京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ロケットマン』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年8月29日放送分
映画『ロケットマン』短評のDJ's カット版です。

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ロンドン郊外の町ピナーで、両親の愛を得られず育った少年レジナルド・ドワイト。誰にも教わっていないのにすらすらピアノが弾けてしまうなど、音楽の才能に恵まれていた彼は、国立音楽院に入学します。寂しさを紛らわせるためにロックにのめり込み、プロのミュージシャンになろうと、エルトン・ジョンと名乗るようになります。レコード会社に掛け合ったエルトンは、そこで同じく音楽の道を志していたバーニー・トーピンと巡り合い、ふたりは作詞バーニー、作曲・歌エルトンというコンビを組み、あれよあれよと成功への階段を駆け上がるのですが… 

キック・アス (字幕版) キングスマン: ゴールデン・サークル (字幕版)

今もなお現役で活躍するエルトン・ジョンの半生をミュージカル・ファンタジーとして描いてみせた監督は、あの『ボヘミアン・ラプソディー』のメガホンをブライアン・シンガーから途中で受け取って傑作へと仕上げたデクスター・フレッチャー。プロデューサーは、『キック・アス』や『キングスマン』を製作監督したマシュー・ヴォーンと、ヴォーンがかねてより大ファンだったというエルトン・ジョン本人。考えたら、エルトンは『キングスマン:ゴールデン・サークル』に出て大暴れしてましたから、信頼関係も構築されていたわけです。

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さらにさらに、主役、つまりエルトンに扮して歌声まで披露したのは、タロン・エジャトン。『キングスマン』シリーズの若きスパイ、エグジーを演じて大ブレイクし、『ゴールデン・サークル』では奇しくも、誘拐されたエルトン・ジョンを救出するという流れになってたわけですから、もうこれはタロン・エジャトンしかいないだろうっていうキャスティングだったんじゃないでしょうか。
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

どうしたって『ボヘミアン・ラプソディー』と比較してしまうことにはなりますよね。UKロックの伝説的人物の伝記ものだし、フレディー・マーキュリーもエルトン・ジョンも性的マイノリティーのゲイだし、成功してからの奇抜なパフォーマンスや薬物依存、そしてスタッフとのトラブルなど、その人生を彩るトピックも似通っています。世界的に知られるヒットをたくさん持っているので、音楽映画としてその曲が全編で鳴りまくるのを楽しむという点も同じ。監督も同じなわけですから。似たような映画なんだろうなと思うじゃないですか(ポスターも対を成すようだし)。しかも、こと日本においては、エルトンの人気・知名度QUEENに少し劣るからなぁ、なんて余計な心配すらしながら劇場へ向かったところ、やっぱり観てみないことにはわかりませんよ。これが素晴らしかった。『ボヘミアン・ラプソディー』とはむしろかなり違った演出の映画で、なんならこっちの方が好きだって人もたくさん出てくるんじゃないかと僕は感じています。

ボヘミアン・ラプソディ (字幕版) f:id:djmasao:20190828151949j:plain

演出の決定的な違いは、こういうことです。『ロケットマン』は自分語りなんです。冒頭、アルコール依存症のグループセラピーの部屋へと悪魔モチーフの奇抜なステージ衣装に身を包んで入ってくる。というより、乗り込んでくる勢い。他の患者やセラピストと車座になって、落ち着きなく自分の人生を振り返っていく。つまりは、長い回想という構造を採用しているわけです。こうすることで、視点は主観となり、客観的な事実や、時系列からわりと自由になれるという利点があります。『ボヘミアン・ラプソディー』だと、史実と違うとか、順序や年号がおかしいといった声がファンから上がりましたが、『ロケットマン』の場合は最初から主観なんで、そんなことを意識して集中できなくなる人はいないんじゃないかな。これは英語のキャッチコピーですけど、based on true fantasyというフレーズが使われているんです。普通は、based on truthですよ。「史実に基づく物語」。ところが、これは「実在のファンタジーに基づく」ってこと。面白い表現ですよね。そして、これがまさにその通りというミュージカルになっています。

 
ボヘミアン・ラプソディー』の場合、主演のラミ・マレックは撮影現場でこそ歌っていたものの、完成した作品ではフレディーの本物の声をはめ込んでいました。あれは音楽を全編に使った劇映画でしたから。一方で『ロケットマン』の場合は、ミュージカルです。だから、歌声も主演のタロンのものが使われています。考えてみたら、タロン・エジャトンはアニメ映画『SING/シング』であのゴリラを担当していて、その時もエルトンの『I’m Still Standing』を歌っていました。エルトンは彼の歌唱力を非常に高く評価していて、安心して自分の歌を預けました。まとめれば、これはいわゆるリアルを追求した伝記映画ではなく、エルトンの音楽を使ってファンタジックに人生を表現するミュージカルなんです。その分、映像的な仕掛けもたくさん。誰もが忘れられないのは、『Crocodile Rock』のライブシーンでエルトンもお客も宙にふわっと浮いてしまう演出。プールやスタジアムでも映画ならではの表現を駆使していました。考えたら、プロデューサーは『キングスマン』のマシュー・ヴォーンとエルトンのふたりなんだもの。普通にやるわけないんですよ。そこがこの映画の何より楽しいところ。

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ただ、その楽しさは、コントラストとしてエルトンの強烈な孤独もより浮き彫りにします。両親に愛されなかったこと。異性愛者であるソングライティングのパートナー、バーニーへの切ない恋と友情。衣装がきらびやかになればなるほど、彼の心は反対に影が差していたことが、映画的説得力をもって十全に伝わってくる。ミュージカルというジャンルでないと表現できないやり方で、文字通り身体を使って歌でもってエモーショナルに描かれる。そんな波乱万丈の人生を送ってきた彼が、その後Sirとして認められ、社会貢献活動も行い、フレディーとは違って、今も生きているんです。音楽を作り、パートナーと養子の子育てをしている。He’s Still Standingなんです。『キングスマン:ゴールデン・サークル』での大立ち回りで爆笑をかっさらいもする。僕はそのことに深い感動を覚えました。
 
