京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月28日放送分
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』短評のDJ'sカット版です。

とある廃村にやって来た鬼太郎と目玉おやじ。その後を追って、特ダネを狙う雑誌記者も村へ入ると、そこには不思議な洞窟が……。実はその場所は、今から70年前の昭和31年当時、日本の政財界を裏で牛耳る龍賀一族が暮らしていた村。その頃、日本血液銀行に勤めていた水木という社員は、当主時貞が亡くなったことを聞きつけ、その弔いを建前に、会社の秘密司令と自分の野心を背負って、そして、鬼太郎の父は、自分の妻を探しに、やはり村へやって来た。村では龍賀一族の跡目争いが始まっており、村の神社で一族のひとりが惨殺されるという事件が起こる……。鬼太郎の父と水木青年の運命は、そして、現在との関わりは?

決定版 ゲゲゲの鬼太郎1 妖怪大戦争・大海獣 (中公文庫)

アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」は、この55年の間に6シーズン放送されてきました。そして、今年は原作者水木しげるの生誕100周年。それを記念しての長編アニメ映画という位置づけで、監督は2008年の『劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!』を 手掛けた古賀豪。脚本は、マクロスFのシリーズ構成や脚本を手掛けてきた吉野裕行が担当しました。声優陣は、関俊彦木内秀信小林由美子種崎敦美、そして沢城みゆき野沢雅子古川登志夫など、豪華でファンも喜ぶキャスティングが実現しています。
 
僕は先週木曜日の夜、MOVIX京都で鑑賞しました。祝日だったこともあって、相当な入り具合でしたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


僕はこの映画、かなり良いアプローチだったと思うし、意義のある作品になったと感じています。ケチをつけたくなるパートもなくはないですが、概ね満足したし、感心もしました。アニメシリーズのスタートから55年、そして水木しげる生誕100年というアニバーサリーだからこその難しさやプレッシャーが相当なものだと推測されるにも関わらず、このタイミングだからこそ描いておくべき内容を高いレベルで実現しているんです。

©映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
まず、エピソードゼロを考えるにあたっての舞台設定が効果的でして、冒頭、現代の雑誌記者、映画制作者たちや観客の視点とも言える人物を据えて、廃村に迷い込ませ、鬼太郎たちに70年前を振り返らせるという導入が鮮やか。しかも、鬼太郎というよりも、目玉おやじを実質の主人公にしたこと、なおかつ、この物語のガイド、あるいは探偵的な役割として、水木という青年を配したことで、当然ながら水木しげるが鬼太郎というキャラクターを生み出したという事実を透けて見せる効果もあるんですよね。この水木を漫画家にすることもできただろうけれど、そうすると、水木しげるという人物の評伝要素が強く出過ぎる可能性が高いので、この映画では帝国血液銀行の勤め人ということにしてありました。

©映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
この血液銀行という名前は、知らないとギョッとしますが、戦後、60年代半ばまで実際にあったもので、今は献血として制度化されているものが、かつては個人が自分の血を売っていて、それを血液銀行が保管して必要に応じて供給していたんですね。こうした血液銀行や東京タワーの話題、ジャイアンツ川上の2000本安打とか、50年代半ばの日本のできごとを会話の中に散りばめることで、当時の雰囲気をしっかり出していました。それはちょうど水木しげるが、まず紙芝居として「墓場の鬼太郎」を作り、それから貸本漫画、さらには少年マガジンでの連載やアニメへとつながっていく原点ともつながりますし、劇中の水木が戦争で死ぬことを上官から求められながらも、生き残って帰ってきたという点も、水木しげる自身の体験や鬼太郎以外の作品、『総員玉砕せよ!』や『コミック昭和史』への目配せができていてすばらしい。余談ですが、このあたりは『ゴジラ-1.0』の主人公の造形と比較しても面白いかもしれませんね。復員兵が生活を立て直していく中で、人知を超えた得体の知れない存在と対峙するというのは同じですから。「妖怪のことなら、昔、子守のばあさんから聞いたことがある」という水木のセリフも、『のんのんばあとオレ』のことを思い出します。といった具合に、原作と原作者へのリスペクトが相当なこだわりをもって反映されています。
そして、もうひとつ成功している理由、うまいなと思ったのは、全体をミステリーの形式にしたことです。田舎の名家。次々と起こる怪奇な事件。観ていると、誰もが『犬神家の一族』などの金田一耕助シリーズを思い出すことだと思います。もちろん、最終的には妖怪や幽霊が絡んでくるので、純粋なミステリーではないものの、日本のムラ社会の悪しき伝統と近代化・現代化で生じるきしみを描くという意味で親和性があるし、誰もが知る鬼太郎の誕生と、その父親である目玉おやじの謎の過去に日本の近現代史の闇を重ねてみせるには格好の物語構造ですよ。

©映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
加えて、絵の雰囲気もザラツイた画調やダリオ・アルジェントばりの赤など原色の使い方、そして水木しげる自身がそうだったように、誰もがタバコを当たり前に吸いまくっていた時代とあって、その煙の効果的な使い方、それから金魚や汽車を使ったところなどの場面転換も見事に決まっていたと思います。一方で、謎がほぼ解明されてからのクライマックスが、盛り上げのための演出が目立つトゥーマッチなものになっていたのも事実でしょう。引っ張りすぎている。でも、その後にあのエンディングとエピローグはバッチリでしたよ。人間の業を踏まえた上で、なぜ鬼太郎たちが人間と妖怪の橋渡しをしているのか、そこがよくわかって、さらに鬼太郎の漫画やアニメに触れたくなる、あるいは見方が変わるという、見事なアニバーサリー作品でした。

さ〜て、次回2023年12月5日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『シチリア・サマー』です。イタリアの南、シチリア島で80年代前半に起きた事件を基にした少年たちの青春物語。瑞々しくって、華々しくて、苦しくなる。僕はもう観ていますが、これはあちらで大ヒットしたのもわかる。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!