FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月28日放送分
映画『パブリック 図書館の奇跡』短評のDJ'sカット版です。
アメリカ、オハイオ州の街、シンシナティ。記録的な寒波に見舞われていた冬、中央図書館で司書として働くスチュワートは、常連の利用者であるホームレスから、思いもかけないことを言われます。「今夜、俺たちは帰らずに、この図書館を占拠する」。市のシェルターが収容能力を超えている中、このまま路上へ出れば、凍死してしまうと、70人ほどのホームレスたちが、閉館時間を過ぎても居残りを決め込んでいます。さぁ、スチュワートはどうする。図書館長、他の司書、検察、警察、メディア、市民を巻き込んだ、長い夜が始まります。
製作・監督・脚本、さらには主演まで務めたのが、エミリオ・エステベス。チャーリー・シーンのお兄さんです。『セント・エルモス・ファイアー』『ブレックファスト・クラブ』など、80年代青春映画にどんどん出演する一方、23歳で監督デビュー。ケネディ暗殺事件を描いた『ボビー』や聖地巡礼のロードムービー『星の旅人たち』など、着実に監督としてのキャリアも重ねていて、今作が7本目です。
僕は先週木曜日の夕方、なんばパークスシネマで鑑賞してまいりましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
図書館っていうと、ただで本を貸してくれる公共の施設。その定義は間違ってはいないんですが、あの静かな空間で行われていることは、実はもっと多義的です。大学院の修士課程に入った頃だったかな、僕は大学図書館の活用法についてレクチャーを受けたんです。そんなもの、教えてもらわなくったって知ってら〜って、半ば義務的に参加したんですが、なるほど開架されているものだけでなく、書庫にはそれこそ膨大な書物、資料が眠っていて、普通だったら、中には司書でないと入れないのだけれど、院生なら中に入れますよって。無敵か!と思いました。野村さんは映画の研究をなさるんだったら、この棚には国内の映画雑誌、海外のメジャーなものならバックナンバーがありますんで、なんて司書の方に教えてもらいました。宝の山だと思うと同時に、これだけの情報、知識にアクセスするための案内役となる司書の仕事に関心したこと、覚えています。
タイトルにもなっているパブリック。「公の」ってことですね。映画の舞台もそうですけど、図書館というのはそのほとんどが公立で、基本的には誰にでも開かれているわけです。借りるのは市民である必要があるでしょうが、少なくも立ち入って閲覧するのは誰でもできる。何か調べ物をする、知的好奇心を満たすために参考書となるような文献について、司書に質問することができる。この誰にでもってことが、とても大切で、そこがまさにパブリックってことですよね。知識・情報へのアクセスを制限することなく、どんな状況の人にも等しくサービスを提供する。のは、原理原則であって、理想であって、それはなかなか難しいことでもある。だって、図書館のあの静謐な環境ではありますが、実は司書の仕事って心穏やかノンストレスではないんですよね、映画の前半で早速示されるように。素っ頓狂な質問をぶつけてくる人も結構な数いて、もちろん、本の管理もあるのだけれど、トイレではホームレスが身体を洗っていたりするので、それ以上の問題がないか見に行って、少し会話につきあう。根気と寛大さ、そして人に迷惑をかける利用者がいれば、時には苦渋の選択として、退去を願い出る主人公スチュワート。一度あったらしい事例の理由は体臭。匂い。申し訳ないが、出直してくれないかと。すると、彼は訴えられて被告の身に… 建前論でガンガン攻め立てる検察。部下を守りきれなくとも止むなしといった雰囲気の館長。などなど、訴訟に対してそれぞれのスタンスで保身めいた行動を取る関係者たち。この前フリがポイントです。
その後、問題の占拠事件が起こる。内部は実はいたって平和なデモンストレーション。要求もシンプル。何も悪さをするつもりはない。外の寒さでは生き残れない。せめて今夜、私たちに屋根を。ぬくもりを。そこで、渦中のスチュワートが、さらにまた厄介ごとの中心に。要は人質状態になるわけです。さっき話したフリで登場した人物たちも、皆当然解決にあたろうとはするのですが、そこで露呈するのは、要は本音ですよ。みんな多かれ少なかれ、馬脚をあらわしたり、腹をくくったり、目覚めたりと、変化します。ホームレスの問題もさることながら、Black Lives Matterのこともさることながら、僕はこうしたキャラクターの言動の変化を観察する作品として魅力を感じました。ひとつの事件に対して、いろんな視点が提示されるというより、それらがどう変化するかを観るのが興味深いんです。
どうやら過去の失敗を乗り越えて今があるらしいスチュワートは、誰にでも開かれた民主主義の砦である図書館で、ひょんなことから出ることになったテレビに向けて、不器用だけれど思いつきで、だけれども図書館司書らしい、教養の力を信じる引用をします。日米ともに反知性主義がはびこると言われる中、あの言葉には力があったし、もうひとつ、歌にも力がありました。文脈を変える、コンテクストを変えると、音楽は言葉はまた生き生きと新しい意味をまとうことを表すいい場面だったと思います。
最後にはきっと、あなたも変化していることと思います。冒頭で出てきた利用者からの困った素っ頓狂な質問の数々が、また耳に聞こえてきた時。面倒くさいなってものも、愛おしくなってくると言うべきか、この場所が無くなってはいけないって、僕は思えました。誰にでも開かれたパブリックなものでなくてはならない。そう、民主主義って、だいたい面倒くさいんだって思い出しました。
さ〜て、次回、2020年8月4日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『WAVES/ウエイブス』です。劇中で31曲も流れるらしく、そりゃ興味津々です。MVみたくなっていないのか。惹句の「ミュージカルを超えたプレイリスト・ムービー」の意味がなんだかよくわからないんだけど。やたら映像はきれいらしい… なにはともあれ、百聞は一見にしかず。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!