別にエルトンのファンでなくとも、彼の曲を知らなくとも、若い人でも、間違いなく楽しめます。特に難点も見当たらない傑作音楽映画がまた誕生したことをここに宣言します。

 

せっかくなんでと、オリジナルではなく、タロン・エジャトンの歌声をサントラからピックアップして放送しました。作詞家バーニーと一緒に作ってきた数々の名曲は、その多くが実はすごくプライベートな人生そのものを反映していたということにも震えます。もちろん、必ずしもエルトンの人生に寄せて聴かずとも良いことは、それぞれの歌の記録的な大ヒットが証明しているんですが、この映画を観ると、「そういうことだったのか」と心動かさずにはいられません。アカデミー賞でもきっと主要賞を獲得するだろうし、マサデミーの方でもかなり堅いのが現状ですよ。
 
 さ〜て、次回、2019年9月5日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『劇場版おっさんずラブ 〜LOVE or DEAD〜』です。これまた性的マイノリティーのお話ですが、毛色はもちろんまったく違う。僕はドラマを追いかけていなかったんですが、たとえすべて見返さなくとも、お話自体は基本的に独立しているようですね。僕は来週は休暇のため放送そのものは代演してもらうのですが、このコーナーについては事前収録したものをオンエアします。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

『ドッグマン』レビュー

どうも、僕です。野村雅夫です。現在公開中というイタリア映画をまた紹介できることがとても嬉しい。しかも、強烈なインパクトを残す作品。僕も公式サイトに以下のようなコメントを載せている『ドッグマン』です。今年4月、イタリア映画祭2019の告知を兼ねてTBSラジオ アフター6ジャンクションに出演した際にも軽く話題にしていましたが、今回はオールドファッション幹太がレビューを書いてくれました。以下、映画とあわせてお楽しみあれ。

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カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルム・ドールに次ぐ審査員特別グランプリを『ゴモラ』(Gomorra/2008年)と『リアリティ』(Reality/2012年)で二度受賞しているマッテオ・ガッローネMatteo Garrone監督。『剥製師』(L’imbalsamatore/2002年)が2003年のイタリア映画祭で上映されたのを見たときから、チクチクといつまでも後に残るトゲのような不思議な後味のサスペンス映画を撮らせたらすごい才能を発揮する若手監督(当時30代なかばだったと思います)が出てきたなあと思っていたら、その後のカンヌでの揺るがぬ評価を経て、気がつけば2015年のグロくて美しい『五日物語−3つの王国と3人の女−』(Il racconto dei racconti)で世界的に活躍する大監督になっていた。

ゴモラ [DVD] 五日物語-3つの王国と3人の女-(字幕版)

史劇 パーフェクトコレクション ポンペイ最後の日 DVD10枚組 ACC-085 蝶々夫人 1955年・有楽座の館名入り初版映画パンフレット カルミネ・ガローネ監督 八千草薫 二コラ・フィラクリディ 田中路子

マッテオ以前、イタリア映画のガッローネといえば、(スペルはlとrが違うけど)サイレント歴史劇代表作のひとつ『ポンペイ最後の日』(Gli ultimi giorni di Pompei/1926年)や、50年代に八千草薫はじめ宝塚歌劇団チネチッタに呼んで撮った『蝶々夫人』(1954年)の監督カルミネ・ガッローネと決まっていた(繰り返すが、こちらはGallone)。ところがいまや日本で一番知られているのは、現代イタリア映画の旗振り役とも言えるマッテオ・ガッローネであることは誰も否定しない。そんな押しも押される大監督の一人となったマッテオ・ガッローネ監督がまたまたとんでもない作品を届けてくれました。それが今日紹介する『ドッグマン』(Dogman/2018年)です。

 

主人公のマルチェッロは海岸の町で犬専用トリミングサロン「ドッグマン」を営んでいる。サロンとは名ばかりで、ずっと昔の精神病院か冴えない研究をしている実験室を思わせる、薄汚れたこの町にお似合いの仕事場だ。しかし彼は、そこでの仕事を愛している。客である犬たちや飼い犬ジャックを愛している。別れた妻との間のひとり娘をこよなく愛している。そして仕事終わりにバールで仲間たちとたむろする時間、友人とサッカーボールを追いかける時間を愛している。

 

ところがそんなマルチェッロのささやかながら愛情に満ちた日常に暗い陰を落とす存在が冒頭から登場する。ドラッグ(コカイン)と悪友シモーネ。

 

マルチェッロ自身がドラッグをやめたがっている素振りはなく、むしろ積極的に楽しんでいるようだ。シモーネについては、マルチェッロの友達という言葉は誤りかもしれない。あるいはマルチェッロは、シモーネにとって単なるドラッグの共有元で、暴力でねじ伏せて言うことを聞かせる下僕としか思っていないようにも見える。それでもマルチェッロは、ドラッグと手を切らないようにシモーネとの関係もズルズルと続けてしまう。友情のカスのようなものが、二人の腐れ縁にハサミを入れることを拒ませる。

 

それでもひとつのできごとをきっかけに噛み合った破滅の歯車は加速度的に回り始め、マルチェッロは自ら突き進むように、あるいはどうしようもなく引き摺り込まれるようにある計画を実行に移す。

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マルチェッロを演じるマルチェッロ・フォンテがとにかくすごいです。そして言うまでもなくそんなマルチェッロ・フォンテを(どす黒く)輝かせたマッテオ・ガッローネ監督の演出手腕はキレてます。事実、脚本を固めすぎずにフォンテはじめとする演者たちと話し合いながら、共同作業として撮影を進めていったのだとか。 

 

フォンテの演技は「演技」というにはあまりにも生々しく、娘に微笑み返す父親の歪んだ笑顔、暗闇の中でニヤニヤ笑っている顔、呆然と立ち尽くす無表情、無意識の顔面の痙攣、誰にも届くことのない虚しい叫び、そうしたひとつひとつの表現が、まさに冒頭「いつまでも後に残るトゲ」と書いたように、何度も夢の中でよみがえりそうで、本当に怖いです。

