京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM802で行っている映画短評について綴ります。

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年8月25日放送分

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海辺の町に暮らす中学1年の典道。夏休みの登校日。町の花火大会を控え、打ち上げ花火は横から見ると丸いのか、平べったいのか、という素朴な疑問についてクラスメートたちと言い争っていた。クラスの高嶺の花、なずなは、母親の再婚が決まって、夏休みのうちに転校をすることに。なずなに密かに恋心を抱いている典道は、親に振り回されたくないなずなから駆け落ちしようと誘われ、それを機に時間が巻き戻る不思議な経験をする。
 
世にも奇妙な物語」の後釜として93年に放送されたオムニバスドラマシリーズ「if もしも」の中で異彩を放ったエピソードが原作。脚本・演出の岩井俊二知名度を一気に高めたこの作品は、95年に劇場公開され、さらにカルト化しました。今回、ヒットメーカーたるプロデューサー川村元気が劇場アニメ化を企画。原作の岩井俊二が脚本に大根仁を指名。総監督は『魔法少女まどか☆マギカ』の新房昭之。見事に注目を集める座組なだけに、劇場公開後、さっそく賛否両論渦巻く格好です。
 
今週はアニメ「打ち上げ花火」をもちろんスクリーンで観るだけでなく、原作実写映画をDVDで鑑賞し、岩井俊二による24年越しのノベライズを角川文庫で読むなど、僕も負けじと複数の角度からこの物語を検証してまいりました。それでは、制限時間3分間の短評を今週もスタート!

本屋さんに行ってみると一目瞭然ですが、実は今、角川文庫から2冊のノベライズが出てるんです。ひとつは、岩井俊二が今回のアニメ化に合わせて書いたもの。もうひとつは、大根仁のペンによるもの。岩井俊二版の表紙は、93年のドラマで主演したふたり、山崎裕太(やまざきゆうた)が漕ぐ自転車の後ろに奥菜恵が座っている写真。懐かしいなぁと思う間もなく、僕はそのタイトルに驚きました。『少年たちは花火を横から見たかった』なんですよ。さっき言ったオムニバスドラマ「if もしも」のタイトルは、一部を除いて、すべて「AかBか」という二択になってるんです。あとがきを読んでわかりました。岩井俊二は、当時、このお題を拡大解釈し過ぎた結果、悪く言えば、他の演出家とは違うアプローチで奇をてらった結果、まったく「もしも」の話になっていないぞと当時のプロデューサーから指摘されて、苦肉の策として書き直したものが脚本になった。そこで、今回のノベライズでは、原点に立ち返って、ifというギミックを使わずに、少年少女の淡い夏の一日を文章にしたためた。だから、タイトルが違うんです。
 
話を戻して、アニメ版はどうなっているかというと、岩井俊二とはまったく逆のベクトルでして、ifという仕掛けをさらに膨らませる選択をしています。まず、実写にはなかった不思議な玉が登場。投げるとタイムリープして、その1日の意に沿わなかった部分からやり直すことになります。投げた玉がアップになる時、その内部で電球のフィラメントのようなものが見えるんですけど、そこにifという文字が一瞬だけどはっきりと見えるんです。つまり、93年のあのドラマシリーズコンセプトを強く押し出したアニメ版アップデートと言えます。
 
前置きが長くなった分、いきなり核心にいきます。アニメ化は成功してるのか。僕は面白く観たんですけど、面食らうお客さんが多いのはよくわかるし、その意味では、夏休み興行としては合格点ギリギリという感じがします。実写の尺はとても短くて45分。岩井版ノベライズも、文庫で160ページ。僕は、京都からサマソニまでの行き帰りで読み終えました。それだけ小さな話なんです。それを、アニメでは倍の90分にしました。一応、劇場にかけるんで、それくらいは尺がほしいという判断でしょう。では、どうやって倍にしたか。ごくごく簡単に言えば、ストーリーに小ネタを付けて、アニメ表現ならではの飛躍でボリューム感を出しています。結果、ところどころ、いや、後半は大部分がもう実験映画みたいになってきて、面食らうどころか置いてけぼりになる観客が続出するのも、さもありなんです。僕はそれも含めて楽しんだんですけど、そんなマニアックな楽しみ方をするのは少数派でしょう。
 
実写との決定的な違いである、タイムマシンとしてのif玉。あれを取っ掛かりに、映画を観た方は思い出してください、画面内は丸いもの、円形のもの、円を描くもののオンパレードです。灯台、虫眼鏡、プールでのターン、ゴルフボールとカップ、学校の校舎、螺旋階段、風力発電の風車、そしてもちろん、花火。カメラも弧を描いて動かす場面がありました。こういう似た形のものをリンクさせてどんどん物語をドライブさせていくマッチカットという手法はとても映画的で面白いし、謎としか言いようがないミュージカル的なずなの妄想シーンも興味深いんですけど、僕が残念に思ったのは、そうやって語り口を変えても、物語のテーマ、エッセンスそのものは特に深みを増してないことです。だから、オシャレしてみましたってだけで、重ね着した結果、あれ着ぶくれしてないかと思う人がいてもしょうがない。
 
ローティーンの男女の自分をうまくコントロールできない未熟さ。男女のマセ具合のずれってな淡いテーマを描くには、今回の製作陣の作戦が少々大人すぎる。むしろ、尺を伸ばすなら、岩井俊二のノベライズにあるように、全体を回想形式にしてしまう方が妥当でしょう。アニメ版は、せっかくアニメにするんだし、とか、岩井さんとはまた違った角度から、とか考え過ぎた気がします。もっと正面から打ち上げ花火を見ても良かったんじゃないかな。

オープンエンディングにポカンとしたり苛立ったりする人がいるのはわかるけれど、僕はアリどころか好ましく思いました。そこに至るまでの脱線で振り落とされた人には、「なんなんだよ」って絶対なりますけど、逆にこの話にオープンエンド意外あり得るのかって思うんです。「もしかして…」って想像させてナンボのもんですよ。
 
ただ、それを言っちゃおしまいなのは十二分に承知で言わせてちょうだい。僕はあの絵は苦手です。あの制服もしんどい。いかにも深夜アニメっぽすぎて… たとえば前半のプールの場面でも、急にギャグ漫画的に絵が変化したり、急にキラキラになったり、急にハイパーリアリズム的に写実的になったりと、僕みたいなアニメ素人にはついていけないですね。絵のタッチが饒舌すぎて、冷めちゃうんです。
 
とか何とか、まるでアニメ化は企画倒れかのように評を展開しましたけど、同じ話をメディアや作家を変えるとどうなるか、時代を経るとどうなるかという壮大な実験とも言えるこの「打ち上げ花火」を、僕はしっかり楽しんだし、愛でることができました。とても興味深い。ご覧になる方は、短い話なんで、ぜひ小説や実写版と比較してみてください。

さ〜て、次回、9月1日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ワンダーウーマン』です。彼女については、天然系の女戦士という情報しか、まだ頭に入っていないんですが、大丈夫でしょうか。でも、これが1作目だから、ドンと構えて観に行けばいいんだよね! きっと! 観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!