京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ミッドサマー』短評

 FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月3日放送分
映画『ミッドサマー』短評のDJ'sカット版です。

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心理学を専攻する女子大生のダニーは、不幸にも家族を失ってしまい、悲しみにくれている。そんな中、人類学を専攻する恋人クリスチャンとその男友達のグループは、フィールドワークも兼ねて、仲間のひとり、ペレの故郷であるスウェーデンの奥地にあるホルガ村を訪れるという。そこで、ダニーも同行することに。ホルガ村で開催されるのは、90年に一度という夏至の大祭。太陽は沈まず、あたりには花が咲き乱れ、人々は白を基調とした明るい衣装に身を包んで歌い踊る。まるで楽園のような光景。だけれど、とある儀式を境に、学生たちにとっては地獄のような体験が幕を開ける。

ヘレディタリー 継承(字幕版) 

監督・脚本は、長編デビュー作『へレディタリー/継承』が21世紀最高のホラー映画だと世界中で高い評価を得た、アリ・アスター、現在34歳。ダニーを演じるのは、もうじき日本でも公開となる『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』でアカデミー助演女優賞にノミネートされた、フローレンス・ピュー。恋人のクリスチャンは、『シング・ストリート 未来へのうた』のジャック・レイナー。仲間の一人マークには、『メイズ・ランナー』『デトロイト』のウィル・ポールターが扮しています。あとは、ヴィスコンティ監督の名作『ヴェニスに死す』の超絶美青年、ビョルン・アンドレセンがお年を召して久々に国際的な作品でスクリーンに登場することも話題を呼んでいます。

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© 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

アメリカでは去年の夏に公開されまして、興行的にも、批評的にも成功した作品となっています。僕は「やだな、やだな」と毒づきながらも、先週の金曜日にしっかりTOHOシネマズ二条で鑑賞してきました。金曜の午後にしては、若い人、それも女性を中心にたくさん入っていましたよ。それでは、今週の映画短評いってみよう!

最近は『ジョーカー』を筆頭に、いわゆるジャンル映画の復権とも言える状況が世界の映画界で進んでいます。かつて量産された、お定まりのお約束通りに展開するものが、一流の作り手によって、ブラッシュアップされて、むしろ世の矛盾を突く鋭い批評性を備えた、B級ではない、A級のものとして、丁寧に作られる。たとえばタランティーノなんかはその旗手と呼べる存在でしたが、ここに来て、アリ・アスターという新鋭が現れました。今回の『ミッドサマー』は、ホラーの中のサブジャンル、フォークホラーと呼ばれるものだと言われています。2006年にニコラス・ケイジ主演でリメイクもされた73年のカルト作『ウィッカーマン』との類似性も指摘されていますが、要は民間伝承に基づく、その地域・共同体独自の信仰や風習に部外者が接触した際にどうなるのかという物語を、恐怖をベースに美しく残酷に演出していくジャンルです。

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舞台となるホルガ村は、先祖代々、森の中の閉鎖的なコミュニティを維持しながら、独自の聖書を更新し続け、自然のサイクルの中に自分たちの暮らしと人生を位置づけています。老若男女、色々ですが、基本的に女系社会で、ハンディキャップのある人も大切に、というかシャーマン的に丁重に扱われています。ただ、どうもかなり厳格なようで、どことなくみんなの顔に貼り付いた笑顔が不気味。そして、90年に一度の特別な夏至祭というわりには、いろいろ手慣れてるし、なんか胡散臭くて、このご時世に自給自足的なコミューンってのは、カルト団体だろうと思いたくなってくる。
 
そこへ向かうダニー達ですが、この男どもがまぁ、なかなかなダメ具合なんですよね。ダニーのことも疎ましく面倒くさいなと思っているし、人の研究テーマを剽窃しようとしたり、不誠実だったり、いかにも男性社会的で、刹那的で即物的で俗っぽくて、旅行の道中もグループはとにかくぎこちない微妙な空気を形成しています。そんな中、真冬の吹雪で閉ざされた暗いばかりのアメリカから、一気に陽光眩しいスウェーデンへ。場所も気分も入れ替えようってことですが、カメラもくるりと一回転してみたり、価値の転倒や歪みをドラッギーな映像と極端なくらいの色彩美、そしてホルガのタペストリーや壁画など習俗で表現しています。

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確かにグロテスクな描写もあるし、ゾッとすること間違いなしなんですが、びっくり箱、お化け屋敷的な突然びっくりさせる演出はほぼなくて、むしろ、2回観ればわかるでしょうけど、最初からどんどんこれから起こることを見せていくんで、お話はある程度読めます。それでもなお怖いのは、観客がどこに心を寄せていいかわからなくなることだと思います。ホルガ村はオーガニックで健康的に見えて、どぎつい管理社会の側面があるし、ダニーたちにもまた、さっき言った理由から寄り添えないんですよ。ダニーは最後の希望なんだけど、あのラストはどうですか。希望にも解放にも、そして絶望にも見える。そして、この物語が最初からすべて仕組まれていたのではないかという戦慄が、鑑賞後には襲ってくる。

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 閉鎖空間とそこでの倒錯した蛮行という意味では、パゾリーニの『ソドムの市』も浮かんだし、人類学や民間伝承との関係で言えば『デカメロン』など、生の三部作も浮かびました。僕はパゾリーニ研究者の卵だったんで、とりわけ。あとは『楢山節考』もよぎりましたね。でも、若いアリ・アスター監督は、そういった祝祭ホラーに、家族やコミュニティーの閉鎖性と、今僕らの多くが抱える、人と関わっていても何となく居場所がないと感じる不安や疎外感をプラスしつつ、何より開いた口の塞がらない緻密さでワンショット・ワンショット、意地悪く積み重ねていった怪作です。観終わっても思い出す、簡単には払拭できない濃い映画体験を、あなたも劇場でとっぷり味わってください。

さっき僕は意地悪いってアリ・アスター監督を形容しましたが、あの燦々としたまばゆい光を見せた後に、この曲が流れてきたりするもんだから、そこもまた両義的というか、味わい深いんです。日の沈まない夏至、白夜の物語の後に、太陽はもう輝かないですもの。
 
それにしても、『ヴェニスに死す』のビョルンになんてことしてくれるんだ、おい! とか、あの熊の象徴するものとか、やたら出てくる9という数字とか、ゲルマン語のルーン文字の意味するところとか、元気と時間があれば、もう一度観たい。そして、観た人と語り合いたくなります。パンフレットは売り切れで入手できなかったんですが、公式サイトの片隅にある、完全分析ページには考えるヒントがたくさんあるので、あくまで鑑賞後にですが、どうぞ。


さ〜て、次回、2020年3月10日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』となりました。これ、途中から3Dに切り替わるというギミックがあるというので楽しみにしていたんですが、現状関西のシアターではCOVID-19新型コロナウイルスの影響で、3Dメガネを貸与していないので、そこは味わえないのが残念無念。でも、だからこそ、応援の意味もあるし、ギミックなしでも観たい作品だったので、我ながら強い引きだったと自画自賛です。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!