や版画のような構図。黒澤映画のアクション。宮崎駿的ダイナミックなファンタジー展開が一緒になった日本昔ばなしを、どうぞあなたも劇場で!

予告にもチラッと出てきますが、気の遠くなりそうな労力の一端を知ることができるこのメイキングを見るとさらにこの映画が好きになるはず。

 

ただ、クボっていう名前はないわ! 言わずもがなだけど、ファースト・ネームじゃないやん! とりあえず、文句はそれだけ! 「三種の武具の意味ってあれだけ?」なんて声があるけれど、あれはイニシエーションだから。アイテムそのものよりも、そのプロセスに意味があるんじゃないでしょうかね。

さ〜て、次回、12月1日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『火花』です。僕、結局原作は読んでないんですよ… Netflixのドラマはチラッと観たってくらい。そんな僕がガツンと食らったりするものなのか? 802スタッフにも「やられた〜」って人が結構いっぱい。観たら、あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく!  

『ザ・サークル』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年11月17日放送分
『ザ・サークル』短評のDJ's カット版です。

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利用者30億人という、世界一のシェアを誇る巨大SNS企業サークル。大学を出てからも満足のいく仕事に就けずに地元でくすぶっていたメイは、サークルの幹部として活躍していた大学の同級生から中途採用の面接に誘われ、見事パス。ある事件をきっかけに、社内でカリスマ経営者ベイリーの目に留まった彼女は、サークルの新しいサービス「シー・チェンジ」のモデルケースに抜擢されます。これは、あちこちに仕掛けられた高性能の超小型カメラによって、自分の24時間をネット上に公開するというもの。メイは瞬く間にネットアイドル化し、1000万人以上のフォロワーを獲得するものの、プライバシーをめぐる事件が起こって… という、ネットワーク社会の相互監視をテーマにした作品。
 
メイを演じるのは、実人生においてTwitterのフォロワーが2500万人というエマ・ワトソン。経営者ベイリーには、トム・ハンクスが扮します。監督は、ジェームズ・ポンソルト。僕と同い年の39歳、まだ長編2本目の俊英です。これ、2013年にアメリカで出版された原作がありまして、作者はデイヴ・エガーズ。今回、彼も脚本に参加しています。トム・ハンクスがこのエガーズを高く買っている模様で、エガーズ原作の映画への出演は、『王様のためのホログラム』に続いて2度目ですね。
 
それでは、僕もしっかり劇場で監視してきましたんで、恒例の3分間の映画短評、今週もいってみよう!

なんかアメリカであんまり受けが良くなかったとかいう前情報もあるようですが、そうやってSNSでの評判を映画を観る前からチェックする行為そのものも、観ればためらわれてくるような、とても居心地の悪い作品です。
 
僕は今回の宣伝コピーがなかなかいいなと思ったんですよ。「『いいね!』のために、生きている。」なんて、やだやだ、そんなの。僕なんか死んでも言いたくないけど、楽しかったことを僕らはすぐさまSNSにアップしてますよね。なんなら、流行語大賞にノミネートしている「インスタ映え」なんて、もう「楽しかったこと」ってやつを演出して作ろうっていう現代人の承認欲求をまんま表した言葉なわけです。子どもの頃、誰しもが一度は言っているだろう言葉に「見て見て、こっち見て」ってのがありますが、それをバーチャルに肥大化させたのがSNSの存在意義のひとつなわけで、そりゃ居心地悪いですよ。極端なことを言えば、僕らはいくつになっても「誰かに見てもらいたい」し、キツい言葉を使えば「誰かに監視されたい」と、心のどこかで思っている。ただ、その潜在的な欲望を、徹底した技術力とシステムで、民間企業が実行した場合、そこにあんぐり口を開けるのは、ユートピアではなく、ディストピアかもしれないですよねっていうお話です。僕らはもうSNSを使わないっていう選択肢はないところまで、たった10年弱で来てしまいました。街中いたるところに監視カメラだってあるわけです。だからこそ、気味が悪いし、後味も悪い作品なんですよ。
 
ちなみに小説では映画以上に後味の悪い結末を迎えるようですが、今回のエマ・ワトソントム・ハンクスというキャスティングが僕は見事だったと思います。子役からトップ女優の現在まで、実人生を衆人環視の下で生きてきたエマと、泣く子も黙る名優としてデキた役をよく演じるトム。このふたりが、それぞれにそのイメージとギャップを活かせる役柄になっていたし、ここは作品を評価しない人もうなずけると思いますが、実際にとても好演しています。特に毎週金曜日に行われるサークルの定期プレゼンのシーンが良かった。ストーリーラインを文字でなぞるだけだと、「そんな飛躍ありえるのか!?」っていう展開も、あのうまいプレゼン能力でだまくらかされる感じは、今回の映画化の醍醐味と言えるでしょう。
 
サークルという巨大企業が、気づけば新興宗教のようになっていく、あの取り返しのつかなさ。その流れをポンソルト監督も適切なテンポで映像化していたと思います。惜しむらくは、心の闇をえぐり切れなかったところかな。各キャラクターの心の距離感はそこそこ見えたんですが、その虚無感までは可視化できなかったと言われても仕方がないでしょう。
 
ただ、最後に擁護するなら、あの幕切れは、もっと「ざまあみろ」なカタルシスを多くの観客は求めていたと思うんだけど、あえてそうしなかったこと、つまり、それこそ趣味のカヤックに乗っているメイの危ういバランス感覚が現代人そのものという風刺だと捉えれば、この映画のメッセージそのものという気がするので、僕はむしろ気に入っているところです。
 
観る価値はありますから! 評判なんてどこ吹く風で、SNSを使っている人こそ、観に行って考えてみてください。

リスナーの評を眺めていると、結構割れていまして、テーマはうなずけるんだけど、どうも脚本が詰めきれていないんじゃないかとか、肝心の技術の見せ方がどうなんだってつっこみたくなったという意見が多かったです。

 

確かに、あの小型カメラが出てきた時の、「こんなもんか!」感は否めないですね。でも、僕はその感じも含めて、「あり得そう」と思ってしまった口。脚本も、ところどころ、何かをすっ飛ばしたような一足飛びな展開が残念ではありました。がしかし! それでも僕はメイのストーリーにしっかり寄り添って観てしまいました。途中、サークル社の旗が日の丸に見えた時がまた恐ろしさ倍増でしたよ。

さ〜て、次回、11月24日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』です。気の遠くなりそうなプロセスを経て完成させたんだろうストップモーション、いわゆるコマ撮りのハリウッド・アニメは、まさかの日本が舞台! 字幕で観る? いや、吹き替えか? 迷いつつ、観たら、あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく!