京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『怪物の木こり』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月12日放送分
映画『怪物の木こり』短評のDJ'sカット版です。

「怪物の木こり」という絵本に登場する怪物の仮面を被り、人の脳を文字通り奪い去る猟奇的な連続殺人が起こり、警察が捜査を進める中、犯人がどうやら唯一殺しそこねた男らしい謎の弁護士、二宮彰に話を聞くことになります。ただ、その二宮は二宮で、冷血非道で殺人も厭わない男でした。犯人を追う警察と、自分を殺そうとした犯人に逆襲しようと企む二宮。先に真相にたどり着くのはどちらか。

怪物の木こり (宝島社文庫)

2019年に「このミステリーがすごい!」で大賞を受賞した倉井眉介の同名小説を実写映画化した本作。監督は、三池崇史。主人公の弁護士二宮を亀梨和也、警視庁のプロファイラーを菜々緒、二宮の婚約者を吉岡里帆、二宮に協力する医師に染谷将太が演じる他、堀部圭亮、渋川清彦、中村獅童などが出演しています。
 
僕は先週木曜日の夕方にTジョイ梅田で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

この映画には、サイコパスという、用語取り扱い注意なワードが頻発するんですね。広く言えば、なにかしら精神に異常をきたした人物のことなんでしょうが、医学的あるいは脳科学的な裏付けや助言はクレジットを見ると中野信子氏が担当しているようです。あくまでフィクションの物語なのでぼんやりとはしているものの、狭い意味では、人間など命ある動物を傷つけることにまったく躊躇がないほどに冷酷かつ暴力的で、自分の利益と思えることに迷いなく手段を選ばずに突き進んでいく人間ということになるのかな。ポイントとしては、映画の冒頭で示されるように、そんなサイコパスを人為的に作り出そうとした夫婦がかつていて、子どもを対象とした脳の手術が一定数繰り返されていたこと。つまり、フランケンシュタイン的な人が生み出した怪物と、生まれながらにしてなのかは定かではないけれど手術を経ずともサイコパスである人物の2種類がいて、それぞれに何食わぬ顔で社会の中を生きているという設定なんですね。途中で、とある人物が「人が裁かれるのはその精神によってではなく、行為によってだ」という趣旨の発言をするし、また別の人物は「連続猟奇殺人事件の被害者がもしサイコパスなら、犯人を捕まえることが正しいのかどうか」みたいなことを言うゾッとするくだりもあって、倫理的に結構な綱渡りではあるけれど、人の精神をめぐるやり取りとして興味深いところはいくつかありました。僕も観終わってちょっと考え込んでしまうほどに、サイコパスをめぐるキャラクターの考え方の違いがあって、なかなか興味深いなとは思いました。

[c]2023「怪物の木こり」製作委員会
ただ、だからといって作品を手放しに褒められるかというと決してそうではなくて、脚本の組み立て方のところでピントがぼやけてしまっているのがまず気になります。骨格としては犯人探しの物語なんですが、その犯人を被害者のひとりである弁護士の二宮も警察も追っているという構図はいいものの、警察の中に敏腕女性プロファイラーいて、菜々緒演じる彼女が活躍するのが、僕は話の大筋をかえってグラグラさせている気がするんですね。彼女はすごくいいキャラなんですけど、単独行動が目立つため、警察組織のくたびれた刑事たちのこれはこれで味のある佇まいを完全に食ってしまっていて、もはや独自の探偵的なポジションになってしまうし、探偵的な役回りは犯人に襲撃された弁護士の二宮も同じだし、なんかこう話の線がグラグラしていて、うまく組紐状に束ねられていれば納得なんですが、むしろほつれ気味という印象です。僕はもうプロファイラーの彼女を主人公にしてしまっても良かったと思うくらいですよ。逆に不憫に思えてしまったのが吉岡里帆演じる二宮の婚約者で、彼女は舞台役者のような役どころでしたが、原因不明の死を遂げた父親と二宮との間でどんな思いを抱いているのかという描写がほとんどなく、人物像が浮かび上がってこないため、とても大事なキャラクターなのに映画の中でうまく機能していません。それから重要なモチーフかのように提示される絵本にしても、結局のところ、あの絵本がいったいなんなのか、今ひとつ示しきれていません。

[c]2023「怪物の木こり」製作委員会
三池崇史の演出は、たとえば冒頭のカーチェイスや二宮の非道っぷりがすんなりわかる手際の良さもあちこちにある一方で、予算の都合もあるのでしょうが、大事な舞台となる洋館での対決シーンが、洋館の浮世離れしたおどろおどろしさにかなり頼っているのと、キャラクターが怪我を追ったのをいいことに全体の鍵となる部分を微動だにしない役者のセリフで説明してしまっていたのは大いにマイナスでした。

[c]2023「怪物の木こり」製作委員会
座組もストーリーももっと面白くなる可能性があるだけに、僕としては煮詰め不足を感じる結果となりました。原作があるからというのは別として、菜々緒を主人公というか全体のガイドにして構成を組み直したバージョンが見てみたいくらいです。

さ〜て、次回2023年12月19日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』です。ご存知、『チャーリーとチョコレート工場』の工場長ウィリー・ウォンカの若かりし頃を描いた作品ですね。って、考えたら、今日評した作品の劇中では、絵本『怪物の木こり』がティム・バートンによって映画化みたいなフィクショナルな遊びが入っていましたが、『チャーリーとチョコレート工場』の監督はティム・バートンやったやんかいさ。奇しくも、なんて思いながらも、ティモシー・シャラメに会いに行くことにしましょう。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!