京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『運び屋』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年3月21日放送分
映画『運び屋』短評のDJ's カット版です。

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主人公アール・ストーンは、80代後半の男。園芸家の彼は、メキシコ系従業員の手を借りながら、うまく咲かせるのが難しいデイリリーというユリの栽培に人生をかけてきました。全米各地の品評会を巡って成功を収める一方、家族との時間を犠牲にしてきた結果、別れた妻や娘との関係は最悪です。しかも、時代がどんどん移り変わっていく中で、アナログで保守的なアールは、商売の面でも立ち行かなくなり、自宅と農場を手放すことになります。失意の底にいたところに、ある男から「車を運転するだけの楽な仕事がある」と持ちかけられたアールは、そのまま成り行きで麻薬の運び屋になってしまいます。最初の仕事に成功した彼は、結局やめられずに何度も犯罪に手を染め、メキシコの麻薬組織の片棒をかつぐのですが、ひょんなことから、組織と麻薬取締局、双方から行方を追われるようになります。

グラン・トリノ (字幕版) 

あの『グラン・トリノ』以来、巨匠クリント・イーストウッドが10年ぶりに監督・主演をした本作。脚本も『グラン・トリノ』のニック・シェンクが担当しています。主人公アールには、レオ・シャープというモデルとなった人物がいます。ニューヨーク・タイムズ・マガジンで事件が報じられたものをイーストウッドが読み、この役は誰にも譲りたくはないと思ったそうです。といっても、既に亡くなっている実在の人物シャープの私生活は不明の点も多く、物語の大枠以外は、オリジナルのフィクションとなっています。

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アールを演じたのは、もちろんイーストウッド。アールの娘を、イーストウッドの実の娘アリソン・イーストウッドが担当しています。他に、イーストウッドの弟子的なポジションになっているブラッドリー・クーパーアンディ・ガルシアも重要な役どころでそれぞれ参加しています。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

「この役は誰にも譲れない」という発言や、主人公の娘役に実の娘をあてていることからも明らかなように、これはクリント・イーストウッドが実人生を重ねた、懺悔のような贖罪のような映画です。うまく咲かせるのが難しいあのデイリリーのように、映画スターとして実際に咲き誇ってきたその裏で、奔放な女性関係を謳歌し、家族との関係をうまく構築できなかったというか、ろくに考えていなかっただろう自伝的要素が反映されています。その事実を踏まえれば、仕事一筋で外面と体面ばかりを重視してきた男の末路を描くというテーマが浮かび上がります。
 
実際のところ、こんなじいちゃん、身内だったらほんと嫌ですよ〜 家族との関係を見直す、絆を取り戻すといったって、そのきっかけはあくまで仕事が行き詰まったからでしょ? しかも、これまでの人間的欠落を何で埋め合わせるって、結局は金です。それも、犯罪の片棒を担いで得た金。ろくなもんじゃないです。車はピカピカのに買い換えるし、家族を含めてほうぼうに金をばらまいては、またええかっこしようとしている。完全に調子乗りなんです。その様子は、もはやかなりコミカルで、思わず吹き出しちゃう場面もたくさんある。相変わらず女好きだし、困ってる人を見るとついつい助けちゃうし、常に度胸があって飄々と軽いところとかね。

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うまいなと思うのは、このじいちゃんの人柄を示す描写の数々。喫煙OKなホテル。薄ら寒い下品なジョークは時代遅れな頑固者だと伝える。けれど、根っからの悪い奴じゃないし、困った人には無意識レベルで手を差し伸べる様子も描かれてましたね。そういう良いことをしつつ、軽口レベルで飛び出すあっさりと人種や性的マイノリティ差別発言をしちゃうのもアールだし、それを咎められて反発しない柔軟性もアールなんだよな。あと、ちょいちょい彼が似ていると言われる俳優ジェームズ・ステュワートも、そうした古きアメリカの象徴として引き合いに出されてのことでしょう。
 
そんな彼も罪をあがなっていきます。とりあえず金を手に入れたら、やっと人生を見つめ直し、自分をアップデートしようとする。このあたり、ブラッドリー・クーパー演じる警察や、犯罪組織でしか生きていけないメキシコ系移民への助言からうかがえますね。簡単に言えば、「俺みたいになるな」っていう話。「どの口が言うとんじゃ!」っていうツッコミもできるけど、このアールならっていう妙な説得力がある。アールは「古き良き」、そして「古き悪しき」アメリカの体現でもあるので、深みが出てくるし、そんなアールはやがて当然の報いとして表舞台から退場していく。 

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そこに、安易な共感を誘わない寂しさを伴わせているのが、むしろ胸を打つ。同じく朝鮮戦争退役軍人の保守的な男が、人生の黄昏で社会再構築のためにヒロイックな行動を取った『グラン・トリノ』に対して、今作のアールは家族の再構築を目指すので、作品が内包する規模は小さくなってるし、その姿は無様で情けなくもあるんだけど、だとしても、ただそのまま老いるのではなく、悔い改めて最後に一花咲かせるというのがせめてもの救いであり希望なんですね。
 
それにしても、筋書きとしてははっきり言って予告編以上のものはないのに、1級の娯楽映画として目が離せないものに仕立ててしまうのは、相棒編集者ジョエル・コックスとの無駄のない物語運びと、サスペンス演出の巧みさの成果です。映画のひとつの教科書ですよ、これは。もはや師弟関係と言えるブラッドリー・クーパーにも、またこの作品でその演技と演出が受け継がれているでしょうから、その意味でもイーストウッドは個人的贖罪とともに映画界でまた一花咲かせる最高の仕事をしています。
アールはロングドライブの最中にしょっちゅうごきげんさんで懐かしの曲を歌います。中でも、物語と深く関わるのが、69年のこちらでした。別のバージョンだったのかなって気もするけど、ともかく元妻への贖罪ソングとしても機能していましたね。

さ〜て、次回、2019年3月28日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『バンブルビー』です。なんか凄い振れ幅だな、この1週間は(笑) 僕は正直なところトランスフォーマーに特に何の思い入れもなくって、映画も一通り観てはいるんですが、そんなに詳しくないんです。そこへのスピンオフ。これがきっかけで意外とハマったりして。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!