 

そしてそんな鬼気迫るマルチェッロ・フォンテの演技は、カンヌで主演男優賞という誰の目にも明らかな評価を獲得しました。今も昔もイタリア人俳優の代名詞であり、カンヌ男優賞の先輩であるマルチェッロ・マストロヤンニやヴィットリオ・ガスマンとは違う、(そして直近で受賞した少し年下のエリオ・ジェルマーノとも違う)イタリア映画史にいつまでも残る(トゲと呼ぶにはあまりに素晴らしい)存在感を示したと思います。

 

さらに演技賞のノミネートがあるすれば、シモーネを演じたエドアルド・ペッシェも良かったのですが、あえてジャックほか無名の犬たちを忘れることができません。むき出しの牙やCGかなと思ってしまうほどの巨体、檻の中から聞こえる鳴き声、マルチェッロの「アモーレ」という呼びかけに対する無関心など、この映画にはじめから終わりまで漂う不吉な臭いはまちがいなく彼らが作り出したものです。ヴィットリオ・デ・シーカの『ウンベルト・D』(Umberto D./1952年)以来ひさしぶりに、犬に演技賞をあげたくなる気持ちは、見た人にはわかってもらえるはず。

ウンベルトD Blu-ray

マッテオ・ガッローネの映画の「画作り」は『リアリティ』と『五日物語〜』でキャリアの頂点といっても良いほどに実験し尽くしひとつの完成形を見ますが、『ドッグマン』ではそれ以前の『剥製師』や『ゴモラ』に近い形を採用している印象です。つまり被写体にいやらしいほどにつきまとう手持ちカメラと、冷酷な固定カメラのロングショットの合わせ技。ただ、役者の演技と「ドッグマン」周辺の不毛な風景との化学変化で、その切れ味は成熟からさらなる洗練の領域に到達しているんじゃないかな(このロケ地は『ゴモラ』の時に見つけたのだとか)。違う撮影監督を起用しても現れる「ガッローネらしい映像」というのは、やはり彼の持ち味・彼の才能によるところが大きいのではないでしょうか。

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マッテオ・ガッローネは最新作でなんと「ピノッキオ」を取り上げるのだとか。しかも、マルチェッロ・フォンテも起用されているようです。どうしてもロベルト・ベニーニ監督作品を思い浮かべてしまうのだけど、まさか、フォンテがピノッキオ役ってことはないよね? それ、最高なんですけど。

 

文:オールドファッション幹太

 

『ダンスウィズミー』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年8月22日放送分
映画『ダンスウィズミー』短評のDJ's カット版です。

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一流企業に就職して、華麗なる独身ライフを謳歌するOLの静香。ある日、上京した姪っ子に付き添うことになり、時間つぶしに訪れたのは、占いのテーマパーク。小学校で音楽劇で踊ることになったものの、不安で仕方ないという姪を勇気づけようと、怪しげなおじさん催眠術師に「曲が流れると歌って踊らずにはいられなくなるミュージカルスターの催眠」をかけてもらったところ、誤って静香にかかってしまったから、さあ大変。これでは仕事にも恋にも支障をきたすと、術を解いてもらおうとテーマパークを再び訪れると、催眠術師は金に困って夜逃げをしたらしい。静香は仕事を休み、催眠術師のアシスタントをしていた女性とともに、彼の行方を追うのだが…

ウォーターボーイズ [Blu-ray] 映画「WOOD JOB!(ウッジョブ)?神去なあなあ日常?」【TBSオンデマンド】

 監督・脚本は矢口史靖。2001年『ウォーターボーイズ』のヒットで一躍有名となり、近年も『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』は傑作でしたし、このコーナーでは2年前の前作『サバイバルファミリー』を扱って僕も好意的に評価しました。

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主人公静香、そして一緒に旅に出るアシスタント千絵を、それぞれ三吉彩花やしろ優が演じます。催眠術師には、御年85歳、初代『ゴジラ』で主役を務め、日本におけるミュージカル俳優の草分けである宝田明。他にも、ムロツヨシ三浦貴大、そしてシンガーソングライターchayも出演しています。
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

僕もよく使う言葉に「心躍る」ってのがあります。ウキウキする、ワクワクする、胸が弾むってことですよね。主人公の静香は、冒頭から同僚の女の子たちとシャレたランチを食べ、社内のホープであるイケメンの噂話に花を咲かせている。のだけれども、彼女のちょっとした表情から、そこに本人も気づくか気づかないかってレベルの居心地の悪さも覚えている様子。ここが僕はポイントだと思います。地方から上京、一流企業、タワーマンションでの気ままな一人暮らし。家で言えばモデルルームのような「心躍る」暮らし像に踊らされているんですよ。静香はやがて催眠術にかかるんだけど、ある種もうかかってるとも言える。
 
だから、ミュージカルスターになってしまうという催眠は、確かに彼女の心躍る暮らしを台無しにはするけれど、世間の価値に踊らされていた彼女を解放する効果もあるわけです。小学生時代の音楽劇で受けたトラウマからの解放も重なりながら、彼女は旅に出る。そこでの珍道中で、彼女は上っ面の人づきあいとは違う人間関係を構築し、踊らされるのではなく、自分の意思でステップを踏むことになる。そのダンスはどんなものなのか。

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この作品では、彼女がそのトラウマから忌み嫌っているミュージカルのように、突然歌い踊り出してしまうわけですが、会社だったり、レストランだったり、一度いかにもミュージカルな映像を見せておくんですよね。だから、周りの人も一緒に踊っているんだけど、実際のところは、彼女ひとりの妄想であり、ひとりで踊り狂っているっていう現実がある。要は催眠ですよってことなんだけど、やしろ優と旅に出たあたりからかな、様子が変わってきて、あれ、妄想抜きで現実に踊っている… これは彼女がそもそもかかっていた「一流OLの幸せとはこれ」っていう催眠が解け始めてるってことなんですよ。考えてみりゃ、映画にしろ、舞台にしろ、観客を現実から解放する催眠術という側面もあるわけで、それを踏まえたラストに着地する。これは、『ラ・ラ・ランド』のように、ミュージカルをモチーフにして、キャラクターが自分の人生を獲得するお話。ジャンルとしては、バディもののロードムービー
 
