京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ビューティフル・ボーイ』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年4月18日放送分
映画『ビューティフル・ボーイ』短評のDJ's カット版です。

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フリーライターとして活躍しているデヴィッド・シェフは、サンフランシスコ郊外の自然豊かな場所で家族と暮らしています。別れた妻との間の息子ニック。画家で現在の妻。そして、その妻との間のまだ幼いふたりの息子たち。成績優秀で、家族とも仲睦まじかったニックですが、ふとしたきっかけでドラッグにのめり込んでしまい、リハビリ施設に入ることに。ただ、治療は必ずしもスムーズには運ばず、ニックは再発と治療を繰り返す青年時代を過ごすことに。この作品では、そんなニックと、彼を大きな愛で包もうと辛抱強く立ち回る父デヴィッドの関係を中心に、この家族に起こる8年ほどの出来事を描きます。
 
珍しいケースですが、原作は2冊のノンフィクションです。父デヴィッドと息子ニックがそれぞれに出版した本をひとつの脚本に落とし込む形で映画化されました。監督は、ベルギー出身で、これが英語初演出となるフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン。家庭を舞台に、相互理解の難しさや、人間関係の時の流れを巧みに見せる手腕を買われての抜擢でしょう。ニックを演じるのは、『君の名前で僕を呼んで』を機に、若手再注目株となっているティモシー・シャラメ。父デヴィッドは、スティーヴ・カレルが担当。そして、先週の『バイス』に続き、ブラッド・ピット率いるプランBエンターテインメントです。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

映画の冒頭で、はっきりテーマが語られていました。デヴィッドが、ドラッグに詳しい専門家のもとへ相談に行き、事情を話すシーン。「息子とは仲良くやっていたし、彼のことは深く理解していると思っていたんだが」と切り出します。もちろん、これはドラッグの毒牙にかかって依存症となり、生き地獄を味わう青年とその父の物語なんだけど、もうちょい俯瞰して見れば、監督の興味の本丸である、人間の相互理解の絶望的な難しさがテーマなんだという振りになっている場面です。
 
僕が意外と重要だなと思ったのは、ふたりの女性、つまりニックの実の母ヴィキと継母のカレンについても丁寧にその心理を描いていたことです。それがどう変化していくのか。監督はさり気なくも細やかに、登場人物の関係性をあぶり出していきます。

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先週の『バイス』に続いて、これは広い意味で編集が肝の作品です。広い意味ってのは、つまり、ひとつひとつの映像の組み合わせというより、8年間に起きた様々な出来事をどの順番に並べるのかという、シーンの組み合わせが大事ということ。観ればすぐに分かりますが、時系列はかなりややこしくなってます。全体としては過去から未来へ緩やかに進むんですが、3歩進んで2歩下がる、時には10歩20歩下がるって感じで、結構行ったり来たりします。
 
表面的には、ドラッグに溺れたニックの断片的な記憶の再現ということもできますが、それ以上に、この編集に僕が感じたねらいはこういうことです。人間同士の関係が変化するきっかけを不意にフラッシュバックさせることで、あの時、自分は頓着していなかったけれど、相手にとっては大きな試練だったかもしれないといった「気づき」を観客にも追体験させること。これはうまく行っていたと思うし、逆に時系列でそのまま構成したら、これは想像以上に退屈でただただしんどい作品になっていたでしょう。今の構成にしてあるからこそ、ドラマに起伏と深みが生まれている。
 
とはいえ、登場人物も舞台も出来事もバラエティーに富んでいるわけではないので、ぼんやり観ていると大切なことを見落としてしまう種類の作品なので、人によっては、そして体調によっては、退屈に感じることもあるやも。ただ、身を乗り出して観れば、たとえば親子の合言葉「Everything」の意味とか、庭のスプリンクラーに人がいる時いない時の印象の違いとか、些細なことにいちいち感じ入ってしまいます。

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愛することのすばらしさと裏返しの難しさ。そして、ドラッグ依存ははっきり病気ですから、その治療には愛だけでは片づかない側面があること。ニックがその落とし穴にはまったきっかけは実は推測するしかないのですが、誰にも起こりうる身近な闇であること。本人が悪い、親が悪いと、簡単に割り切れないことがしっかり伝わるのもすばらしいです。
 
さらに言えば、これは介護、障害、病気といった、僕らが生きていくうえで避けがたい試練の物語としても観ることができて、その意味でかなり普遍的な内容です。
 
そして、最後にもうひとつ。原作はふたりの本なわけですが、出来事や感情を言葉などで表現することが自分の傷を癒やすばかりか、苦しむ誰かに手を差し伸べるんだという大切なことも教えてくれる作品でした。

ニルヴァーナニール・ヤングシガー・ロスなど、既存曲を多く採用したサントラも、そのチョイスは芸が細かったです。分けても、やはりこの曲でしょう。不意にデヴィッドが口ずさみ、ジョン・レノンの録音にスライドする場面は鳥肌モノでした。


さ〜て、次回、2019年4月25日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『キングダム』です。マズい。原作未読。中国史疎い。そんな僕でも大丈夫なのか? ただ、802映画好きスタッフによれば、近年の漫画原作の中でも屈指の良い出来栄えなんて話も。飛び込んで確かめてきます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!