京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『一度も撃ってません』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月21日放送分
映画『一度も撃ってません』短評のDJ'sカット版です。
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誠に売れない小説家、70代の市川進。タバコ、トレンチコート、そして黒のハットを愛する彼は、夜の街を徘徊する伝説のヒットマン。なのだが… 殺しの仕事を請け負っては本物のヒットマンに下請けさせ、自分はその現場の状況をヒアリングして小説のネタにしている。妻や編集者からは愛想を尽かされ、腐れ縁の元検事や元ミュージカル女優とバーでよろしくやっているが… ついに市川にもツケが回り、ある長い夜が始まる。そんなハードボイルド・コメディーです。
 
なんといっても、市川を演じる石橋蓮司の久しぶりの主演作として話題になりました、この作品。妻には、大楠道代、元検事に岸部一徳、元ミュージカル女優には、桃井かおりという、泣く子も黙るベテラン勢の顔ぶれ。さらには、佐藤浩市寛一郎、そして柄本明柄本佑という2組の親子共演も実現。豊川悦司江口洋介妻夫木聡井上真央など、ものすごい布陣です。

どついたるねん 団地 [Blu-ray]

 監督は、『どついたるねん』『顔』『団地』『エルネスト もう一人のゲバラ』で知られる阪本順治。公開前には、番組では監督へのインタビューを放送しました。脚本は、『野獣死すべし』『探偵物語』のベテラン、丸山昇一です。

 
僕は一度サンプルをパソコンで観ていたんですが、これではいかんと、先週木曜昼下がり、大阪ステーションシティシネマで鑑賞してまいりましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
映画を鑑賞する上で、とにかくしくじりたくないという方が増えています。わざわざ金を払って映画館へ行くからには、何かスカッとしたり、教訓・メッセージの類があったり、泣けたり笑えたりというわかりやすい感動があったり。大どんでん返しの果てに、回収される伏線!  そういうもの期待している方には、正直、肩透かしかもしれません。なにしろ、主人公は一度も撃っていないって、タイトルから既にバラしてあります。じゃあ、今度こそ、鉄砲を撃つことになるのではないか。という期待、可能性のサスペンスは成立しますが、爽快なカタルシスを得るようなものでないことは、予告からもうかがえるでしょう。
 
では、何を楽しむのか。それはもう、今や時代劇ばりに数の少なくなったハードボイルドの雰囲気、そのケレン味ある監督の画作りがまずひとつ。カクテル一杯が2000円くらいする、オーセンティックなバーのカウンターの端でマッチを擦り、少し顔を傾げて、タバコに火を付ける。かと思えば、ドリンクオール500円、新宿ゴールデン街にありそうな、知性と猥雑が同居するようなバーで、ウィスキーをあおる。どれも絵になります。

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(C)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

とはいえ、翌朝には、その市川が妻の作ったしじみ汁をズズズッとすすっている。なんて、老夫婦のふたり暮らしは、絵にはなりません。妻は教職をリタイアしていて、悠々自適。スマホを持って、友人のSNSにツッコミを入れています。ふたりのトイレの巡るやり取り、ゴミ出しでのご近所さんとの、害はないがかったるい会話がある。たまらず、吹き出してしまうし、劇場でも笑い声が聞こえてきました。この身も蓋もない日中の日常と、もはや時代遅れなまでにキザな夜のファンタジー。そのギャップが生み出す笑いが楽しみになってきます。
 
現実から逃避するように、市川は小説を書く。ただ、その小説には、彼の言う「リアル」が必要で、それを追求しすぎた結果、銃器にやたら詳しくなり、ヒットマンともタッグを組む。がしかし、そのこだわり、リアルは出版されることはなく、出版社の引き出しに眠り続ける。現実には日の目を見ないリアル。昭和と令和。社会の裏表。世代の新旧。生と死。虚構と現実。この作品は、こうした対立軸をどんどん放り込みながら進みます。セリフで言えば、「夜は酒が連れてくる」と、「朝はしじみが連れてくる」の対応が象徴的でしょうか。両者が互いに作用し合って、綯い交ぜになりながらも、とにかく時間は人生は進んでいく。

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(C)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

そもそも、この企画は、亡くなった原田芳雄さんを慕う映画人たちの宴の席で出てきたもの。あのバーのyというのを、芳雄のyと考えれば、これまた現実と虚構がごった煮になります。そういう、資本ありき、商売っ気ありきじゃないからこそ生まれる、大人たちの本気の遊びに、僕らはつき合うわけです。キャスティングが豪華で、みんなはまり役なのは、誰もが楽しんで遊び場でキャッキャやっている。そんな場を役者たちも求めているからでしょう。キャラクターも役者のキャリアも、「連帯を求めて、孤立を恐れず」なところがあります。一癖も二癖も、いや、個性のある皆さんばかり。粋なもんです。あるいは、そこに、メッセージがどうだなんてのは、野暮でしょうよ。市川のこだわりと悪あがき、表裏一体の夢のあり様を僕たちはしばし眺めて、劇場が明るくなれば、現実に飲み込まれる。

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(C)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

ラストショット手前、原田芳雄の文字をもとに彫ったという、バーyの看板の表裏が入れ替わります。若いスタッフを多く起用したという阪本監督。原作ありきのソロバンばかりを気にした大作ばかりじゃなくていい。って、もちろんお客さんが詰めかけるに越したことはないのですが、そんな軽妙洒脱で、盛り上がりも笑いもちょうどいい映画が受け継がれていくといいなと、僕は帰りの電車の中でふと思いました。
Yという名のあのバーで、桃井かおり演じる元ミュージカル女優が、十八番なんでしょうね、バーテンダーにシェイカーを借りて、それをマイク代わりに、こんな曲を。みんなは静かになってうっとり。今日はビリー・ホリデイの歌でお送りしました。ガーシュウィンのメロディーを歌った吹いた人、多数。ビリー・ホリデイがヒットさせて、コルトレーンマイルス・デイヴィスエラ・フィッツジェラルドビル・エヴァンスジャニス・ジョプリンのブルージーな解釈も良い。そこに、桃井かおりも日本語に独自に訳して、加わった格好です。
 
それにしても、井上真央は良かったなぁ。こいつ、人の話、まったく聞いてねぇな。あるいは、質問したくせに、本当はまったく興味ねぇな。そんな感じがびんびん伝わってきて、僕はひとりマスクの下でほくそ笑みっぱなしでした。あと、ヨーロッパ企画の諏訪雅さん、出てらっしゃったと思うんだけど、気のせい?


さ〜て、次回、2020年7月28日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『パブリック 図書館の奇跡』です。既に番組にもリスナーから「観に行ってきた」「良かった」と感想が届いていたので、僕も気になっていた作品です。なんか、映画館再開後、良質なミニシアター系の作品が渋滞している感がありますね。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!