京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

やっぱりシネマテークにしねまっていこ Lasciami stare!(後編) 〜ほっといてくれなんて言いながら、それでもやっぱりほっとけない〜

 ジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore)の『題名のない子守唄』(La sconosciuta、 2006年)を見たのは、ボローニャのメイン通り「ヴィア・インディペンデンツァ」に近いフルゴール(Fulgor)です。ここは、ボローニャで入った映画館の中でもかなり大きい方で、今では珍しくなった2階席があります。「映画にできるだけ近く!」とスクリーン原理主義を採用していたあの頃を、今ではいくらか後悔しながら振り返ることがあります。2階席のある映画館という貴重な存在を理解していなかったのです。映画館原理主義に一家言ある盟友ポンデ雅夫(コラム『シネマ「笑いのカタログ」』を参照ください)なら、喜び勇んで2階に駆け上がったことでしょう。今なら僕もそうします。2階席から、今は亡き映画館の幽霊たち、かつては上映室を埋めたであろう想像上の観客たちと作品を楽しむのです。  

 シネマコンプレックスが幅を利かせている映画界を憂う映画ファンにとって、ボローニャ中央駅前のシネコン「キャピトル」(Capitol)が興味深いとすれば、それは、去年まで「フューチャー・フィルム・フェスティバル」(Future Film Festival)という映画祭に会場を提供していたことでしょうか。日々更新される映像の新技術とアニメーションのためのこの映画祭は、今年1月で10 回目を迎えたボローニャの冬の風物詩です。この映画祭の華やかな雰囲気の演出に、普段はまぶしいだけのキャピトルの電気装飾がひと役買っていたことは間違いなさそうです。のみならず、ボローニャのもうひとつの映画祭「チネマ・リトロヴァート」(再び見出された映画)で、2つの会場の往復を強いられたり、山形のドキュメンタリー映画祭で、狭くはない市内に散在する会場目指して駆け回ったりした体験を思い出せば、映画祭を支えるスクリーンがシネコンの中に集約されているというメリットは言うまでもありません。しかし同時に、何か知らんの多くの代償や犠牲を払ったからこそ、今年は会場から外れているんでしょう。商業主義との対立なんかは、想像に難くありませんが、あくまで想像でしかありません。

 ナンニ・モレッティ(Nanni Moretti)やドミニク・サンダ(Dominique Sanda)の衣擦れまで聞こえそうなくらいの距離に席を取り、座談会付きの上映に参加したのは、アルレッキーノ(Cinema Arlecchino、画像下、通りの奥)です。映画人が決して雲の上の存在ではないことを意識するようになったのは、このアルレッキーノでの体験からでした。

 
 イタリアにおける座談会では、多くの場合、招待客との対話者には著名な批評家、映画関係者が起用され、鋭い質問の嵐が映画人を襲います。質疑応答の時間もたっぷりと用意され、幅広い客層から幅広い質問が浴びせられます。地元で『カイマーノ』(Caimano、ナンニ・モレッティ、2006年)を5回見たという青年は、ボローニャから近くはない街からわざわざ座談会のためにボローニャまで馳せ参じ、5回見ても結局わからなかったという作中のエピソードについて監督に問い、その熱意に感じ入ったモレッティ自身から、作品で使われたポスターを贈られていました。そんな雰囲気の中では、映画人は「別に…」などと答えることは許されません。となれば会場は避けがたく熱気を帯び、発明から100年以上たった映画は依然として、できたてホヤホヤの熱さを失っていないことを感じさせてくれました。

 映画と映画館周辺の熱気の陰で、この街にも忍び寄る映画衰退の足音は、奇しくもこの街の映画館の代名詞、チネテカ・ボローニャのすぐ隣から聞こえたものです。そこにはかつて、エンバシー(Embassy、画像右)という名の映画館がありました。その建物が、少なくとも僕がボローニャを後にした8月までは残されていたのです。その後、エンバシーの廃墟がどうなったのか、それについて僕は知りません。今の僕はボローニャからずっと遠いところに暮らしているのです、つぶれた映画館のことなど知りようもないくらいに。

 ここでこうしてボローニャの映画館の多さについて書きながら、かつて自らのブログで紹介した、とある雑誌に掲載されたボローニャの映画館についての嘆きの寄稿を思い出します。ボローニャという街に宛てた手紙形式の投稿で、その筆者は、映画館が次々に閉館していくことに警鐘を鳴らし、なんとかそうした現状に歯止めをかけたいという思いを吐露していました。彼によれば、僕がこのコラムで「充実している!」とか、「街の映画館はこうあるべきだ!」などと吠えているボローニャでさえ、街の中心部からずいぶんな数の映画館が姿を消したらしいです。そしてその一方で、歩いては行けないような(僕は一度歩いて行って恐ろしい目にあった)郊外型シネコンが作られる。寄稿者は「文化的な魅力が街から失われつつある」というようなことも言っていました。僕が文化的な面から理想としているボローニャでさえ、なのです。