いや、これは矢口監督、さすがの着想ですよ。矢口さんの作品は、仏頂面だったりぎこちない笑顔で何かをする羽目になる人がよく出てきますけど、三吉彩花の表情もハマっていたし、chayがある場面で見せる振り切れた表情も最高でした。昭和の名曲をメインにした選曲には賛否ありますが、彼女の中では、トラウマを覚えたあの音楽劇での失敗以来、音楽への興味も止まっていたと考えれば、まあ頷けるかな。

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なんか、褒めてるというか、よく考えられてるって言いました。が、僕が心躍ったかと問われると、実はそうでもないんですよ、これが。宝田明を引っ張り出したり、シャンデリアを使ったネタで映画史への目配せとかあるんだけれども、音楽はオリジナルでやってほしかったです。chayが歌うある曲以外は、パッと聞いてキャラクターの気持ちと音楽がリンクしないし、どうしたって歌唱も演奏もオリジナルに及ばないという印象を抱いてしまいますよ。あとは、後半のドタバタは楽しい一方、いくらなんでも勢いで押し切りすぎだろってくらいにご都合主義で、気持ちと行動がのみこめないところも結構あったかな。
 
ただ、意欲作ではあるし、東北から北海道へのロードムービーはやっぱり良いです。なんだかんだ笑える部分もたくさん。世間の価値観に踊らされているかもしれないそこのあなた。僕の言葉に踊らされず、劇場で確認してください。


物語が終わって、エンドロールで流れるのが、この大名曲。オフショットってな感じで役者たちが集ってみんなでこの曲でノリノリ。ま、打ち上げで盛り上がる調子なんだけど、この曲については主人公静香が小学校時代のトラウマを引きずっていたという設定からも、頷けるチョイスかなと思います。


さ〜て、次回、2019年8月29日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ロケットマン』です。来ましたよ、僕のこの夏の大本命が!! 『ボヘミアン・ラプソディー』のデクスター・フレッチャー監督が、今度はエルトン・ジョンを題材に。エルトンはなぜあのド派手な格好でステージに上るのか。エルトンの歌を口ずさみながら劇場へ向かうことにします。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

 

『ライオン・キング』(2019)短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年8月15日放送分
映画『ライオン・キング』短評のDJ's カット版です。

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プライド・ランドと呼ばれるサバンナの王であるライオン、ムファサ。待望の王子シンバが生まれます。シンバの誕生が動物たちに歓迎される一方、王ムファサの弟スカーにとっては、自分の王位継承権が下がることもあり、おもしろくない。王妃サラビをめぐるイザコザも過去にあったスカーは、力では及ばない兄に対して謀略を巡らせる。ハイエナたちと結託してムファサの命を奪い、シンバをも王国から追放してしまう。プライド・ランドとシンバはそれぞれどうなるのか。
 
オリジナルの劇場アニメが公開されたのは、1994年。最近立て続けに実写化されている『美女と野獣』『アラジン』などと同じ、ディズニー第2次黄金期、あるいはディズニー・ルネサンス期の中でも飛び抜けてヒットした作品ですね。観客動員数はアニメで未だに世界一。セルビデオの売上はすべての映画で世界一。当然、スピンオフや続編が作られ、ミュージカルになり、大西ライオンが登場し、ということで、言わずとしれた「名作」とされています。

美女と野獣 (字幕版) ジャングル・ブック (字幕版)

監督は、ジョン・ファヴロー。『アイアンマン』などのアヴェンジャーズものから、『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』まで演出できて、俳優としても、先日扱った『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』のハッピー・ホーガンなどで活躍する才人ですよ。同じくディズニーの『ジャングル・ブック』実写化の成功を買われての抜擢でしょう。
 
今回は超実写化と言われていますが、フル3DCGで実写のように見せているということですね。要は作り物なんだが、見た目は完全に実写。そして、人間はひとりも出てきません。シンバの声は、チャイルディッシュ・ガンビーノでおなじみのドナルド・グローヴァー。シンバの幼馴染であるメスライオン、ナラはビヨンセが担当しています。

サウンドトラックにもサラッと触れておくと、今回のキャストがエルトン・ジョンティム・ライスのオリジナル版の曲たちを歌っている他、ビヨンセが新曲『SPIRIT』を提供し、エルトン・ジョンはエンド・クレジットのために『Never Too Late』を用意。ファレル・ウィリアムスも5曲でプロデュースを務め、音周りは全体をハンス・ジマーが統括するという、最強の布陣です。
 
それでは、公開当時なんて特に僕は見向きもしなかった作品を、今どう観たのか。制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

ディズニー・ルネサンスのさらなるルネサンスとも言うべき、ここ最近の実写化の流れ。僕がその意義をどう捉えているか、まずまとめておくと、2つあります。ひとつは、今世紀に入ってから飛躍的に前進した3DCG技術を実写と融合させて、技術的な側面からビジュアルを一新するということ。もうひとつは、ふた昔前の物語を現代の価値観にアップデートすること。もちろん、作品によって、そのふたつのバランスとか成否とかってのは違ってくるわけですが、同じくジョン・ファヴロー監督の『ジャングル・ブック』は、そのどちらもが大成功して、なおかつ大ヒットしました。そんな流れの本命・本丸と言えるのが、『ライオン・キング』でしょう。
 
ここでもう僕の結論です。技術は確かに度を越してすごい… ものの、それが故に物語のいびつな要素が露呈している。そして、物語はアップデートにはいたらず、足踏み状態である。そう考えています。

