京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『フォールガイ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月3日放送分
映画『フォールガイ』短評のDJ'sカット版です。

スタントマンのコルトは、撮影中に大怪我を負い、精神的にもダメージを受けたことで1年半ほど映画業界から離れていたのですが、カメラマンで元恋人のジョディが初監督する作品で自分が呼ばれていると知り、復帰を決意します。ところが、ロケ先のオーストラリアへ出向くと、コルトが長年スタント・ダブルを務めてきた俳優のトム・ライダーが失踪。プロデューサーから頼まれたコルトは、スタントと同時にトム・ライダーの行方を捜すことになるのですが、これがとんでもない事態に。

アトミック・ブロンド(字幕版) ブレット・トレイン (字幕版)

監督はスタントマン出身で『アトミック・ブロンド』や『ブレット・トレイン』のデヴィッド・リーチ。脚本は、『ワイルド・スピードスーパーコンボ』でもリーチ監督とタッグを組んだドリュー・ピアースが担当しました。主人公コルトを演じるのは、ライアン・ゴズリング。その元恋人で映画監督のジョディには、エミリー・ブラントが扮しています。
 
僕は先週木曜日の昼、TOHOシネマズ梅田で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

スタントマンのコルトが主人公のラブコメディであると同時に、コルトは自分がなりきらないといけない売れっ子俳優トム・ライダーの行方を捜す素人探偵にもなって、やたらと散々な目に遭うフィルム・ノワールでもあるという変わった映画です。一応、ざっとまとめると、コルトが冒頭で撮影中に大怪我をして、仕事と当時付き合っていたカメラマンの彼女ジョディを同時に失ってくすぶっていたんだけれど、そのどん底から息を吹き返して最高のスタントマンとして返り咲こうとする話です。でも、こうやってストーリーラインだけ説明しても、この映画について語ったことにはならないんですよ。それはなぜかと言えば、一番の理由は複雑に組み上げられた構造にあります。多くのバックステージものがそうであるように、これもメタ構造、入れ子構造を備えた作品になっています。いくつか例を挙げましょう。まずは、のっけから、画面にはこの映画の脚本が出てくるんです。『フォールガイ』というこの作品の作り手の視点がはっきり示されるわけです。そして、そこにはスタントマンとしてブイブイ言わしているコルトが映っていて、彼の独り言、内的独白が音声として重ねられます。でも、彼は映画の主人公であって、作り手ではないですね。こうすることで、実際にスタントマン出身であるデヴィッド・リーチ監督が作っているこの映画の主人公コルトは、リーチ監督に代表されるスタントマンの経験やエピソードが重層的に反映されたものであることがわかる仕掛けです。他にも、トム・クルーズジェイソン・ボーンマイアミ・バイス、真昼の決闘などなど、実在する俳優や作品の名前に会話の中で示すことがメタ的なギャグとして出てきます。これはフィクションとリアルの境目を不明瞭にすることで、実際にこうだったのかもしれないと観客に思わせているんですね。

(C)2023 UNIVERSAL STUDIOS. ALL Rights Reserved.
とまぁ、構造としては凝った作りなんですが、やっていることは良い意味でくだらない、観客の肩を脱臼させてくるような笑いの連続です。笑いという意味では、次から次へと災難に見舞われるコルトを演じるライアン・ゴズリングの十八番のひとつ、困り顔のバリエーションをこれでもかと拝めるのも良いです。コーヒーが飲みたくてたまらないのに、どこへ行っても機械が故障していたりなんだりでその機会が得られないとか可愛いものから、撮影現場以外で撮影現場以上のアクションを要求される素人探偵のくだりもいちいち最高だし、現場でもギネスに挑戦だとかなんとか言って、砂浜で乗っている車を8回転半させるキャノンロールのくだりは、あれは現実にギネス記録を打ち立てています。ヘリ、ボート、撮影用のクレーン、ゴミ収集車など、乗り物もたくさん。武器も銃に日本刀にボールペンにガソリンにワンコと、こちらもふんだんに登場と、観るものを飽きさせません。しかも、中にはライアン・ゴズリングが自分でやっているものもありますが、今作にはそれぞれの得意なフィールドに合わせて、4人のスタントダブルがゴズリングに扮しています。リーチ監督はこう言っています。「私達にとってこの作品は、スタント・パフォーマーや映画業界の影のヒーローたちに宛てたラブレターだ」と。だからこそ、スタントにおける妙なごまかしは一切ないし、とにかく人力でやっていて、エンドロールにはジャッキー・チェンばりにアクションの舞台裏を見せるNGテイク集が流れます。そう、テイストとか画面の色味については、80年代前半の作品が参照されたようですよ。『アメリカの友人』とか『キャノンボール』をビジュアル面で意識したようです。そうやって作り出されたコルトの元恋人のジョディが撮影中の映画『メタルストーム』のロケ現場と、オーストラリアの実際のシドニーを行き来する映像もカラッとしているけど2つの意味でアツいこの映画にしっくり来る映像になっていました。

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最後に、エミリー・ブラント演じるジョディとコルトのラブ・ロマンスに触れておきましょう。ここでも、ひとつとびきりのメタ構造を具体的に見せるところがあります。険悪だった仲が少し持ち直してきたあたりで、ジョディがコルトに演出上の相談を電話でするんです。ここでスプリットスクリーンにするのはどうかしら。スプリットスクリーンというのは、画面を分割して、複数の画面を同時に見せる手法なんですが、ジョディがそう言った途端に、この映画の画面も左右に分割されるんです。すると、さっきまで切り替えしていたふたりの会話が同時に進行する。映画内映画『メタルストーム』は、エイリアンと人間の恋が成就するのかを描くSFなんですが、ふたりが相談しているエイリアンと人間の関係が、そっくりそのままジョディとコルトのそれにトレースして聞こえてくるようなセリフもすごくうまくいっていました。

(C)2023 UNIVERSAL STUDIOS. ALL Rights Reserved.
といった調子で、ちょっと盛り込み過ぎなほどにネタや演出の仕掛けを盛り込んでいるのに、しっかりポップコーンが似合う昔の娯楽映画の味わいを醸している本作『フォールガイ』。映画の基本はアクションだということ、それを支えるスタントマンたちやスタントをデザインするスタッフの重要性、そして何より映画そのものへの愛情をバカバカしくも真摯に描き出している傑作だと思います。高所から落ちるスタントマンを指す用語フォールガイですが、恋にも罠にもどんどん落ちるその姿に、僕もしっかり恋に落ちて夢中になりました。
 
既存曲のチョイスもお見事でして、AC/DCテイラー・スウィフトフィル・コリンズなども効果的でしたが、やはり何度か出てくるこのメロディー、そしてこの作品のために仕立てられたYunbludボーカルバージョンでオンエアしました。

さ〜て、次回2024年9月10日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ACIDE/アシッド』です。酸性雨って、僕が子どもの頃にも社会問題化していましたけど、逃げ場が限られるっていう怖さがあるわけですよね。ましてや、硫酸みたいな極度の酸性雨なんてどうすりゃいいんだっていうフランス製のサバイバル・スリラー。想像するだに怖い怖い。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!