京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『イエスタデイ』短評

FM COCOLO CIAO 765 朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月29日放送分
映画『イエスタデイ』短評のDJ'sカット版です。

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イングランドの海辺の町サフォークで暮らすシンガーソングライターのジャックは、彼の才能を買う幼馴染の女性エリーに支えられて音楽活動を続けているのですが、どうにも鳴かず飛ばず。もういっそ夢は諦めて、エリーのようにフルタイムの中学教師の仕事に戻ろうか… そんな考えが頭をよぎっていたある夜、世界規模で短い停電が起こります。自転車に乗っていたジャックは、真っ暗になった路上でバスに衝突。眠りのトンネルを抜けると、そこはビートルズの存在しない世の中になっていました。何気なく『イエスタデイ』を爪弾けば、仲間もうっとり。以降、ビートルズの曲をカバーする度に、ジャックは栄光の階段を駆け上ることになるのですが、果たしてエリーとの関係は?

スラムドッグ$ミリオネア (字幕版) アバウト・タイム ?愛おしい時間について? (字幕版)

 トレインスポッティング』や『スラムドッグ・ミリオネア』で名高いダニー・ボイルと、『ラブ・アクチュアリー』『ノッティングヒルの恋人』『パイレーツ・ロック』そして僕がこのコーナーでべた褒めした『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』でこちらも名高いリチャード・カーティスが初タッグを組み、それぞれ監督と脚本を担当しました。シンガーソングライターのジャックをインド系のヒメーシュ・パテルが、その幼馴染エリーを『ベイビー・ドライバー』『マンマ・ミーア! ヒア・ウィ・ゴー』のリリー・ジェームズがそれぞれ演じる他、エド・シーランが本人役で登場しています。

 
僕は先週金曜日にTOHOシネマズ梅田で観まして、公開からしばらく経っての平日昼間でも結構お客さんが入っている印象でした。それでは、映画短評、今週もいってみよう!

まずもって、発想がユニークですよね。そして、これはビートルズでないと成立しない物語でもあります。それほどに、4人が果たした功績がどれほどのものであったか、僕たちは再確認するわけです。なにしろ、ビートルズが後世に与えた影響は、ご承知のようにポピュラー音楽だけにとどまらず、ポップカルチャー全般に及ぶわけですから。病院で目覚めたジャックが、見舞いに来てくれたエリーに冗談を言います。「僕が64歳になっても、まだ僕を必要とし、ご飯を作ってくれるかい?」と。こういう音楽好きのウィットに富んだ会話には、もちろん、我らがブァブ4の『When I'm 64』をたいていの人が知っているという、言わば、現代文化の基礎知識としての前提があるわけです。ところが、エリーは笑いながらも、「どうして64歳なの?」と問い返す。このあたりから、おやおや、様子がおかしいぞとなってきます。
 
そして、このあたりに早速、パラレルワールドものであるこの物語に乗れる乗れないという分水嶺があるように思います。乗れない理由はこういうことでしょう。「もしこの世にビートルズが生まれていなかったら」という設定のSFなのだとしたら、4人が偉大だったからこそ、小ネタ、ギャグとして同じようにこの世から消えてしまったオアシス以外にも、間接的な影響を受けているグループは星の数ほどあるわけで、たとえばエド・シーランにしたところで、今とは違う音楽になっていた可能性が高いだろうと。逆に、こちらもネタとして出てくるコカ・コーラvsペプシみたいなエピソードだって、考えてみればおかしな話で、コークは19世紀、つまりビートルズのとっくの前からあるじゃないか。などなど、SFとして鑑賞すると、どうしても整合性が気になってしまうし、ビートルズのマニアであればあるほど、このネタはもっと掘り下げられただろうといったような不満が湧いてくる。僕は正直、それも致し方ないなと思えるほどに、かなり隙きのある作りだと認めざるをえません。音楽もののSFとして観ると、肩透かしを食う、あるいはまったくもって食い足りない。

アリー/ スター誕生(字幕版) 

ただ、脚本がリチャード・カーティスなんで、そこはラブコメディに寄っちゃうんですよ。で、ラブコメとして観た場合には、僕なんんかは大いに乗れるんです。有名になって巨万の富を得ることと、素朴に愛する人と音楽を大事にして慎ましくも穏やかに暮らすことのどちらを選ぶのか。どちらをも獲得することはかなわないのか? そうした価値を僕たちにも問うてくる内容で、その意味では『アリー/スター誕生』にテーマが近いように感じました。音楽を作ってプレイするシンプルな喜びに商業ががっちり食い込んできて、マーケティングの理論が持ち込まれ、イメージが作者本人の手の届かないところで操作されていく様子も、どちらにも出てきましたよね。それが悲劇に振れるのが「アリー」で、喜劇へ展開するのが本作。エド・シーランもよく引き受けたもんです。ヒールの役回りとなっているマネージャーに、ジャックが売れた今、エドなんてただの踏み台みたいなことを言わせてますしね。

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で、これも意見や好みの分かれるのが、後半に出てくるある人物。ハッとする場面で、取ってつけた感も冷静に考えれば拭えないんですが、今言った幸せの価値というテーマを踏まえれば、ジャックがその人を抱きしめたくなる感情の動きも頷けるし、味わい深くなってきます。

 
結果として、僕はこの作品をチャーミング極まりないものだと言いたい。その理由に、朴訥な女の子を演じさせたらピカイチのリリー・ジェームズの好演と笑顔が眩しいってことも言い忘れてはならないし、自分らしいサイズの幸せを追求することも愛おしいし、ビートルズに限らず過去の遺産が失われることがどれほどの文化的喪失につながるかということも教えてくれます。「イエスタデイ」は「トゥデイ」につながっているわけです。そのうえで、やはりビートルズの音楽があることは愛おしくなるという着地は鑑賞後の満足感も高い。これはもう、ウキウキと音のいい劇場でご覧ください。
音楽を語る時に、どうしても誰それが何年にこういうバックグラウンドで作ったものだとか、知識偏重な内容になりがちですが、良い作品というのはその文脈を離れても成立するということも思い出させてくれます。ジャックがその時々のアレンジで「カバー」する曲たちの素敵なこと。そして、この曲のレコーディング・シーンが楽しかった。世間に認められる前夜のジャックたちが、たとえばゴム手袋をはめてのクラップなど、DIYで工夫を凝らして、音を吹き込んでいく様子は、それこそビートルズたちが手探りにアイデアを反映させていった60年代の様子を彷彿ともさせていました。

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さ〜て、次回、2019年11月5日(火)に扱う映画は、スタジオの映画おみくじを引いた結果、『ジェミニマン』となりましたよ。映画館でそれはそれはよく予告を観てきましたが、イマイチ内容がよくわかっておりません(笑) とりあえず、ウィル・スミスがもうひとりのウィル・スミスと戦うという、少々ややこしそうな展開と絵面が予想されます。ただ、そこは名匠アン・リーの演出だから杞憂に終わるかな。だといいな。あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。