京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『SING/シング』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年3月24日放送分
『SING/シング』短評のDJ's カット版です。

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あの『ズートピア』のように、擬人化された動物たちだけが暮らす世界。斜陽の劇場を再建したいと、コアラの支配人ムーンは、経営を立て直す秘策としてのど自慢大会的オーディションを実施。勝ち残った動物たちには、現状を打破したいという事情や鬱屈がそれぞれにある。彼らはいくつものピンチを切り抜け、無事にショーを開けるのか…
 
製作は、2007年に設立し、『ミニオンズ』や『ペット』などヒット作を作ってきたユニバーサル・スタジオの子会社イルミネーション・エンターテインメント。アメリカでは12月に公開されて大ヒット。日本でも観客動員ランキング初登場1位と好調です。
 
僕は今回は吹替版でみたんですが、各国で公開されている中、日本だけが、すべてではないですが、ストーリーに歌詞が絡むものについては歌部分も吹き替えが行われたということで、むしろ吹き替えを狙う価値もあると思います。本職の歌手では、たとえばスキマスイッチ大橋卓弥MISIAの歌声を堪能できます。
 
それでは、3分間の短評というステージ、開幕!

CGアニメ業界でまだまだ新参者、これが7本目のイルミネーションですが、これまでの作品ではキャラクターの造形力は高いものの、ストーリーの構成力に明らかに難があったと僕は見ています。なんだかドタバタしていて、たとえば絶対王者ディズニーに比べると物語の背景や奥行きが足りないのではないかと。ところが、今回の『SING/シング』では、そこを改善してきました。
 
音楽院出身で高慢ちきで強欲なジャズマンのネズミ、25匹の子豚とワーカホリックな夫の面倒を見る主婦の豚、極度のあがり症で内気な象の女の子、窃盗団のボスの息子であることに嫌気が差しているゴリラ、自信過剰で他のジャンルを小バカにする彼氏と反りが合わなくなっていくパンクロッカーの女の子、山嵐。以上、メインのパフォーマー5名のキャラクターには、それぞれに夢があって、現状に対する鬱屈がある。こんなはずじゃないとか、なんで私ってこうなんだろうという不満ですね。さらには、支配人のコアラも、お父さんに叶えてもらった夢と、その夢をうまく開花できずに夢をこじらせているという問題がある。コアラの友達でニートな金持ちの羊ってのも大事なキャラクターでしたね。合計すると7名の登場人物たちのエピソードを均等に束ねていく群像劇スタイルを採用しているのが今作の一番の特徴です。

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セリフを正確に記憶していないのが申し訳ないんですが、支配人のムーンは、ショーを始める時の口上で、いつも「お集まりのすべての動物の皆さま」みたいなことを言うんです。動物っていうのをそのまま人間に置き換えれば良いわけですけど、この街には実に様々な人間がいて、仕事も性格も好きな音楽もそれぞれに違うけれど、この劇場は、そしてこの映画は、どんな人達にも開かれたものである、あるいは少なくとも、そうありたいという宣言だと思うんです。多様性の問題ですね。
 
その多様性を扱う上で、イルミネーションが目をつけた、いや、耳をつけたのが音楽です。これまでもファレルの”HAPPY”を筆頭に、音楽をうまく使いこなしてきた会社なんで、得意分野をさらに研ぎすませて結果を残そうという妥当なアイデアだと思うんですが、それにしても詰め込んだよ。キャラクターごとにジャンルを振り分けてあるから、テイラー・スウィフトやケイティー・ペリーといった最近のヒットから、ビートルズスティーヴィー・ワンダーのようなポップ・クラシック、そしてきゃりーぱみゅぱみゅからプッチーニまで、古今東西のなんと64曲をぶち込んでます。Ciao! MUSICAが6時間の番組内でかける曲数よりよっぽど多い(笑) もちろん、数秒単位のジングル的な短い使い方も結構あるから単純に比較はできないんだけど、とにかく異常なほどに音楽が鳴りまくってる。
 
なんでこんなことをしているかというと、主要キャラ7名はしっかり描くにしても、それぞれには到底掘り下げられないオーディションに集まる端役の背景も本当は見せたいわけですよ。だから、選曲とパフォーマンスの方法でもって、つまりは音楽を通して端的に伝えようと。結果として、落選した大勢の動物たちにもそれぞれに人生があることが伝わってくるし、これまたイルミネーションお得意の一発ギャグ的な演出と相性がいいから、テーマと演出方法がぴったり合致していて相乗効果をあげています。
 
108分で7人のメインキャラ、そして60曲ほどの音楽。どう考えても情報量は多すぎるし、全体として、テンポが良いってのを越えて、展開が一足飛びなのは否定できません。練習の成果が出るのも、失敗から立ち直るのも、何もかもが早送りなんで、僕も何度か「え、こんなにあっさり解決できるなんて、そんなアホな」って思っちゃったし、下手をすると底が浅く見えてしまうという欠点にすらなっているとも言えるでしょう。
 
ただ、そこは音楽がカバーしています。いや、カバーというか、音楽が説得力を持って脚本を補強している、いや、ねじ伏せてます。たとえば、歌はうまいが踊れない主婦の豚さんロジータが自分を解放するあの場面を思い出してください。彼女は何も考えてないでしょ? 身体が勝手に反応しているだけ。つまりは、彼女が踊れるようになる理由も、そういう音楽に出会ったから。それだけっちゃそれだけなんだけど、これが驚くことに音楽の高揚感でこっちも見事に納得してしまうんです。
 
歌詞とキャラクターをリンクさせる音楽もあれば、今言ったように、音楽そのものがストーリー的な展開を生み出すこともある。選曲がベタだという人がいるけど、じゃあ、他にどうすればいいんですかって僕は問いたいね。浅く広いのは確かにそうだけど、誰しもが耳にしたことのあるようなヒット感と、それぞれ他の曲に置き換えるのが難しいくらいの物語的意味を両立させてるんだからたいしたもんです。

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もしかすると好き嫌い別れるかもしれないのが、キャラクターの性格です。あのコアラも、「こいつどうかな」って思うところがそこそこあるけど、あのネズミ野郎を許せるかどうかですよ。僕にはオオアリでした。音楽的な能力と人間性がどちらも高い方が珍しいわけで、あいつははっきり言って、ろくに成長もしてないわけですよ。でも、バリバリのエンターテイナーです。現実を結構クールに見たり、ブラックな味わいを入れてくるのもイルミネーションの特徴なんで、僕はなんならもっとブラックにしてほしかったくらいですけど、そこはさすがに子ども向けなんでしょうがない。
 
ともかく、誰がどう見ても、イルミネーション・エンターテインメントではぶっちぎりの出来栄えです。ディズニーと比べても遜色ないです。802リスナーなら、多かれ少なかれ絶対に楽しめるので、ぜひ劇場でご覧ください。

映画公式サイトの手が込んでるんですよ。Spotifyとのタイアップで、自分がどのキャラクターにより近いのか診断してくれるという企画があります。僕は豚の主婦。ああ、確かにあのダンスシーンは一番高揚したかもしれない。で、さらにおすすめプレイリストもある。
 
ゴリラのギャング団がお面で顔を隠して逃走していたけど、顔なんか隠したって、ゴリラであることは一目瞭然なわけだから、遅かれ早かれ警察に特定されていただろうな…

さ〜て、次回、3月31日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『キングコング:髑髏島の巨神』です。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく! そして、来週は年度末恒例のマサデミー賞発表だよ。