京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月19日放送分
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20211018165959j:plain

(C)2019 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.
007こと、ご存知ジェームズ・ボンドは、エージェントを退いてジャマイカで静かに暮らしていたのですが、CIAの旧友であるフィリックスが助けを求めてきたことで、急転直下、生きるか死ぬかのミッションに逆戻りすることになります。誘拐された科学者を救出するのが、その目的なのですが、やはりことはそう単純ではなく、謎の黒幕の正体、その仮面を剥がす物語です。

007 / スカイフォール (字幕版)

5年前に企画がスタートした今作。もともとはダニー・ボイルが監督するはずだったんですが、すったもんだの末に、3年前、日系アメリカ人のキャリー・ジョージ・フクナガに交代。フクナガさんも共同脚本に名を連ねています。ボンドは6代目として2006年の『007 カジノ・ロワイヤル』から担当して、これが5本目となるダニエル・クレイグ。他にも、レア・セドゥ、ラミ・マレック、ラシャーナ・リンチ、ベン・ウィショーナオミ・ハリス、アナ・デ・アルマス、クリストフ・ヴァルツなどが出演しています。
 
シリーズ25作目にして、尺は最長の163分。僕は10月1日、公開初日の初回に、TOHOシネマズ二条のIMAXで瞬きも惜しいくらいの勢いで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

007シリーズ、その映画は、ショーン・コネリーがボンドを演じた1本目、1962年10月5日から始まりました。それから、およそ60年です。戦後15年ちょいで、世界には冷戦があり、多くの観客に未知なる場所がたくさんありました。ショーン・コネリー時代にはほぼ毎年新作が公開され、稀代の色男ジェームズ・ボンドが危険と美女を渡り歩いていくさまに、観客はあこがれたり、わくわくしたりしてきたわけです。そのボンドが、キャラクターとして還暦を超えているわけです。時代が変われば、観客が映画に求めるものも変わるわけで、その時代ごとに役者を一新しながら、ボンドも軌道修正をしながら、時には綱渡りしながら、ここまで生きながらえてきました。
 
そして2006年からはダニエル・クレイグがボンドに扮するわけですが、当時彼は30代後半。今は53歳。実は15年もボンドでいたってのはこれまで最長なんです。これまでのイメージとは違うし、知名度も当時はまだ低かったわけですが、今思えば僕は大成功だったと思います。『カジノ・ロワイヤル』という原作者イアン・フレミングのシリーズ1作目をベースにして仕切り直しながら、ボンドという、もはや古色蒼然(こしょくそうぜん)たるキャラクターを現代に位置づけなおそうとしたわけです。その中では、敵味方ともに、組織も戦い方も世界のあり方も、文字通りリブートで再出発。昔は大味な脚本も多かったし、とんでもガジェットが飛び出すコミカルな要素もあって迷走した時期もあったけれど、今や練りに練った複雑なシナリオと世界最高峰のアクションが求められる中で、ダニエル・クレイグは、悩むことも多い、人間味のあるボンド像を形成します。スパイ本来の孤独を抱えて、若いうちにはドタバタしながらも存在感を発揮して定着させ、『スカイフォール』ではシリーズ全体を見渡しても傑作という高みに登り、『スペクター』でそのキャリアから下りたボンドの、これは余生です。事実、スクリーンの中でそれだけダニエル・クレイグも歳を重ねてきました。もうそっとしておいてくれ。俺みたいなロートルはもう死んだものと扱ってくれ。そこでの、No Time To Dieですよ。まだ死んでいる場合ではない。死ぬのはまだ早い。

f:id:djmasao:20211018170220j:plain

(C)2019 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.
劇中、とある大事な箇所で、ボンド・ガール、恋人のマドレーヌがとある人物にこう言います。「昔、ジェームズという人がいてね…」なんてことですよ。ボンドがMI6に戻ったら、007の殺しのライセンスには、黒人女性がいるわけですよ。この超大作5部作のしめとして、ジェームズは過去を清算、過去と決別して舞台から下りるために新しい戦いに向かう。ただ、そうやすやすと平穏が訪れることはないわけで、今回もイタリア、ジャマイカキューバ、ロンドン、北欧、北方領土、陸海空、そこかしこで、普通の映画ならハイライトになる場面が次から次へとやって来ます。新キャラもいるし、過去の因縁をある程度初心者にもわからせながら、なおかつ先が読めないように、アクションはフレッシュに、画面には迫力と気品の両方をにじませてください、フクナガさん! 僕なら匙を投げるところを、フクナガさんはその都度、少なくとも画面上で見事な結果を出していると思いますよ。特に中盤までの話運びなんて、どのシーンにも印象に残る画と動きがあるし、クレイグの身体ばりにシャープでした。とりわけキューバでアナ・デ・アルマスと見せたパーティーシーン突撃っぷりは、オールドファンも手を叩いて喜びますよ。あとは、冒頭のガンバレル・ショットそっくりの画面構成をクライマックスでさりげなく出すあたり、憎いね。

f:id:djmasao:20211018170246j:plain

(C)2019 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.
とはいえ、膨らみきった話を回収するにあたり、型を貫くところと破るところ、脚本は難航しただろう部分が散見されるのも事実。細かいツッコミも入れたくなります。ラミ・マレック演じる悪役のサフィンも、フクナガの手際よい見せ方をもってしても印象が薄い。などなど、問題点はいくつもあります。
 
それでも、僕としては、賛否渦巻く終わり方も含め、大衆娯楽映画史に輝くシリーズの落とし前をつけようとする今作、そしてダニエル・クレイグのボンドに大きな拍手を送ります。何年か後にまた新しい俳優で始まるとしても、「古き良き時代」のボンドはwill not returnです。悩みもがきながら、よくぞやってくれたと、クレイグの背中を拍手で見送る僕がいます。
 
それにしても、Billie Eilishはいい仕事をしました。彼女自身の音楽性と、ダニエル・クレイグ版ボンド5部作の辿ってきた道のりとの距離感がちょうどいい曲になりました。

さ〜て、次回、2021年10月26日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『Our Friend/アワー・フレンド』となりました。この前、ぴあ関西版の映画担当、華崎さんが番組内で紹介してくれました。難病ものではあるけれど、お涙ちょうだいに終止することなく、映画ならではの表現をツイストにしているようで、期待大です。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!