京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『トゥ・クール・トゥ・キル 〜殺せない殺し屋〜』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月25日放送分

努力が空回りし、もらう役はエキストラばかりのうだつの上がらない俳優ウェイ。ある日、彼はとある撮影現場でスター女優のミランと、その弟で映画監督のミラーから演技をべた褒めされて、映画の主役をやらないかと誘われます。その役とは、伝説の殺し屋カール。ただ、それは本当の撮影ではなく、ミランたちが借金取りのギャングから逃れるために画策した偽物の映画でした。信じ込んだウェイは張り切るものの、偽の映画撮影計画はコントロールを失い、予期せぬ展開に巻き込まれていきます。

ザ・マジックアワー

三谷幸喜の映画『ザ・マジックアワー』を中国でリメイクした今作。監督と脚本は、演劇シーンから登場したシン・ウェンション。キャストには、演劇出身で映画で活躍する役者陣が揃いました。ウェイを、ウェイ・シャン、ミランをマー・リー、ギャングのボスをチェン・ミンハオが演じています。
 
僕はメディア向けの試写で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

三谷幸喜が自分のルーツでもあるスクリューボールコメディーや、ハリウッドの名画、さらにはキャストに生前の市川崑監督を迎えて、日本映画のレガシーにもオマージュを捧げながら、気合十分で作り上げた『ザ・マジックアワー』。虚構を現実のように見せる娯楽であり芸術でもある映画という装置と産業を、現実にあるかのように見せながら、実は虚構であるという詐欺、だましの口実に使う物語を用意することで、三谷幸喜ならではの映画愛として仕立てていたんだと思いますし、大がかりな撮影と驚くほど豪華なキャスティングの甲斐もあって大ヒットしました。ただ、どうも乗り切れない人がいたことも事実だと思うんですね。実は、僕はその口です。今見直してみても、どうも作品内のリアリティラインがよくわからないんですね。誰が見てもセットとわかる、メルヘンティックな雰囲気もある街が、撮影所内のセットなのかと思いきや、どうやら現実の日本のどこかであり、かと思えば、撮影所はもろに現実の日本でありという、画面のルックと、それに伴う役者のセリフのあれこれが今ひとつ、テーマと噛み合いきれていなかったようで、それが観る人によっては、僕みたいにノイズになってしまうという、わりとはっきりとした難点だったと思います。

[c]New Classics Media [c]キネマ旬報社
と、話が長くなりました。今回の中国版。オープニングから、これまたバリバリのセットです。マカオだか香港だか上海だか、とにかく西洋風のレトロモダンな建物が立ち並ぶエリアが、まるでテーマパークのようにポツンとあることが冒頭の灯台からのロングショットで示されます。わりとあらめのCGを使っていることもあるのか、人間もちょっと人形っぽくすら見えるという。僕はそれを見て、ありゃありゃ、これはマズイことになりそうだぞと不安を覚えたんですが、もしかするとそのリアリティラインの問題は中国の制作陣も意識していたのか、最後の最後まで、徹頭徹尾作り物っぽいあの町での絵面に統一してあったんです。つまりは、映画撮影もギャングとのやり取りも、何もかもが、あの中で行われているというフィクショナルな設定で、最後の最後に、虚構が虚構であることをドンと見せつける構造になっていて、僕は三谷版のどっちつかずと言われても仕方のないところはこれで回避したなって思いました。

[c]New Classics Media [c]キネマ旬報社
あとは、そうなったら、中国のコメディアンたちによる濃厚な演技合戦を笑いながら見ればいいわけです。次長課長の河本に似ているウェイ・シャンのこってりした芝居も笑えるし、途中でイタリアのマフィアとやり合うシーンなんかの通訳をめぐるやり取りであるとか、あるはずの武器がないくだりとか、これは映画の撮影だと信じて張り切るウェイの勝手な行動がいちいち笑えます。このチームはもともと喜劇集団、カイシンマーフィーのメンバーが多いということで、やり取りの間合いもいちいちぴったり息が合っているし、大げさに思われる部分も、中国の笑いのテイストのひとつを知ることに繋がって興味深いものがありました。

[c]New Classics Media [c]キネマ旬報社
壮大な嘘は、当然ながらバレるわけですが、そこでのウェイの行動原理と感情の動きには少々性急なところがあってご都合主義に感じなくもないけれど、さっきも言ったように、最後の最後に全部ひっくるめて映画ですよと見せるくだりがわりと鮮やかにキマるので、後味爽やかなコメディーを見たという満足感が最後には残りました。また全国で夏の終わりから上映があるようなので、タイミングが合えば劇場で、そして配信が始まったら、ぜひ三谷版と見比べてみてください。
 
今作では、クラシック映画へのオマージュの数はそう多くないんですが、ポスターとかジャンルへの目配せ以外に、はっきりと『雨に唄えば』のジーン・ケリーをウェイがモノマネして見せるくだりがありまして、それが結構楽しかったので、Singin' In The Rainをオンエアしました。

さ〜て、次回2023年8月1日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『裸足になって』。僕は同じムニア・メドゥール監督の前作『パピチャ 未来へのランウェイ』も評していましたので、縁を勝手に感じます。アルジェリアを舞台に、声と夢を理不尽に奪われてしまった少女の再生の物語。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!