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超実写版という造語がキャッチコピーに使われていますが、はっきり言って、予備知識ゼロで観たら、それこそ幼い子どもが観たら、間違いなく実写そのものだと勘違いするレベルにまで来ています。これはアニメなんだと自分を納得させようとしても、目の前に広がる映像は「アニマル・プラネット」チャンネルの番組なんですよ。それほどに「リアル」な映像を求めるあまり、94年版のアニメであれば気になりづらかった「非リアル」な動物世界というのが浮き彫りになってしまっているという弊害も生まれています。だって、なぜ捕食される草食動物までがライオンを王だと称えるんですか。シンバはあんな食生活で立派に成長できるわけないじゃないですか。これはあくまで人間たちの神話以来の英雄物語を踏まえ、そのパターンをサバンナに置き換えた寓話であって、決してドキュメンタリーではないので、描かれる内容と描く手法にズレがあるのは否めないと思います。
 
続いて、物語のアップデートについて。いくつか違いはあれど、基本的には94年版と大差はないんですね。これ、幼い王子が困難・障壁を乗り越えて、本来の自分の姿、つまり王としての地位を奪還するという、運命を全面的に受け入れる話なんですよね。つまりは、生まれた瞬間から、その身分と歩むべき道筋が定められているって、どうなんですかね? あのプライド・ランドでハイエナに生まれたら、もう最悪ですよ。民主制のかけらもない。っていうようなツッコミも致し方なかろうってくらいに、スカーにしろハイエナたちにしろ、登場したら誰でもわかる悪役面。僕はね、負け犬であるスカーやハイエナたちへの同情を禁じえなかったです。確かに、サークル・オブ・ライフという曲にも出てくる生き物たちの役割ってのが自然界にあることは事実だけどさ、それを言うなら、ハイエナにだって本当は役割があるはずでしょ。だのに、ハイエナはただただ邪魔者として、辺境に追いやられている。そら、怒るよっていう。

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とはいえ、ディズニーもまっとうなメッセージを打ち出していたのは、今回は資源の枯渇についてでしょうね。生き物が他の生き物を捕食するのは仕方ないにしても、資源には限りがあるのだから、バランスとサステナビリティーを考えなければいけないってのは、おっしゃる通りで、そこは強調されていたと思います。でも、それを言うならさ、狩りのシーンは入れようよ。でないと、ただの美談になるし、虫たちは文字通り虫けら扱いなのはどうなんだろうか。あとは、ビヨンセ演じるメスライオンのナラがより自分で考えて理知的な行動をするキャラクターになっていたのも良いです。イノシシにも好感が持てます。こうした現代に合わせたチューニングは多少あるものの、僕はどうせならもっと踏み込むべきだったと思います。でないと、内容の時代錯誤な面がどうしても目立ってしまいますから。
 
なんて色々言いましたが、超実写版という表現もしっかり頷ける、とてつもない表現力は映画史的にも大きな価値がある実験作であることは間違いなし。それこそ虫とか小さな被写体までくまなく鑑賞できるIMAXでぜひご覧ください。

 

ビヨンセの存在感は、この代表曲にしてもやはり抜群でした。そして、近日公開の『ロケットマン』も踏まえて、エルトン・ジョンへの興味を高めてくれました。


さ〜て、次回、2019年8月22日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ダンスウィズミー』です。ミュージカル続きとなりましたが、こちらはミュージカル嫌いな女性が主人公ということで、さすがは矢口史靖監督だけあって、いきなりひねりがありますね。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

『ようこそ、大統領!』をNetflixで観てみよう

どうも、僕です。野村雅夫です。ここ20年ほど、日本で公開されているイタリア映画は、主にゴールデンウィークのイタリア映画祭でまずお披露目され、その中のいくつかが劇場公開、そしてソフト化という流れがありました。ただし、数年経って廃盤になったDVDは入手しづらくなったり、そもそも公開から漏れている作品もあったりというのが実情でした。

 

Netflixなどの動画配信サービスは、そうしたイタリア映画をめぐる状況をこれから変えていくことになるやもしれない。オリジナル・コンテンツもありますしね。ま、これは別にイタリア映画に限ったことではないわけですが、とにかくそう思っています。

 

そこで今回は、5年前のイタリア映画祭で上映され、今のところはNetflixで独占的に観ることができる映画『ようこそ、大統領!』について、クルーラーこと有北雅彦くんが文章をしたためてくれました。どうぞ!

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いきなりだけど、イタリアにこんなバルゼッレッタ(笑い話)がある。

ピエリーノがお父さんに聞いた。

「パパ、政治って何?」

「よし、例を挙げて説明してやろう。お金を稼いでいるパパは資本家というものだ。お金を管理しているお母さんは政府だな。メイドさんは労働者。やがて社会人になるお前は国民だ。生まれたばかりのお前の妹は国の将来だ。わかったかい?」

 

その日の夜中、妹が泣き出した。ピエリーノはお母さんを起こしに行ったが目が覚めない。そこでメイドの部屋に行くと、お父さんがメイドとベッドインしていた。ピエリーノは言った。

 

「政治というものがよくわかったよ。国の将来が困ってるというのに政府はバカみたいに寝てる。資本家と労働者は義務を果たさないで遊んでいて、国民が助けを求めても誰も相手にしてくれない。だからイタリアはこんなにメチャクチャなんだ」

こんなふうに、しばしばイタリアの政治は笑い話のネタになる。イタリア映画『ようこそ、大統領!』(Benvenuto Presidente!)は、そんなイタリアの政界を舞台にしたコメディー映画。2014年のイタリア映画祭で日本で公開され、現在はNetflix (ネットフリックス)で観ることができる。監督は『これが私の人生設計』などでも有名なリッカルド・ミラーニだ。

これが私の人生設計(字幕版) 

ピエモンテ州のとある田舎の村で図書館職員として働く中年男、ジュゼッペ・ガリバルディ(愛称ペッピーノ)。各政党の政治的駆け引きで大統領の選出が困難を極める中、運命のいたずらで彼が大統領に選出されてしまう。法令や様式にも疎く、いかにもな田舎の陽気なオッサンである彼だけど、持ち前の誠実さと人柄で、さまざまな政治的課題に取り組んでいく。

