京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『男はつらいよ お帰り 寅さん』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月14日放送分
映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』短評のDJ'sカット版です。

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(C)2019松竹株式会社
車寅次郎の甥っ子、満男は妻を病気で亡くし、今は中学生の娘と二人暮らし。脱サラして作家となり、まずまずのヒットを飛ばしている様子。妻の七回忌で集まった親戚の中には、そんな満男に再婚の可能性も考えてはどうかと水を向ける人もいます。ある日、新作のサイン会を大型書店で行っていると、初恋の相手、ヨーロッパで暮らしているはずの泉が列に並んでいたのです。
 
山田洋次が原作とほぼすべての監督や脚本を務めてきた「男はつらいよ」シリーズ。作品数としては世界最長のシリーズとしてギネス登録されていますが、1969年の映画1本目から、これで50作目にして50周年。渥美清は96年に亡くなっていますから、デジタル修復された過去作の映像やCGを使いながら、現在の満男たちのドラマに、過去の場面や寅さんのCGが挟まれる格好で新作が構成されました。

男はつらいよ HDリマスター版(第1作) 男はつらいよ 寅次郎紅の花 HDリマスター版(第48作)

 

キャストは… 吉岡秀隆倍賞千恵子前田吟、そして泉役の後藤久美子佐藤蛾次郎小林稔侍、笹野高史に加え、泉の母として夏木マリ、さらにはマドンナで人気の高いリリーの浅丘ルリ子、他に、満男の担当編集者役で、池脇千鶴も出演しています。さらに、オープニングシーンで、主題歌『男はつらいよ』を桑田佳祐が歌う様子が映し出されます。
 
僕は先週木曜夜、MOVIX京都で観てまいりましたよ。イタリア・トリノで産湯を使い、姓は野村、名は雅夫、人呼んで忘れん坊の雅と発します。そんな僕がどう感じたのか、今週の映画短評いってみよう!

まず触れておきたいのは、これまでのシリーズ49本がすべて修復されたということです。大作映画が1本撮れるほどの予算、そして1本あたり200から500時間とされる手間をかけての4K修復がなされずには、この作品は成立しなかったと断言できます。寅さんはヒットし続けただけあって、35ミリフィルムのネガがすべて残っているんですね。経年劣化の状態がまちまちなそれらを一コマずつスキャンして、傷や汚れを取り除くだけでなく、退色していた色を調整。音もそうです。ミックスされて焼き付けられた音しかないものからそうっとノイズをキャンセルししていく。しかも、デジタルは何でもできちゃうけど、無闇矢鱈にきれいにするんではなく、シリーズの統一感をもたせながら、それぞれの時代に映画館でかかっていたフィルム映写の良さを最大限に再現したのが、松竹映像センターです。これは美術品や歴史的文化財の修復と同じなんです。寅さんは儲かるからいいんですけど、他の作品も、国はもっと予算をつけてフィルムそのものの修復と保存にも力を入れてほしいところです。

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ともかく、そうやってスクリーンに文字通り「帰ってきた寅さん」の姿に眼を見張ります。ただ、これはあくまで新作ですから、寅さんの甥っ子である満男が回想するたびに、過去のシリーズからの引用が挟まれることで、過去作のダイジェストってな感じで、観客も寅さん体験を回想するわけですが、兎にも角にもシーンのチョイスと尺が過不足なくて、編集の技術のすばらしさにも眼を見張ることになります。セットの空間構成、ロケ地の時代の変遷、カメラの向き、役者の動きまで計算されてるから、パッとつないでも違和感なくスムーズに時代を行き来できるんです。しかも、今なお現役の役者陣は当たり前ですがそのまま歳を重ねているわけで、若作りも老けメイクも必要ないわけですよ。これはもう、他のシリーズではなかなかできません。いずれも僕が高く評価しているリチャード・リンクレイターの『6才のボクが、大人になるまで。』とか「ビフォア」シリーズを思い浮かべました。と同時に、フッと思い浮かべたのは、意外にも「スター・ウォーズ」です。エピソード7以降は、ジョージ・ルーカスというオリジネーターの手を離れたわけですけど、寅さんは山田洋次という生みの親が存命で、なおかつこうして監督しているわけです。そりゃ、こちらは統一感が出るわなと。

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山田洋次のこのシリーズにおける哲学は、社会の様々な立場の人間をきっちり描くってことです。地方の景色もそこに暮らす人々の様子も、少なくとも表面的にはどんどん均質化して均されていく高度成長期以降の日本を、「それでいいのかい?」と、人にも街にもいろいろあっていいじゃないか、いろいろいるから面白いんだろうと、社会の周縁の人々にあくまで娯楽としてスポットを当て続けました。今回もそうです。家族を描きながら、どの家族も決して標準的ではない。満男はシングルファーザーです。しかも、不安定な作家という職業。そこへ泉がヨーロッパから帰ってくる。泉の家も、両親は離婚していて、今は介護の問題に頭を抱えている。この泉を演じた後藤久美子がすばらしかったです。実際、彼女は96年にジャン・アレジと結ばれてヨーロッパへ行ったわけです。泉は国連難民高等弁務官事務所の職員という設定で、フランス語と英語を駆使しながら東京へ久しぶりに戻ってくる。これは実生活とも重なるわけです。僕たちも久しぶりに彼女の姿をスクリーンで観る。そして、美しいし、垢抜けている。本作の成功はゴクミの力が大きいです。VIVAゴクミです。

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© 2019松竹株式会社
あと、ぼんやりと満男をめぐる三角関係を形成する初参加の池脇千鶴もすばらしかったと声を大にして言っておきます。彼女の存在がなければ、ともすると旧ファンへの配慮ばかりに満ちた接待映画になりかねない企画なのに、そうはなっていないんですから。僕みたいにかなりライトな寅さん好きもグイグイ入っていけるのがその証拠です。旧作の復習や、世代によっては予習して観に行くのもいいけど、これは寅さん入門としても機能する堂々の新作です。まだ劇場へ行っていないという方は、今週必ず行くようにしてください。マドンナたちが走馬灯よろしく登場するシーンのみならず、クライマックスの演出など、これは山田洋次による『ニュー・シネマ・パラダイス』なんですから。僕は終始涙ぐんでいたことをここに告白しておきます。

ここで、桑田佳祐渥美清が歌う『男はつらいよ』をオンエアするのはセオリー通りなんですが、ひねくれ者の僕はあえてこうして別のものを。よく言われるように、つらいのは男ばかりというわけではなく(当たり前だ)。特に不器用な恋の言動から、後で人知れず後悔なんてのは性を問わず、みんなひとつやふたつあるわけです。女性の視点から、二階堂和美『女はつらいよ』をお送りしてみました。


さ〜て、次回、2020年1月21日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『パラサイト 半地下の家族』となりました。アカデミー賞ノミネートが発表され、作品賞とポン・ジュノが監督賞にノミネートという快挙を果たした翌朝に、まちゃお、当てました! やりました! 鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!