京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ナラタージュ』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年10月13日放送分
『ナラタージュ』短評のDJ's カット版です。

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洋画配給会社に務める20代の女性、泉。ある雨の夜、彼女は過去を思い出す。大学2年生の春、高校時代の恩師、葉山から一本の電話がかかってきた。それは、人数の足りない演劇部の卒業公演に参加してくれないかという依頼だった。葉山と過ごした日々や卒業式のできごとを大切に胸にしまっていた泉だったが、再会によって気持ちがまた募り始める。
 
泉を有村架純。葉山を松本潤。そして、泉に恋心を抱く男子大学生の小野を坂口健太郎が演じます。

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 原作は、若きヒットメーカー、女性作家の島本理生。監督は、行定勲。多作だし、もうすっかりベテランって思い込んでましたけど、まだ49歳。熊本出身で、中島ヒロトさんと同い年。作品に合わせて自在な画作りをされる方と言えるでしょう。代表作と言えるヒットがまた結構あるんですよ、これが。『GO』『きょうのできごと』『世界の中心で、愛をさけぶ』『北の零年』あたりかな。僕も好きな作品もありますし、監督にはこの番組に出ていただいたこともあるということで、思い入れもあるんですが、それはそれとして、しっかりと僕も観てまいりました。

 
それでは、観終わった後、いつも必死に回想して練り上げる3分間の映画短評、今週もいってみよう!

まず明らかにしておかないといけないのは、『ナラタージュ』という言葉の意味です。一般には使われませんが、映画や演劇の専門用語で、語りを意味する英語narrationと、編集を意味するフランス語montageを組み合わせて作られた言葉。登場人物のひとりが語り手となって物語を展開していくという手法のことなので、多くの場合、現在から過去を回想する形式となります。
 
この話は、タイトルにそのナラタージュを採用しているくらいだから、当然のように、主人公は回想します。泉は現在はOL。大学2回生の頃を思い出し、その中で、さらに高校時代を思い出すという、入れ子構造の回想になっているわけです。なので、時間が行ったり来たり、目まぐるしく変化します。これって、小説よりもよっぽど映画向きというか映画っぽい表現なので、行定監督が目をつけるのもよくわかる。
 
ただ、思い出すと言っても、せいぜい10年以内のことで、役者たちや景色がガラッと変わるわけではないので、監督はコントラストをつけるために、いくつもの仕掛けを導入しています。大きく分けて3つの時間には、それぞれライティングやレンズを使い分けて、映像的な差別化を施してます。思い出してもらうと、過去は明らかにソフトフォーカスで淡くなってましたよね。
 
それから、ラックフォーカスと言われる手法ですが、ワンショットの中で、ピントを手前から奥に合わせ直すようなことや、定番のスローなんかも要所でしていて、ケレン味のある、「今映画を観ているなぁ」と実感できる力の入った見せ場も多く用意していました。
 
登場人物の心情や関係性、時間・場所を代弁してくれるようなモチーフもたくさんありましたね。泉は雨をきっかけに思い出すわけですが、雨、海、運河、シャワーなどの水。葉山の髪の毛。花びら。ビクトル・エリセの『エル・スール』や成瀬巳喜男浮雲』などの映画引用。演劇部の話でもあるので、当然ながら、劇中劇のシェイクスピア真夏の夜の夢』。そして、小野くんが作っているという靴。葉山の懐中時計などなど。時にはあからさま過ぎてどうもなぁという、観ているこっちが照れるようなモチーフもありましたけど、そもそも映画向きの話なんだから、セリフよりも映像で語るぜっていう意志が感じられて好感が持てるし、概ねどれも思惑通りの効果を上げていると思います。

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がしかし、僕はのめり込むほど熱心には観られませんでした。感情移入しにくいって人がいるようですけど、僕は感情移入ばかり求めるのはどうかと思ってるぐらいなんで、理由はそこじゃない。泉と葉山がどうしようもなく惹かれ合ってしまったと打ちのめされるだけの裏付けがほしかったんですよ。裏付けはあるっちゃあるけど、そこに心血を注いで、「こりゃ無理だ」っていう説得力ある裏付けで観客をガツンと食らわせないことには、2時間20分のドロドロ心理劇をダラダラだと感じてしまう人がいてもしょうがないです。特に泉と小野については、この恋愛は不可抗力なんだってことを伝えてほしかった。ひとつひとつのエピソードには頷けはするけど、もっとヘビー級のパンチでないと… 恋愛の不可逆な感じ。泉が恋愛の沼に引きずり込まれるような場面を前半に持ってきてほしかった… もっと言うと、行定監督に脚本も書いてほしかったかな。脚本と演出が、野球で言うところの「お見合い」をしちゃって、ボールが間でポトッと落ちちゃったような印象だったのです。
 
とはいえ、役者たちも好演してます。坂口健太郎なんて素晴らしい。評価しきれないけど、好きな作品になりました。特に観終わってから、映像が今もフラッシュバックします。そんな魅力ある画面に、あなたも向き合ってください。

リスナーからの指摘もありましたが、泉の勤務先がシンカという、僕(京都ドーナッツクラブ)が普段からやり取りしている配給会社だったり、小野くんが泉に渡す手土産が京都北山マールブランシュ(Ciao! MUSICAのスポンサー)だったり。『ナラタージュ』の親近感は半端なかったです。冒頭で大きく映し出されるポスターは、イタリア映画『これが私の人生設計』でしたね。これ、僕、大好き! 泉の人生とうっすらリンクさせようってことなのかしら。

 

さ〜て、次回、10月20日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』です。なに〜!? シーザーの妻子が殺されるだって!? 僕はあらすじを読んだだけで青筋を立てていますが、あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく! あ、今回のシリーズの復習はサラッとしておいたほうが良さそう…