京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『BLUE/ブルー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月27日放送分
『BLUE/ブルー』短評のDJ'sカット版です。

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プロボクサーの瓜田。ボクシング愛と分析力は人一倍なんですが、肝心の試合ではなかなか勝てない若者です。同じジムには、瓜田から誘われて通い始めた後輩の小川がいて、彼は日本チャンピオンに王手をかけている状態。かつて瓜田をボクシングの世界へと導いた初恋の相手にして幼馴染の千佳は、今では小川のフィアンセです。瓜田はそれでもへこたれず、ふてくされず、努力の日々を送っています。一方、小川はこのところ、パンチドランカーの症状で平衡感覚を失うようになっていました。

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 映画オリジナルの物語である今作で監督・脚本を務めたのは、自らも長年ボクシングをしている吉田恵輔。『ばしゃ馬さんとビッグマウス』や『ヒメアノ~ル』など、僕も高く評価していた方です。瓜田を松山ケンイチ、小川を東出昌大、千佳を木村文乃が演じた他、軽い気持ちでジムに新しく入会してきた楢崎には、柄本時生が扮しています。

 
僕は映画館へもちろん行きたかったんですが、緊急事態宣言が出て観られなくなるかもしれないスケジュール上の都合と不安もありまして、今回は例外として、試写を手配してもらって鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

自分の好きなものに夢中になる。それはとても素晴らしいことですが、何をそんなにしゃかりきになってしまうのか。その理由が意外とはっきりしないというのはよくあることでしょう。このスポーツが好きだ。この仕事が好きだ。あるいはこの人が好きだという恋もそう。それっぽい理由をそれらしく挙げることはできたとしても、心の蓋を開けてみたら、なぜこんなにお熱なのか、合理的な説明ができないというケースです。
 
劇中では、千佳の質問をきっかけにして、瓜田も小川も、それぞれボクシングを始めた理由については触れるんですが、たとえばなかなか勝てなくても、身体に危険が生じようとも、何があってものめり込み続けている理由というのは、本人にすらよくわからない。逆に、やめ時もよくわからない。とにかく、好きだからとしか言えなかったりするわけです。

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(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会
吉田恵輔監督は、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』においても、そんな自分の好きなことに打ち込む若者の青春の終わりを見つめていました。脚本家になりたいという男女の話でした。最近だと『喜劇 愛妻物語』でも、脚本家としてやっていきたいが、なかなかそれだけでは食えずにいるという、世間的には「甲斐性なし」と言われかねない主人公がいました。映画でも仕事が取れる採れないという線引はありますが、ボクシングの場合はもっと冷酷です。特にプロボクサーは、試合に勝つか負けるか。そのどちらかしかない。瓜田と小川は、対称的なふたりです。日本タイトル目前の実力者で、千佳の恋心も射止めている小川。その千佳からボクシングへの興味を植え付けられたにも関わらず、思いを寄せる千佳との関係は幼馴染以上のものにならず、地道に人一倍努力を重ねるボクシングでは芽が出ない。それでも腐らず、いつもニコニコしているので、周囲からは単なるお人好しに見られて、下手をすればなめられる。なんというか、持てる者と持たざる者というのが、見ていられないレベルではっきりしています。いつも同じジムにいるわけだから、その歴然とした実力差には毎日のように気づかされる。瓜田だって辛いだろうけれど、そんなのはおくびにも出さない。

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(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会
ボクシングを描く物語には、普通、キツい訓練や厳しい減量を積み重ねた先の勝利や、逆に劇的な敗戦など、強烈なカタルシスが用意されます。ところが、この映画にはそういう王道的展開はありません。瓜田と小川のアスリートとしての行く末が一応の軸にはなるんですが、そこへもうひとり、「ボクシングやってる風」を目指したいという不埒な心持ちでジムに入会した楢崎という男が物語のスパイスになります。「なめてんのか、お前は」ってことなんだけど、そんな楢崎にも瓜田は朗らかに接して、的確なアドバイスをするうちに、楢崎もまたボクシングの魅力に取りつかれていきます。
 
吉田監督自身、30年ほどボクシングを続けていて、今作では殺陣、要するにリングでの振り付け、動きもすべて付けています。ボクシング映画というのは、役者は危険を伴うし、体作りから含めると拘束時間も長くなるしで、実は製作へのハードルはかなり高いんですね。実際、特に最近はあまり作られていません。それでも監督は8年ほど温め続けて、このボクシングそのものを描くような映画を撮りきりました。それは監督自身、ボクシングがとても好きだからでしょう。もちろん、映画もすごく好きなわけです。

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(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会
観終わって思うのは、きっかけや理由はどうあれ、人が何かに夢中に取り組む姿が愛おしいということです。何かを好きでいる気持ちに終わりはないという情熱の結晶を目にした気持ちです。BLUEというのは、ボクシングコーナーの挑戦者側の色。傍から見れば負け犬かもしれないけれど、挑戦者であり続けられる精神の美しさと業のような治らぬ病気のような、コントラストの強い明暗の両面を僕はラストショットに観ました。その意味でとても変わった作品だけれど、普遍的で力強かったです。
主題歌は、劇中でもチラッと登場する竹原ピストルでした。彼もボクシングをしていらっしゃいましたよね。映画の内容を煮詰めた歌詞はお見事。特に、ラスト近く、「もはや足跡を残したいわけじゃない。でも、足音を鳴らしていたいんだ」なんて絶品ですよ。
 
幼馴染の恋の三角関係とか、ボクシングでこてんぱんに負けちゃうとか、僕はちょいとあだち充の『タッチ』前半を思い出しましたが、まぁ、それは完全なる余談です(笑)
 

さ〜て、次回、2021年5月4日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『浅田家!』となりました。え? 去年の映画じゃないか。そうなんです。シネコンの多くが休業に入った緊急事態宣言下の関西ですから、ここはやむなく、配信作の中からおみくじを引くことに… まことに残念ではありますが、見落としていた話題作をしっかり拾ってまいります。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!