京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『窮鼠はチーズの夢を見る』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月29日放送分
映画『窮鼠はチーズの夢を見る』短評のDJ'sカット版です。

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(C)水城せとな小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会
どうにも優柔不断で、女性からのアプローチを断りきれず、不倫もしてきた広告代理店勤務の大供恭一。ある日、会社に、大学卒業以来会う機会のなかった後輩、今ヶ瀬渉がやって来ます。今ヶ瀬は探偵で、恭一の浮気調査を依頼され、その真相を追っていたのですが、証拠を掴んだ彼は恭一にそれを隠蔽する条件として肉体関係を要求。恭一は当初こそ拒否するものの、実は7年間ずっと自分をを想い続けてきたという今ヶ瀬のペースに乗せられてしまいます。

窮鼠はチーズの夢を見る (フラワーコミックスα) ナラタージュ

 水城せとなの同名人気漫画を行定勲監督が映画化。脚本は、『真夜中の五分前』や『ナラタージュ』など、行定作品で書いてきた堀泉杏が担当しました。恭一を大倉忠義、今ヶ瀬渉を成田凌が演じた他、バンド「ゲスの極み乙女。」のドラム、さとうほなみも出演しています。僕も以前ご自身の監督作『パラダイス・ネクスト』でインタビューしたことのある半野喜弘が、印象的な劇伴で参加しました。

 
行定監督には、先日、withコロナ時代のエンタメの未来をゲストと一緒に考えるコーナーTHE SHOW MUST GO ONにご出演いただきました。その時にも話題になりましたが、6月に公開予定だったものが、新型コロナウィルスの影響で公開延期となりまして、このほど9月11日に無事に公開されました。良かった!

僕は行定監督のコーナー出演をきっかけに、試写で作品は拝見していまして、ご本人にもチラッと感想はお伝えしましたが、改めて評してみます。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

大倉忠義成田凌がフルヌードでラブシーンを演じた! 体当たり! なんて感じで、好奇の目で見られがちな作品かもしれません。BLものっていうジャンルで括られて。でも、その実、大倉忠義は自分としては異性愛者だと思っていたわけで、結婚もしていて、ちゃっかり不倫もしてっていうことなんで、女性との関係も繰り返し出てきます。だから、観ている最中に気づくことですが、これはもっとシンプルに恋愛映画なんです。やたらモテる男が、言い寄ってくる、すり寄ってくる人たちとどう心を通わせるのか、いや、通わせているのか、通わせることなんでできるのかって話。どの恋愛にも「クセ」があります。不倫、同性愛、会社の要人がこじれて関わるオフィスラブ、元カノ込みの修羅場など。トータルに考えれば、「普通の恋愛」なんてあるんですかっていう問いかけや提言にすら思えてきます。恋愛には、大なり小なり、クセがあるものだろうと。
 
とにかくモテる恭一という男。確かに人当たりが良い。端正でクールなマスクに、スマートな所作。発言はわりと知的。さらに、線は細くて、儚げで支えてあげたくなる感じですよ。しかも、やさしいと言えば聞こえはいいけれど、とにかく自分で決断しないからズルズルいっちゃって、いつも流されがち。結果として、関わった人をより深く傷つけることがあろうと、その性質はなかなか変えられないという厄介さ。そんな恭一に、それぞれ惚れていくんだけど、今ヶ瀬渉は惚れているというより、惚れ抜いている。彼のセリフで言えば、「すべてにおいてその人だけが例外になっちゃう」って状態です。対して、パッシブ、受け身な恭一なんだけど、相手からすれば、「あれ? こっちに気があるのかな?」的な態度や視線を送ってくる、スタートははんなりアクティブな男だったりするので、ますます厄介です。

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(C)水城せとな小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会
彼ら/彼女らの行く末は映画でご覧いただくことにして、行定監督の演出で光っていると僕が感じたのは、やはり視線です。監督も僕のインタビューで言っていたように、わりとセリフが多いんです。発せられた後に尾を引くような刺さる言葉もちょくちょく入る。にも関わらず、喋りまくりの会話劇という印象は受けません。言葉と同じように、あるいは時にそれ以上に、映像が語っていたからです。被写体のキャラクターの口は閉じていたとしても、目は開いているわけで、それがどんな瞳をしていて、どこを向いているのか、どこへ動くのか、留まるのか、泳ぐのか。そのバリエーションが豊かでした。ほとんどが室内のシーンです。恭一と誰かが向き合うのか、並ぶのか。人物の配置も入念に行われていましたから、そこに僕らは意味を見出そう読み取ろうと、ついつい目が離せなくなるんです。限られた空間と人数で表現できるバリエーションを最大限に見せながらも、作劇の基礎とも言える反復と差異もきっちりやっています。性行為そのものもそうだし、その後の表情や仕草、下着の見せ方ひとつ取っても、演出の芸が細やかです。タバコ、ビール、カーテン、TVモニターで流れる映画と、小道具の類にもすべて物語的な役割が与えられているので、物語もその見せ方も、ともにかなり求心力のあるものになっています。

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(C)水城せとな小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会
ムービーウォーカープラスの記事にあったインタビューによれば、成田凌はこの作品を通じて「『なにもしないということをする』のを学んだ」んですって。目の動きや吐息だって、映画では大きな意味を持つ。それだけ小さなことも、大きなスクリーンと音響にアンプリファイされる。だから、大きなアクションやリアクションだけでなく、佇まいそのもの、そこにいることそのものが表現になりうるってことだと思います。つまりは、それほどに繊細な心模様とその折り重なりが描かれているだけに、特にラストにかけてバーンと画面いっぱいに外の景色が広がると、インパクトがありました。

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(C)水城せとな小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会
この恋愛の渦に巻き込まれると、かなり集中させられますから疲れますけど、恋愛って疲れるものでもあるでしょう。爽やかで清々しくて気持ちの良いだけのものではない。TVでは観られない恋愛がここにあります。観に行ってみてください。僕はあのふたりにはできれば関わりたくないけれど、画面は穴が開くほど眺めることになりました。
 

今週は「窮鼠はチーズの夢を見る」を短評しました。曲はサントラからではなく、Macklemore & Ryan Lewisにしました。愛には様々な形があって、どれも同じ愛だと、LGBTQの観点からもアンセム化した『Same Love』です。

行定さんは、関西でのトークショーを控えています。枚方T-SITE蔦屋書店が企画する「CREATOR'S SALON」というシリーズの一環で、10月5日(月)、19時半開演です。MCは僕が務めます。現場のチケットはソールドアウトですが、オンラインのチケットはまだまだいくらでも販売できるということなので(そりゃそうだ)、ぜひご覧ください。


さ〜て、次回、2020年10月6日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ミッドナイトスワン』です。前評判は相当高いですね。そして、またもやLGBTQもの。ただ、「窮鼠は〜」とまたかなり違ったアプローチであることが予想されるので、そのあたりにも気を配って観ようかしら。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!