京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『マイ・エレメント』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月22日放送分
映画『マイ・エレメント』短評のDJ'sカット版です。

もしも、火や水、土や風というエレメント、つまり元素がそれぞれに人間のような生き物として暮らす世界があったなら。舞台はエレメント・シティ。移民としてこの街にやって来た火のカップルの娘エンバーと、水の青年ウェイド。性格も特性も住むエリアも仕事もと、何もかも違うふたりの出会いは、元素の世界にどんな化学反応をもたらすのか?

アーロと少年 (字幕版)

監督は、『アーロと少年』のピーター・ソーンが務めました。彼の両親は1970年代初頭に韓国からニューヨークに移住して食料品店を開いていまして、その経験から着想を得てピクサーに企画を売り込みました。脚本には複数名クレジットされていますが、キーパーソンとしてひとり上げるなら、『私ときどきレッサーパンダ』にも関わっていたブレンダ・シュエでしょう。
 
僕は先週水曜日の昼に、MOVIX京都で日本語吹き替え版を鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

予告を観ていた時点では、多様な動物たちが暮らす『ズートピア』に近いイメージがありました。街の描き方とか、実際、引きの画で見せるところはかなり似ています。だから、既視感があって、『ズートピア』が傑作だっただけに、下手すりゃ二番煎じということになるぞという懸念に拍車をかけたのが主人公たちの設定ですよ。動物ならば、造形には前例が山程あって描きやすいし馴染みがある。性格付けも、動物そのものの特徴があるわけだから、そのステレオタイプをなぞったり翻したりしながら変化をつけていけば良い。ところが、今作の場合は、火と水ですよ。まず形がありません。性格にしたって、熱いとか怒りっぽいとか、冷たいとか潤いがあるとか、そんなもんですよ。だって、火と水なんだから。そんなの、さすがに厳しいでしょうと思っていたわけです。それがどうでしょうか。なんなら『ズートピア』を超えるレベルの感動をもたらすところまで僕たちを導いてくれます。よくよく練り上げてきた制作チームや監督にしてみれば、僕みたいな観客は「飛んで火に入る夏の虫」だろうし、ちょっとでも観てもらえれば、あとはこの設定で「水を得た魚のように」イキイキと世界を作り上げた自分たちの表現を楽しんでもらえるという自信もあったろうというのは推測に難くないです。

(C)2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
まず、火や水には形がないことを逆手に取ることで、キャラクター造形において自由度が増しているので、それぞれの主人公だけでなく、家族まで含めたバリエーションが自在に作れています。そして性格付けも、火の一族は確かに怒りっぽいきらいがあるんだけれど、その怒り方も様々だし、ことそのエネルギーが恋愛に向かえばアッツアツの情熱的な感情表現にももっていける。水の方は、クールな印象の人もいれば、最初に笑っちゃったのが、涙もろいということ。すぐ泣くし、泣き出したら堰を切ったように大量の涙をこぼすんですね。こうした、実際の火や水から連想される性格や動きは一通り映画の中で活用されている他、僕が感心したのは、慣用句なんかでもどんどん遊んでいます。考えだしたら火がついて、もう浮かんだアイデアは溜め込むことなく湯水の如く片っ端から使っていったんでしょう。っていうような調子で、水も火も、画面内の小ネタ、文字情報、セリフに盛り込みまくりです。僕は日本語吹き替えで見ましたけど、そういう言葉ネタは英語と日本語で見比べたいなと思うし、日本語版のレベルはすごく高かったですよ。加えて、火の女の子と水の男の子が恋愛するっていうんですよ。おいおい。ロミオとジュリエット的な古典の鋳型に火と水を流し込むのはいいけれど、火と水なんてロミオとジュリエット以上に、性質として真逆も良いところだし、そもそも触れ合うことすらできないんじゃないのかという疑問が湧きますよね。そこについても、まさかの共同作業が用意されていて、とにかくざっくりと設定に幅をもたせたところへ、これでもかと小ネタと大ネタを注ぎ込んでそれらを溶かして、笑いと涙と強靭なメッセージを抽出することに成功しています。それを具現化するためのピクサーの3DCGの描写力、水や火、雲、土のアニメ的な表現力が前提となっていることは言わずもがなです。

(C)2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
では、その強靭なメッセージとは何かということですが、そこには韓国系のアメリカ移民2世である1977年生まれのピーター・ソーン監督の経験が反映されているようです。90年代、まだニューヨークが人種の坩堝、サラダボウルと呼ばれていて、アメリカ社会が今ほどの強い分断に切り裂かれていなかった頃に味わったマイノリティとしての苦労とそれでも捨てずにいられた希望の物語が、今再び排他的で攻撃的な保守の空気が蔓延する世界には必要だとの思いが監督にはあったのではないでしょうか。そこで、高度な寓話としての成立を狙ったのがこの作品です。火の民族には、現実のアメリカへ渡った人たちの文化的要素を絶妙にブレンドしてあります。音楽も、食事も、言語も、情熱も。水の方にはアメリカのクールで秩序正しい反面、特に裕福なリベラル層にありがちな鼻につく感じもしっかり入れつつ、それこそ水のようにしなやかで柔軟な要素を入れました。そうやって、民族的な違いだけでなく、社会階層的な違いも、そして個々人の性格の違いも過不足なく織り込むことに成功しています。

(C)2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
寓話なんだから、多少の飛躍もあるし、そんな簡単にことは運ばないという指摘はいくらでもできる隙はあります。でも、見終わった後には、確かな希望が残る。僕たち人間はもっとわかりあうことができるんじゃないか。火と水だってあんな絆を育めるんだものって。Superflyの歌にあるように「やさしい気持ち」になれる見事なアニメ映画で、これは夢と希望を忘れかけた大人こそ見るべき作品でもあると僕は思います。
 
さ〜て、次回2023年8月29日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『SAND LAND』です。あの鳥山明が『ドラゴンボール』連載終了の後、短期集中で連載した漫画の映画化ですよ。アニメが続きますが、これも夏休みっぽくていいか。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!