京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『大名倒産』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月11日放送分
映画『大名倒産』短評のDJ'sカット版です。

今の新潟県、越後、丹生山(にぶやま)藩で、地元の名産、塩引き鮭を作る役人の息子として育ってきた若者の小四郎は、ある日、自分が実は藩主の後継ぎであることを知らされ、いきなり殿様へと転身させられます。それだけでも戸惑いを隠せない小四郎でしたが、さらなる戸惑い、というより面食らったのは、丹生山藩には今の貨幣価値に直して100億円ほどの借金があったこと。どうする、小四郎!?

大名倒産 上 (文春文庫)

浅田次郎の原作を脚色したのは、『七つの会議』やドラマ『半沢直樹』の丑尾健太郎と、ドラマ『下町ロケット』の稲葉一広。監督は、『こんな夜更けにバナナかよ』や、公開中の『水は海に向かって流れる』の前田哲。
 
丹生山藩主の主人公松平小四郎を演じるのは、神木隆之介。幼馴染のさよを、杉咲花。小四郎の兄を松山ケンイチ、育ての親を小日向文世宮崎あおい、小四郎の教育係を浅野忠信、実の父を佐藤浩市が演じた他、小手伸也石橋蓮司梶原善勝村政信高田延彦など、そうそうたる役者陣が集いました。
 
僕は先々週の金曜日の朝にMOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

この作品については、僕は長所と短所がかなりはっきりしているなという印象です。そのどちらに重きをおいて鑑賞するかによって、お客さんの好き嫌いが別れますので、そこを整理してみましょう。
 
まず、弱点になりうるのは、キャラクターを戯画化した演出です。コメディーなので、ある程度、大げさなキャラ付けは避けられないのはわかるものの、たとえばうつけ者として藩主を継ぐなんてことは端から思われていない小四郎のお兄さん。松山ケンイチが演じています。洟垂れ小僧という言い回しがありますが、彼は洟垂れ兄さんなんですよ。文字通り、というか、映像通り。CGまで使って、つねに鼻水をだらだら垂らしているという設定になっているんだけど、それをもって「笑え」と言われてもね。笑いとして品が良くない、それこそ子どもっぽいだけでなく、彼だって好きでそうしているわけじゃないのだから、生来備わったものを笑いの対象とするのは、今の価値観では古いと言わざるをえない。他にも、びっくりした時の役者のリアクションが、いくらなんでもオーバーすぎて逆に冷める人がいてもしょうがないし、最近では時代劇で現代の言葉を話すことは当たり前になっているとは言え、「そっくり」を「くりそつ」と言い換えたりして笑いを取りに行く姿勢は、テレビのコントじゃないんだから、僕はご法度じゃないかなと思います。

(C)2023『大名倒産』製作委員会
といったようなところに目を瞑れとは言いませんが、主に目先の笑いを取りに行く演出の難を脇へ置きたくなるような長所を見逃すのはもったいないです。さすがは浅田次郎だけあって、まず話そのものが面白い。中央集権体制の江戸時代にあって、地方の小さな藩がどんな状況に置かれていたのか、その行き詰まりの典型例をこの物語は見せてくれる。公共事業に絡んで行われる不正や改ざん、贈収賄。そのうち何とかなるだろうという先送りと、藩としての独立心や気概の欠如。とにかく地方の力を削いで手懐けておきたい江戸の役人と公私混同甚だしい利益誘導の裏システムなど、まったくもって不健全な関係を長年続けたらどうなるか。はっきり言って、今の日本でも似たりよったりな状況があるだけに、ゾッとするし、学べるし、教訓を見出だせるはず。政治家や行政を担う公務員に観てほしいなと思いますよ。
 
そこで神木隆之介演じる松平小四郎は、責任取って切腹とかマジで嫌だからっていうノリで、財政事情の裏のからくりを暴くとともに、いろんな奇策も飛び出す中、実にまっすぐで真っ当な手法でことにあたっていく。財政健全化の期限は決まっていますから、それがサスペンスにもなるし、本当に糸を引いているのは誰なんだというミステリー的な要素もあるので、映画としてはとても見やすく、勧善懲悪の話でもあるので、そこは昔の時代劇らしく、安心してみんな楽しめるエンタメになっています。

(C)2023『大名倒産』製作委員会
一方、僕がチャンバラ映画で好まないところ、つまり、「武士道とは、死ぬことと見つけたり」に代表される封建的な価値観を潔く切って捨てて、生きて何を成すかが大事であることと、主に仕えるというよりも、人のため故郷のために何をすべきかを考えることこそ、藩主の役目であるという大義を主人公が悟っていく様子はすごく説得力があるし、今もなお東京一極集中が続く日本の地方創生を考える上でもヒントがあるように思いました。
 
仕掛人・藤枝梅安』で共演していた佐藤浩市石橋蓮司は今作でも絶品の演技。さらには、映画オリジナルのキャラクターとして、さよという主人公の幼馴染の女性を配したことも良かったです。杉咲花のカラッとした演技もあいまって、権力やジェンダーの圧力をさらりとかわしていくあの言動が、この作品を良い意味で現代的、そして風通しの良いものにしていました。

(C)2023『大名倒産』製作委員会
というわけで、笑いの演出に難アリとは思いつつも、良きところがそこを補ってもいるし、人によっては補って余りあると判断するだろう作品『大名倒産』、まだやっているうちに、どうぞ劇場であなたもご覧ください。

さ〜て、次回2023年7月18日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』。前作でも、アニメってのはここまで来ているのかとだいぶ驚かされましたが、今作はまた映像表現がさらに進んでいるという話を聞いています。楽しみだなぁ。その革新性についていけっかなぁという不安もあるが、さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!