京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『竜とそばかすの姫』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月27日放送分
『竜とそばかすの姫』短評のDJ'sカット版です。

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高知県の自然豊かな田舎町で、父とふたり暮らしの女子高生すず。母からは音楽の手ほどきを受けていたものの、まだ幼い頃に、母は事故で他界します。それをきっかけにうまく歌うことができなくなり、心を閉ざしがちの物静かな女の子になっていました。ある日、友人に誘われたのは、世界で50億人が集うという仮想世界「U」。すずはそこでベルと名乗り、美しいアバターの姿なら、自然と歌を歌えるようになります。そこで自作の歌を披露しているうちに、ベルはあれよあれよと世界中の注目の的になるのですが、彼女の前には、Uの中で恐れられていた謎の竜が姿を現します。
 
今年のカンヌ国際映画祭で新設されたプレミア部門で上映され、10分以上のスタンディング・オベーションを観客から受けたこの作品は、細田守監督が脚本も手掛けた、オリジナル長編アニメーションです。すずとベルをシンガーソングライター中村佳穂が演じて歌ったほか、成田凌、幾田りら、染谷将太玉城ティナ役所広司などが声の出演をしています。
 
僕は先週木曜日の午後、満員のMOVX京都で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

先週評した『唐人街探偵 東京MISSION』では、全ジャンルメガ盛りというコピーに触れましたが、今週は、アニメの絵作りメガ盛りでした。大きく分けて、すずが暮らす現実世界と、ベルとして暮らす仮想世界のふたつ。絵が違うんですよね。現実の四国は手描きアニメーションで、Uの方はディテールまでパキッとクリアにデザインされたCG画面。さらに分けると、現実の中でも、冒頭からしばらく続き、その後も要所で垣間見える、まるで実写のような描き込みの部分と、顔に線を走らせたりするようなコミカルな漫画っぽい、演技にも誇張の施された部分があります。さらに、CG全開のUの中でも、シーンによって、日本的なキャラクター造形と画面構成のものもあれば、ディズニー的な部分、マジックリアリズム的にリアルなのにそれが故に抽象化されたような印象の部分と、スタイルの使い分けがなされています。これだけの要素を混在させると、まぁ、普通は全体のトーンのコントロールが難しくなっておかしなことになろうものを、なんならその危険を冒してでも突き通したんだと思います。いくつか理由は考えられると思うんですが、ひとつは細田監督がアニメーション作家として影響を受けてきたもの、自分の培ってきたものをひとしきり盛り込みたいという表現的欲望の発露ではないでしょうか。誰が見ても『美女と野獣』というオマージュもそうだし、ネット同様、アニメや映画という広い意味での仮想世界の多様性を具体的に提示していると言えます。
仮想世界というと、すぐにネットと結びつけて考えてしまいますが、今僕が言ったように、アニメや映画だって、現実ととてもよく似ているけれど現実ではないものです。そして僕らは、思い思いに、そこで現実ではできない経験をするわけですね。今ここではないどこか、それを仮想世界に求めるというのは、心身ともに、何らかの理由で窮屈だとか居心地が悪いと思える現実からの逃避場所、シェルターとしての役割もあります。今回すずがベルとして花開いたように、そこでなら自分に似た別人、あるいはまったく別の誰かを生きることも可能なわけです。ただし、リアルタイムで双方向で参加者の極めて多い仮想空間、今回のUと呼ばれるような場所だと、そんなシンプルではないし、ナイーブではいられないわけですね。『サマーウォーズ』の頃からさらに進んで複雑化したネット社会とアニメ表現を、監督はそれこそ複雑な技法で描き出しました。
ただし、見ようによっては、色々ぶちこんでいるだけで結局ごちゃごちゃじゃないかと感じる人がいるのは不思議ではないし、僕も正直、好みの問題として気に入っていない場面がいくつもあります。50億もの人間のアバターがうごめくUの世界のあり様も、今ひとつよくわかんない部分があったし、それにしてもアバターはこんなにもどれも大人っぽさからかけ離れるものかねと思ったし。でも、考えたら、あのUの描写にワクワクする人もいることはよくわかる。そのアニメにできることをとことんぶち込んで、それでもなお、矛盾やスキをもろともせず、エモーショナルに大団円へ持ち込む力量は認めざるをえないし、なんなら僕もしっかり涙しました。困っている誰かに、現実に、手を差し伸べること。強くあることも大切だけれど、とにかく誰かにやさしくあることが大事だってこと。それこそ、矛盾や問題をはらんでいるけれど、仮想空間の理想と現実との乖離ではなく接続を描こうとしたこと。こうしたことにグッときたわけです。DJとして、音楽ファンとして嬉しかったのは、その接続に大きな役割を果たすのが、音楽、歌であったことです。クライマックスのひとつで見せる、スズとベルの区別がもはやなくなったあの歌う様、中村佳穂の歌声は圧巻でした。
こうした構造なので、はっきり言って、みんなが手放しでどこもかしこも好きってことにはなかなかならない作品でしょう。でも、僕みたいに、あそこはピンとこないけど、こっちはすごい好き、みたいな気に入り方はいくらでもできる作品です。かなり変ですが、そのいびつさはあまり類を見ない。いい音響、でっかい画面で、とくとご覧になって、あーだこーだ言ってください。

KIng Gnu常田大貴の別プロジェクトmillenium paradeが主題歌を担当していて、歌うのはすずとベルを演じた中村佳穂です。
 
僕は、現実パート、特にあの高校生男女のワンシチュエーション、告白コントみたいになるところの演出は、そう来るかと思って楽しかったです。こんだけ全体で足し算した演出なのに、あそこは引き算の極地で引き立っていました。カヌー部で文字通り孤軍奮闘するクラスメートが象徴的だったけれど、川をモチーフにした成長と見守りの物語というのが、Uのパートにも少しにじみ出ていて、それこそがまさに物語の本流として貫かれていたと思います。

さ〜て、次回、2021年8月3日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『サイダーのように言葉が湧き上がる』となりました。夏休みらしく、アニメが先週から続きます。俳句をモチーフにした青春もの。しかも、原作モノではなく、オリジナル。毎朝「季の言葉」というコーナーで俳句を紹介している身としては、これは気になっていたやつですよ。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!