京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ウィッシュ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月2日放送分
映画『ウィッシュ』短評のDJ'sカット版です。

願いが叶う魔法の王国に暮らす少女アーシャの願いは、100歳になるおじいちゃんの願いが叶うこと。ところが、その国では、市民の願いは魔法を操る王様に支配されているという衝撃の事実をアーシャは知ってしまいます。みんなの願いを取り戻したいという切なる思いに応えたのは、願い星のスター。空から舞い降りてきたスターや、子山羊のヴァレンティノ、そして友達と一緒に、アーシャは王様を打倒するために立ち上がります。
 
ウォルト・ディズニー・カンパニー創立100周年を記念する本作。監督は「アナと雪の女王」シリーズのクリス・バック。脚本は、そのアナ雪でクリス・バックと共同監督・脚本を担当した女性のジェニファー・ミシェル・リー。主人公アーシャの声は、アリアナ・デボーズ、日本語版では生田絵梨花。マグニフィコ王は、クリス・パイン、日本語版では福山雅治。他にも、吹替版には、山寺宏一檀れい鹿賀丈史などが出演しています。音楽は、シンガーソングライターであり、ジャスティン・ビーバーエド・シーランへの曲提供でも知られる売れっ子のジュリア・マイケルズが担当しました。ちなみに、日本語吹き替え版の音楽演出は、FM COCOLO DJでもある森大輔くんの仕事ですよ。
 
僕は先週木曜日の午後にTOHOシネマズ二条で吹き替え版を鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

ディズニー100周年ということで、同時上映された短編は、『ワンス・アポン・ア・スタジオ -100年の思い出』という作品で、スタジオそのものの実写映像とCG、セルアニメを組み合わせてアニメーションそのものの変遷も絵的に織り込みながら、なんと500以上のディズニー・アニメーションのキャラが記念撮影をするために集合するというもので、なかなか楽しかったんですね。そして、続けての『ウィッシュ』本編もまたアニバーサリー作品ですから、当然、これまでのディズニーの総括という側面があって、いわゆるイースター・エッグ、つまりはファンなら気づく小ネタ・隠しネタが、これまたすごい、100以上も散りばめられているようです。「ようです」というのは、僕も当然すべてに気づけているわけではなく、「鏡よ鏡」という雰囲気でマグニフィコ王が自分のイケオジっぷりに酔いしれる雰囲気は『白雪姫』だよなとかなんとか、とにかく枚挙にいとまがないわけですが、それと物語や作品そのものはとりあえず直接の関係はないので端折るとして、注目すべきは、ディズニーがこれからの新たな主人公像を模索しているのだろうということです。

©2023 Disney. All Rights Reserved.
監督や脚本家は、先述したように「アナ雪」のクルーなわけですが、アナ雪の画期的だったことのひとつは、恋愛至上主義ではなく、連帯というものが重視されたことで、あれから10年ほど経って、ディズニーも新作を出す度に、試行錯誤しながら、その路線をより強固なものにしてきました。つまり、ディズニークラシックの雛形であった「女性は王子様と結婚して幸せに暮らしました」という価値観とストーリーラインの時代に合わせたブラッシュアップ、あるいは乗り越えですね。ディズニーの多様性へのこだわりというのは、世界中のファンを巻き込んでいきたいという商業的な思惑とうまく重ね合わせながら実践されてきました。結果として、ポリコレうざいといったバックラッシュ、強い反動も呼び起こしてきたわけです。それを踏まえて今作の設定を振り返ると、この地中海の王国では、市民みんなの願いが登場するんですね。多様な願いがあって、ここがポイントなんですが、主人公アーシャの願いは何かと言えば、自分がどうなりたいというよりも、おじいちゃんの願いが叶えられることだっていうんですよ。つまり、誰かの応援なんです。

©2023 Disney. All Rights Reserved.
しかし、争いのないユートピアのようなあの国で、なぜおじいちゃんの願いが叶えられないのか。これはマグニフィコ王によって「願い」がすべて管理されているから。人が叶いもしない願いを胸に抱いていると、それは辛い人生になってしまうし、いさかいのもとでもあるということですよ。ほほう、なるほど。その結果、彼はまず市民から願いを受け取り、それを大切に保管する代わりに、端的に言えば、身の程知らずな願いを放棄することで心安らかに、もっと踏み込んで言えば、平凡かつ国の安寧を乱さない範囲で一生を送れるというロジックなんですね。面白いのは、そんなこととはつゆ知らずだった主人公のアーシャが、マグニフィコ王の弟子になることを目指し、こうした国家という大きな主語でありがた迷惑な政策の内幕を知った上で願うのは、つまるところみんなの願いをみんなの心に取り戻すことを願うという究極の利他の心の発露なんですよね。きっとマグニフィコも当初はエゴではなく利他的な精神から出発していたのだろうけれど、国家権力とナルシシズムの果てに心に濁りが生じ、気がつけば正反対のポジションに陥る一方、アーシャは7人の仲間たちとスターという素敵な魔法と力を合わせることで、恋愛やいわゆるヒロイズムとは違う現代的な活躍をみせるのがこの物語の肝だと思います。

©2023 Disney. All Rights Reserved.
正直なところ、たとえばキャラクターそれぞれの掘り下げと「水彩画風」と言われる絵のタッチのすり合わせがいずれも不足している感じはあって、それこそ100周年という節目にネタをせっせと仕込むあまりまとまりが失われているのは否めません。それでも、これまでの歴史を踏まえながら、なんなら自己批判しながら、これからの映画が描く夢と希望、その物語の持つべき役割というものを模索するディズニーの姿勢には感心します。僕は吹き替えで見ましたが、生田絵梨花福山雅治というキャスティングは、それぞれの芸能界におけるイメージもふわり踏まえているようで、演技も何より歌もすばらしかった。完成度というよりも、僕はその意気込みや姿勢を高く評価したい1本でした。

さ〜て、次回2024年1月9日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』です。ついに当たりました。公開スタートから候補に入れ続け、一度は他の大作に押されていなくなったものの、翔んで戻り、それも外れ、またしても翔んで戻ったところで引き当てました。FM COCOLOのDJ陣では最も琵琶湖愛、滋賀愛、郷土愛が強い僕が、鮒ずしを日常的に食べている僕が、いよいよ評します。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、Xで #まちゃお765 を付けてのポスト、お願いしますね。待ってま〜す!