京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ミッドナイトスワン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月6日放送分
映画『ミッドナイトスワン』短評のDJ'sカット版です。

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男性の身体に生まれてはきたものの、自分としては女性だと自覚する、トランスジェンダーの凪沙(なぎさ)。故郷の広島を離れて上京。親にはカミングアウトしないまま、新宿のニューハーフクラブでショーガールとして働いています。ある日、一人暮らしの凪沙のもとに転がり込んでくることになったのは、育児放棄状態のいとこの娘、中学生の一果(いちか)。それぞれに社会から孤立していたふたりは、一緒に住むことで、しだいに変化していくのですが…
 
オリジナル脚本を書いて監督も担当したのは、Netflix『全裸監督』の演出にも深く関わった内田英治。凪沙を演じたのは、草なぎ剛。他に、水川あさみ真飛聖(まとぶせい)、田口トモロヲなどが脇を固めているのですが、なんといっても、今後の活躍が楽しみでしょうがないのは、オーディションで一果役を射止めた新人、服部樹咲(みさき)、2006年生まれ。彼女の演技がまたすごい。
 
僕は先週木曜日の夜に、TOHOシネマズ二条で観てきました。結構入ってましたね。女性が多めって印象かな。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


結論から言いますと、前評判通り、鑑賞の意義は大いにある1本なので、劇場での鑑賞を強くお勧めします。ただ、どうも首を傾げてしまう演出があったことも事実なので、その点も指摘していきます。

 
まず、キャストの好演がとにかく光っています。どなたも、その表情ひとつで、もっと言うと、目の色でも、社会からいかにその人が孤立していて、人生に希望を見いだせないでいるかを見事に表明していました。凪沙役の草なぎ剛しかり、一果役の服部樹咲しかり、その母役の水川あさみしかり。この3人は、シーンによって、姿勢とか歩き方まで変化をつけています。お見事!
 
特に服部樹咲さんは、恐るべき新人ですよ。バレエの心得はあったということですが、それにしたって、達者な役者たちに怯むことなく、つま先立ちもおぼつかないレベルから、国際コンクールのレベルまでを演じ分けるのは圧巻です。

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© 2020 Midnight Swan Film Partners.

その上で、テーマがまた興味深いです。LGBTQの当事者がいかにまだまだ世間の理解を得られずに困窮・転落しかねないかという点、そして血の繋がりだけに依存する家族の絆と呼ばれるものがいかに誰かをスポイルしかねないかという点もさることながら、僕がより深く感銘を受けたのは、この映画が人を広い意味で育てる、その人を形成するのは、両親だけでなく、家族外の人間との交流であり、芸術との関わりであるという点です。当たり前に聞こえるけれど、この作品はそのテーマを深く胸を打つやり方で描いているんです。
 
擬似親子もの、とか、凪沙が母性を獲得する話とまとめると、どうもこの映画の意義を矮小化してしまうような気がして、僕はためらわれます。だって、一果を育てたのは、凪沙であり、ろくでもないけど母親であり、そしてバレエの先生なんですよ。誰一人欠けても、彼女の成長はありません。そこが大事だし、今挙げた3人は、それぞれに一果に希望を見出して、一果に未来の光を見ます。はっきり言って、誰かひとりだけなら、一果にとっては悲劇が続いたかもしれない。そして、一果の輝ける可能性は、広い意味での3人の母の輝ける未来を保証するものではない。にも関わらず、3人は彼女に惜しみなく自分を捧げようとする。不器用だし、問題もあるけれど、それこそ愛情なのではないかということです。

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© 2020 Midnight Swan Film Partners.
なんだよ、結局絶賛じゃないか。と思われるかもしれませんが、僕にはこの映画で起こる大きな出来事の多くが、突然で唐突に感じられたんです。百歩譲って、それこそ演出だとしても、あまりにも一果がそれぞれの出来事に対して何を考えているかがよくわからないんですね。「見てて」とか、「お母さん」とか、やおらセリフを口にしたりするんだけど、僕らが彼女の胸の内を想像する材料としては、いくらなんでも不十分ではないですかと。
 
とはいえ、物語られる出来事は、どれも衝撃だし、分断や貧困の日本社会に対して示唆的だし、その上で美しい。不満要素はあれど、強く強く、鑑賞をオススメしたい作品でした。


さ〜て、次回、2020年10月13日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『オン・ザ・ロック』です。ソフィア・コッポラ監督に、ビル・マーレイ。しかも、小ぶりな物語…とくれば、『ロスト・イン・トランスレーション』じゃないですか。予断は禁物ですが、僕の好みの匂いがプンプンします。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!