京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『サイダーのように言葉が湧き上がる』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月3日放送分
『サイダーのように言葉が湧き上がる』短評のDJ'sカット版です。

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(C)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

田園風景も目立つ、日本の典型的な地方都市。17歳の男女が夏、ショッピングモールで出会います。ひとりは、いつもヘッドホンをしている俳句が趣味の男の子チェリー。もうひとりは、歯の矯正器具を見られるのが嫌でマスクをしながら、動画サイトで「カワイイ」を追求してちょっとした人気者の女の子スマイル。ふたりは、チェリーのバイト先である老人介護施設で出会ったフジヤマさんの手助けを一緒にすることになります。それは、彼の想い出のレコードを探すことなのですが…

サイダーのように言葉が湧き上がる 2 (MFコミックス アライブシリーズ)

 監督と共同脚本は、テレビアニメ『四月は君の嘘』で知られるイシグロキョウヘイ。これはビクターの子会社で、アニメと音楽どちらも作るフライングドッグ10周年を記念した作品でして、原作はフライングドッグ名義になっていますが、実質的にはオリジナルアニメ作品です。チェリーの声を市川染五郎、そしてスマイルを杉咲花が演じている他、坂本真綾山寺宏一なども参加しています。
 
本来なら2020年の5月15日に公開予定だったものが、コロナ禍に重なって1年以上延期。今ようやく観られるようになったわけですが、僕は今回は諸事情ありまして、一般の映画館ではなく、マスコミ試写での鑑賞となりました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

結論から言えば、見どころのある作品でした。脚本にどうもしっくりこない部分があるものの、夏休みに観るアニメとして、十分に満足のいくものです。
 
具体的に、見どころは何かと言えば、それはもう、絵そのものです。アニメですから、これはもう何より前提条件と言いますか、絵に独自性があって、なおかつそれが大きな魅力になっていれば、もうかなりポイント高いです。先週の『竜とそばかすの姫』でも、細田守監督の絵のタッチの使い分けという話をしましたが、主人公たちの現実とネットの中のアバターの生きる虚構で、まず大きく世界の提示が違ったわけです。今作の場合はどうかと言いますと、全編を通して、コントラストがかなり強く、その区切りは塗りつぶされていて、色使いは概ね鮮やかで明るいんです。輪郭線の太さにもバリエーションがあって、FM COCOLOリスナーにはきっと馴染み深いイラストレーター、わたせせいぞう鈴木英人のタッチをどうしても思い起こさせます。アニメなので、絵が動くところに快感を覚えるはずなんですが、この作品では結構動きの静かなシーンが多くて、それがゆえに不思議な感じがします。もちろん、時にダイナミックな動きが出るので、その静と動のコントラストもあります。たとえば、チェリーとスマイルの出会いの場面なんかはスケボーを使ったりしていて、ダイナミックなボーイ・ミーツ・ガールの場面でした。

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(C)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
そんな、わたせせいぞう鈴木英人風のイラストってだけなら、それこそ80年代の漫画やFM雑誌に親しんでいた方なら、タッチそのものには既視感があると思いますが、新鮮に感じるのは、そのモチーフがショッピングモールが田んぼの真ん中にポツンとあるような地方都市であるってことです。今月のFM COCOLO Feature of The MonthのCITY POPもそうですが、かつては現実の暮らしとは少し違う西洋文化や華麗な消費文化への憧れめいたものが滲んでいた表現スタイルで、日本の今のどこにでもありそうな画一的な街を描写するんです。コンプレックスを抱えた少年少女の行動範囲はかなり狭いんだけれど、そこにも市民たちが誇ったり楽しんだりする祭が残っていることや、チェリーくんの詠む俳句と絵があいまって、退屈なはずの風景が鮮やかでイキイキしたものに映るんです。その世界を今一度再定義するような視点が、高校生の恋愛模様やコンプレックスを乗り越える物語の後ろに透けているのがとても新鮮でした。

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(C)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
それにしても、俳句は決定的でした。タイトルも俳句。17歳という年齢も17音からでしょう。Twitterと俳句の親和性も意識して、それが物語に寄与していました。そして、僕がすばらしいと思ったのは、褒められたものではないけれど、スプレーアートであちこちに落書きをするやんちゃな友達が、チェリーの句を街の景色に溶け込ませたり、クライマックスでチェリーから次々と湧いてくる俳句が、まるでラップのように感じられたことです。そこに、CITY POPを代表するシンガーソングライターのひとり、大貫妙子の歌う音楽が重なるって、よくぞ思いついたなと。
 
ただし、脚本には明らかに練り込み不足ではあります。あのフジヤマ老人のレコードを探してあげるという要素と、祭と、チェリーくんの家の事情によるとあるサスペンスが、噛み合いきっていないため、大団円はかなり力技でまとめたというのがどうしても感じられます。
 
がしかし! やはりこの絵のタッチと地方都市と俳句、そして音楽を噛み合せただけでも、僕は大きな拍手を贈りたい作品です。
劇中歌は贅沢にも、大貫妙子、書き下ろしによるもの。サントラもCDが出ていますが、この曲は聴くとやはりあの街が、そしてあの街を流れた時間が思い出されます。

さ〜て、次回、2021年8月10日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『Mank/マンク』となりました。またまた緊急事態宣言が大阪に出たということで、おみくじの候補作に配信ものを多く入れることになり、それならアカデミー賞ノミネート作のネットフリックスものを観るのも一興と企てたところ、当たりました。映画史に今も燦然と輝く名作『市民ケーン』の裏側。楽しみすぎる。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!