 

多数の政党が入り乱れる現実やマフィアの暗躍といった、イタリアの政治における問題点を提示しつつ、彼が活躍するさまが痛快だ。裏社会の刺客にもひるむことなく、ブラジル大統領や中国の首席などとも個人的な人間関係を築いて、壊滅的な債務処理問題を次々と成功させていく。人と向き合って深く関わるからこそ、問題を解決できるというメッセージにはとても共感できる。

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日本ではいま、「凪のお暇」が人気。空気読んでばかりで思うように振る舞えないOL大島凪が、空気を読みすぎたストレスが爆発し、仕事も恋もすべての人間関係を断ち切って人生をリスタートさせる……というストーリーだ。第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞など受賞、黒木華主演で現在、ドラマ化もし絶好調のようだ。

 

「凪のお暇」では、ヒロインの凪と、その元カレ・慎二、このふたりの視点をメインに物語が進行する。現在進行形の状況に加えて、過去にふたりがつきあっていた時、ひとつの物事に関して二人がどうとらえたか、どう感じていたか、というのがとても緻密に描かれる。恋愛ドラマにすれ違いは必須の要素だけど、この物語では特に、「空気読みすぎ」「他人と深く関われずに表面的なつきあいをしてしまう」という現代の病が、徹底的にふたりを遠ざけてしまう展開になっている。「ごめんね」「誤解なんだ」の一言を言えれば、あの物語は次回にでも完結するんじゃないかな。 

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現代は常にSNSに監視されてる。他者の視点、他者の評価をダイレクトに感じられる環境が整ってるんだね。その弊害で、空気を読みすぎる、道を外れるのを怖がる、といった病が特に若い世代に蔓延してると感じる。

 

その空気は、『ようこそ、大統領!』で描かれる、多数の政党の思惑と裏社会が入り乱れ、閉塞感が蔓延するイタリアの政治に通じるところがある気がする。ペッピーノは人と真っ正面から向き合うことでその状況を打開した。その心のあり方は、日本の社会でも今、必要とされてるような気がするね。

 

そういえば、かつて女性スキャンダルに事欠かないイタリアの元首相、シルヴィオ・ベルルスコーニについて、こんなニュースが報じられたことがあった。

 

【美人議員をナンパして妻にキレられ、全国紙に謝罪文を発表】

 

「世界で最も美しい閣僚」とも評されたマーラ・カルファーニャ(写真)を「わたしが未婚なら、すぐにでもきみと結婚する」などと口説き続けていたことに、夫人の堪忍袋の緒が切れ、夫人への公開謝罪文を発表する騒ぎになった。バルゼッレッタを超えた醜聞を提供してくれるところが、さすがベルルスコーニだ。

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親愛なるヴェロニカへ。許して欲しい。こうやってみんなの前で謝っていることが、きみへの愛の証だ。仕事、政治、様々な問題、出張…プレッシャーの毎日だった。クレイジーな日々だったんだ。きみにもわかるだろう。きみの尊厳は、そのこととは一切関係がない。私の口が軽はずみなジョークをまくしたてる間にも、私はきみの尊厳を第一に考えている。でもこれだけは信じてほしい。プロポーズはけっしてしていないということを。シルヴィオより。

 

ここまでスケールのでかい「ごめんね」になると、話が終わるどころかふくらみすぎて大変だ。彼にはもうちょっと空気を読んでもらいたいね。

 

文:有北雅彦

『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年8月8日放送分
映画『ワイルド・スピードスーパーコンボ』短評のDJ's カット版です。

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2001年、21世紀とともに始まった『ワイルド・スピード』シリーズ。英語では、『The Fast and the Furious』1本も観ていないという方も、何となく、カスタマイズしまくった車をストリートでガンガン走らせる屈強な男たちとグラマラスな女たちの話っていうイメージくらいは、ポスターからも受けると思います。これまで8本公開されていまして、ざっくり言うと、人気も評価もだんだん上がってきているという、珍しいシリーズです。ただ、もはやどっちの車が速いか、どちらのハンドルさばきが巧みかとか、そういう話ではもう無くなっていまして、ここのところは登場人物が世界の危機を救ってます。車も使うアクション映画って感じです。で、今回は初めてのスピンオフです。元FBI特別捜査官で、ドウェイン・ジョンソンが演じるルーク・ホブス。そして、もともと敵役だった元MI6エージェントで、ジェイソン・ステイサムが演じるデッカード・ショウを主役にしたバディものになっています。なので、原題は、『Fast & Furious Presents: Hobbs & Shaw』。シンプル。スーパーコンボなんてどこにも書いてないんだけど、半笑いにさせてくれる邦題としては成功していますね。

ワイルド・スピード - スカイミッション (字幕版) ワイルド・スピード ICE BREAK (字幕版)

今回、ホブスとショーの元には、行方をくらませたMI6の女性エージェント・ハッティを保護してほしいとの協力要請が、それぞれ政府から入ります。ショウの妹でもあるハッティは、人類に甚大な被害を及ぼす新型ウィルス兵器をテロ組織から奪還したものの、その組織を率いる超人的なサイボーグのブリクストンに襲撃され、ウィルスと共に消息を絶っていたのです。ホブスとショウは、もともといがみ合っていたふたり。こいつとだけは組みたくないと罵り合うものの、事態の深刻さを鑑みて、しぶしぶながら依頼を引き受けます。ただ、メディア操作もできるテロ組織は、ハッティ・ホブス・ショウの3人をテロリストだと見せかける工作をしたもんだから、さあ大変。
 
ドウェイン・ジョンソンジェイソン・ステイサムの他に、ヴァネッサ・カービーがハッティ、イドリス・エルバがブリクストンをそれぞれ演じます。また、ヘレン・ミレンエイザ・ゴンザレス、さらにはノンクレジットですがライアン・レイノルズも出演しています。

ジョン・ウィック(字幕版) アトミック・ブロンド(字幕版)

