京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

実写版『ムーラン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月15日放送分
実写映画『ムーラン』短評のDJ'sカット版です。

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(C)2020 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
むかしむかし、中国の小さな村で育った女の子ムーラン。周囲から浮くほどのおてんばですが、それもそのはずで、彼女には「気」と呼ばれる特殊能力が備わっていました。立派な兵士だった父は、そのことに気づきながらも、女性には結婚と家庭の維持ばかりが求められる時代でもあることから、その能力は隠しておくように諭します。時は経って、ムーランが花嫁修業を始めようかという頃、北方民族の首領ボーリー・カーン率いる軍勢が国家を脅かしており、皇帝は各家庭からひとり男性を差し出すよう命じました。徴兵ですね。ただ、ムーランの父親は足が悪く、戦場へ赴けば命を落としかねない。そこでムーランは、父親の武具を盗み出し、自分が男であると偽って軍隊に参加するのですが…
 
このところ相次いでいる、90年代、ディズニー・ルネサンス時代のアニメ作品の実写化。今回は98年『ムーラン』が対象となりました。監督は、女性を生き生きと描くことを得意とするニュージーランド出身の女性ニキ・カーロ。ムーラン役に抜擢されたのは、リウ・イーフェイチャン・イーモウ監督の『紅夢(こうむ)』でヴェネツィア映画祭主演女優賞を獲得したコン・リーが魔女のシェンニャンを演じている他、『イップ・マン』シリーズのドニー・イェンや、ジェット・リーなど、アジアとアメリカ双方で活動する役者が揃い踏みです。

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もともとは2018年秋に公開が予定されていましたが、製作そのものが遅れていたところに新型コロナウィルスによる影響もあって、ディズニーはついに多くの国や地域で劇場公開を断念。サブスクリプションサービスのディズニー+での有料配信となりました。
 
僕はもともとディズニー+には加入していましたが、もちろん、税抜2980円を支払って、土曜日に自宅のテレビで日本語吹き替え版を鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

2010年代に入ってから、ハリウッドにおけるアジア系の俳優の活躍が顕著となり、特に中国との映画合作も増える中、繰り返し映像化されてきた、6世紀の漢詩を基にしたこの物語の実写化には注目が集まりました。ただ、様々な角度からの期待があるがゆえに、製作は難航しました。アニメ版のリメイクとしての「原作」ファンの期待もあったし、実写として中国文化をどう描けるかという問題や、物語が内包する政治的な側面や、主演のリウ・イーフェイSNSでの香港民主化問題への発言など、何かと波乱含みで、それはもう気の毒と言っていいレベルにも感じられました。
 
そこで、僕としてはまず何よりもできあがった作品そのものを評価するべく、作品外の情報は鑑賞前に触れないようにしていましたが、残念ながら、魅力は限定的と言わざるをえません。アニメ版からの改変はいくつもあります。ミュージカル要素の排除。サブ・キャラクターを統廃合して整理したこと。武侠映画のスタイルを採用してアクションを重視したこと。マレフィセントに似たヴィランの魔女をムーランを導く存在にも仕立てたこと、など。アニメ版に特に思い入れのない僕からすれば、どれもディズニーのチャレンジに感じられるし、その意味で興味深いんですが、これら改変が物語にもたらす効果がどれもさほどないんですね。むしろ、観る人によっては逆効果にすらなりうるリスクをはらんでいます。

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(C)2020 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
女性が主人公だからと恋愛要素を入れる必要はないし、戦争する映画であるというハードな内容なので笑いの要素も控えめにしたのはうなずけます。そして、中華圏の伝統である武侠映画スタイルを取り入れるのもわかるんですが、そのわりには肉体を駆使したアクションはあまり見られず、スター・ウォーズのフォースのような「気」という概念で説明される、CGやワイヤーを使った動きで見せ場の多くが占められていることは、むしろ武侠映画へのリスペクトが足りないとの批判は免れません。そして肝心の「気」についての言及がなさすぎて、これじゃ努力によって何かを成し遂げるという側面が緩んでしまって、カタルシスが削がれるんですね。

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(C)2020 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
おそらくはムーランと同じような能力を有する魔女の存在も、彼女が何を望んでいるのかよくわからないため、結局はヴィランとしてもメンターとしても謎めいたままで、今ひとつピンとこないんです。そして、おそらくはディズニーにとって一番プッシュしたかっただろう、自分で考えて行動するプリンセスとしてのムーランですが、考えてみれば彼女は皇帝を頂点とする中央集権的な軍事国家の駒であることからは逃れられないわけで、価値観を刷新することはないんですよね。だいたい、北方民族を単なる野蛮な存在として端から悪者としてしか描かないという単純化は、むしろディズニーが志向するリベラルな価値観からも遠いものではないでしょうか。
 
こうした要素がいくつも重なって、ムーラン実写版は、表面的には美しい画面ですいすい展開していく観やすい作品になっているものの、各方面からのどの期待にも満足には応えられないものになってしまった気がします。


 Christina Aguileraが表現度が上がった歌い直し、響きましたよ。

 


さ〜て、次回、2020年9月29日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『窮鼠はチーズの夢を見る』です。番組では先日行定勲監督を迎えて、コロナ禍でますます浮き彫りになった映画というシステムの未来の話をしました。その時に、僕は既にこの作品を観ていたので、少し感想もお伝えしましたが、改めてしっかりまた来週評します。監督とは、枚方の蔦屋書店で10月5日にCREATOR'S SALONというトークイベント(配信あり)で、またご一緒しますよ。この新作と合わせて、ぜひ。その前に、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!