京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月16日放送分
『宇宙でいちばんあかるい屋根』短評のDJ'sカット版です。

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郊外のニュータウン、一軒家で両親と暮らすひとり娘、14歳のつばめ。お向かいさんの大学生、亨への恋心を抱いています。と、そこまではいいのですが、かつて自分を置いて家を出た実母に新たな家庭があることを知り、育ての母は現在妊娠中とあって、ただでさえ思春期のつばめの胸中はなかなか複雑です。彼女がホッとする場所は、書道教室の屋上。そこでひとり時間を過ごすことが多かったんですが、ある夜、態度のでかい、見知らぬ老婆「星ばあ」と出くわし、ふたりは交流を深めていきます。

宇宙でいちばんあかるい屋根 (光文社文庫)

原作は野中ともそが2003年に発表した同名ファンタジー小説。脚本・監督は、この番組でも昨年評した『新聞記者』や、現在公開中の『ヤクザと家族 The Family』の藤井道人、現在34歳。主人公のつばめをこれが映画初主演の清原果耶、星ばあを桃井かおり、大学生亨を伊藤健太郎が演じるほか、水野美紀、坂井真紀、吉岡秀隆などもそれぞれ存在感を発揮しています。
 
昨年9月4日に全国ロードショーとなったこの作品。僕は先週土曜日の午後、会社保養所でU-NEXTの配信を通して鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

僕は原作小説を読む時間が取れなかったんですが、インタビューに目を通すと、監督は原作のある種のパラレル・ワールドとしてこの映画を展開してみようと思ったそうです。3年かけてじっくり脚本を書きながら、脚色をするにあたっては、あえて原作にはないシーンについても入れようじゃないかと。その甲斐あってと言うべきでしょう。映画だからこその表現もあちこちにありました。
 
舞台となるニュータウンの規模感と環境を示すためにも効果的なオープニングのドローンによる鳥瞰ショット。定番の導入ですが、後に登場する星ばあが空を飛ぶんじゃないかというフリにもなっているし、後半で鍵になる屋根の色を意識させるような、鳥瞰、鳥目線を越えてまっすぐ見下ろす俯瞰のショットにもなっていました。僕には、ここにもう監督がこの映画全体を通して言いたいことの片鱗があるように思えたんです。それは何かと言えば、画一的に見えるこの世の中にあって、それでもよく見れば色んな人生があるし、そのどれもが愛おしいものではありませんかってことです。そのうえで、人生は有意義だし生きる価値があると。なんかこうして僕が言葉にすると安っぽいかもしれないけれど、映画にはそう想える要素がそこかしこにありました。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
というのも、誰ひとり、初登場のシーンとまったく同じ印象のまま映画が終わるということがないんですね。つばめちゃんは、もちろん星ばあとの出会いによって世界の見方が変わるし広がります。でも、この交流は決して一方通行ではなく、星ばあがつばめから助けられもするし、ドーンと構えていたはずなのにコロッと同様を隠しきれなくなったりもする。つばめが憧れる亨も、爽やかでかっこいい大学生のお兄さんだけでなく、自分の感情を制御できない弱さも露呈します。つばめの元彼とされる同級生も、クラスメートの女の子も、書道教室の先生も、亨のお姉さんもその彼氏も、お父さんも、生みの母も育ての母も、誰もがそろって複数の顔やイメージを表出します。星ばあがつばめに教えた最大のことは、人にはそれぞれ事情があるし、あなたもそれを受け入れつつ、それを踏まえて、これからたくさんの人に出会って、その一期一会をせいぜい楽しんで生きていきなさいということでしょう。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
ほうら、また安っぽくなりましたが、言葉にまとめるとそうなるシンプルな話を、現実味とファンタジーのちょうどいいバランスでまとめていました。書道教室のあの屋上なんてセット丸出しで、一歩間違えばそこだけ浮いちゃうような作りなんです。だけど、その他のパートはむしろ普通のホームドラマ的な絵面だから、その浮いた感じ、浮遊感が浮き立つ、引き立つんです。そう、考えてみると、下手すりゃ、ほんと普通の話なんですよ。昔なつかし中学生日記みたいになりかねない。それを回避どころか、忘れがたい作品に仕立てる工夫の部分に着目すると、味わい深いです。
 
藤井さんが得意とする寒色系の色使い。水たまりに映る夜空。窓ガラスを流れるしずく。水族館でのハッとする印象的なクラゲの水槽。ドラマに不意に挟まる本で言えば章立てに当たる水墨画の扉絵。そして、ラストであえて多くを見せず、一枚の絵に多くを託す演出。どれもが、原作に寄り添いながらも独立した作品としての魅力につながる的確な手法でした。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
清原果耶は、当初こそ少し硬いなと感じたんですが、やはり桃井かおりがうまく彼女の演技の才能を引きずり出しているところがあって、その変化がどこまで計算通りかは別として、物語内のつばめの変化とも対応するようで良かったです。これこそ、キャスティングの成果ですね。
 
自分ちの屋根、大切にしようって思うことなかなかないけれど、こんな素敵なファンタジーを観た後には、家々の屋根に目が行くようになりました。世界の見方が少し変わるし、愛おしくもなる良作でした。
しかし、清原果耶は末恐ろしいですね。これまでも期待されてきましたが、初主演で新たな魅力を藤井監督と桃井かおりにばっちり引き出されて、ますます今後が楽しみです。主題歌は、COCCOが曲提供とプロデュース。その清原果耶が歌っています。


 さ〜て、次回、2021年2月23日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『花束みたいな恋をした』です。口コミでどんどん観客動員が伸びて大きな話題となっているこの作品が、ついに当たりました。楽しみすぎる。そして、年度末恒例のマサデミー賞ですが、この『花束みたいな恋をした』までが対象作品となります。もうじき、まずは対象作品の一覧、続いて各賞のノミニー、そして3月末にはいよいよ大賞の発表と展開していきますよ。どうぞ、頭の片隅に置きつつ、この1年間にご覧になった、あるいは話題になった作品の総ざらいとして、お楽しみください。ともあれ、「花束みたいな恋をした」、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!