京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『幸せのイタリアーノ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月20日放送分
映画『幸せのイタリアーノ』短評のDJ'sカット版です。

いわゆる独身貴族でプレイボーイな実業家、49歳のジャンニ。女性を口説くためならどんな苦労もいとわない彼の新たなターゲットは、亡くなった母の家の向かいに越してきた女性。出会った時にたまたま母親の車椅子に座っていたことから障がい者だと勘違いされたジャンニは、それを良いことに嘘をついて障がい者のフリをし続けて憐れみを乞う作戦に出るのですが、その姉であるヴァイオリニストにして車椅子テニスのプレーヤーでもあるキアーラに出会ったことで、激しく心揺さぶられます。

パリ、嘘つきな恋(字幕版)

これは2019年のフランス映画『パリ、嘘つきの恋』のリメイクです。イタリア版の監督は、今コメディならこの人というヒットメーカー、リッカルド・ミラーニ。その才能には僕はずっと惚れています。ジャンニを演じるのは、これまたイタリアの俳優のエースと呼ぶべきピエルフランチェスコ・ファヴィーノ。最近短評した『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』では、艦長を好演していましたね。そして、イタリアの至宝と呼びたいミリアム・レオーネがキアーラに扮しています。
 
僕はイタリア映画祭2023で日本初上映されるにあたり、関係者向けの試写で観ました。その後、今年こうしていよいよ全国公開されるタイミングで、公式パンフレットに文章を寄稿するのに合わせ、これまた試写で再度鑑賞しました。さらに、今週はAmazonプライムのレンタルで、フランス版の『パリ、嘘つきの恋』を自宅のTVモニターで観てきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

監督のリッカルド・ミラーニは、さっきも言ったようにヒットメーカーでして、現在66歳。まだまだ年に1本2本と撮り続けていて、そのどれもがイタリアで当たっています。特徴は、生きづらいと人が感じる原因となる社会の歪みをコミカルな味つけで見せること。笑い飛ばすのではなく、観客を笑わせつつ自分でも前向きに考えるよう仕向けます。扱ってきたテーマは幅広く、政治、格差、ジェンダー、過疎化、そして今作の場合だと、障がい者。原作に頼らずにオリジナルの物語が多い中、こちらはフランス映画『パリ、嘘つきの恋』のリメイクでした。僕は遅ればせながら今回そちらを確認しましたので、比較もしながら、この作品についてお話します。

© 2020 WILDSIDE-VISION DISTRIBUTION
まずタイトルですね。邦題は正直なところ首を傾げてしまいますが、イタリア語のタイトルCorro da teを直訳すれば、「あなたのもとへ走る」となります。走るという行為のダイナミックさドラマ性にこのリメイクはもっとフォーカスしています。フランス版でも、主人公の男性はジョギングをして市民マラソンに出場するんですが、イタリア版ではまず演じているファヴィーノがよりガッチリとしていて普段からしっかり走り込んでいるんですね。なおかつ、女性に対してもいつもまっしぐらで突進していく感じ。そのお相手も、ファヴィーノ演じるジャンニなら喜んでとばかりにスポーティーな恋愛関係になっているようです。そこでいちいち偽名を使ってしまうのが、ジャンニのダメなところだし、クズ男と言われてしまう所以でして、彼は狩人よろしくガールハントを生きがいしています。そして、ジャンニは、走る時に履く靴、スポーツ・シューズ・メーカーの社長であるということは、フランス版同様ですが、広告にパラアスリートを起用するという部下からの提案に対する反応の変化をストーリーに組み込むことで、足に対してさらに踏み込んでよりはっきりとフォーカスする工夫が見られました。

© 2020 WILDSIDE-VISION DISTRIBUTION
あと、大きな変更点としては、ジャンニの女性秘書の立ち位置です。フランス版でもやはりいるんですが、フランスの場合は微妙に主人公に「ほのじ」な雰囲気があって正直フワリとした印象にとどまっていましたが、イタリア版では秘書としての立場はわきまえながらも言うことは言うぜというスタンスのかっこいい女性像で、しょうがなしに付き合わされたアジア料理店でのカラオケで彼女が全力で歌うマドンナの『Like A Virgin』は爆笑ものでしたね。それから、女性主人公キアーラのおばあちゃんが出てきますが、あれはイタリア版オリジナルです。この作品が遺作になった舞台女優のピエラ・デッリ・エスポスティを起用していたんですが、クライマックスでジャンニにシャキッとしなさいよと諌める感じが最高でしたね。そう、イタリア版は主人公の男女ふたりのみならず、サブキャラクターに忘れられない人が多いのも特徴です。ジャンニが週に一回程度顔を出す男性ばかりの金持ちの異業種サロンも忘れがたいですね。ホモ・ソーシャルの嫌な感じが良く出ていました。

© 2020 WILDSIDE-VISION DISTRIBUTION
もちろん、キアーラを演じたミリアム・レオーネも抜群でして、彼女は車椅子の操作のみならず、車椅子テニスの特訓も受けています。その上で、内面も容姿も美しく、自立した女性でありながら、たとえ土台が嘘であったとしても、自分を本気で求めてくるジャンニにだんだん惹かれていくという感情の変化をあくまでその表情と仕草で表現し、イタリアの重要な映画賞のコメディ部門で最優秀主演女優賞を獲得しています。物語としては、ジャンニの障がい者演技がいつバレるのかというサスペンスが鍵となるコメディです。彼はおそらくは人生で初めて本気で惚れた女性がたまたま障がい者だったわけです。それまで自分とは関係のないと思っていたであろう障がい者について初めて強く意識し、自分の偏見や固定観念を思い知らされ、なんなら無様な目にもたくさんあいます。彼女のところになら、いつだって駆けつけて何でもしたいと思う一方で、バレたら終わりなんじゃないかと恐れてしまうあまり、事実の告白を先延ばしにしてしまう。このあたりは作品を観て笑っていただきたいんですが、この映画の肝は、ジャンニが自分の愚かさと見識の浅さを思い知ることです。人によっては、ジャンニはもっとお灸をすえられるべきだと思うでしょうし、その方が観客は溜飲が下がるというものですが、ミラーニ監督はインタビューでこう発言しています。「どんなに思いやりのない人でさえも、一定の状況下に置かれたとき人間性の真の輝きというものを感じずにはいられないと信じたい」。僕はこれに尽きると思います。監督は人間性というものを信じている。逆に言えば、彼の作品を観れば、観客の誰しもがどこかで抱いてしまっている偏見を見直すきっかけを与えられるんです。誰かをとっちめれば終わりじゃない。僕たちは多様な人間が暮らす社会の中を歩んでいるんだということを、物語のネジをあちこちで締め直したこの優れたリメイクで感じた次第です。
さっき言ったマドンナやイタリアのヒットも効果的に使って巧みに映画のリズムを生んでいたミラーニ監督が今作の主題歌にしたのが、失恋の哀しみと心の痛みによろめきながらも、愛の道を歩み続けるという内容のThe Rolling Stones、Streets of Loveでした。

さ〜て、次回2024年8月27日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『エア・ロック 海底緊急避難所』です。なになに? 航空機が墜落して海に沈んだ? そして、人食い鮫がいるだって? 最悪の状況じゃないか。そりゃ、パニックだし、スリラーだと思っていたら、サイトのコピーには「いま”底”にある危機」とダジャレが炸裂していて、膝かっくんされた気分です。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!