京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

実写版『リトル・マーメイド』

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月27日放送分
実写版『リトル・マーメイド』短評のDJ'sカット版です。

人間の世界に憧れを持ち続ける人魚のアリエル。父トリトンからも、姉妹たちからも、そして見張り役の魚や蟹たちからも禁じられているにも関わらず、ある日、彼女は嵐で難破した船から落ちた王子エリックの命を救います。また王子に会いたい。そう思いながら美しい歌声をひとり海に響かせていたアリエルに近づいてきたのが、海の魔女アースラ。アースラは取引を持ちかけます。3日間だけ人間の姿になれる代わりに、世界で最も美しいアリエルの声を差し出せと… アリエルとエリックは巡り会えるのでしょうか。

リトル・マーメイド (字幕版)

アンデルセンの『人魚姫』をベースにした89年のディズニー・アニメを実写化した今作。監督は『シカゴ』や『パイレーツ・オブ・カリビアン・生命の泉』のロブ・マーシャル。脚本は、『ネバーランド』や『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』のデヴィッド・マギーが担当しました。アリエルに扮したのは、ハリー・ベイリー。エリック王子をジョナ・ハウアー=キング、アースラをメリッサ・マッカーシー、そして、トリトン王をハビエル・バルデムが演じています。
 
僕は先週金曜日の昼にMOVIX京都のドルビーシネマで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

ディズニーの実写シリーズは、2015年にケネス・ブラナー監督が『シンデレラ』を手がけたのを皮切りに勢いづいた印象があって、『美女と野獣』『アラジン』『ムーラン』『ライオン・キング』『プーと大人になった僕』などが続き、これからも『ピーター・パン&ウェンディ』や『白雪姫』が控えているということです。いずれもストーリーの面白さは保証されているわけだし、アニメ版に親しんだ大人に子どもを連れて劇場へ来てもらえる可能性も高いわけですから、ディズニーとしても安心して本腰を入れられる鉄板企画です。なおかつ、ディズニーを象徴づけるような作品については、時代ごとにその価値観を反映したアップデートを施しておきたいということもあるのだと思います。その意味で、今の繁栄につながる、ディズニー第2黄金期のスタート、89年の『リトル・マーメイド』は、ディズニーを復権に導いた物語として、思い入れたっぷりに、丁寧に実写化されたと感じられます。

©2023 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
わかりやすいところで言えば、公開前から話題になるどころか、大きな反発もアメリカで生んでいた黒人の人魚という点です。演じたハリー・ベイリーは、現役のR&Bシンガーなわけで、ビヨンセも認めるほど歌がうまいわけです。これはミュージカルですから、その歌唱力も重要なポイントになるのは言うまでもないし、その点でハリー・ベイリーの起用は大成功です。うっとりします。89年のアニメ版では赤毛の白人だったわけですが、あれだって赤毛がコンプレックスだった当時の子どもたちは勇気づけられたなんて話もあります。これはリアルサウンドに小野寺系さんが書いていた記事を読んでなるほどと思ったエピソードですが、カリブ海周辺と思しき場所に舞台をふわっと設定することによって、『リトル・マーメイド』の物語の骨格はしっかり維持しながらも、多様性を尊重するディズニーの現代的価値観にうまくチューニングしているんですね。カリブ諸島は歴史的にも人種のミックスがあったところだし、ある種桃源郷のように様々な人種が仲良く暮らす国を実写で実現するにはうってつけなわけです。というか、そもそも人魚が白人ってなんで決まっているんだってことですよ。ヒトじゃないわけだし、ヒトと魚類のハイブリッドな生き物ということで言えば、世界のいろんなところでいろんな人魚がいたっていいというか、いるべきだということは、アリエルの姉妹たちの姿に反映されていました。

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これも現代的だなと思ったのは、女性の人魚たちの胸が貝殻のビキニではなく、鱗で覆われていたことです。性的な匂いをうまく消しているんですよね。実写になると、こうした肌の露出が多いキャラクターはそうした色気がむしろノイズになりますから、うまくやっているなと感心しました。加えて、アリエルとエリック王子が惹かれ合う理由も納得度があがっているし、結末についても、ふたりの未来に幸あれと素直に思える、あのふたりが自分たちの世界を開拓していくような着地点になっていて、王子様と結婚すればオールオッケー、玉の輿賛美な古風な価値観がここでも不自然でない形でうまくアップデートされているなと感じます。

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となると、不憫なのはヴィランのアースラです。タコの造形とか動きとか、メリッサ・マッカーシーの演技も含めてすごく良いんだけど、なぜ彼女がダークサイドに落ちて海の王国から追放されたのか、そしてアリエルを餌食に何がしたいのかイマイチよく伝わってこないところもあって、ちともったいないと僕は感じました。これはマッカーシーがインタビューで言っていることでもありますが、アースラの物語をスピンオフで僕も観てみたいです。それぐらい魅力とポテンシャルのあるキャラクターになっていますね。
 
あとはもう、実写とCGの巧みな共存で豊かに再現された海の中を大スクリーンで体感できるのはやはりすばらしいです。ハビエル・バルデムが演じる人魚トリトン王の迫力と、海面から顔を出したらちょっと笑っちゃう感じも楽しい。サントラも、トリのスカットルと蟹のセバスチャンがラップのかけあいを聞かせてくれるところなんてアガりますよ。

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といった調子で、キャスティングについての不穏当なバッシングも本国であるようですが、ディズニーは自分たちの大切な物語を自分たちの今の価値観でうまくアップデートしようというねらいを文句なく達成したと思いますし、ロブ・マーシャルはその期待にばっちり応えたと言っていいでしょう。これからの子どもたちには、アニメ版よりもこちらがスタンダードになっていく可能性をしっかり秘めた実写化です。

さ〜て、次回2023年7月4日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『大名倒産』。時代劇にもたくさんのバリエーションがあって、僕はチャンバラよりも当時の風俗が丹念に描かれたものが好きなんですが、大名の懐事情、藩の台所事情やいかにという江戸時代の経済の話、おもしろそう。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!