京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『シチリア・サマー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月5日放送分
『シチリア・サマー』短評のDJ'sカット版です。
1982年、イタリア、シチリア。サッカーのイタリア代表がワールドカップで優勝した、あの夏。17歳のジャンニと16歳のニーノ。バイクの整備工場と打ち上げ花火の現場でそれぞれ父親の手伝いをしていたふたりは、バイク同士でぶつかってしまったことをきっかけに知り合います。家庭環境も性格もまるで違うジャンニとニーノでしたが、だんだんと親密になり、ふたりだけの秘密を分かち合うようになっていきます。当時実際に起きた事件を基にしたこの映画は、イタリアの重要な映画賞ナストロ・ダルジェント(銀のリボン)で新人監督賞を獲得し、公開されるや記録的な大ヒットとなりました。
 
監督と脚本は、90年代から俳優として活躍してきたシチリア出身のジュゼッペ・フィオレッロで、これが長編初監督です。ジャンニとニーノを演じたのは、ともに2004年生まれのサムエーレ・セグレートとガブリエーレ・ピッツーロ。ふたり揃って、ナストロ・ダルジェント(銀のリボン)賞で最優秀新人賞を獲得したことで、ヨーロッパで人気が急上昇しています。
 
僕はメディア試写で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

銃声が鳴り響く、シチリア、海沿いの荒野。16歳のニーノとその甥っ子トト、そして、ニーノの伯父さんがいて、ニーノは銃の手ほどきを受けています。狙うのは野ウサギ。そこだけ切り取れば、親戚が集まってごちそう目当てに狩りをする手法を継承していく牧歌的な光景なんですが、映画を見終わってみると、これがプロローグとしてうまく機能していることがはっきりとわかります。銃というマッチョなアイテムと、そこに漂う極めて男性的な価値観が実はここで提示されていたということなんですね。

© 2023 IBLAFILM srl
残念ながら、80年代前半のシチリアは、カトリックの保守的な価値と倫理が支配するイタリアの中でも、性的少数者にとって居心地が最悪という場所でした。いわゆるホモフォビア、つまりは同性愛を多かれ少なかれ嫌悪する人が大勢を占めているような状況で、それは都会ならまだしも、田舎の村ならますますひどい状況だったことが端的に描かれています。ワールドカップでイタリアが勝ち進む様子を、村のバールにみんな集まって観戦するというようなところで、いつもの連中からいつものようにからかわれ、小突かれてばかりの青年ジャンニ。彼は同性愛者であるとそのムラ社会で完全に認識されているんですね。劇中でチラッとセリフで示されることですが、なんとまぁ矯正施設にも入れられた過去があるらしい。同性愛というのは、矯正するものであるという恐ろしい発想が施設という形をとって制度化されていたというありさま。そんなところから地元に戻ったら大変です。あちこちから後ろ指を指される中、ジャンニは義理の父親が運営するバイクの修理工場で働き、好奇の目で見られ続けるという責め苦を味わっています。ここで僕は重要だなと思ったのは、わりと屈強な村の若い兄ちゃん、バールにたむろしている兄ちゃんが、どうやら彼も同性愛の指向があるようでジャンニに陰で言い寄るんですが、拒絶されるんですね。すると、その兄ちゃんは、マジョリティの側に立って、マジョリティを隠れ蓑にしてジャンニに暴力を振るおうとする。これもこれで哀しく、差別の根が深いことをうまく描いたシーンです。強い抑圧が感情の屈折を生むわけです。

© 2023 IBLAFILM srl
そんな状況と環境の中で、ジャンニとニーノはバイク事故により文字通り交錯します。ひとつ年下のニーノの方は、おそらくまだ性に無自覚だったと思うんですが、かくしてふたりはまずは友情を育んでいきます。ジャンニにしてみれば、抑圧的な父親やムラ社会の外でほとんど唯一の友達としてニーノを大切に思えたし、そんなニーノが、彼しか知らない秘密の場所を自分に案内してくれたことにも感動したことでしょう。山間にかかる橋の下を流れる美しい川です。夏ですからね。そこで泳ぐふたり。この作品では、川と海と雨と、水はふたりにまとわりつく周囲からのホモフォビアという汚れを洗い流してくれる場所でありモチーフとして機能しています。一方で、ニーノの家業である花火は、また違った意味合いが込められていて、ニーノがジャンニにその魅力を熱心に説くように、愛をも表現できる美しいものでありながらも、僕たち観客には一瞬きらめいては闇に吸い込まれてしまう儚いものと読み取れるんですね。

© 2023 IBLAFILM srl
そして、もうひとつ、家族についても考えさせられます。家庭は、安らぎの場所であると同時に、守るべきものであり、それは時に、体面を汚す要素があれば手段を選ばずに守ることも起こり得る。特に、後半で鍵を握るのは、ジャンニとニーノ、それぞれの母親です。息子を愛してやまないのだけれど、ふたりはそれぞれに少し違った理由ではありますが、物語の決定的な引き金を引いてしまいます。これも、強い抑圧がもたらす屈折かも知れません。

© 2023 IBLAFILM srl
全体として、シチリアの美しい自然を背景に美少年たちがその青春を謳歌する喜びと悲しみが乱反射する作品になっていまして、その反射をつかさどるアイテムのひとつ、鏡を使った演出もあちこちで冴えています。そんな風に、直接的ではなく間接的に暗示的に、そして全体のトーンも抑制をきかせた演出の目立つフィオレッロ監督。長編初監督ですが、俳優だけじゃないその才能はすばらしい!
この映画のためにジョヴァンニ・カッカモというシンガーソングライターが書き下ろしてシチリア方言で歌い上げた、「遠い」という意味のLuntanuをオンエアしました。物語の基になった事件から40年余り。事件を発端に、まさにシチリアから性的少数者がその理解と人権意識の向上を促す団体が成立するなどしましたが、ある程度事態が改善していても、今年シチリアでいじめられた少年が自死するという痛ましい事件があったところ。そして、これは日本も同様ですが、先進国の多くで同性婚が法的に認められる中、イタリアも法整備が進んでいないという現実があります。誰もが自分のありのままで生きられる時はまだ遠い……。


さ〜て、次回2023年12月12日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『怪物の木こり』です。三池崇史監督が亀梨和也を主演に迎えたサイコスリラーって時点で僕は縮み上がっておりますが、そんなチキンでも大丈夫か!? さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!