監督はデヴィッド・リーチ。『ジョン・ウィック』『アトミック・ブロンド』など、僕の好きなアクション映画を撮っているスタントマンのデヴィッド・リーチ。そして、脚本は『ワイルド・スピード』シリーズ常連のクリス・モーガンです。
 
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

当たり前のようにさっきも使ったバディという言葉。仲間、相棒という意味ですが、この作品はそのバディもののお手本とも言えるキャラクター配置をしています。そして、ワイルド・スピードらしいカーアクション要素と、ファミリーの大切さという一貫したテーマを押さえつつ、デヴィッド・リーチ監督ならではの狭いところでの格闘という要素も盛り込んであります。これだけ盛りに盛っているので、ついつい笑っちゃうスーパーコンボという邦題も、映画を観終わる頃には、確かにこれは言い得て妙だと思えてくるんですよね。というわけで、相変わらずのむちゃくちゃな展開なんかもあるっちゃありますが、スピンオフとしての成功を超えて、シリーズ全体でも屈指の満足感、満腹感が味わえる1本であることは間違いないです。

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ひとつひとつ、整理しますね。まずはバディもののお手本だという点。バディものは、最初から仲が良かったら面白くないわけですよ。水と油っていうようなふたりが、なんだかんだと揉めながら、仕方なく一緒に何か作業するうちに、あれよあれよと協力しちゃう。そして、「お前ら、名コンビやないか!」となる。 こういうのが盛り上がる展開です。今回もそれを踏まえた作りになっていて、冒頭から画面をふたつに割って、ホブスとショウの1日の行動を同時に見せていましたよね。あれはうまい。LAとロンドン。パジャマ、朝食、トレーニング、乗り物、悪いやつを懲らしめるまで。ふたりの性格と手法の違いと、実は似通っている価値観を、同じ行動で見せていきます。しかも、これはシリーズの利点ですが、ふたりはこれまでもいがみ合っていたわけなんで、巡り合ってからの仲違いがまた桁違いに面白い。ここはね、ガラス張りの部屋でふたりとも罵り合うんですよ。言葉のボクシングを展開する。今回はお喋り野郎『デッドプール』でお馴染みのライアン・レイノルズも出演していましたが、この子どもの喧嘩的な罵倒の押収も加わっていて笑えます。考えたら、今ハリウッドで一番儲けているかもしれないドウェイン・ジョンソンも、最近は『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』で見せたような、行き過ぎた筋肉キャラを活かしたコミカルな演技も得意になってきていて、そうしたコメディー要素もきっちりシナリオに入れてきた脚本家クリス・モーガンの手腕が光っています。

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続いて、カーアクション。特にロンドンでのバイクとスポーツカーのチェイスシーンはすごかったですね。あそこは、ショウの運転技術が大車輪の活躍。道を塞がれたトレーラーの下に潜り込んでいくところなんて、声を上げそうになりました。あとは、やはりサモアでのヘリとトラックたちによるチェイス。このシリーズの魅力は、マジでやるっていうとこですけど、ヘリもCGではないですから。低空飛行させて、車も走らせて撮ってます。もはやミッション・インポッシブルの世界です。そこでの「ニトロだ!」は、シリーズファンとして、待ってました感もあって盛り上がります。
 
でも、今回のスピンオフで重きがおかれたのは、むしろ、デヴィッド・リーチ監督が得意とする、狭いところでの格闘ではないでしょうか。武器はなくとも、その場にあるものなら何でも使って相手を倒すというアイデアと、それをかっこいい動きとしてみせるリーチ演出はさすが。このあたりは、特に女性のハッティや、ガタイの良さではホブスに負けるショウにいい場面がたくさんありました。

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最後に、ファミリーの美徳。ショウにとっては、これは妹を救うミッションでもあるわけだし、獄中の母親まで出てくるんで、まさに家族の話。そして、ホブス側は娘との会話から始まり、やがては故郷サモアでの大家族との再会+出自の謎が明かされるという展開。そして、バディものの約束として、水と油のふたりが融和していくというファミリー感。こう並べると、シリーズでもテーマの掘り下げはトップクラスです。
 
ただ、苦言を呈するところもふたつあります。ブリクストンのサイボーグっぷりが行き過ぎてて、ひとりだけアベンジャーズの世界からやってきたみたいなんですよ。さすがにちょいと浮いてました。あとはやっぱり、尺ですね。2時間15分はさすがに長い。酒を飲んだり、大移動したり、口喧嘩したりっていう部分を刈り込みつつ、カーアクションももう少しタイトに見せれば、あと10分は短くなったでしょうから。
 
極端な話、シリーズにここから入るのもありっていうスピンオフですので、一定以上の面白さはしっかり担保された1本として、あなたも安心して劇場でどうぞ。


挿入歌からラジオヒットが生まれるような感じではないものの、サントラ全体としては今回も充実していましたよ。番組では、僕の好きなAloe Blaccによるこの曲をオンエアしました。


さ〜て、次回、2019年8月15日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ライオン・キング』です。超実写版っていう触れ込みですが、それが一体何のか、正直あまりピンと来ていないので、この目で確かめてきます。ちなみにミュージカルに疎い僕は、お話はよくわかっておりませんが、ファンはすごく多いですよね。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!

