京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

イタリア犯罪白書

ローマの和食店でアルバイトをしていたころ、犯罪事件に立ち会うことがあった。ある夜、売上金を入れたイタリア人オーナーの鞄が盗まれたのだ。
防犯カメラに映っていた犯人をにらむオーナー。反射的に警察に通報することを考えた私は、続くオーナーの言葉に度肝を抜かれてしまった。「犯行は十数分前。犯人の服装もわかった。さあ、捜しに行くぞ」。
オーナーは最寄り駅周辺をくまなく捜しまわった挙句、ロータリーに停車していた夜間バスの中から犯人らしき男を発見。男はしつこい問い詰めに観念し、涙目で鞄のありかを白状した。自力で事件を解決したのは見事だが、裏を返すと、警察を信用していないゆえの行動だったとも言える。

イタリアの犯罪発生率は、2007年付で人口10万人あたり2700件。ちなみに同年の日本では1600件。単純に数字だけで比較はできないが、この国の治安が段違いに悪いというわけではない。問題なのはその検挙率だ。
2010年、イタリアの政府統計局が6万人を対象に行った調査によると、「事件後、警察が犯人を逮捕したか?」という質問に、「はい」と答えた被害者は、ひったくりで0.8%、すりで0.1%、窃盗はなんと0%だ。つまり軽犯罪となると警察からはほとんど何も期待できない。
 
 ところが人数だけはべらぼうに多い。国家警察以外にも、憲兵隊、財務警察、海上警備隊など、細分化されており、総数のべ32万人で欧州1位の数値を誇っている。
 なぜ警察組織が細分化されているのか? 中でも曲者なのが憲兵隊。いわゆるカラビニエーリと呼ばれる人々だ。財務警察や海上警備隊は、その呼称からどのような任務についているのか想像できるが、憲兵隊と警察の違いとなると、いまいちわからない。なんなら制服やパトカーまで警察のものと酷似している。
意外なことに、起源が古いのは警察ではなく、憲兵隊のほう。1814年にフランス王国のマネをしてサルデニア王国のヴィットリオ・エマヌエーレ一世が憲兵隊を創設。遅れること34年、サルデニア王国の王位を継承したカルロ・アルベルトが近代化の流れの中で国家警察を創設。1861年、国が統一されたのに、警察組織が統一されなかったのが運の尽き。憲兵隊は国防省の下に、警察は内務省の下にそれぞれ置かれ、そのまま現在に至ってる。 
 別々の省庁からの命令で行動するため、大事件を前にしても、連携がまったくとれない。うまく機能しないのに人数は多い。人数が多いから給料も安い。まさに負の連鎖だ。
イタリアの通信社AGIは、61%の警察官の月収が1200ユーロ(約12万円)という実情を伝えている。ちなみに、安月給で働きぶりが鈍るのは、イタリアの役所共通の問題だ。

 こうした警察組織への不信感が、民間で自衛の精神を育んだ。そしてもう一つ特筆したいのが、うっぷんを晴らすべく彼らを揶揄する笑い話を生み出されたこと。笑い話(barzelletta)とは、イタリアにおける重要なエンターテイメントの一要素だ。漫談のようなもので、オリジナルもあるのだが、既存のものがテレビや劇場、はたまたお酒の席で長く語り継がれている。大げさにいうなら、伝統芸能に近い側面もあるのだ。特に憲兵隊は、お高い役職とは裏腹に、ヘマをやらかしたり、馬鹿にされたりするキャラクターとして、笑い話界に根付いている。

 数ある笑い話の中から、戦時中から戦後にかけて活躍した作家アキッレ・カンパニーレ(Achille Campanile)の古典的作品を紹介しよう。短い会話のやりとりを劇作品に見立てたカンパニーレの『台詞二つの悲劇』(Tragedie in due battute)には、憲兵隊が登場する笑い話が多数収録されている。例えば次のようなもの。

憲兵隊のガールフレンド

登場人物: 若い女、憲兵隊、通行人
幕があくと、若い女とそのボーイフレンドである憲兵隊が急ぎ足で歩いている。

通行人(憲兵隊に):逮捕したのか?
憲兵隊:誰を逮捕したって?。こいつはおれの彼女だよ。
若い女(泣きながら):私の人生、死ぬまでずっとこうなんだわ!

 警察が信用できない。そんなシリアスな不満だって、からかって笑い飛ばしてしまうのがイタリア流。とはいえ、和食店のオーナーよろしく、一般人が自力で解決している事件が、この国の闇の中ではたくさん起こっているのも事実。まさに「笑い話」ではすまない事態が、すぐそこまで来ているのかもしれない。