京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ACIDE/アシッド』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月10日放送分
映画『ACIDE/アシッド』短評のDJ'sカット版です。

異常な猛暑に見舞われていたフランスの上空に、南米で大きな被害をもたらしたという強烈な酸性雨を降らせる雲が現れます。中年男性ミシャルと元妻のエリーズは、寄宿学校に通っている娘セルマを車で救いに行くのですが、ありとあらゆるものを溶かしていく雨で周囲は大混乱。3人のサバイバルはそこから始まります。
 
監督と共同脚本は、これが長編2作目となるジュスト・フィリッポ。家族の父親ミシャルを演じるのは、『冬時間のパリ』などへの出演で知られ、映画監督としても評価の高いギヨーム・カネです。
 
僕は先週木曜日の夕方、アップリンク京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

あらかじめ言っておきますと、僕はこの作品を手放しに評価することはありません。ただ、観ている最中、うわ、こんなことになってしまうのかと何度も驚きましたし、打つ手がだんだんと無くなっていくことにそれなりに打ちひしがれてしまい、なんだかんだと結局は環境問題、大気汚染に温暖化といったことについてその夜ひとり考え込むことになったんです。その意味で、確かに予算不足や設定の粗さ、そして脚本の練り込みの甘さがあるんだけれど、そう簡単に突き放すのも違うなというのが、この作品に対する僕の現状です。

© BONNE PIOCHE CINÉMA, PATHÉ FILMS, FRANCE 3 CINEMA, CANÉO FILMS – 2023
サバイバル・パニック系のスリラーって、B級Z級まで含めたら、世の中には相当な数がありますよね。ちょっと前に短評した『エアロック 海底緊急避難所』もそうだし、公開中の『エイリアン:ロムルス』だってそうでしょう。実在・架空を問わず、おっかない生き物を相手にするパターンもあれば、台風・竜巻のような猛烈な自然災害をある種生き物のように見せるパターンもありますね。いずれにしても、敵あるいは敵のような存在があるので、そいつを退治したり、排除したり、そいつから逃げおおせればとりあえず解決ということで、ストーリーはそこをゴールに設定して明確に進むことが多いジャンルでしょう。でも、この作品はそのゴールが見えないんです。これは好き嫌いが分かれるところでしょうが、ハリウッド映画ならまず企画は通らないだろうって思いますよ。だって、敵というものがあるとして、それは雨雲であり、雨であり、ひいてはそれが降ってきた後では水道水であるって、そんなのもうどんどん広がるわけだから、打つ手なしなんですよね。じわじわと主人公たちは追い詰められるしかないわけです。これもダメ、あれもダメってことで言えば、『クワイエット・プレイス』の絶望感にも似たものを感じました。そんなの無理だよっていう。あれは生き物系ではあるけれど、音を立てちゃいけないってなると、音そのものにビクビクしてしまう恐怖ですよね。それがここでは水。迫ってくる雨雲を生き物のように見せる絵はわかりやすく怖いけれど、車だってやがて溶かしてしまうし、建物も時間の問題というのは、科学的にはそこまであり得ないにしても、追い詰められていくプロセスとして興味深いものがありました。ここも賛否はあるけれど、おそらくは予算の関係上、暗い場面が多いのも、人間を始め、生き物が酸に蝕まれる恐怖をホラー的にエンタメにしないチョイスにつながっていて、僕はそこは好感を持ちました。

© BONNE PIOCHE CINÉMA, PATHÉ FILMS, FRANCE 3 CINEMA, CANÉO FILMS – 2023
ただ、おそらく監督が意図していたのは、降って湧いた酸性雨の恐怖にパニックに陥る人間社会を描くってことだけでなく、もうひとつ前段階のレイヤーである人間の無関心であり無責任さを突きつけるということです。意外だったのは、プロローグに配置された労使間交渉のもつれが招いた暴動のドキュメンタリー的なシーンです。フランスで数年前に起きて今も時折起こる「黄色いベスト運動」を踏まえたような場面で、市民の異議申し立てが社会の関心を集めきれずに先鋭化して暴力へと発展してしまうことを示唆したうえで始まるんです。一方で、そこに加担したことで逮捕され、家族からも信頼を失った主人公ミシャルも、南米で酸性雨みたいなニュースを見て、一緒にいた娘に「そんなの俺達に関係ないだろ」と言ってしまうほど、社会の無関心をある面では嘆いて然るべき彼だって、また別のことには大いに無関心なんですよ。そんな人間たちの無責任と身勝手の容赦なく自然が襲ってくるという。それは台風や竜巻、津波を描くような映画でも同様なんですが、酸性雨放射能にも似て、目にその毒性が見えないという恐ろしさがありました。その中で結局は家族や恋人を守るためにさらに視野と価値観と行動原理が本能的に狭まってしまう人間たち。はっきり言って、娘はまだしも父親のミシャルは感情移入しづらいし、ひたひたと絶望があらゆるものを蝕むしで、見ていて辛いし、結末もそりゃどう考えたって一件落着という題材ではない。

© BONNE PIOCHE CINÉMA, PATHÉ FILMS, FRANCE 3 CINEMA, CANÉO FILMS – 2023
そういう映画があったって良いし、むしろあるべきだとは思うものの、そこで結局は詰めの甘さというか、監督が盛り込みたかったあれやこれや、僕がさっき言ったような要素がうまく歯車として噛み合いきれていないというか、歯車の爪の削りが甘いのがこの映画の問題なんだと思います。人間の無関心というテーマも掘り下げ不足で描ききれていないので、映画のスケールに予算とアイデアが追いついていないのは勿体なかったですね。ただ、この手のサバイバルスリラーは、僕は本来もっとあるべきだと思っていて、たとえばNetflixオリジナルで僕も持ち上げた『ドント・ルック・アップ』のような味わいと問題提起の作品が今後も出てくることを願うことになった1本でした。
ああはなりたくないというディストピア感は出ていたと思います。環境問題への悲観的な着眼点も。その意味で、ここでは環境問題に痛烈なナンバーをオンエアしました。

さ〜て、次回2024年9月17日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『夏目アラタの結婚』です。今回は『エイリアン:ロムルス』も候補に入れていて、「化け物が寄生するなんて絶対ヤダ!」「予告を映画館で見ただけで震え上がったんだもん」と駄々をこねていた僕。エイリアンは回避したものの、こっちも十分に怖いんじゃないかと結局ビビっていますが、映画館に行ってきます。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!