『ペット2』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年8月1日放送分
映画『ペット2』短評のDJ's カット版です。

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ニューヨークで一人暮らしの女性ケイティーと暮らす小型犬のマックスとフサフサの毛をした大型犬デューク。ある日、散歩中に出会った男性チャックと恋に落ちたケイティーは、結婚してリアムという息子を出産します。家で主役の座を奪われたマックスはしばらく戸惑うものの、歩き始めたリアムとしだいに打ち解け、今度は人一倍、いや、犬一倍、リアムの一挙手一投足を心配そうに見守る過保護な親のようになります。ただ、行き過ぎた心配性が仇となり、そのストレスで動物病院に連れられた彼は、首にエリザベスカラーを装着されます。そんな折、家族で田舎の農場へ旅行へ出かけるのですが、マックスがそこでどんな試練を受けるのか、そしてマックスが留守の間、ニューヨークのペットたちも騒動を起こしてしまいます。うさぎのスノーボール、でっかい猫のクロエなど、前作で活躍したキャラクターに加え、農場の猟犬ルースターやサーカスのホワイトタイガーであるフーなど、新しい動物たちも登場します。

怪盗グルーのミニオン危機一発 (吹替版) SING/シング【通常版】(吹替版)

「怪盗グルー」シリーズや名作『SING/シング』で知られるイルミネーション・エンターテインメントが贈る動物たちのドタバタコメディ、2016年に続く第二弾となります。原題は“The Secret Life of Pets”なので、「知られざるペットの生態」ってな感じでしょうか。監督は前作に続いて、クリス・ルノー。脚本家も続投です。字幕版では、新キャラである猟犬ルースターの声をハリソン・フォードがあてていることで話題を作りました。
 
僕は吹替版で鑑賞しました。前作に引き続き、マックスとデュークのコンビを、それぞれバナナマン設楽統(おさむ)と日村勇紀が演じています。ちなみに、ルースターは内藤剛志ですね。
 
そして、今回併映される短編作品は『ミニオンのキャンプで爆笑大バトル』です。
 
それでは、金魚以外のペットを飼ったことがない僕がどう観たのか。制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!

ディズニーやピクサーと比較してみた時に浮かび上がるイルミネーションの大きな特徴は、とにかくキャラクターの魅力を突き詰めているってことです。しかも、行儀のよろしくない、決して模範的ではないキャラを好むわけです。グルーは泥棒だし、そもそも得体のしれないミニオンたちは悪党に仕える。グリンチは天下一のひねくれもの。『SING/シング』の劇場主でコアラのバスター・ムーンですら、夢を見るのはいいけど、だいぶ問題のある奴ですからね。まともな奴なんて出てこない。キャラクターの破天荒さ、悪さ、常識を軽々と超えていく痛快さに、僕たちはフィクションとして、また現実を突き抜けるアニメーションとしての快楽を覚えているんだと思います。
 
前作の『ペット』もまたその典型で、飼い主が家にいない間に動物たちがしでかす(人間にしてみれば)悪行を、スクリーンという蚊帳の外から、対岸の火事として見物するという構図がヒットの要因でした。『SING/シング』でも発揮されていた、各動物たちの実際の習性や人間側のイメージをそれぞれのキャラクターに戯画化して織り込んであるので、動物「あるある」や「ありそう」ってなネタで笑いのジャブを打った後、それをひねってエスカレートさせて盛り上げを作っていました。

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では、続編となる今作はどうか。大きな変化がふたつあります。その1は、リアムという子どもが登場したこと。その2は、ニューヨークから外へ出ること。それぞれ検証しましょう。
 
まずは子どもから。彼がいることで、面白いことに『トイ・ストーリー』っぽくなるんですよね。もともと、「人間の暮らしに密着しながらも人間の感知しないところで、コミュニティーが形成されているとしたら…」という着想は似ている両シリーズですが、リアムくんを心配して手助けしてやろうという小型犬マックスの行動も感情も、ウッディーに似ているわけです。しかし、現実にはウッディーはおもちゃであって、マックスは生き物。ウッディーのように、自分の存在意義はどこにあるのかといった実存的な問いをマックスがすることはなく、ただただ心配が積もり積もって医者に診てもらうというギャグにサラリと落とし込んであります。ただ、うまいなと思うのは、本来の住処とは言えないニューヨークという大都会で動物たちが暮らすと、これに限らず環境負荷によるストレスってペットは抱えちゃうよねっていう、人間のご都合による災難という風刺は病院での他のペットたちの描写からうかがわせている点ですね。

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そんな前置きを経て、その2ですよ。彼らはニューヨークを出て、本来いるべき場所とも言える自然いっぱいの農場へ出向くわけです。ここでは、たくましくダンディーな猟犬ルースターとの出会いがあって、言わば都会っ子で動物としての本能を忘れかけたマックスが導かれて成長していきます。
 
ざっとこうした変化があるわけだけど、はっきり言って、これだけじゃ弱いんですよね。だって、原題の「知られざるペットの生態」って部分が途中から抜け落ちるし、物語をドライブさせる悪役もいない。そこで、もうひとひねり。マックスやデュークが留守中のNYの顛末を描こう。前作で悪役だったうさぎのスノーボールが、今回はスーパーマンなどヒーローに憧れる空威張りのスカした野郎として、依頼に基づき、悪徳サーカス団に囚われているホワイトタイガーを救出するというエピソードや、マックスにホの字のメス犬ギジェットがマックスから預かったおもちゃを巡る騒動も付け加え、それらを編集でコロコロと場面転換しながら群像劇風に語っていくという構成にしてあります。

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何だか楽しそうに聞こえますね。実際楽しいです。飽きないです。ただ、これもイルミネーションの大きな特徴ですが、脚本は強引です。キャラクターのアクの強さは天下一品ですが、そこを重視するあまり、お話の調和は取れていません。色んな人がいてこの社会は成り立っていることを肯定するダイバーシティやホワイトタイガーが象徴する移民・難民の問題への目配せくらいはあるものの、何か立派な教訓やメッセージも無いに等しいです。でも、定番のギャグから臆面もないパロディーまで笑えるところは山盛り。お行儀は悪いし、まとまりには欠けますけど、とにかく楽しませますよという、あっけらかんとした心意気。僕は買います。3の製作も予定されているようだし、この夏、頭を空っぽにして、安心して楽しめるダークホース『ペット2』を劇場で楽しんでください。


いくらニューヨークが舞台だからって、冒頭にこの超のつく有名曲を流してしまうという臆面のなさが、もうむしろイイぞって気がしてくるから不思議です。実際、ニューヨークは魅力的に描かれているからいいんだけどさ。


さ〜て、次回、2019年8月8日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』です。アニメが3週続いたんでそろそろ実写がみたいなと思っていたら、もはやアニメ以上に荒唐無稽な展開をみせている大人気シリーズの新作がブルンブルンとやって来ましたよ。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!