京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ナイル殺人事件』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月15日放送分
『ナイル殺人事件』短評のDJ'sカット版です。

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大富豪の令嬢であるリネットは、ハンサムな夫サイモンとの新婚旅行にエジプトへ。その旅には、友人や親戚なども同行していて、ハイライトはナイル川を行く豪華客船クルーズです。ところが、そのハネムーンに水を差すのは、妻リネットの親友で、夫サイモンの元カノであるジャクリーン。彼女はストーカーとなって、船にも乗り込んできたところ、ある夜、リネットは殺されます。当然、ジャクリーンに疑いがかかるのですが、彼女にはアリバイあり。旅に同行していた名探偵エルキュール・ポアロの捜査が始まります。

ナイルに死す〔新訳版〕 エルキュール・ポアロ (クリスティー文庫)

演劇界の鬼才と名高いケネス・ブラナーによるポワロのリメイク・シリーズ2作目です。製作・監督・そして主演もケネス・ブラナー。富豪の娘リネットを演じるのは、『ワンダーウーマン』のガル・ガドット。夫サイモンを『君の名前で僕を呼んで』のアーミー・ハマー、ジャクリーンをエマ・マッキーが演じる他、大御所のアネット・ベニングなども出演しています。
 
僕は先週木曜日の午後に、MOVIX京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

ご存知、アガサ・クリスティが生み出した名探偵、エルキュール・ポアロ。卵型の頭には灰色の脳細胞がうごめいていて、見事な口ひげをたくわえたポアロが、パリッと着飾ってステッキ片手に登場。ベルギー出身なので、フランス語混じりの英語で事件を解決に導く。大きな特徴はこうしたところでしょうか。僕も10代の頃にいくつか原作を読みつつ、映像化という意味では、日本でも放送されていたイギリスのドラマシリーズ『名探偵ポワロ』が、デヴィッド・スーシェの風貌も原作通りだと世界中のファンを獲得しました。もちろん、それ以外にも映像化はあって、ピーター・ユスティノフ主演で1978年、今日扱う原作『ナイルに死す』を脚色した『ナイル殺人事件』が公開されました。ニノ・ロータによる音楽も含めて、ヒットしたものが、今回、ケネス・ブラナーによるポワロ映画リメイクものの2作目としてお目見えという流れです。

オリエント急行殺人事件 (字幕版)

前提が長くなりましたが、それだけ人気の物語でもあるので、特に往年のポワロのファンにとってはそれぞれに思い入れがあるだけに、ヒットが見込める映画化であると同時に、観客の評価は下手すりゃ厳しいものになるという諸刃の剣でもあります。それは、前作の『オリエント急行殺人事件』もそうでした。僕はあの時も当時のCiao! MUSICAという番組で短評していまして、振り返ると、それなりに褒めて、ブラナー扮する新しいポアロのキビキビした動きと、推理を経てのまさかの人間的成長描写を独自のものがあると評価しつつ、全体として、演劇人らしい決めすぎの構図が大げさで興が削がれるなんて言っていました。ただ、ジョニー・デップデイジー・リドリージュディ・デンチペネロペ・クルスという豪華キャストによる演技合戦はそりゃ、見どころであると。

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(C)2022 20th Century Studios. All rights reserved.
で、今回はキャスティングはさすがに前と比較すれば地味になっていますが、僕は設定や物語の改変ポイントに興味を惹かれました。サロメ・オッタボーンという人物が、原作や前回の映画化においては作家で、アガサ・クリスティもそこに自身を投影するキャラクターだったのに対し、今回は黒人でなおかつアメリカのブルーズ・シンガーなんです。ロンドンやナイルで、人々が生のブルーズ、しかもかっこいいジャズアレンジで踊る。この点については、ライターの速水健朗氏がpenに寄せた分析の中で、テネシー州のブルースの聖地として知られる町のメンフィスの名が、古代エジプトのメンフィスに由来しているのだという面白い読み解きをしています。それを監督がどこまで意識したかは別として、この設定変更によってもたらされたのは、音楽的な奥行きは当然ですが、加えて、1930年代当時、世界恐慌の影響でかつての威光に陰りが見え始めたイギリス社会の縮図をあの船の上に描くこと。黒人やインド人も含めたキャラクター配置は、単純にポリティカリー・コレクトだからということを越えて、時代背景の掘り下げの意図が反映されてのことだとうかがえるし、そうすることで、ケネス・ブラナーが目指す「愛の描写」ができると踏んだのでしょう。

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(C)2022 20th Century Studios. All rights reserved.
謎解きよりも、事件を取り巻く人の感情、愛情を描くことに腐心しているケネス・ブラナー版『ナイル殺人事件』は、第一次世界大戦に兵士として参戦していたポワロの過去の恋愛と口ひげの秘密を付け足すなど、冒頭から最後まで一貫していましたし、その点は面白かったです。ただし、全体的にやはり大げさと言われても仕方のない演劇的な演技と、計算があざとくすら感じられるほどのカメラワークや色使いに食傷してしまう人はいるのは、好みの問題として仕方のないところです。さらに、ただでさえ込み入った物語を2時間強にまとめないといけないのに、さらに新たな要素を足したことで、どうしても事件が起きてからの展開があまりに性急で、ポワロのセリフ頼みで物語が進むことになり、名探偵の灰色の脳細胞が活性化していく様子は描きこみ不足と言わざるを得ません。ポワロがいつから何をどのように知っていたのかってことがわからないと、彼のすごさが伝わらないでしょうよ。その意味では、あれだけ左右対称を好むポワロを描くのに、バランスを欠いた演出になっていたかなと、僕は思います。でも、話も時代も異国情緒も面白いのは間違いないので、ぜひあなたも束の間の映画の船旅をスクリーンでお楽しみあれ。
 
愛を描いたうえで、そのままならなさがどうしたって醸し出されるラストに、例のサロメ・オッタボーンがこの曲を歌うというのはしびれるものがあります。

さ〜て、次回、2022年3月22日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『THE BATMANーザ・バットマンー』となりました。当たった瞬間に、「バットマンはこれまでだいぶ観てきたよ」ってついつい口走ってしまいましたが、予告を観る限り、これまたかなりダークでヘビーな雰囲気ただよう映像でしたね。尺は3時間弱… そのスリルと強烈さに、ぼくちん、耐えられるかしら… 鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!