京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『Our Friend / アワー・フレンド』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月26放送分
『Our Friend / アワー・フレンド』短評のDJ'sカット版です。

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ジャーナリストのマットと舞台女優のニコルは、それぞれに仕事を楽しみながら、時に苦労しながら、ふたりの娘を育てていました。そこへ、ある日、ニコルに宣告された末期がん。マットは育児と仕事に加え、介護にも追い立てられる毎日です。そこへ手を差し伸べたのが、ふたりの親友であるデインでした。
 
原作というか、原案というか、もとになったのが、劇中でマットと呼ばれるマシュー・ティーグが雑誌エスクァイアに寄せたエッセーです。エグゼクティブ・プロデューサーは、リドリー・スコット。彼は『最後の決闘裁判』が上映中ということで、八面六臂ですよ、ほんと。そして今作の監督は、ドキュメンタリーの評価が高い気鋭のガブリエラ・カウパースウェイト。マットをケイシー・アフレック、ニコルをダコタ・ジョンソン、デインをジェイソン・シーゲルが演じます。
 
僕は今回はメディア関係者向けの試写で鑑賞いたしました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

決して派手なものではないんだけれど、ひとつひとつのシーンが丁寧に編まれていて、脚本も演出も演技も、高いレベルにある秀作でした。トピックとしては、決して目新しくないです。家族や恋人、友人が不治の病に冒されてしまい、その余命をどう生きるか、どう死ぬのか、差し迫った時間の中での選択の難しさと意義を浮かび上がらせる。この手のものは枚挙に暇がありません。さらに、三角関係の話だって、そう。でも、この作品のうまいのは、まず脚本レベルで、3人の出会いからニコルの死までを、時系列に沿ってではなく、時間を行きつ戻りつシャッフルさせながら、人が記憶をポツポツと思い出すように、あるいは走馬灯のように、断片的に見せることです。僕たち観客は多少は混乱するわけですが、こうすることでむしろ、その時々に起きていたこと、誰かの発言、誰かの行動、その意味は見出しやすくなるんですよね。もちろん、そんなの意図なくやってたら支離滅裂なものになりますから、これらシーンの順列組み合わせにこそ、脚本の妙があって、露骨に泣かせにかかる説明くさいものではなく、こちらの観察や想像の補助線をさりげなく引く、とても映画的で節度と配慮に満ちた仕掛けです。

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(C) BBP Friend, LLC – 2020
加えて、カウパースウェイト監督の手腕が光っていたのは、ひとつには時折挟み込んだ長回しです。たとえば冒頭、夫婦が病床で話をしているところ。妻がいよいよ亡くなってしまうことを、子どもたちに伝えないといけない。決意と戸惑いがないまぜになってあの空間を満たしている様子を、ごちゃごちゃカットを割らず、わりとじっくり見せます。監督は俳優を信頼していて、ケイシー・アフレックダコタ・ジョンソンは確かな演技で応えています。一方、監督の手腕が光るもうひとつの点は、ドキュメンタリーで育まれただろう観察眼です。今挙げたシーンの後には、夫婦の親友、デインが子どもたちをふたりの部屋に送り届けて、夜、外のブランコでひとり佇んでいるショットが入ります。デインは何も言いません。暗くて、表情も見えないけれど、心の揺れが伝わったのであろう、動くブランコの軋む音が、彼の気持ちを雄弁に語るんです。こうしたさりげない演出の積み重ねが、ありふれたとすら言えるモチーフの今作を、非凡なレベルに持ち上げているんですね。

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(C) BBP Friend, LLC – 2020
さらに言えば、普通であれば、タイトルが指し示す主人公は夫婦のどちらかになりそうなものが、アワー・フレンド、つまり、このデイルになっているのもユニークですね。デイルは、もとはと言えば、ニコルに惚れてデートに誘ったんだけれど、「あ、結婚してたんだ、ごめんね」みたいな感じで気持ちを引っ込めた男です。パートナーがいることに気づけない鈍さがあるし、それでもグイグイ攻め立てる強引さはないし、コメディアンになりたい夢はあるが運も実力もない。そんなうだつの上がらない、されど、これがとても大事なんだが、友だち想いなんです。というか、この3人は、それぞれに人生の不備を、時にはっきり、時に知らぬ間に補い合ってきた、友愛と呼びたくなる関係を育んだチームなんですね。

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(C) BBP Friend, LLC – 2020
3人とも、そのつきあいの中で、やらかしていたこと、やりそこねたこともきっちり描いています。額縁に入れた美談にはしていない。観ていて思わず感情がこみ上げることはあるけれど、余韻はすっきり爽やか。そして、タイトルに納得です。アワー・フレンド、デイン。あいつはいい奴だってね。
 
曲はツェッペリンにしました。ニコルとデインが出会ってすぐ、音楽の話で盛り上がった時に流れます。ふたりは好みが違うんですね。ニコルにとって最高のバンドがツェッペリン。デインはマイ・ブラッディ・ヴァレンタインですから。そして、このRamble Onは、トールキンの『指輪物語』に影響を受けて書かれた歌ですが、ニコルは残された人生でまた読みたい本に挙げていたものとも一致します。


さ〜て、次回、2021年11月2日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ロン 僕のポンコツ・ボット』となりました。見た目が白くて、ちょいちょいポンコツとなると、『ウォーリー』や『ベイマックス』といった秀作が近年アニメであったわけですが、今回はどんなあんばいでしょうか。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!