京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『SAND LAND サンドランド』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月29日放送分
映画『SAND LAND サンドランド』短評のDJ'sカット版です。

人間と魔物がそれぞれのテリトリーで暮らす砂漠の世界サンドランドは、かつてないほど深刻な水不足にあえいでいました。ただし、砂漠のどこかに今も枯れない豊かな泉があるはずだと確信する保安官のラオと、悪魔の王子ベルゼブブ、そのおつきの魔物シーフが奇妙なトリオを組んで、泉探しの旅に出ます。

SAND LAND 完全版 (愛蔵版コミックス)

原作は鳥山明。2000年に「週刊少年ジャンプ」で短期集中連載された定評ある物語がアニメ映画化されました。監督は、2017年のオリジナル中編『COCOLORS』(コカラス)という作品が国内外で評価を受けた横嶋俊久(としひさ)。この方は、ドラゴンクエストのゲームオープニングをいくつも手がけているので、そこで鳥山明キャラクターを動かしてきた経験があります
 
僕は先週水曜日の昼に、TOHOシネマズ梅田で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

保育園児だった頃に「Dr.スランプ アラレちゃん」を毎週わくわくテレビで見ていて、その後小学校低学年は「ドラゴンボール」に切り替わり、これも独特なキャラクター造形や世界観にドキドキしっぱなしだった世代の僕です。ジャンプの連載は僕はまったく追いかけていなかったんですが、テレビで親しんでいて、さらにはドラゴンクエストをプレイすることで、これもテレビを通して、鳥山明のキャラクターが動くところを目の当たりにしてきました。そんな僕も大人になって幾星霜。スクリーンで鳥山節全開の物語に巡り会えたことに興奮しました。
 
僕が観に行ったのは水曜昼、しかも夏休みもほぼおしまいというタイミングでしたから、劇場は子どもよりも大人の観客で賑わっていて、男女を問わず僕のような40代、ちょっと上の50代も多かった印象です。もちろん、そんなにややこしい話ではないし、特に予備知識も必要ないし、子どもにもすんなりついていける作品になっています。むしろ、人間の主人公が老いた保安官って、イーストウッドかよ、みたいな点で、今のアニメを見慣れた子どもからすれば、さらに興味深く楽しめるんじゃないでしょうか。それは画作りにも言えます。僕がすごく嬉しかったのは、2D手描きのセル画の懐かしい雰囲気がキープされていたこと。僕がちびっこだった頃の味わいに近くって、原作漫画の絵がそのまま動いているような満足感がありました。調べると、もちろん3DCGも使っているんですが、言わばハイブリッドな良いとこ取りをしていまして、手描きだとおっつかないところ、具体的には砂漠の土煙であるとか、戦車や武器などのメカの細かい部分は3Dを援用しながら作られています。このハイブリッドが僕はすごくうまくいっていると思います。サイバーパンクとまとめるのは乱暴かもしれないけれど、レトロフューチャーな世界観の構築が画作りの時点でできているし、何より制作陣の原作へのリスペクトが感じられるのがすばらしいですよ。

(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会
さっきもチラッと言ったように、考えたら少年ジャンプに掲載された漫画だというのに老保安官が主人公ってすごい設定ですよね。その男ラオの過去は徐々に明かされていくわけですが、ワケアリであることは明らかで、かつては兵士であったらしい。つまりは、そこで起きてしまった取り返しのつかないできごとへの後悔、もっと言えば、贖罪の意識が彼の心にとぐろを巻いています。その渋い設定をそうは見せずに楽しませるのは、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』ばりのシンプルな物語構造だからでしょう。水を探しに行く。そして、帰ってくる。それだけです。そこに、異形の者と手を取り合う多様性の要素が入り込んでいるし、水という生き物にとっての究極の資源とその分配を巡る権力構造や社会システムのこともお話に組み込んでいる。つまり、シンプルでわかりやすいストーリーラインの中に、人間の業であるとか、僕たちの生きる現実の問題を手堅く折り込むことで、なるほど、劇場アニメ映画にふさわしいエンタメ性と深みを獲得しています。

(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会
僕は最初にこの企画の話を耳にした時に、20年以上も前の漫画をなぜ今アニメ化するのかと疑問に思いました。でも、観てわかったのは、内容がむしろ今の方が響くんですよ。残念ながら、世界各地で気候変動による砂漠化と山火事が起き、水資源はあちこちでその不足が懸念され、資本はそこに触手を伸ばし、富の極端な集中も起きている。原作はばっちり現実を先取り、あるいは予見していたわけです。さすがは鳥山明でもあるし、作者自身も結末を決められないまま続けざるをえないことの多い雑誌連載システムの中で、彼が珍しく結末まで練り込んで構築・凝縮した物語だけあって、魅力が詰まっています。

(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会
一方で、さすがに原作が単行本1巻と短いだけに、映画では少し冗長と感じたり、展開の流れ、見せ場の作り方が繰り返しになってしまっているという指摘もあろうかと思います。107分ですが、95分くらいを目指しても良かったかもしれませんね。僕は大いに楽しみましたし、遅まきながら原作も購入しました。偏見を乗り越える大切さも考えられる作品をぜひ親子で一緒に観て、語り合ってほしいなと思います。
 
この曲をバックに、鳥山明の漫画の白黒のコマに色がついていくエンドクレジットは、まさにさっき僕が言ったリスペクトの表れだと思いました。

さ〜て、次回2023年9月5日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『エリザベート1878』です。これまでも映画化されてきたハプスブルク家皇妃の人生を描いた作品ですが、これまでとずいぶん毛色が違い、企画は主演のヴィッキー・クリープスのようですね。カンヌ国際映画祭のある視点部門で最優秀演技賞も見事獲得。評判は上々ですよ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!