京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月17日放送分
映画『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』短評のDJ'sカット版です。

1947年、イタリアのヴェネツィア。現役引退を決め込んだポアロは、旧知の女性ミステリー作家に誘われ、死者の声で話せるという霊媒師のトリックを見破ろうと、謎めいた屋敷の降霊会に参加すると、そこで不可解な殺人事件が発生。犯人は人間か亡霊か。ポアロは、真相解明に乗り出します。
 
イギリスのケネス・ブラナーがプロデュース、監督、主演を務めるポアロの映画化シリーズも、これで3本目。今回の原作は、アガサ・クリスティー作品の中でも異色と言われる『ハロウィーン・パーティー』です。脚本は、『LOGAN/ローガン』や『ブレードランナー 2049』、そしてこのシリーズすべてを担ってきたマイケル・グリーンポアロの友人の作家にティナ・フェイ、元オペラ歌手にケリー・ライリー霊媒師にミシェル・ヨー、元警部の用心棒にイタリアのリッカルド・スカマルチョといった俳優が揃いました。
 
僕は先週金曜日の昼、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

オリエント急行殺人事件 (字幕版) ナイル殺人事件 (字幕版)

当初はその見た目にやはり違和感の拭えなかったケネス・ブラナーポアロ。『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』という、それぞれに複数回映像化されていた大ネタを経て、今回は原作の中では地味な印象もあり、これが初映画化となる『ハロウィーン・パーティ』を取り上げたわけです。ある程度、作品もヒットしてケネス・ブラナーポアロ像になんだかんだと馴染んできた中で、原作が有名でない分、シリーズとしてはここからが本領発揮といったところでしょうか。自分たちの色をもっと出していける。まず脚本の段階で大きく脚色しているのは、舞台の変更。だって、原作はイギリスなのに、この映画ではヴェネツィアですもの。知名度が低い原作だったからこそ、大胆に改変できたし、結果として、オリエント急行ナイル川に続き、抜群の知名度に加えて、ロケ地の空間的な魅力を物語に折り込むことができたわけです。小説においてもそうだけれど、映画においてはこうしたインパクトは大事だし、おそらくドローンを使った撮影による町並みの長回しなんてうっとりさせられました。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
もうひとつ、ヴェネツィアがこの作品に与えた要素は、神秘でしょう。運河、水路を行き来するゴンドラ。特に夜はランタンをたき、その明かりが水面に映ります。900年ほどの歴史があるカーニバルの仮面も、モチーフであるハロウィーンと同じく仮装をするものですから、相性が良いわけです。今も残る中世からの町並みは、そこに幽霊や亡霊がいてもおかしくないような雰囲気を醸すのにうってつけなわけです。もっとも、イタリアにハロウィーンが本格的に入るのは、日本と同じように比較的最近かつ商業的な目的なので、そこはちと違和感が残りましたが、一応エクスキューズとして、アメリカの進駐軍が持ち込んだ局地的な流行としてあったので、そこもクリア。結果として、クリスティの原作未読の方なら、最初からヴェネツィア舞台だったのではと思えるくらい見事な脚色でした。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
この話の魅力は、犯人は誰かというフーダニットに亡霊という可能性があることです。もちろん、ポアロはそんな非科学的なことは信じない、トリックに決まってるとなるわけですが、「じゃあ、解明してみなさいよ」と巧みに誘い込みます。ミシェル・ヨー演じる霊媒師との、最初っから対決ムードな言葉の駆け引きも楽しいし、不審死を遂げた娘の霊を降ろしてほしいというオペラ歌手の館、しかもペストの時代の忌まわしき記憶が刻まれているという場所で、降霊の儀式が行われる。目を凝らし、耳を澄ますポアロ。なんていうドキドキは、まだ序章です。そこからは密室殺人も含め、一夜のうちに犯罪も解決も行われるということで、緊張が途切れません。先ほど、ヴェネツィアがこの映画に神秘性をもたらしたと言いましたね。それは美しくもなれば、恐ろしくもなるわけで、ケネス・ブラナーは後者、つまりホラーの要素を巧みに取り入れています。なにしろ灰色の脳細胞の持ち主ポアロですから、観察と知識と分析で事件を解決するので、亡霊みたいなものを怖がる余地はないはずなんですが、まずポアロ自身が身の危険を感じる場面があるうえ、ある理由から彼もこの世のものとは思えない事態に遭遇するんです。さすがのポアロも恐れをなすという合理的な理由が用意されているので、僕たちも「今回ばかりは…」と固唾をのんでしまう。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
映画ですから、イメージで怖がらせるならホラー演出だと、ケネス・ブラナーはイキイキとしていました。鏡に映るあの姿。どこからともなく聞こえてくる童謡の調べ。不気味な衝突音。鐘の音、などなど。そして、映像面でも当然照明を使ったクラシックな怖がらせ演出がなされるんですが、あの子どもの歌う童謡は実際に僕の母親も子供の頃に歌っていたものとして僕も知っていまして、地面が逆さになるというような歌詞のところでカメラも天地をくるりと反転させるところなんて鮮やかでしたよ。もちろん、事件の解決は鮮やかだったし、犯人以外の登場人物もそれぞれに思惑があってあの場に集っていたことがわかるあたりは、さすがはアガサ・クリスティケネス・ブラナーは3作目にしてもはや自分のものにしてきた感のあるポアロシリーズ。原作はまだまだありますし、あの終わり方は、ポアロ引退してる場合じゃないという流れでしたから、今後も期待したい見事なお点前でした。
 
これは1943年に生まれたヒットソング、映画の大事なポイントで流れます。

さ〜て、次回2023年10月24日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『アンダーカレント』です。これまで観てきた作品のどれも好きという今泉力哉監督と、これまた昔から好きな俳優の真木よう子が初タッグなんて最高じゃないかと思っていたら、当たりました。ありがたや。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!