京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月31日放送分
映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』短評のDJ'sカット版です。

1920年代のアメリカ、オクラホマ州オーセージ郡。ネイティブ・アメリカンのオーセージ族は、自分たちの土地で出た石油の発掘で、莫大な富を得ていました。同時に、その石油を目当てに集まってきた白人たちは、彼らの財産に目をつけ、巧みに操りながら、ついには殺人にまで手を染めるようになっていきます。

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生 (ハヤカワ文庫NF)

原作はノンフィクション『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』。監督と共同脚本はマーティン・スコセッシ。脚本には、『フォレスト・ガンプ 一期一会』の脚本家エリック・ロスも参加しています。製作総指揮にも関わったレオナルド・ディカプリオが主人公の白人青年アーネストを演じた他、アーネストのおじでオーセージ郡を牛耳りキングと呼ばれる名士のヘイルにロバート・デ・ニーロが扮しています。他にも、ジェシー・プレモンスが一連の事件の捜査官を独特のたたずまいで演じています。音楽は、THE BANDのロビー・ロバートソンが担当し、これが遺作となりました。
 
僕は先週金曜日の午後、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

およそ100年前にアメリカの言わば片田舎の村で起きたネイティブ・アメリカンの連続怪死事件を追った、実話の映画化なんですね。僕は日本で育ってそんな事件のことを知る機会はなかったんだけれども、西部劇を少なからず映画で観てきた中で、ありそうなことだなとは思いました。東海岸からスタートしていった白人たちによる開拓と言えば聞こえは良いけれど、今風に言えば力による現状変更ってやつがまかり通ってきたんだろうと。ただし、1920年代まで来ると、さすがに国家や法のあり方、先住民の権利を認めるような現代的な動きもそりゃできていただろうから、これはある種の氷山の一角として、事件として顕在化したものなのかもしれない。民主主義の先頭を走り、人権の重要性を世界で説いて回るようなアメリカの負の歴史、重い教訓として有名な事件なのかもしれないと考えて、びっくりしました。だって、原作のノンフィクションでこの事件が広く暴かれた、あるいは掘り起こされたのが2017年って、つい最近じゃないか! それまで忘れ去られていたという戦慄です。

画像提供 Apple TV+
ディカプリオは製作としても関わる中で、あちこちで記事になっていることですが、事件を捜査をする側、つまりはできたてほやほやのFBIの捜査官、現状、ジェシー・プレモンスが担当した役を演じる予定だったそうですが、彼は真実を暴いていく正義の側ではなく、むしろ犯罪に関与する側を希望して、ネイティブ・アメリカンの女性を結婚することになる主人公アーネストに扮することになったそうです。つまり、原作では捜査官が主人公だったものが、映画化によって犯罪に手を染める側に視点が映るんです。これは決定的な脚色のポイントになっていて、映画ライターの村山章さんがsafariloungeというサイトに寄せた記事にも詳しくあるように、これによって犯人探しではなく、犯人たちの所業を内側から描き、「スコセッシが長いキャリアを通じて描き続けてきた、善悪では計り知れない人間の弱さや葛藤を暴き出す物語になった」ということなんですね。

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捜査官を主人公にすれば、ミステリーとしての話運びと、それによるサスペンス的な映画の枠組みができあがるので、エンターテインメントとして考えれば妥当だと思いますが、結果としてスコセッシはそうはせず、自分がテーマとして取り組んできたアメリカの暗黒をえぐる方向へかじを切ったわけです。僕はそれが映画としての深みにつながったとみています。人間の強欲と業がしっかり浮き彫りになっている。表面的には良きことをしている風を装い、差別意識をずる賢く隠蔽し、先住民を手懐け、権利を踏みつけにして命を文字通りじわじわと奪い、土地と財産を横取りしていく連中の所業。これでもかと上手いデ・ニーロの表情や言葉の緩急によって表現され、日和見主義・順応主義であるがゆえに板挟みになって袋小路に入っていく様子をディカプリオが完璧な演技でスコセッシの期待に答えていました。彼が愛情と欲望、そして義理の渦の中で追い詰められていく人間の弱さと、それでもギリギリのところで正気に戻るタイミングの決定的な遅さ。そのあたりを、スコセッシは的確なカメラアングルと編集テンポで見せていきます。

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ディカプリオが演じるはずだった捜査官という役を存在感たっぷりに演じたジェシー・プレモンスはさすがとしか言いようがないことはさておき、キャストの収穫としては、やはりアーネストの妻モーリーを演じたネイティブ・アメリカン俳優のリリー・グラッドストーンです。彼女はセリフがそう多くない分、表情で多くを語らなければならず、浅はかな白人たちから見たときのミステリアスな雰囲気も漂わせる必要があるという高いレベルの物語的な要求に十二分に答えていました。彼女のすばらしい演技がなければ、この映画は結局のところ、白人の白人による懺悔にとどまっていたかもしれませんが、僕はグラッドストーンの存在がもう一歩踏み込んだものにしてくれたと思います。

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この種のヘイト・クライムのヴァリエーションは、もちろんアメリカにとどまらず、日本やアジアも含め、世界中の歴史で大なり小なり繰り返されてきたことだし、現代にあってもちょっとした拍子に逆戻りしかねないものです。グラッドストーンVOGUEで読めるインタビューでこんなことを語っています。「気候危機にある今、西洋の工業化以前の社会が、地球をどのように見ていたかを考える必要があると思います。人間の利益のために地球の資源は採取され、そしてその資源は底なしであるかのように扱われていたんです」。これ、深いなと思いました。人種や文化の摩擦を越えて、人と地球との関係にまで踏み込んだ発言ですよ。
 
観ていない人は、小難しそうとか、しんどそう、重そうという印象を持たれたかもしれませんが、そこはスコセッシという映画を知り尽くした人が撮っているわけで、ミステリーやサスペンスの要素を削いでいてなお、観客を釘付けにしてしまいます。3時間26分という尺にたじろいでいましたが、結果としては一度も時計を見ず、気がついたら終わっていました。でも、配信ではそれだけの集中力が環境的に実現できない可能性が高いです。ぜひ、映画館でどうぞ。
 
ロビー・ロバートソンのサントラをオンエアしても良いんですが、その雰囲気は劇場で味わっていただくとして、ここでは、予告編で印象的に使われていたカナダのグループThe Halluci NationのStadium Pow Wow feat. Black Bearをどうぞ。

さ〜て、次回2023年11月7日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『愛にイナズマ』です。石井裕也が監督・脚本。キャストには、松岡茉優窪田正孝池松壮亮佐藤浩市若葉竜也って、こんなの期待しかないうえにコメディーだなんて言われたらワクワクしちゃって大変です。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!