 その意味で、エンバシーがチネテカの隣で廃墟と化している構図を、興味深く見つめたものです。いくら文化的魅力を叫んだところで、映画館経営はおおむね商売である。この街にも映画館同士の競争はあり、また、映画衰退の波は押し寄せているのです。その波際のせめぎ合いが現時点ではなんとか平衡を保っているように僕には思える街、それがボローニャなのです。

 ボローニャに、いわゆる生粋の名画座がないのは、世界にその名を響かせるチネテカ・ボローニャがその役目を担っているからかなあと考えます。チネテカでは、イタリア映画や古典作品にこだわることなく、古今東西の名画が格安で上映されています。この街では、いわゆる鍵カッコつきの「名画」の上映に関しては、チネテカが多くを引き受けているという印象を受けたものです。しかし視点を変えて、すべての映画は見るに値する名画であると考えれば、その一切合切をチネテカだけで把握できるはずがない。チネテカのしていることが僕には偉大に思えても、映画の偉大さと膨大さの前にあってはまだまだその活動は微細であると言わざるを得ません。

 映画のすべてを保存するのがシネマテークであると言ってこのコラムは始まりました。ところが、実のところそれは果てしない作業で、果てがないからこそ理想へ向かっていくその過程が映画保存なのかなあと考えたりもするわけですが、どう考えても、ひとつの施設で完遂できる仕事ではない。ここに至って、僕がボローニャに魅了される理由が明らかになります。チネテカが組むような、ある種、金銭的な儲けを度外視したかのようなプログラミングは一般館にはできませんが、その一方で、チネテカが取りこぼしているような優れた商業映画を一般館が上映する。その相互補完によって、あらゆる映画の上映を目指すというポジティヴな映画保存―――フィルムを保存すること自体をネガティヴだとは言いませんが、収蔵庫に眠ったままのフィルムは、良くも悪くも「文化財として保存されるべき映画」でしかないのです。フィルムは上映されて初めて本当の映画になるのです―――に取り組んでいる、そんなボローニャという街自体が、僕の考える映画の保存庫、シネマテークのあるべき姿とも言えそうです。

 そうした広い意味での「街をあげての映画保存」の過程で採算の取れない映画館があれば、その映画館は破綻しますし、破綻を回避するためには、集客力のある作品を上映しなければなりません。集客力があるからといって、ボローニャのような小さな街で、こぞって同じ人気作品だけを上映していては、客離れを増長するだけであることは言わずもがな、明らかです。ボローニャに限らず映画館に求められるのは、多岐に渡る観客の、多岐に渡る見たい映画を提供できるかどうか、知られざる映画を知らしめることができるかどうかということのようです。あるいは、少なからぬ需要に対して少なからぬ供給が達成されれば、さらに、誰かが発掘しなければ埋もれそうな映画と情報を発信し続けることができれば、それで映画の世界は崩壊を免れると考えるのは、短絡的過ぎるのでしょうか。

 “Lasciami stare!(ほっといてくれ!)”と言って私的な思い出に浸ることで、一時的にでも解消されることを願ったのは、映画館が遠いことに端を発する僕個人の慢性的な欲求不満です。満たされない欲求が、映画館に行くことなしに映画館についてのコラムを書くことで満たされるはずはなく、しかしそれでも変わったものがあるとすれば、自宅から遠いゆえに出足が鈍ってしまっていた映画館に対して、遠くてもやっぱり行きたいという僕のスタイルが再び鎌首をもたげ始めたことでしょうか。この思いを信頼すれば、果てしなく思えた映画館までの道のりは取るに足らないものになります。映画が歩いてこちらにやってくることはそう多くはないでしょうから、少しでも映画に寄り添った生活をしたいのであれば、現時点で動かなければならないのは、どう吠えたところで僕なのです。

 ボローニャの映画館とそこで見た映画作品に触れ、映画館に対する思いを新たにした今回の連続2回の投稿は、結局のところ映画(film)と映画館(cinema)は、決して「ほってはおけない」ものであるという、ちょっと遠回りな確認作業だったことを告白して、さっさと結ぶことにします。2時間後には、梅田のガーデンシネマで『潜水服は蝶の夢を見る』(Le scaphandre et le papillon、ジュリアン・シュナーベル、2007年)が始まってしまうのです。講釈を垂れる暇はありません。家から映画館まで45分間、待合室でぼけっと過ごす至福の30分間、上映開始前の客席に身をゆだねる10分間を考えれば、そろそろ出かける準備しなくては。 

 ※オールドファッション幹太のブログ  KANTA CANTA LA VITA