京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『渇水』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月13日放送分
映画『渇水』短評のDJ'sカット版です。

群馬県前橋市では、記録的な日照り続きで街がカラカラに乾き、水不足に陥っていました。市の水道局に務める岩切の業務は、水道料金が滞納する家庭を訪ね、払ってもらえないようなら、その場で停水を執行すること。ある日、彼はシングルマザーからネグレクトされ、家に取り残された姉妹と出会います。
 
原作は、1990年に発表された河林満(かわばやしみつる)の同名小説。企画・プロデュースは白石和彌ですが、監督は、森田芳光阪本順治宮藤官九郎作品の助監督としてキャリアを積んできた高橋正弥が務めました。主人公の岩切を生田斗真が演じる他、彼の後輩に磯村勇斗、妻に尾野真千子、そして姉妹の母親に門脇麦が扮している他、宮藤官九郎柴田理恵なども出演しています。
 
僕は今回は諸事情ありまして、メディア試写で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

不勉強ながら、僕は原作の短編小説を知らなかったんですが、パンフレットのインタビューによれば、10年ほど前に映画化の話が出た時に、高橋監督は結末を映画オリジナルに変更させてほしいと申し出られたようです。「なるほどね」って僕は思ったんです。というのも、これは社会の相当深刻な問題にタッチせざるを得ない物語のはずなんですよね。だからこそ、監督の言葉を借りれば、小説は「非常に悲しく衝撃的な結末」になっていたものを改変、脚色したそうです。映画では、「希望につながる物語」にしたかったんだそうですね。希望につながるものにすることに異存はないんですが、僕は正直、そのつなげ方と、全体に流れる「ぬるさ」に首を傾げました。

渇水 (角川文庫)

当たり前のことですが、水を止めるというのは、電気やガス以上に利用者の生命維持に直結するので、極めて慎重な判断が要求されるものです。それだけ重要なものだからこそ、電気やガスは民営化されても、水道は簡単にはそうはならない。生田斗真演じる水道局員が、料金の督促に行った門脇麦演じる姉妹の母親に「税金で食ってるやつにこの苦労はわかりっこない」みたいなことを言われる場面がありました。資本の論理に左右されるようなことがあっては、それこそみんな干上がってしまいかねないから、税金と利用料金で支える、つまりはみんなで支えるべきインフラが、水なわけです。でも、相手が公務員だからとなめ腐って払えるのに払わない人もいれば、払いたくても払えない人がいる。岩切が訪問する先々から見えてくるのは、社会の様々な問題です。そして、水道の元栓を閉めるというのは、利用者の首を絞めるかもしれない。水道を止めるというのは、下手をすれば利用者の息の根を止めるかもしれないんですね。そういう重い役回りをしている職員の中には、心労で苦痛を訴える人もいる中、「規則ですから」と割り切っている岩切も、生気のない目をしています。つまり、この物語には、格差、貧困、育児放棄などなど、いくつもの問題の水源みたいなところにタッチすることになるんですよね。だから、設定はとても興味深いのは間違いないのですが、ショット単位、シーン単位で見応えはあるものの、全体としてはどうも表層的に見えてしまいます。

(C)2022『渇水』製作委員会
料金を払わない人にも、いろんな例があるんだなっていうところは、言わば本筋のセッティングだと捉えれば、わりと淡白に処理するのも納得はできるんですが、少女の姉妹とその母親については、さすがにもっとえぐるべきだろうと思うんです。それは、どうやら幼少期に家庭のトラブルがあったらしい水道局員岩切の心の乾きも同様です。親に愛されなかった過去があるから、自分が家庭をもった時にどう接して良いのかわからずに困っているという状況にしたって、観客に想像させるというスタンスは良いとしても、想像するための材料の提供があまりに断片的なので、どうももどかしいんですよね。結果的に、踏み込み不足なのは明らかです。
 
光る場面はたくさんあるんですよ。ヴィットリオ・デ・シーカ『ひまわり』に直接オマージュを捧げるようなひまわり畑。圧倒的な滝。当たり付きアイスキャンディーをめぐるやり取り。「水の匂いがする男」というセリフに込められた、男たちの無責任さや、問題から逃げ続ける姿勢。生田斗真と姉妹の特にお姉ちゃんの眼の光の表現力。岩切とその後輩が飲みに行った夜に目撃する謎の少年。などなど。

(C)2022『渇水』製作委員会
でも、そんな点在するきらめきは、水たまりのように点在するばかりで、ついにひとつの流れにうまく収斂しなかったように思います。申し訳ないけれど、今回プロデュースに回った白石さんならどう演出したかなと考えてしまいました。とはいえ、さっき並べ立てたように、光る描写もあちこちにあるし、生田斗真磯村勇斗のコンビ、そしてお姉ちゃん役の山崎七海の演技はお見事でした。そして、劇伴だけをオファーされていたけれど、歌も作っちゃったと制作陣に提出したのが、向井秀徳。向井さんの同名主題歌は、物語の芯を過不足なく捉えていて、すばらしかったです。ぜひあなたもご覧になってみてください。

さ〜て、次回2023年6月20日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『怪物』。またもやカンヌ国際映画祭で高く評価されることになった是枝裕和監督。坂元裕二の脚本をベースに、特に子ども演出についてはこれまでとは違う手法で撮影に臨んだ作品ですね。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!