京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『裸足になって』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月1日放送分
映画『裸足になって』短評のDJ'sカット版です。

北アフリカイスラーム国家アルジェリア。90年代の内線の傷が癒えきらない不安定な社会を母親とふたりで生きているバレエダンサーのフーリア。ある日、逆恨みした男に襲われて大怪我を負い、踊ることも声を出すこともできなくなってしまいます。絶望して途方に暮れたフーリアですが、同じく逆境にあえぐ女性たちとの交流によって生きる意味を取り戻していきます。

パピチャ 未来へのランウェイ(字幕版)

監督、脚本、プロデュースは、これが長編2本目で、前作『パピチャ 未来へのランウェイ』が国外で高く評価されたアルジェリア人女性ムニア・メドゥール。製作総指揮は、『コーダ あいのうた』での父親役も記憶に新しい、ろう者で俳優のトロイ・コッツァーが務めました。主人公フーリアを演じたのは、『パピチャ』でも主演して、フランスのセザール賞有望若手女優賞を獲得したリナ・クードリです。
 
僕は先週火曜日の夜、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

前作『パピチャ』と同じ俳優をメインキャストにふたり据えながら、前作のファッション・服飾というモチーフを今度はダンスに置き換えつつ、やはり女性たちの連帯、極度に抑圧的な社会に異議申し立てをする女性たちの姿を、前作とは違って現在形のアルジェリアを描くことで、より切迫感を高めることに成功しています。ムニア・メドゥール監督、2作目にして作家性をより強固なものにしたと言って良いんじゃないでしょうか。補足しておくと、前作『パピチャ』は、フランスでも高く評価されたし、アカデミー賞国際長編映画アルジェリア代表になっておきながら、国内では上映の機会に恵まれませんでした。体制側にとってみれば、不都合な真実が描写されていて愉快ではなかったということかもしれません。

(C)THE INK CONNECTION - HIGH SEA - CIRTA FILMS - SCOPE PICTURES FRANCE 2 CINEMA - LES PRODUCTIONS DU CH'TIHI - SAME PLAYER, SOLAR ENTERTAINMENT
それでもメドゥール監督は諦めなかったわけです。前作、あるいは、今作の主人公のように、国外で活躍できそうなものだけれど、自分の国で、はっきり言って住み心地が良いとは言えない、息苦しい現実の中で、そこに光を見て、国内外の仲間の助けも借りながら、集団芸術である映画という表現手段に訴えていること。情熱的でありながら、アプローチはとても理性的で、合わせてかっこいいです。主人公の名前であり、映画のオリジナルタイトルは、フーリア。自由という意味合いもあるそうです。理不尽な暴力や差別が当たり前のように傍若無人に襲ってくる環境にあっても、彼女はひるまずに自由を求めていく。その姿が監督にも重なるんですよね。それこそ、主人公は途中で声を失ってしまう。これは、現代アルジェリアを生きる女性のメタファーだし、それに甘んじず、その声なき声を権力や観客に届けようとする手段として、彼女がしだいに文字通り手にしていく言語、手話があり、その手話とコンテンポラリーダンスが溶け合ってカメラの前に立ち上がってくる様は、単純にセリフで叫んだりする以上に、真に迫っているように思えました。
 
前作もそうでしたが、大学でジャーナリズムを専攻し、ドキュメンタリーから映像の世界に入ったメドゥール監督は、現場で無造作にカメラを回しているように見えて、実はとてもロジカルにアングルや撮影方法を組み立てて緻密に演出するところに特徴があります。今作でも、カメラのレンズに光が反射しているショットがとても多くて、それが臨場感を醸しているのは前作同様ですが、ダンスの撮影には、映画のための振り付けを考えてもらうのではなく、あくまでダンスありきでそれをカメラでどう捉えるかというプロセスを踏むことで、ダンスそのものの美しさだけでなく、そこに込められた切実な想いを感じ取ることができるように工夫がなされていました。それから僕が感心したのは、海の見せ方です。海辺の町で、冒頭、フーリアがまだ怪我をする前、自宅のテラスでバレエの練習をシているところでも、海は見えるはずなのに、ぼやかしてしか見えないんです。なぜだろうと思ってみていたら、後半に入ってから、その海の広さと青という色が象徴的な意味を持ちつつ、文字通り映像通り物語に奥行きを与えるように構成されています。

(C)THE INK CONNECTION - HIGH SEA - CIRTA FILMS - SCOPE PICTURES FRANCE 2 CINEMA - LES PRODUCTIONS DU CH'TIHI - SAME PLAYER, SOLAR ENTERTAINMENT
主人公の親友は海の向こうヨーロッパに希望と夢を描いて海を渡ろうとしますが、フーリアはアルジェリアにとどまって、いや、踏みとどまります。それは、問題もあるし、憤りを覚えることが多々あっても、アルジェリアが好きだからだと思うんです。それだけに、アルジェリアの美しい文化、興味深い習慣というのも登場するので、僕たちのようなあちらの様子に馴染みの薄い観客にとっても、好奇心をくすぐられるところがあります。食文化、ダンス、音楽、歴史については、公式パンフレットがかなり充実していますので、ぜひご一読を。

(C)THE INK CONNECTION - HIGH SEA - CIRTA FILMS - SCOPE PICTURES FRANCE 2 CINEMA - LES PRODUCTIONS DU CH'TIHI - SAME PLAYER, SOLAR ENTERTAINMENT
僕は、母子家庭で育ったフーリアの父親の亡くなった理由を知った時に、相当衝撃を受けたし、それがゆえに彼女がお金を貯めていた理由のわかるシーンでグッと来ました。この作品が、アルジェリアでも多く見られますように。そして、僕たちも学んだり感じたりするところの多い作品だと自信を持って言えますので、あなたも構えず劇場でご覧ください。
 
広く地中海文化に入るアルジェリア。音楽的にも豊かなミックスがあって、それがこの映画にも表れています。バレエ音楽のクラシック。アラブのダンスミュージック。宗主国だったフランスのもの。さらには、意外にもイタリアの懐かしいポップスも2曲流れてきて、しかも登場人物が口ずさんでいたり。これはフーリアが親友と海へ遊びに行くところで流れます。幸せという意味の1曲でした。

さ〜て、次回2023年8月8日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ミッション:インポッシブル/デッド・レコニングPART ONE』。とにかくもう、『君たちはどう生きるか』とこの作品のどちらかを早く箪瓢して見せろという圧力をひしひしと感じていまして、僕もそりゃ見たいしなということで、ズルをして、全6枠あるおみくじのうち4枠分をこの2本で占め、先週はそれでも当たらず、今週はお賽銭箱にいつもの倍の金額を入れて神頼みした結果、ようやく当たりました。当てたったで! さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!