FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年11月1日放送分
映画『search/サーチ』短評のDJ's カット版です。
アメリカ、カリフォルニア州、シリコンバレーの中心地サンノゼ。友達の家で泊りがけのテスト勉強をしていた16歳の女子高校生マーゴットが忽然と姿を消します。父デビッドは当初思春期の気まぐれぐらいに思っていたものの、翌日学校に行っていないことを知って慌てます。警察に通報して捜査が始まるものの、彼も独自に調査をスタート。娘のパソコンを閲覧してSNSにログインしてみると、父の知らなかった娘の交友関係や悩みが浮き彫りに。膨大な情報の中から真実を掴み、父は娘を救い出せるのか。
全編パソコンの画面を通して語られることで話題を集めているこの作品。監督のアニーシュ・チャガンティーは現在まだ27歳のインド系アメリカ人。これが劇場長編デビュー作。映画制作を学んでいた南カリフォルニア大学で当時指導助手をしていた脚本家のセヴ・オハニアンと共同で脚本を執筆したこの作品は、インディペンデント映画の祭典にして新人の登竜門であるサンダンス映画祭で観客賞など複数の賞を獲得。主役はアジア系で、スター俳優のいない映画ながら、当初9館だけだった公開規模はあれよあれよと全米1100館へと拡大して、堂々のヒットを飛ばしました。
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!
トム・ハンクスとメグ・ライアンが共演した98年のヒット『ユー・ガット・メール』がひとつのターニング・ポイントだったと思いますが、登場人物の考えていることをテキスト情報として観客に見せるという手法は、古くから手紙を小道具とすることで存在していました。『ユー・ガット・メール』も、実は文通で恋を育む1940年の映画『桃色の店』(エルンスト・ルビッチ)のリメイクでしたからね。手紙やメモがPCメール、携帯メール、チャット、ラインへと様変わりし、今ではスカイプやフェイスタイムなど、ビデオ電話もあって、映画でもそうした通信技術を物語に取り込んできました。文字情報が画面に出てくることは実際に多いですよね。安直なものも多いですけど、それはともかくとして、今挙げたものは、基本的に一対一のコミュニケーションなのに対して、Twitter、Facebook、InstagramなどSNSの特徴は、そのメッセージが特定の誰かに向けたものではないということでしょう。公開された日記のようなもので、そこには書き手の声にはならない気持ちが表現されていることもしばしば。もちろん、そこには本音を装った嘘も混じります。ベクトルがはっきりしていた手紙から考えれば、どれだけ複雑で混沌としていることか。さらには、スマホが登場したことで、人物の位置情報が残り、街中に点在するカメラが市民の動きを記録する。この映画は、こうした現代に飛び交う膨大なデータログ、つまりデジタルな記録・履歴とリアルタイムの交信だけで映画を成立させようという実験的な野心作です。
それと同時に、ミステリーとしてよく練られていて優れています。マーゴットはなぜいなくなったのか。誰かにさらわれたのか。手をかけられたのか。あるいは自分の意志なのか。そこには誰かの関与があるのか。失踪からの時間が長くなればなるほど、場合によっては生存も危うくなるわけで、ハラハラドキドキ。父の焦りも手に取るように伝わるし、予想が空振りに終わった時の悔しさと安堵感が入り混じった気持ちの複雑さ。真相はなかなか先が読めないし、伏線がしっかり後で回収される快感もある。執筆にあたって多くのクライム・サスペンスを参照して分析したというだけあって、筋立てはよくあるっちゃよくあるものだけど、よくできてます。
こういう疑念の声が聞こえてきます。「全編PCモニターってのは、話題作りであって、その必要性って本当にあるの?」。僕はこう答えます。「確かに普通に撮っていたら、普通のミステリーになっていただろうけれど、これはPCモニターを通したからこそ何倍も面白くなり、映画の伝えたいメッセージもよりクリアになっているんだ」と。
ミステリーで大事なのは、観客に与える情報の量とタイミング、その物語の手綱を作り手がしっかりコントロールすること。たとえば、いかにも怪しそうな人を先に見せておいて、その人こそ犯人だと観客を間違った方向に誘導するミスリードも、このパソコン・モニター限定画面構成だとやりやすいんです。何しろ、僕らの視線はほとんどそのまま父デヴィットのものと一致するので、視野が狭い。なにしろモニターしか映らないので、画面の外、つまり現実に起きていることのほとんどは僕らは想像するしかない。その想像を監督は巧妙にミスリードする。
これはタイトルにも関わりますが、父が娘をサーチするために、彼女のライフログをパソコンでサーチすることで、結果として、ある理由から隠されていた彼女の悩みの本質が浮かび上がるようにもなっている。いくら技術が進んでも容易くはないコミュニケーションの難しさと喜び、そして家族愛がこのミステリーのテーマになっているんだけど、それはこの語りの手法とプロセスだからこそ、より説得力を持つんです。そのうえで、親が子を想うことのやるせなさとすばらしさを同時に味わえるラストなんて、もう最高でしょ。
画面は退屈するんじゃないのか。なんなら、それこそNetflixかなんかで、PCモニターで観るのがいいんじゃないかというのは間違いですね。この映画、撮影はたった13日で終わってるんだけど、編集と画面構成には何ヶ月もかけている。スクリーンの中にマルチ画面で出てくるすべての文字情報と画像が、実はかなり高度にデザイン化されていて、退屈とは程遠いどころか、驚くことにそのバランスが美しくもあるという。
また、この手のものは技術が日進月歩で進んでいくので、同時代にリアルタイムで観るべきでもあります。その意味で、面白さは僕が保証するので、これはもう迷わず映画館へお出かけください。
劇中には、Justin BieberとTwenty One Pilotsの名前が会話の中に出てきました。彼らがどれほど向こうのティーンネイジャーの心を撃ち抜いているかを教えてくれましたが、ここは父デヴィッドが独自捜査の途中で何度も娘に対して思っただろう「What Do You Mean?」という気持ちを汲んで(笑)、この曲をオンエアしました。
番組に届いた感想の数々で触れているリスナーもいたんですが、オープニングがそれだけで涙モノでしたね。この映画自体のチュートリアルであり、そこで家族の歴史をうまく提示し、あの一連のシーンがパソコンやネットの進化の振り返りにもなっていて圧巻。無駄なセリフもなく、あそこでしっかりテンポも作ってしまう見事な導入でした。
あと、これは文字演出としてベタっちゃベタですが、伝えようとしてやめておくといった、ためらい表現にはラインやショートメッセージは向いてるんですよね。そこにもしっかり伏線を用意してあるし、最後の一言ならぬ、ためらったけど最後に結局送信する言葉にもしっかりグッときてしまった僕です。