京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『新聞記者』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月28日放送分
映画『新聞記者』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20200428142956j:plain

©2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
東都新聞の記者、吉岡エリカは、日本人の父と韓国人の母の間に生まれ、アメリカで育ちました。彼女はある理由から、言葉の壁をよじ登るようにして、強い意志と情熱を持って勤務しています。そこへ届いたのは、医療系大学の新設に関する極秘情報が記された匿名のFAX。彼女は真相を探るため、調査を開始します。一方、内閣情報調査室の官僚、杉原は、現政権に関する不都合なニュースをあの手この手で統制する職務に就いてるのですが、その内容に違和感を覚えて葛藤するものの、妻との間にそのうち生まれる子どものこともあり、その違和感を押し殺すように仕事をしています。外務省からの出向である彼は、ある日、元上司の神崎と再会するのですが、その神埼に事件が起こります。なぜこんな事に… 政権側で悩む杉原と、その闇に光を当てようとする吉岡記者の人生が、交錯していきます。
 
東京新聞記者の望月衣塑子(いそこ)が2017年に角川新書から出したノンフィクション、エッセーを原案にしたオリジナルストーリーで、監督と共同脚本を手掛けたのは、86年生まれと若い藤井道人(みちひと)。日大映画学科出身の方ですね。

新聞記者 (角川新書)

吉岡エリカをシム・ウンギョン、杉原を松坂桃李が演じたほか、本田翼、西田尚美高橋和也田中哲司なども重要な役どころで登場します。さらに、劇中、テレビで放送されている座談会には、原作の望月衣塑子や、元官僚の前川喜平も出演しています。
 
公開は2019年の6月28日。日本アカデミー賞では、最優秀作品賞、主演男優賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞編集賞と、もう独壇場という評価を獲得しましたね。課題作になっていなかったこともあって、恥ずかしながら完全にスルーしていたこの作品。僕は先週金曜の夜、U-Nextのオンラインレンタルで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評いってみよう!

事実として、日本アカデミー賞を事実上独占したわけですから、どうしたって、それほどの作品なのかって思って目を凝らして観てしまいました。なるほどこれはすごいと思ったところと、なぜこんなことになったのかと首をかしげる決定的なところもあった。ざっと言えば、そんなところです。
 
まず、やはりテーマの踏み込みには驚かされますよ。この物語をたどれば、加計学園問題のことや伊藤詩織さんレイプ事件のこと、そして前川喜平氏の出会い系バーへの出入りというスキャンダル、さらには森友学園への国有地売却に関する財務省の決裁文書改ざんに関与して自殺した近畿財務局職員赤木俊夫氏のことを思い出さない観客はいるのだろうかってくらいに、今現在も未解決のままになっている事件を明らかに思わせる出来事が次々出てきます。それをエンターテイメントとして見せるのは勇気のいることです。まずこの映画を成立させ、しっかりヒットさせたことをもってだけでも、プロデューサーの高石明彦さんはすごいと思います。ただでさえ社会派と言われる映画が集客の観点から作られることが少なくなる中でのことですから。

f:id:djmasao:20200428143130j:plain

©2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
これはバランス感覚として優れていたと思うのは、権力の中枢、ここで言えば、総理大臣や閣僚といった政府の人間は描かなかったこと。そもそもキャスティングすらできないだろうとは思いますが、描かない怖さ、ブラックホールのような怖さを醸せますから。そして、真実を暴く記者と権力の犬としての官僚というような、単純な善悪の色分け、二項対立にしなかったのも良いです。吉岡とその同僚や上司とのやり取りってのは、かなり現場の雰囲気に近いんじゃないでしょうかね。手柄の取り方も含めて。そして、新聞記者のそりゃダメだろうって側面も描けていました。一方、内閣情報調査室の雰囲気は、取材不足が目立ちます。というか、取材には限界があるでしょう。本当にTwitterや政府寄りのメディアへのリークを内調そのものが実施しているのかどうか、それは僕にもよくわかりません。ある程度はやっているにしても、形式上は民間に委託をしてそこを隠れ蓑にするんじゃなかろうかって考えちゃいますけど、とにかくわからんのならと、そのわからないベールに包まれた不気味な印象を映像でそのまま可視化する様子に、その手があったかと感心しました。他にも、時折入れる高い位置からの見下ろし、俯瞰ショットも恐ろしくて効果的だったと思います。
 
一方、演出と話運びのバランスで、2点、言いたいことがあります。ひとつは、映画の中で問題となっている医学部新設の裏の目的です。フィクションなのだから、あれくらい風呂敷を広げるのはありだという見方もできるかもしれませんが、僕には突拍子もないものに見えてしまって、急に作り事が出てきたって思えてしまいます。設定そのものというより、設定を観客に分からせるまでのプロセスが描けていないので、荒唐無稽に思えるんです。もうひとつは、現実の望月記者や前川氏が出演している劇中テレビ番組が、やはり浮いています。1度ならまだしも、複数回出てくると、むしろノイズです。映画の中の世界の現実が、現実の世界を如実に示す。それでいいのに、妙に現実を挿入するから、チグハグなことになります。

f:id:djmasao:20200428143157j:plain

©2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
ただ、そうした欠点を踏まえても、僕は意義のある1本だったと思います。キャストのがんばりも総じて良かったですよ。松坂桃李は煩悶させると絶品だし、シム・ウンギョンは吉岡記者の設定で解せない部分もあれど、やはり表情などはすばらしく上手い。そして、内調のボスである田中哲司の鉄面皮具合がたまりませんでした。その対比としての出産を控えた本田翼の不安の希望の入り混じったイノセントな表情。やがては西田尚美演じる神埼の妻のように疲れ果てるなんてことにならないで〜って観ていました。

f:id:djmasao:20200428143223j:plain

©2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
最後に付け加えたいのは、田中哲司松坂桃李に言った「君にも子どもが生まれるんだろう」というセリフの怖さです。いくつか家族が出てきますが、その家族のために仕事をするあまり、家族を破壊することになるという構図で思い出したのは、最近でいうとスコセッシ監督のNetflix映画『アイリッシュマン』。要はマフィア映画です。権力とその忖度がいかに個人も社会も貶めることになるのか。それ自体は紛れもない事実でしょう。
OAUの歌うこの主題歌は、歌詞の内容が物語の余韻と溶け合って、素晴らしかったと思います。あれからそれぞれのキャラクター、特に杉原はどういう選択をするのか、想像しながら聴いていました。


さ〜て、次回、2020年5月5日(火)も「お家でCIAO CINEMA」です。スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『エクストリーム・ジョブ』でした。1月に公開されて、現在は期間限定先行配信中のこの作品。配信料金が1200円と少々お高いんですが、高い評判を聞くにつけ、その価値はあるでしょ。昼はフライドチキン店で、夜は麻薬潜入捜査官とか、面白いに違いない。そして、おいしいに違いない。そりゃ映画館で観るのがベストですが、家ではフライドチキンを食べながら観られるってのも、この際の利点としましょう。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!