京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『HOKUSAI』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月15日放送分
『HOKUSAI』短評のDJ'sカット版です。

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江戸後期の浮世絵師、葛飾北斎の伝記映画ということになりますが、若き日の資料は特に少ないこともあり、今もなお謎の多き生涯です。企画・脚本・出演と大活躍だった河原れんが徹底的に資料にあたった上でイマジネーションを膨らませ、浮世絵師として身を立てるまでと、老いてなお精力的に描き続けた晩年に的を絞って描いています。

探偵はBARにいる

監督は、『相棒』や『探偵はBARにいる』の橋本一(はじめ)。若き日の北斎柳楽優弥、老年期を田中泯が演じるほか、浮世絵の版元である蔦屋重三郎阿部寛、戯作者柳亭種彦(りゅうてい・たねひこ)に永山瑛太喜多川歌麿玉木宏がそれぞれ扮しています。
 
僕は先週木曜日の午後、TOHOシネマズ二条で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

無知を露呈するようですが、北斎の作品ならまだある程度は知っていても、その人生や、他の絵師・戯作者たちとの前後関係やどう交差していたのかという美術史・文化史的な位置づけについてはまったくできていなかった僕です。ぼんやりとしか知らなかったことだらけということで、冒頭から興味津々の状態で最後まで目を見張っての鑑賞でした。
 
脚本の河原れんさんのインタビューを読むと、5年ほど前から執筆に取り掛かり、プロットは30回、脚本は13回の改稿を重ねたそうです。しかも、形がまとまってきたと感じられたのは、8稿以降と言いますから、いかに北斎という男をまとめるのが難しいか、よくわかりますね。浮世絵師としてデビューするまでの前半では、歌麿写楽といった先輩やライバルが登場することで、なるほど、こういう前後関係や同時代性があるのかとわかりますが、絵師たちが火花を散らす対決ものとして全体を構成するアイデアもあったようです。紆余曲折を経て、人生を四季になぞらえた4部構成で、前半2部を柳楽優弥、後半を田中泯に演じてもらい、大胆にも、一般的に働き盛りと言える時代を数十年、すっ飛ばしています。
 
もともと作品の数は多いし、引っ越し魔で足跡については謎が多いしで、想像力の翼を広げないと埋められない部分が多い人物です。だったらもう、ある程度わかっている部分を基礎にして、せっかくなら観客にも想像を巡らせてもらおうということではないですかね。好感が持てました。貫いているテーマは、「表現の自由」です。

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©︎2020 HOKUSAI MOVIE
まだ北斎と名乗る前、彼は絵こそうまいが、頭でっかちで人の意見になかなか耳を貸さない、生意気で半人前な青二才でした。まだ、これといって人をうならせる作品は描けていません。ただ、光るものがあると目をかけるようになるのが、今でいう名プロデューサーと呼ぶべき男、版元の蔦屋重三郎です。なぜ絵を描くのか、そこに求められるものは何か、そして自分にしか出せない特徴は何か、蔦屋との一連のやり取りの中で、彼は辛酸を嘗め、嫉妬し、努力し、迷いに迷い、ついにある到達点にたどり着く。その上で、なぜ北斎と名乗ったのかも明かします。あれだけの人であっても、自由な表現が自分の中からだけ生まれるものではないんですね。なおかつ、時の幕府が風俗を乱すとして蔦屋をめちゃくちゃに荒らす公権力の圧力ってのが、冒頭で楔のように打ち込まれていますから、表現の自由、そして独自の表現の模索がどう変遷していくのかっていう一本の大黒柱的テーマが全体を貫いていて、とても見やすいです。だけれど、押し付けがましくない。なおかつ、むやみにぐずぐず情緒に傾かず、映画としてはスッキリしている。道具立てやセット、照明、カメラワークは、いつも丁寧、繊細でありながら、再現ドラマに陥らないように、どこかに大胆な映画的仕掛けを盛り込んでいて、意気込みを感じます。

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©︎2020 HOKUSAI MOVIE
その状態で迎える田中泯の演じる北斎は、迫力抜群。彼の髪の毛一本まで含めた全身の表現は圧巻です。そして、柳楽優弥から引き継いだ目ヂカラ、眼力! その鋭さ、観察眼を映像的に見せるための工夫もあったし、表現者としての覚悟と人生をかけた飽くなき探究心がますます高みへと達する、北斎90歳の最晩年まで、かなり高いレベルで映画化できていると思います。
 
少なくとも門外漢の僕はいよいよ興味を高められたし、入門として今後もまずはこれをご覧なさいという1本になっているんじゃないですかね。2024年度からは、新1000円札に富嶽三十六景神奈川沖浪裏が採用されますよ。これからまた注目を浴びるだろう北斎の魅力に、映画館で今触れてみてください。 

日本のシングル集 (日本独自企画盤) (特典なし) ジャポニスム・クラシック-西洋作曲家が描いた日本-

放送では、短評に入る前に、ボブ・ディランのKnockin' on My Heaven's Doorをオンエアしました。コロナ禍の入り口、結局来日はなりませんでしたが、来日記念盤としてリリースされた日本独自のシングル・ベスト、ジャケットは、本人の希望によって、北斎の作品をモチーフにしたものに変更された経緯があったんです。

 

そして、短評後には、ドビュッシーを。きっかけは、キング・レコードが編んでいた『ジャポニスム・クラシック-西洋作曲家が描いた日本-』というCDの存在を知ったから。以下、公式サイトから引用しておきます。

浮世絵などの日本美術が“ジャポニスム”として西洋美術に大きな影響を与えたように、
西洋音楽家も日本からインスパイアされて作品をうみだしました。
その響き、その美しさと新鮮さはもうひとつのジャポニスムクラシック音楽の新しい魅力に触れてください!

北斎の「冨嶽三十六景」に影響され作曲したドビュッシーラヴェル
『月の光』などの作曲で知られる、ドビュッシー(1862-1918)は、フランスの作曲家。
中でも、交響曲「海」は葛飾北斎の「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」に影響を受けて作曲されたと言われています。
譜面の初版表紙に、「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」が使用されており、また自室にも同じ北斎の絵が飾られていました。 
また、同じくラヴェル(1875-1937)も冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」に影響を受けてピアノ曲『洋上の小舟』を作曲しました。
ドビュッシーが、その大波に注目し作曲したのと対照的にラヴェルは、
心もとなく揺れる3艘の舟とそれに乗る人々の様子に触発され作曲を行いました。

 

さ〜て、次回、2021年6月22日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『カムバック・トゥ・ハリウッド』となりました。やった〜〜! 観たかったやつ! 70年代のハリウッドを舞台に交錯して迷走する映画人3人の思惑。確かリメイクなんですよね。オリジナルも気になるな。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!